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第154話 表明

 友人の様子でも見に行こうと、シアルド・インダストリーズのハイドリート支部に急遽作られた実験棟へアーサーは出向いていた。いきなり押しかけるのもマズいという事で、受付でマークの部下に状況を聞いていた直後、ドタバタと足音がする。


「遂に…やった…!」


 おおよそ荷解きすら出来ていなさそうな小包や箱、そして新品の設備に囲まれた実験室からマークがヨロヨロと現れる。


「出来たのか!?」

「ああ、対物ライフル弾をベースに作った。二十ミリ口径だぞ。携行できる弾薬にする以上はこれが限界。弾頭には濃縮した高密度のコアを使ってる。苦労したよ…デーモンのコアから魔力を抽出し、それらを再び結晶化…つまり、またコアへと変質させる必要があったんだから。しかも、こんなに小さいサイズで。くれぐれも気を付けてくれよ…この五発しかない上に、当分は作れない。全部が無駄弾になるか、撤退するか、死ぬかで全部パァ…とにかく使う時は状況をよく見た上で使ってくれ」


 想定より早く装備が完成した事にアーサーは—驚き、マークは眠そうに目を擦りながら弾薬を渡した。たった五発だというのに、手からこぼれてしまうそうな程に巨大な代物である。


「良く間に合ったな。散々苦労してたろ」

「あのザガンとかいう人が教えてくれたよ。天才だね彼女…いや、その道のプロ…なのかな ? うちのスタッフ総出でも分からなかった抽出した魔力の結晶化について、あっさり教えてくれた。彼女はデーモンって聞いたけど、マジで ? 」

「ああ。どうかしたのか ?」

「いや、好みだったからお礼に食事でも誘おうかと思ったんだが…普段何食べてんだろ ? てか既に恋人とかいたり…するかな ?」


 ザガンが手伝ってくれた事を打ち明けたマークだが、何やら下心を垣間見せるような発言をする。アーサーは首を横に振って溜息をついた。


「独身拗らせると人外相手にもナンパし出すのか ?」


 明らかに今の状況で話す話題では無いのだが、このまま変に暴走されても困ると思ったアーサーは彼に言った。


「べ、べ別にそういうやましい心がある訳じゃないぞ。ただ研究者としてデーモンが現世でどんな生活をしてるか興味あるだけで、そのためにはちゃんとお近づきになっとかないと…大体人外なんて言い方酷いだろ。あんな美人なのに」

「こないだハイドリートで戦ってる時、巨大な鋼鉄の牛みたいなデーモンがいたろ。向こうの返事次第じゃ、あれと付き合う事になるんだぞお前」

「…マジか。いやでも、それはそれで…」


 アーサーはザガンの素の状態について伝え、マークは自分がハイドリートの騒動の際に見たデーモンの正体を知らされる。誘うかどうか少々迷い始めていた彼の背後では、いつの間にか来ていたザガンが会話の一部始終を聞いていたらしく、少し困惑した顔で二人を見ていた。


「ザガン、どうした ?」


 アーサーが話しかけると、ビクッとしたようにマークも反応した。勢いよく背後を振り返るとザガンが立っており、言い訳をしようにも考えがまとまらず言葉が出てこない。


「攻撃を仕掛けるのなら、急いだ方が良いかもしれん。シェルター付近で偵察をしている諜報班から送られて来た映像を見たが、想像以上にセフィロトの成長が早い。発芽まで猶予は無さそうだ」


 マークを無視した上でザガンが話を切り出すと、アーサーも少し考える様に項垂れた。


「仕方ない。上に掛け合ってみよう。それと、マークがお前に言いた事があるそうだ…後は頑張れ」

「え、ちょっ―――」


 ひとまずスケジュールを調整できるか確かめるため、アーサーは持ち場に戻ろうと歩き出す。その直前にマークについて捨て台詞気味に言及してから、そそくさと研究棟を出て行ってしまった。残されてしまったマークは、苦笑いをしつつザガンと目を合わせる。


「悪いが、そういう関係を持つと碌な事にならんと学んだのでな」


 ザガンは簡潔に断って歩き去って行き、現実の非情さを突き付けられたマークは少し残念そうに項垂れた。




 ――――フロウから借りているホテルの一室にはムラセ、イフリート、リリス…そしてファウストが待機していた。


「私も同行するつもりだ。この体でどこまで役に立つかは分からないが…」


 ファウストは自分の決断について全員に共有する。神妙な面持ちのリリスとイフリートに対し、ムラセは受け入れたくないのか俯いていた。


「ただでさえ体も良くないのに…」

「だが、出し惜しみをして勝てる相手じゃない」

「嫌だよ。ようやく一緒になれたのに、また死に場所まで連れてけって事 ?」

「お前達が生き永らえてくれるのなら、私は喜んでそうする」


 必死に止めようとするムラセだが、ファウストは一歩も譲る気が無かった。自分のみだって犠牲にしても構わないという彼の態度を前に、ムラセは再び落ち込んだように溜息をつく。


