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第152話 めんどくせえ

 ホテルのスイートルームを借り、ファイ達と共に就寝の準備をしていたリーラは鏡の前で溜息をついていた。ノースナイツでの商売が台無しになった事も勿論だが、何より生き延びるか殺されるかという今の状況に対して不安を感じていた。


「罰が当たったかな…」


 ムラセの事情も分かっていながら、ベクターと軋轢を生む要因を作ってしまった事を自虐し、さっさと床に就こうと部屋着に着替えた時であった。窓を叩く音が聞こえるや否や、ファイ達が妙に騒ぎ出す。


「ご主人ー‼」

「うるさい。夜の一時よ今」

「あ、ごめん…いや、それより ! ベ、ベクターが…」


 間もなくファイが洗面所へと突撃してきた。やかましい彼を窘めはしたが、ファイが理由を述べるより前に、ベクターの名前に彼女は反応をする。そしてファイが言い終えるより前に急いで洗面所を出た。ベッドの隣に設置されている窓、その外側からベクターが手を振っている。レクイエムでしがみ付いたまま、右手で軽く窓を小突いて開けて欲しいとジェスチャーをしていた。


「な、何やってんの… ?」

「いや、真正面から入ると知り合いに会って面倒だし、よじ登って来た。忙しいのか知らんが、誰も気にしてなさそうだったし」

「普通に会えば良いでしょ…」

「ほんのちょっと前まで、何があったか知らないわけじゃないだろ…よう三匹共。ちょっと席外してくれ」


 驚いていたリーラに対し、ベクターはバツが悪そうに言い訳をする。そしてファイ達にどこかへ行くように促した。「へーい」とだけ返事をして三匹が専用の寝室へ戻って行った後、ベクターは近くにあったソファに腰を掛ける。


「何か飲む ?」

「何でもいい」

「そういうの一番困る…まあいいや」


 彼の要望に文句を言いつつ、リーラはコーラの缶を投げて渡す。そして二人で一斉に封を開けてから、彼女もベクターの隣に座った。


「たぶん話聞いてんだろ。今、ノースナイツで何が起きてんのかも」

「うん」


 ベクターが尋ねると、リーラも簡単に返答をする。互いに探り探りなのか、暫しの間は沈黙が続いていた。


「ノースナイツでやらかしてるデーモン…オルディウスって言うんだが、俺の母親なんだと。こんな形で見つかるとは思わなかった」

「それは……おめでとうでいいの ?」

「全世界巻き込むようなテロ起こそうとしてる化け物が母親だって点に目を瞑ればそうだろうな…ハハッ」

「フフ、確かに」


 ベクターから自身の出生について打ち明けられたリーラが皮肉っぽく言うと、ベクターもそれに対して皮肉で返した。そして、思わず二人で一斉に噴き出してしまう。ベクターが人間ではないという点について指摘するつもりなど全くなかった。元からそんな気がしてた上に、今更そんな事で距離を置く様な間柄でもない。


「…もし、オルディウスに会いに行くつもりだって言ったらどうする ?」


 唐突にベクターが今後の予定について切り出す。コーラを飲もうとしたリーラの手が止まり、彼女は恐る恐るベクターの方を見た。


「どうして ?」

「なあに、ぶん殴って『いい加減にしとけ』って説教してやりたいだけだよ。いつも通りのやり方だ」

「ニュース知ってるでしょ。行ったとしても無事で済むか…」

「俺が簡単に死ぬようなタマだと思うか ? 」


 心配するリーラだったが、ベクターは特に気にして無さそうな様子だった。


「それにどうも引っ掛かる点がある。それを確かめたい」

「引っ掛かる点 ?」

「ああ。実を言うと、さっきファウストと会って話をして来た…どうもオルディウスの奴は、最近まで俺が生きてる事を知らなかったそうだ。だが、俺が生きてる事を知ってから今日に至るまではどうだ ? やろうと思えば今回みたいに総力を挙げて殺しに来る事だって出来るだろ ? 生まれた段階で俺を始末しようとする…そんな警戒心の強い奴だから、間違いなく手遅れになる前に動く筈だ。だがアイツはそれをしなかった」

「あなたに対して別の目的があるって事 ? ただの偶然かもしれない。そうやって自分の所にノコノコ出向いてくれるのを待ってる可能性さえある」


 彼が言及した引っ掛かる点という部分についてリーラが尋ねると、ベクターは自分の考えを述べる。しかしリーラは荒唐無稽すぎるとして、イマイチ賛同する気にはならなかった。不機嫌になる訳でも無く、驚くわけでも無く、「だろうな」といった風な態度でベクターは頷く。


「しかし、ここで待っててもどうしようもないだろ。シアルド・インダストリーズや他の連中の様子はどうだ ? 何か動きは ?」

「とりあえず奪還が最優先…だけどオルディウスの強さや、抱えてる戦力がどの程度かも分からない。明日、皆で話し合う事になってる。たぶん総出で戦う事になるかもね、それもすぐに。私が余計な事して関係最悪にしておきながら言うのもあれだけど、こんな状況で一人で突っ込んだらそれこそ――」

「思う壺ってか……クソ、分かったよ。とりあえず話し合いには顔を出す。だけど、ムラセ達と口を利く気は無いからな」

「それで構わない。私が取り持つから…ひとまずシャワー浴びてきて。正直臭い」

 

 無闇に突っ込まず状況を見なければならないと諭され、旧知の間柄に割と本気で止められた事でベクターは少し冷静になったらしい。不服そうな態度ではあるが応じた後にシャワールームへ向かっていく。そんな彼を見送ってから、少し疲れた様にリーラはソファの背もたれに頭と背中を預けた。目を離してしまえば、彼はすぐに死に急いでしまう。腐れ縁とはいえ、つくづく放っておけなかった。




 ――――翌日、アーサー達モーザ・ドゥ―グ部隊を始めとしたシアルド・インダストリーズ側の使いとムラセ達は、ホテルの最上階にあるフロウ専用の客室へと向かっていた。


「なあ、ベクターはどこに…いや、何でも無い」


 アーサーは尋ねようとするが、重苦しい気配を感じ取ってすぐに話を中断した。その時、曲がり角から別の人影が現れる。舎弟を引き連れているセドリックだった。


「ああ、皆さん来たんですね。朝食持って来たんで、食べながら話し合おうってフロウさんが言ってました」

「何だか悪いな…」

「いえいえ。さ、中に入っちゃいましょ。これで全員揃ったって感じですかね」


 アーサーが申し訳なさそうにするが、気にしてない様にセドリックは全員を案内する。言われるまま部屋に入った一同だが、部屋の中央に置かれている巨大なテーブルには既にフロウとリーラ…そしてベクターが席についていた。彼の姿を見たムラセ達は一瞬だけ思考が止まり、その場で固まってしまう。ベクターも一瞬だけ彼女達の方を見たが、すぐに視線を動かしてセドリックから食事を受け取り出す。彼らの間に何が起きたのかを知らないアーサー達は、ただただ交互に見ながら困惑するばかりであった。

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