第137話 会いたかった
「ふぁ…あれ ?」
辺りが静まり返ってる中でベクターは不意に目を覚ました。おぼつかない足取りであちこちを探してみるが、三人の姿が無い。何かが異常事態が発生して逃亡したという線もあり得たが、それにしては車内が荒れていない。
「どこ行ったアイツら…」
頭を掻きながら気だるげに外へ出たベクターは、見張り台の照明が微かに見えるシェルターの方を注視する。眠りこけていた自分を置いて先に行ったのだろうか。だが、わざわざキャンピングカーを置いていく理由にはならない筈である。つまり、自分に一緒にいられると都合が悪い理由があるのかもしれない。シェルターの方へ向かった点に関しても明確な根拠はないが、この状況と場所を踏まえて向かう事が出来そうな場所は限られている。おまけにリーラが自分にコッソリと渡した警告文についても気になっていた。
「何企んでるのやら…見つけ次第シバいてやる」
運転席に向かったベクターは、エンジンを始動させながら冗談交じりに言った。
――――ザガンに連れられてシェルターの中を歩いていた三人だが、違和感を覚えていたのか辺りを不思議そうに見まわしていた。
「どうかしたか ?」
周囲の様子に気を配りながらザガンが振り向かずに質問をする。
「…いや、もっと治安が悪いと聞いてたからな」
自分に気があるらしいウインクをして来た女性兵士達を気色悪そうに睨んでからイフリートが答える。女性兵士達は「何だよインポ野郎が」と悪態をついてからどこかへ行ってしまった。
「元々はそうだった。ここを隠れ蓑にすると決めてから私とファウストで改善するよう努めただけだ」
「マジ ? 大人しく言う事聞いてくれたわけ ?」
「片っ端から死なない程度に痛めつけて説教をかましてやった。殴っては叱り、殴っては叱り…その繰り返しだ。」
「あ~、納得」
ザガンがファウストと共に実力行使で改善させた事を語ると、リリスは頷きながらそんな事だろうと思っていたように笑う。
「だが悪い噂というのも使い物だと考えてな…ある程度自給自足をし、傭兵としてのビジネスをするようになった今でも人脈を使って治安の悪さについては噂を流し続けてもらっている。そうすれば危険な地域へわざわざ近づいてくるような奴はいないだろ ? 人間は近寄らず、万が一デーモンが来れば私が始末する。おかげで少し肩の力を抜いて生活も出来るようになった」
「ハイドリートにいたのも仕事の一環ですか ?」
「まあそうなるな。コウジロウは金払いが良かった。そして私としても人間の技術力がどの程度の水準か、他のデーモンが人間にコンタクトを取っているかどうかを知る必要があった。まあ、私の想像以上に同胞達は現世へ潜り込んでいる様だがな」
その後いかにしてシェルターを利用しているかを語り、自分がハイドリートで活動していた理由をザガンは語り始める。自分は敵じゃなく、あのような場所にいたのも理由があるのだとアピールしてるようにも見えた。
「それはファウストの指示でやってるのか ?」
「まあな。いつオルディウスが動き出すか分からん。警戒をしておきたいのは勿論だが…まあ会えば全てを話してくれるだろう。お前達にもな」
そのままザガンが説明をしている間、一行は廃病院の前へ辿り着いた。廃れているとは言っても電気などは通っているらしく、所々に作業灯が設置されている。屋内の照明にも電気が通っていた。
「この上だ」
ザガンはそう言うと、大量の物資が軒を連ねているエントランスの奥へとムラセ達を誘う。そして階段を昇って行き、三階にある院長室へと辿り着いた。
「いるか ?」
「…ああ、どうした ?」
ノックをしたザガンが尋ねると、くぐもってはいるが穏やかな声色で返事が来た。男の声である。少しだけ待つようにムラセ達へ指示を出し、ザガンは静かにドアを開けて部屋に入る。中にはベッドが設置されており、咳き込みながら黒髪を後ろで束ねている初老の男性が丁度出てきた所だった。今夜が峠…とまではいかないが衰弱しつつあるのは確かである。
「ファウスト、客人が来ている。お前も良く知っている奴らだ」
ザガンが用件を伝えると、初老らしき男性は目を丸くした。そして杖をつきながら赤い瞳を彼女の方に向ける。
「知り合い ? それは現世のという意味か ? それとも…魔界か ?」
「後者だ。おい、入ってき――」
驚くファウストに対してザガンはムラセ達へ入ってくるよう催促をしたが、言い終わる前にドアが開き、妙にテンションの高いリリスが駆け込んできた。
「ファウストさーーーん‼」
反応を窺う事なくリリスは駆け寄り、全力で叫びながら抱擁をし始める。
「おっと…リリスか…⁉なぜここに ?」
「探しに来たに決まってるでしょー ! もー ! やっぱくたばってる訳無いと信じてた甲斐があったー ! 」
大型犬の様にじゃれ付いて来るリリスをなだめ、ファウストは改めて魔界にいる筈の彼女が此処にいる事を信じられない様子で問いただす。リリスはよっぽど嬉しいのか、意地でもファウストから離れようとしなかった。
「その辺にしとけ…困ってんだろ」
「イフリート、お前もいたのか」
「…フン」
バツが悪そうに部屋へ入って来たイフリートがリリスに注意をすると、その姿を見たファウストは再び驚きを隠さずに言った。ここまで来ている時点で言い逃れなど出来る筈も無いのに、「別に俺が会いたかったわけじゃない」とでも言いたげな無愛想な態度をイフリートは貫き続ける。
「小娘、早く来い」
そのままイフリートが呼ぶと、最後にムラセが恐る恐る部屋へと入って来た。始めた対面したファウストに対し、どのような態度で接すれば良いのかが途端に分からなくなり、どう話を切り出そうかと悩んでしまうがリリスがそれを察したのかファウストの肩を軽く叩く。
「こっちで人間の子と随分お熱い事になってたそうですな~…さっすがの色男」
軽口を叩いて笑うリリスの言葉に、ファウストはようやく目の前にいる少女が何者なのかを察する。そして彼女の片方だけ光っている紅色の瞳を見つめた。
「初対面で申し訳ないが…能力を見せる事は出来るか ? 」
ファウストは静かに頼むと、ムラセは稲妻を迸らせてから背後に化身を召喚する。ゲーデ・ブリングを腕にも纏わせ、再びファウストを見た。
「そうか…」
ファウストはようやく納得がいったように呟く。そして自身も稲妻を迸らせ、ムラセとは違う青色のオーラで構成されたゲーデ・ブリングを使って見せた。それを目の当たりにしたムラセもようやく確信を抱く事が出来た。
「間違ってたら申し訳ないですけど、その…えっと……あの…」
能力を解除してムラセは話を始めようとした。しかし恥ずかしさがまだ残っているのか、どうしても踏ん切りがつかない様子でムラセは自分の腕をしきりに触りながらしどろもどろになってしまう。もし思い違いだった時はどうすれば良いのかなどと、余計な事が頭をよぎって仕方がなかったのである。
「もし…お前が私の事を父と呼びたければ、そうしてくれて構わない」
その時、覚悟を決めた様にファウストが話を切り出す。ムラセは思わずハッとした様子で彼の方を見た。リリス達はその様子をただただ黙って眺めている。
「ユキに似たんだな」
ファウストのその言葉を皮切りに、ムラセの中には何か熱い感情が込みあがりつつあった。ゆっくりとファウストに近づくと、彼女はそのままファウストに抱き着いて涙を流す。それはようやく父に会えたという喜びによるものであった。