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第140話 亀裂

「やっぱりいたかお前等~‼抜け駆けしやがって !」


 呆れた様な顔をしてベクターは大声でムラセ達を呼ぶ。今のところ怒ってはいないらしいが、このままではこちらの事情を知られるのは時間の問題だろう。


「ベ、ベクターさん…その…」

「大丈夫だ。別に怒ってねえよ。ザガンはいたか ? 親父さんの消息知ってるかもしれないんだろ。さては、早く知りたくて焦っちまったな ? それにしたって書き置きくらいは残しといてくれないと…」


 とにかく言い訳なりをしてベクターがここから離れるように誘導しようとしたが、ムラセが言葉を思いつく前にベクターが笑いながら問いかけてくる。ハイドリートでの戦闘後、不味い状況だと判断したイフリートがリリスに相談した事で「ムラセとファウストが親子関係にあるかもしれない」という点だけは伏せ続けていた。


 一方でムラセはとにかく迷っていた。手遅れかもしれないが隠し続けてしまうと、バレた時が地獄である。かといって正直に告白さえすれば双方にとっていい結果で終わるという状況でも無い。ベクターのご機嫌を窺うために今会ったばかりの父親を見捨てるか、ベクターの物分かりが良い事に賭けて正直に打ち明けた上で話し合いに持ち込むか。いずれにせよ暴力沙汰になる事だけは予測できる。


「…ザガンさん !」

「ホントだ…何で急に」


 周りの兵士達がざわつき出す。気が付けばムラセ達の背後にザガンが立っていた。その後ろにはファウストもいる。


「おい、奴の目は確か緑だった気がするが…」

「”グレイル”を吸収しやがったんだ。ベルゼブブを殺した後でな」

「何だと…⁉」


 ベクターの瞳が紅くなっている事を疑問に思ったザガンだが、イフリートが原因を語ると少し仰天していた。


「ちょっと、何で…⁉」

「ちゃんと話しておかなければいけないと思ったんだ。逃げ出した所でどうにかなるものではない」


 ファウストが出て来た事にムラセは動揺し、乱暴に真意を聞こうとするがファウストは自分にも覚悟がある事を伝える。そしてベクターの方を見た。胸に埋め込んでいる魔具が元の持ち主であるベクターと呼応しているのか、締め付けられる様な苦しみに襲われる。胸が張り裂けそうになる程の苦しさに耐える彼だったが、事情を知らないベクターは不思議そうに見ていた。


「ザガン、久しぶりだな。前の忍者かアサシンみたいな服どうした ? あれ結構好きだったんだが…てか、そこのオッサン大丈夫か ?」


 調子よくベクターはザガンに話しかけようとするが、苦しそうに悶えたファウストを心配し出した。その目の前にいる男こそが、自分が最も探していた人物だとも知らずに、悪酔いして項垂れている通行人を見るかのような視線を向けている。


「ああ、大丈夫だ」


 少し落ち着いたファウストが肩で息をしながら言った。


「そうかい、なら良かった。アンタがここのシェルターの…責任者なのか ? 話が通ってるんなら聞かせてほしいが、ファウストとかいう奴を探してる。なんて言うか、事情が色々あるから詳しい事は言えないんだが…勿論情報をくれるんなら礼はするし――」

「私がそうだと言ったら ?」


 わざわざザガンと共に現れたという事は関係者か何かだろう。そう考えたベクターは事情を説明しようとしたが、その最中にファウストは自分こそがお探しの人物であると告白した。どうにか隠そうとしていたのに、何とも余計な事をしてくれたんだろうかとムラセ達は驚きながら彼を見る。


「…今のは聞こえなかった事にした方が良いか ?」


 やはり簡単に信じつもりは無いらしく、ベクターは訝しそうに尋ねた。


「ジード・モーガン。お前の養父だった男の名前だろう。誰が殺し、その犯人がどこにいるのかを知りたかった…そして、その犯人がファウストだと目星を付けている。違うか ?」

「冗談言うにしても言葉は選んだ方が良いぞ。そこまで知ってんなら、そいつを見つけた俺が何するつもりか…分からないわけじゃねえだろ」


 ファウストはそのままベクターの事情を察してるかのように話をするが、みるみるうちに機嫌が悪くなっていったベクターが彼に忠告をする。冗談でも出されたくない話題だったせいというのは勿論だが、もし今の話が事実だった場合には強硬手段に出るという心構えをベクターはし始めていた。


「ベクターさん、聞いてください。この人は――」

「…ムラセ、お前少し黙ってろ」


 場の雰囲気が明らかに暗く、そして殺気立ち始めた事にムラセは気づいた。とにかく落ち着かせようと呼びかけるが、ベクターはムラセを静かに睨みつけてから彼女に強めの口調で言い放つ。今まで自分には見せた事の無い様な冷酷な表情と眼差しは、少しでも邪魔立てするのであればまとめて殺すとでも脅しているかのようであった。


