第153話 ギクシャク
「四方向 ?」
「ああ。四方から攻めて、敵側の戦力を分散する」
ハンバーガーを齧りながらベクターが改めて確認すると、アーサーも頷きながら地図を広げた。地図にはノースナイツの見取り図と、東西南北の方角に赤色の円が描かれている。
「ノースナイツの入り口は南側…つまり、この正面のゲートしかない。辺りに魔界の瘴気が充満している以上、兵器を使って外壁を破壊する暇はないだろう。つまり、余程の事が無ければ正面以外から攻め込んでくるわけがないと向こうは想定している筈だ。そこで、わざと正面に大規模な戦力を投入し、奴らがそこに警戒している間に残る連中で三方向から攻める。そして中へ入った者達で、あの植物の破壊や中にいるデーモン達を倒す寸法だ」
「え~っと、異議あり。お前さん、たった今外壁を破壊する暇がないって言ってたの忘れてないか ?」
アーサーが考えを話していた時、タルマンが手を上げて申し立てた。
「ああ、それについては人外組に任せたいと思ってる。えっと、ベクター、それとそこの仮面被った女…ザガンだったか、後ムラセ…そこの姉弟。お前達の中で、やろうと思えば外壁を壊せる自信がある奴は ? 」
考えがあるようだったが、案の定自分達頼みかとベクターを始めとした面々は内心呆れていた。しかし駄々をこねても話が進まない事が分かり切っていたため、仕方なく手を上げる。ムラセだけはどうも自信が無いようだった。
「とりあえず問題は無さそうか…ついでに、正面で騒ぐ奴の中にお前達の内の誰かが必要だ。流石にシアルド・インダストリーズの戦力だけじゃキツイ」
「じゃあ俺で良いだろ。一応だが因縁がある。気を引き付けられるかもしれない」
「ホントか ?」
「ああ。俺も最近知ったんだけどな」
囮役が必要になって来るとアーサーが漏らすや否や、ベクターは自分がそれを買って出ると言い出した。十分囮になれる根拠があると考えているベクターだが、アーサーは信憑性に欠けると思っているのか少し訝しそうにしている。
「ところで、たぶん侵入してからあのバカでかい植物と元凶をどうにかするんだろうが…勝算はあるのか ?」
ジョージがふと疑問を口にする。するとアーサーは躊躇う様にに俯いた。
「それについてだが…未知数だ。何分、データを取る時間も無くてな。だからお前達を呼んだんだ。こちらも全力を尽くしているが…」
「まあ、多少のアドリブくらいなら何とか出来る。とにかく情報だろ。ザガン、お前何か知らないか ? オルディウスの事でも良いぞ」
アーサーが申し訳なさそうに言うが、ベクターは大して気にしてなさそうだった。そんな少々不遜ささえ感じる態度のまま、どうにか情報を得ようとザガンに尋ねる。
「オルディウス …そいつが元凶か ?」
「まあな。色んな意味で大体そいつのせいだって思っとけば良い。で、どうなんだ ?」
聞きなれない名前にアーサーが反応すると、ベクターはかいつまんで説明をする。そして再びザガンの方を向くと、彼女は意を決した様に飲んでいたコーヒー入りのマグカップを置いた。
「奴は我々と同じように能力を持っている」
「どんな ?」
「吸収…そして複製。奴は触れたり、コアを吸収したデーモンの力を複製し自ら使用する事が出来る。殺すどころか触れさえ出来れば良いんだ…お前のレクイエムより質が悪い」
「そういう所まで似てんのか。参ったな」
「おまけに素の実力…肉弾戦のおいてもかなりの練度だ。まあ、そうでなければ魔界に君臨し続けられるわけが無いだろう」
ザガンがオルディウスの持つ能力について語ると、ベクターは少し頭を掻いてぼやいた。自分と血縁関係がある時点で嫌な予感はしていたが、いざこうして言われてしまうと非常に厄介に聞こえて仕方がない。
「成程、因みに奴が現時点で持ってる能力はどれ程だ ? 分かる範囲で構わない」
「まず…私とファウスト。それと、バフォメットというデーモンが使っていた魔術に関する知識も奴は持っているだろう。確実に魔法を使って来る筈だ。正直…私も奴の全力は見た事が無い。だが、少なくとも奴は一度に複数の能力を使用する事は出来なかった筈だ。そこを突ければ或いは…」
アーサーが続けて詳細を聞くが、ザガンも少し自信が無さそうに回答をした。
「他には ? 奴には仲間がいるのか ?」
「側近としてアモンというデーモンはいるが、奴は大して腕っぷしが強いわけでもない。奴以外に他に協力者がいる可能性があるとすれば…ベリアルとガミジンだ。尤も、私も大して面識が無い。どれ程の実力かもよくは分からん…すまないな。大した情報を持ってなくて」
「まあ警戒すべき奴がいるって分かっただけ良かったろ。ところで、いつシェルターへ攻めるんだ ? あまり時間は無さそうだが」
更にオルディウスの配下についてザガンは言及するが、詳しい情報を持っていない事を申し訳なさそうに謝った。何も無いよりマシとしてベクターは割り切り、欠航する時間を急かすように尋ねた。
「準備が整い次第…と行きたいところだが、今は猶予が無い。決行は明日の夜だ。それまでにこちらも出来る限り整えるつもりだが…ホントに囮で良いのか ? 予測からして正面にはデーモンの群れがいくつも確認されてるぞ」
「構わねえ、何なら全員始末してやる」
「はぁ…頼もしい事で」
予定のタイミングを告げられたベクターは、相変わらずな様子で自信過剰さを見せつける。いつも通りかと皮肉を言ったアーサーだが、彼の反応に対して構う事なくベクターは席を立って背伸びをした。
「時間が早まるにしても、延期するにしてもいつも通りの仕事をするだけだ。報酬ちゃんと用意しとけよ。タルマン、オベリスクにガタが来てるから後でメンテ頼む」
「お、おう…あのよ…いや、やっぱいいや。後でな」
準備をするためのなのか、さっさと出ていこうとするベクターはタルマンに対して武器の整備を頼んだ。ムラセ達の件について指摘をしようとしたタルマンだが、ベクターから不意に圧力を感じたせいで言い淀んだまま終わってしまった。
「そっちはまあ…せいぜい英気を養ってくれれば良いんじゃないか ?」
そのまま吐き捨てるようにムラセ達を見ながらベクターは言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「何アイツ…」
「こうやっていがみ合う原因作ったの誰だっけ ?…おわっ !」
「うるさいな~。好きでこんな状況にしたわけじゃないっつーの」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い…君がやるとシャレにならないからマジで… !」
不貞腐れたリリスに対し、隣に座っていたジョージが自業自得だろうと遠回しに言った。分かってはいるが、やはり納得がいかないリリスは八つ当たり気味にジョージの首を軽く締めつつ、彼の頭を拳でぐりぐりと圧迫した。が、やはり気分が改善されなかったらしく、すぐに止めてから溜息交じりに煙草を付け始める。
「本当に何があった ?」
妙に殺伐とした空気の中、呆然としたままアーサーは呟いた。