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第150話 歩み寄る努力

「あれは…⁉」


 ノースナイツの中央からメキメキと生えて行き、やがて巨大な蕾を持つ植物が現れる瞬間をベクターとザガンは遠目から見ていた。


「セフィロト… ! 奴らめ、本気で現世を壊す気か」

「どういう事だ ?」

「魔界の大気に魔力が充満しているのは、原生しているあの植物が生み出し続けているからだ。土や空気、デーモンの死骸…それらから生命力を吸い取って魔力を放出していく。おまけに成長しきった所で開花し、さらに種を拡散して増殖を繰り返していくんだ」

「つまり…」

「ああ。放っておけば現世全体が魔界とよく似た…或いは同一と言っていい環境になってしまうだろうな」


 驚くザガンに対して不思議そうにするベクターだが、彼女から理由を告げられると一気に焦燥感が体を蝕んだ。


「あの蕾が開くまでどれくらいかかる ?」


 頭の中で何かを悩みながらベクターが尋ねた。


「犠牲になる生物や土地の肥沃さによるが…少なくとも二日はかかる。問題は破壊するにしてもオルディウスとその一派が入る事だ…恐らくだがこれを機に魔界との入り口を作るつもりだろう。似ている環境にさえ出来てしまえば幾らでもポータルを作れる。さらに言うなら、ポータルを介さずとも魔界と現世を行き来出来るようにさえなるかもしれん」


 ザガンも頭の中で状況を整理しつつベクターへ話した。今起きている問題を解決できてない内に只ならぬ事態が、それも時限付きで迫っている。それを引き起こしているのが寄りにもよって自分の肉親であり、尚の事ベクターは戸惑っていた。どれを先に解決すべきなのだろうか。いや、こうなってしまえばまずはセフィロトを何とかしなければならない。アルからのアドバイス通りに話し合うとしても、オルディウスの横暴を許せばそんな事すら出来なくなってしまうだろう。何より、自分の友人たちにも危害が及ぶ。


「…なあ、少し話がある」


 悩んだ末にベクターはザガンに提案をする。彼の顔を見たザガンはなぜか分からないが、彼は決して乗り気ではなく寧ろ躊躇っているのだと不安そうにしている顔から読み取れてしまった。




 ――――そこから少しした後、テレビでも巨大な植物の蕾と思わしき物体がノースナイツの中央地点から生えている様子が報じられた。飛行艇から空撮した映像が流されると、避難した人々はこれまでの日常が返って来ないのかもしれないという危機感と共に今後の生活に対する不安について話し合うか、すすり泣きながら滅びようとしている故郷に思いを馳せる。


「…つまり、テラフォーミングって事か」


 リリス達からセフィロトについて聞かされたジョージは自分にとってしっくり来る言い方に直してから呟いた。


「良く分かんないけど、たぶんそれで良いよ。マジで本気だアイツ…」


 リリスもなぜか申し訳なさそうにしていた。自分があの場にいれば勝機は無くとも、クリフォトを生やさせるなどという計画については防げた筈だと後悔していた。イフリートも黙ったままテレビから目を背ける。自分達を始めとした穏健派や人間達がなぜ生かされていたのかを少し考えていた。


 訳あって手を出せなかったからなどという臆病且つ戦略的な考えではない。きっとオルディウスは気にも留めていなかったのだ。地面の隅で健気に動くミミズや、周りを飛び交う蠅を見るかのように「いてもいなくてもいい」存在としか思っていなかったのだろう。恐らく滅ぼそうとし始めたのも、更に勝手な理由…目障りだと思ったからといった様な一方的な物かもしれない。


「とりあえずヤバそうだってのは分かった。だが、そんな状況なのに肝心のベクターはいねえ…何でだろうな、ムラセ」


 ニュースが流れる前まで話していた話題を再開するために、タルマンがムラセを見ながら喋り出した。避けられない話題とはいえ、改めて圧を感じたムラセは俯いたまま何も言い返そうとしない。怒っているわけではなさそうだが、自分が責められる事だけは分かっていた。