「親らしいこともしてやれなくて、つくづくお前には申し訳ないと思ってる。だが、これは私自身が蒔いた種だ。それなのに全ての責任を投げて高みの見物をするなど…出来る筈が無いだろう」


 ファウストが語ってる間、リリスとイフリートはすぐにでも話を中断し、勝手な真似をしない様にファウストを椅子にでも縛り付けておきたいとさえ思っていた。だがそれはファウストの覚悟を踏みにじる事を意味する。故に言動として表に出せず、ただ不服である事表現するために沈黙する他なかった。


「…なら、私が父さんを守る」


 負けじとムラセも声を震わせて言い返した。


「やらないといけない事も、やりたい事も沢山残ってる…だから、皆で生きて帰りたい」


 そんな風にムラセが話している間、部屋の入り口越しにベクターは壁に寄りかかって微かに漏れる声を聞いていた。様子を見に行こうと思っていたが、状況的に入り辛いという事で踏み込めなかったのである。


「仲睦まじい事で」


 自分はお呼びではない。そう思いつつ、皮肉っぽく言ってから立ち去ろうとした時だった。


「勿論…ベクターさんも一緒に」


 ムラセが最後に言った言葉に足を止める。思わず振り返ってしまった。


「あんな事もあったし、今でも少し怖いと思ってるけど…家族だって分かった上に、恩人だから…見捨てたくない。ここに本人がいなくて良かった。目の前にいたら照れくさくて言えなかったかも」


 ムラセのその発言に和んだのか、リリスは少しだけ顔に笑みを浮かべた。


「もっと怒ってたかもよ。『お前に守られる程落ちぶれてねえ』って」

「絶対言うだろうなアイツは」


 リリスがそのままベクターが言いそうな事を予想すると、イフリートも同意し出す。そんな彼らの他愛もない話を聞きつつ、ベクターはそそくさと逃げ帰る。あのまま場の空気に流されてしまうかもしれないと思ったのが原因だった。気を許してはいけない。どこまで行こうがファウストは自分にとっては仇であり、どんな形であれ償いをして貰わなければならないのだから。


 そんな事を考えつつ、リーラと自分の使っている部屋へ戻ったベクターだが、不意にニュースが垂れ流しになっているテレビに目が留まった。増え続ける避難民の様子や、切羽詰まっている彼らの生活、泣き叫んだり怒号を飛ばしたりしている人々…この一件で多くの物を失った被害者の姿が映し出されていた。


「あなたがニュース番組見てるなんて、明日の天気は台風かもね」


 背後からリーラの声が聞こえる。食事と思わしきシリアルを手に持っていた。


「とうとう食事がコーンフレークだけになったか」

「文句言わないの。物資くれって泣き付かれてるから、そっちに回してあげたいんだってさ」

「もう少ししたらこっちは命張らなきゃいけないってのにな…寂しいもんだ」


 理由を聞かされても尚ベクターは愚痴を零す。そんな彼の隣に座ったリーラはシリアルの箱をテーブルに置き、暫く二人でテレビを見ていた。


「なんかさ…自分のやりたい事に囚われすぎると、ホント盲目になっちまうんだな。人って」

「今頃気づいた ?」


 悟ったようにベクターが話を切り出すと、リーラは揶揄うように言い返した。


「あの時、少しでも冷静に「やっぱ罠かもしれないから様子を見よう」とか理由付けて…ノースナイツを離れさえしなければこんな事にはならなかったのかねえ」

「反省をするのは良い心構えだけど、そんな事をして過去に戻れるんなら苦労しない。同じ過ちを犯さない様に、今の自分が何をすべきなのかを考えた方が良いと思う」

「だろうな」


 ベクターが後悔をしていると、リーラはそんな彼へ厳しめに諭す。


「一応決めたよ。まずはオルディウスとかいう阿保を何とかする。そいつに落とし前をつけさせて、全部終わってから腹割って話し合うさ。ファウストとは」


 静かに決意をベクターが告げた。そんな彼を後押ししたいという意思の表れなのか、ベクターの手の上にリーラは優しく自分の手を乗せた。


「良いと思うよ。応援してる」


 そんな彼女の声と共に、仄かな温かさを感じたベクターが少し驚いたように彼女を見た。建て前やおだてではない本心だったからなのか、リーラは優しく微笑み返す。やっぱりコイツとは離れようにも離れられない。口にこそ出さないものの、二人して同じような事を思っていた。

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