「改めて聞くが、あんたの名前は ?」


 再びファウストに向かってベクターが問いかけた。


「…ファウストだ」

「ちょっと、父さん…⁉」

「ベクター…あの子もまた、私の子だ…償いはしなければならん」


 ファウストが白状すると、ムラセはどうして馬鹿正直に言ってしまうのかと父親を見る。しかし、ファウストは恐れや苦痛で顔を歪ませながらも、どこか悲し気な表情をムラセにしてからベクターを見る。自分が父としての責務を果たさず、放ったらかしにしたツケがここにきて回って来たのだと彼は理解していた。一方でベクターは、ムラセがファウストに対して言った言葉を聞き洩らさなかったらしく、一度だけムラセの方を見た。


「ベクター、ちょっと落ち着こう。さっきファウストさんから話聞いたら、どうもあんたの出自って色々厄介らしくて…さ。話できない ?」


 ムラセじゃ止められないと感じたのか、リリスが割って入る様にベクターへ話しかけるが、それでも険悪な雰囲気が収まる様子はない。首を鳴らしながらがベクターは彼女を睨んでいる。


「ファウストはお前の実の親だ。母親の方はオルディウス。つまり…」

「俺がファウストの息子だって言いたいのか。だから何だよ」

「まだ分かんねえのか…自分の父親をお前は―――」

「ハハ……血が繋がってるだけだろ。そいつは」


 イフリートもこの場で揉めれば面倒な事になる事を予測していたのか、手短にファウストとベクターが血縁関係にある事を打ち明ける。しかし、ベクターは一笑に付した上でイフリートに対して言い返した。


「何だと… ?」

「性欲に負けたのか押し倒されたのか知らねえが、そこにいる男は勝手にてめえのチ〇ポ突っ込んでオルディウスとかいうデーモンに俺を産ませた。それだけだろうが…なあ、父親だってんなら教えてくれよ。俺が産まれた時にどんな言葉を投げかけてくれたよ ? 名前は付けてくれたか ?」


 驚くイフリートへ畳みかけるようにベクターは反論を始め、そのままファウストへ問いかけ始めた。ファウストは何か言うわけでもなく、黙ってベクターの言葉に耐え続けるばかりである。


「俺に少しでも読み書きを教えてくれたか ? 生き残るために力を付ける事がどれだけ大事か教えてくれたか ? 飯の食い方や他人との接し方は ? どれだけクソみてぇな状況でも人への尊敬と信頼を忘れず、誇り高く生きるべきだって道徳を教えてくれたか ? …俺に、親らしいことを何か一つでもしてくれたのか ? なあ⁉」


 ベクターは語気を強めながら問いかけるが、ファウストは一切答えずに俯き、申し訳なさそうにするばかりであった。やがて一切答える気が無いと判断したのか、ベクターは一度だけ言葉を止める。


「ハハハ…ぐうの音も出ませんってか。そりゃそうだよな、何もねえんだもの。アンタがしてくれた事なんか」


 そしてファウストをせせら笑った。


「ジードは全部してくれたぞ。俺がガキの頃といえば夜泣きは酷いわ、赤ん坊とは思えん馬鹿力で暴れて物を壊すわ散々だったそうだ。でも、あの人は一度も俺を見捨てようとなんかしなかった。必死に俺を育てて、誰かさんにぶっ殺されそうになっても、全てと引き換えに俺を生かしてくれたんだよ。てめえが殺したのはそういう人なんだ。分かるか ?」


 ベクターはジードに対する恩義を述べる間、誰一人として口を挟む事はしなかった。彼の動機を踏まえれば、復讐心を抱くこと自体は決して間違ってない。どれだけファウストを殺されたく無かろうが、ベクターの考えを否定できるだけの経験、知識、理論…その全てを誰一人として持ち合わせてなかったのである。周囲にいる兵士達も攻撃をするべきなのか、それとも待機に留めておくかで迷っていた。


「ムラセ、リリス、イフリート。正直に言うなら俺は、お前等を殺したくない。何だかんだ付き合いもしてきたしな」


 ベクターは彼らから顔を逸らし、躊躇いがちに口を開いた。


「そっちのやり取りでお前らがファウストを庇う理由も何となく分かった。でもな、収まりがつかねえんだ…………だから、この場にいる全員で俺の邪魔をするってんなら勝手にすればいい。殺したきゃ殺せ。その代わり、こっちも幾らか道連れにさせてもらうよ」


 そのまま自分に諦める意思がない事を表明し、ベクターは背負っていたオベリスクの柄に手をかける。そして躊躇無くエンジンを起動した。

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