「何で教えてくれなかった ? そりゃ確かに、アイツが俺の意見を聞いてくれるかは分からねえさ。でも…お前の気持ちだって分かるし、ベクターとの付き合いも長いんだ。頭下げて一緒に「まずは腹を割って話し合ってくれないか」って頼んでも良かったんだぜ ? それとも…不安だったか ? 俺達がベクター側に付くかもしれんと」


 彼女を慰めているわけではないという意思の表れか、口調自体は決して穏やかな物ではなかったが、彼女だけを責め立てて良い筈がない。そう思っての事か、出来る限りムラセを非難すな様な発言はしないように心掛けていた。


「絶対に私よりベクターさんの肩を持つって思ってたんで…つい」

「おいおい、そこらの老害と違って伊達に歳食ってるわけじゃねえぞ。筋さえ通ればちゃんと言い分も聞いてやるさ…それより、お前。お前も何か言う事あんだろ」


 ムラセがようやく言葉を出すと、和ませたかったのか笑いながらタルマンは答える。だが、バツが悪そうに座ってテレビを見ていたリーラに対し、少しきつく呼びかけた。


「悪かったとは思ってる。だけど、彼を裏切る様な事をしたくなかった。それだけ」

「それだけって…そのせいでこんなふうに揉めて――」

「偉そうに仲裁者気取ってんじゃないわよ。彼の事何も知らない癖に」


 リーラは非を認める一方で、面白半分にこんな真似をしたわけではないと打ち明ける。ジョージが苦言を呈するが、ベクターの抱える境遇やそれを見ていた自分の事を知りもしない癖に偉そうに話しかけるその態度が癪に障ったらしい。鋭い眼光で不快そうに彼を睨んだ。


「子供の頃、自分の親が目の前で家ごと焼け死んで…それを間近で見てしまった事なんか無いでしょ ? 助けようにも自分じゃ何も出来ずに悔し泣きして、必死に逃げ続ける事しか出来なかった彼の気持ちを考えた事は ? いつもいつも焼き付いてしまった記憶が夢に出てきて、その度に不安と恐怖で飛び起きて、震えてた彼の姿を一度でも見た事ある ? そしてようやく手掛かりを掴んだ矢先に、仲間だと思っていた奴らが出し抜こうとしてた。こんな事無視したら、私はきっと二度とアイツに顔向けできなくなる。だから――」


 リーラが思いをぶちまけていた時だった。ホテルのエントランスに設置されていたドアが開き、声を出すことなくザガンが静かに入って来る。辺りを物色するように眺めていた彼女と目が合ったリーラは、口を開けたまま話を止めてしまった。


「何であいつ…」


 彼女がそう言うと全員が一斉に振り向く。ザガンも見慣れた顔がある事に安堵したのか、緊張を解いてから彼らの方へ近寄った。


「無事だったか…ベクターは ?」

「悪いが暫く一人にしてくれと言っていた。安心しろ、置き去りにしたわけじゃない。頭を冷やしたいんだそうだ」


 イフリートは尋ねるが、首を横に振ってからザガンは言った。案の定だと思った一同が沈黙していた丁度その時、ファウストとフロウが荷物を持って戻ってくる。


「食事持ってきたで…何や、一人増えとるんか」

「どうかお気遣いなく。すぐに立ち去りますので」

「何言うとるんや。別の持って来たるからちょっと待っときや」


 ザガン本人としては食事などいらないと断りたかったのだが、フロウのお人好しぶりがそれを許さなかった。すぐに厨房へと戻って行く彼女を見送る羽目になり、食事が入ってるらしい袋を抱えたファウストを手伝うため、誰よりも先に彼の方へ急いだ。


「ああ。すまない」

「それより話がある。実は―――」

「…それは本当か…?」

「後はお前の判断に任せると言っていた」


 ムラセ達に聞こえない声量でファウストへザガンが耳打ちをすると、彼は驚愕しながら改めてザガンを見る。袋を受け取ったザガンは頷き、そのまま他の面々の方へそれを持って行く。「直接二人きりで話がしたい」というベクターからの伝言を前に、ファウストは不安と困惑に呑まれたまま立ち尽くす他なかった。

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