第145話 崩壊
シェルターの壁を越え、外に出たザガンが荒野の方へ歩くと目当てのものは簡単に見つかった。ベクターは仰向けに倒れており、そんな彼の胸にオベリスクが突き刺さっている。杭の様にずっぽりと地面に深く刺さっているせいか、意識があるらしいベクターも抜きようが無い。ただただ黙って空を見ていた。
「はぁ…」
世話の焼ける奴だとでも言うみたいにザガンは溜息をつき、離れた位置からオベリスクを操って地面から引っこ抜く。宙に浮いたオベリスクからベクターもようやく自分の体を抜いて、再び背中を地面に付けて倒れた。ザガンは能力を解き、乱暴
にオベリスクを放ると彼に近づいていく。
「頭は冷えたか ?」
「何言ってんだ。俺はいつも冷静だよ」
ザガンが尋ねると、ベクターはゆっくり起き上りつつ返事をする。そして首を鳴らして辺りを見回した。
「あいつらは ?」
「もういない。帰ったぞ」
「冷てえ奴ら…誰が車借りて来たと思ってんだ」
「恨むんなら話も聞かずに襲い掛かった自分の思慮の浅さを恨め。単細胞が」
「んだとっ…クソっ」
腕を組みながらベクターを窘めるザガンに対し、反抗しようとしたベクターだが疲労が溜まっているのか体を動かすのが辛い。痛みもそこかしこにあった。見かねたザガンは彼の隣に座り、懐からフィルムに包まれた黒い長方形の物体を取り出す。そして丁寧にフィルムを剝いてから齧り始め、ベクターにもう一本差し出した。
「腹が減ってるだろう。食え」
「何だそれ」
「羊羹だ」
「…俺、和菓子嫌いだって…まあ良いか。どうも」
差し出された糧食をベクターは渋々受け取り、齧りながら物思いに耽る。どうしても気分が晴れない。みすみす逃がしてしまった事だけではなく、自分が裏切られる側になってしまった事や、その原因が他ならぬ自分自身にある事、今後の仲間達との関係性など…とにかく様々な不安が交差し、整理がつかない。ムシャクシャした気持ちを少しでもすっきりさせたいと、そのまま羊羹を包んでいたフィルムを投げ捨てるが、ザガンが体内から鎖を放つ。そして宙に放り投げられたゴミに巻き付けて自らの手元に引き寄せた。
「ポイ捨てするな、たわけ」
「人間よりよっぽど礼儀正しいなお前…」
自分を叱って来るザガンに皮肉を言ったベクターだが、不意に車のエンジン音が聞こえて振り返ってしまう。姿勢を低くして様子を窺ってみると、遠方にトラックが停まっていた。そして誰かが降りて周囲を見回している。
「何者だ ?」
見慣れない顔なのか、ザガンは同じように体勢を低くしてから言った。しかし、目を凝らしたベクターは何かに気づいたのか、すぐに警戒を解いて立ち上がる。相手の方も最初をは驚いていたようだが、少しこちらの様子を窺うとやがて手を振りながら走って来る。
「ベクター ! あんたベクターだろ !」
「そういうお前は…えっと、あれ…ああ、そうだ。アルだった…よな、うん」
以前の仕事で同行していたアルが笑顔で駆け寄ってくる。ベクターもどうにか名前を思い出し、近寄って来る彼に対して確認を取る。
「お前どうしてここに ?」
「この辺りに”ネズミ”共がシェルターを作ってるって話を聞いてさ。ほら、あそこの…何でも近くを通りかかった奴によれば、派手な爆発音やら発砲音が聞こえたんだと。もしかしたら混乱に乗じて色々物資を漁れないかと思って…ウチのシェルターも中々苦労しててさ…ところで、そっちの人は ? まさかデート…君って高身長がタイプ ?」
事情を話すアルだったが、ザガンを見た途端に何を勘違いしたのか訳の分からない質問をし出す。
「あそこのシェルターの責任者だって言ったらどうする ?」
ザガンについてベクターが紹介すると、一気にアルの顔が青ざめた。許しを求めてるつもりなのか、少しづつ後ずさりしながら逃走を図ろうとしている。
「…構わん、もう死体しかないんでな。好きなだけ漁れ」
そんな彼に対してザガンが諦めたかのように言うと、アルは目を丸くした直後に満面の笑みを浮かべた。そして車をシェルターの方に持って行くからとトラックへ戻って行く。
「良いのか ?」
ベクターが尋ねる。
「どっかの誰かのおかげで死体だらけだ。生存者もいない…おまけに、奴らが裏切ってくれたおかげで少々面倒な事になった。裏切り者に見せてやる情けなど無い」
「どういう事だ ?」
「オルディウスに目を付けられてる。恐らく、私もお前も――」
ザガンは理由を述べるが、面倒な事の意味が分かっていないベクターは少し不思議そうにする。ザガンはかいつまんで事情を話し出すが、その間にジョージが車に乗って戻って来た。
「なあ、その…物資探すのとを車に積むの手伝ってくれないかな ? 一人じゃ流石に大変で…ちゃんと礼はするから」
申し訳なさそうにアルを前にした二人は、どうしても良心に逆らえなくなってしまう。そして話を中断してから、手伝いのためトラックの積み荷に乗った。
――――キャンピングカーでノースナイツに戻り始め出してから一時間が経過した。車内では誰一人として口を開こうとはせず、地獄のような時間だけが経過し続けていた。ファウストはソファで頭を抱え、ムラセはそんな彼を心配そうに見つめる。リリスは運転席でハンドルを握っており、その隣ではイフリートが雑誌を読んでいた。
「運転、前より上手くなったな」
余程耐え難かったのか、沈黙を破ってイフリートが口を開いた。
「ハイドリートで突撃した時あるでしょ。あの時の私が凄く楽しそうにしてたから、せっかくだし免許取れよって言われて教習所に行かせてもらった。ベクターに」
「そうか…」
リリスがベクターに工面して貰ったお陰で免許を取得できていた事を明かし、イフリートも相槌を打って終わった。やはり会話が続かず、どうやってもベクター絡みの話題ばかりが出てしまう。
「ああ~…マジで罪悪感凄いわ~…」
リリスが唐突に言い出した。流石に好き勝手にやり過ぎたという自覚はあったらしく、ベクターがどうしているのか気になって仕方がなかったのである。
「どうしようもなかったろ。奴に黙っておくという選択をした時点でこうなるとは思ってた」
「それはそうだけど…何かね~…やっぱちゃんと話してればって今更思ってさ…ああ~ダメだ。ラジオ聞こうラジオ」
リリスはどうにか気を紛らわせようとしてラジオを付け、周波数を弄ってニュース専門の番組に切り替える。しかし、そこから流れてくる情報を耳にした瞬間に全員が驚き、思わず見合わせてしまった。
『臨時ニュースです ! 先程、ノースナイツにてデーモンによる襲撃が発生したとの報せが入りました。シェルターの内外問わず、上級種や群れと思わしき強大な魔力も検知されており、生存者は絶望的との事です…繰り返します。デーモンによる襲撃が―――』