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第131話 日常

 ハイドリートでの騒動から既に半年が経過しようとしていた。地下でムラセがサンドバッグを殴っている間、タルマンが工房でオベリスクの点検を行い続ける。常に無茶な使い方をするせいか、かなりの頻度で壊れてしまうオベリスクには多額の修繕費や材料費を要していた。


「そういえばさ」


 隣で書類を睨んでいたジョージがふとタルマンの方を向く。


「どうした ?」

「武器やら装備の開発と点検してるの見て思ったが、元々そういう仕事をしてたのか ? かなり手つきが慣れてる」

「まあな」


 ジョージの質問に煙草を咥えながらタルマンが答える。


「じゃあ何でベクターなんかと ?」

「ずっと昔の話だぜ。元々エルフやドワーフが迫害されてた話は知ってるだろ ?」

「ああ。片やデーモンの手先扱いで虐殺され、片や嫉妬や偏見から冷遇されて貧民としてこき使われてたってやつだな」


 かつてエルフは他種族に先駆けてデーモンの生態や彼らの持つ力である魔力の研究を古の時代から研究し続けていた。そうして作り上げた魔術は、言うなればデーモン達の特性や能力を人工的に再現した物であり、その英知は今も様々な分野に応用されている。しかし、当時の人間は不可思議な術を使う彼らをデーモンの手先と見定め、徹底的な迫害を行い続けた。


 一方でドワーフもまた差別の対象であった。先進的な鍛冶の技術や手先の器用さなど、武器製作の要を担っていた彼らだったが、いつの世も嫉妬は恐ろしい。彼ら自身が出世といった物に興味がない事もあってか、見事に食い物にされてしまったという経緯があった。


「んで、何とか就職した先も酷くてな。ディナミコ工業って所なんだが」

「有名な武器メーカーじゃないか。まあ、人材に逃げられたり設計図やらを紛失したりで今は権利売り払ってアパレルメーカーになってるらしいけど…」

「おう、そこだよ。まあ恐ろしかったな…ドワーフは社内の監査部って所が随一で監視して、おまけに勤務中は会社の敷地から出るのは禁止。食堂を使って良いのは人間のみ、ドワーフはわざわざ上に許可取らねえと入る事さえ出来ない。入っても白い目で見られるしな…んで転職しようとすれば片っ端から色んな企業に連絡して採用しないようにと圧力をかけて…そんでもって貰える報酬は一週間分の食事になるかどうかってもんだった」

「思ってたより酷いな…」


 物思いに語るタルマンだが、本人にとっても良い思い出とは言えないのが苦虫を噛み潰したような表情からして良く分かる。憐れむジョージを余所に、タルマンは煙草を灰皿に押し付け、新しい箱を開けてから休憩のためにクッション付きの椅子に腰を下ろした。


「まあな。だから、こりゃいつか会社に殺されると思って…」

「脱走したって事か。同情するよ」

「過去に開発した分とこれから作る兵器の設計図全部燃やして、ついでに社長室も爆破してやった」

「同情した俺がバカだった」


 会社でしでかした事を知った頃には先程まであった筈の同情心が見事に消えてしまい、ジョージはタルマンに対してぼやいた。しかし怒るという事はせず、タルマンは笑いながらビールまで開け始める。


「んで、見事に狙われる羽目になって身を隠してたんだが、その時に会ったのがベクターだ。『面白い技術者がいるから』って聞きつけて仕事仲間にしたかったらしいが、自分の問題が片付いてねえのにそんな誘い乗れるわけねえだろ ? その旨を伝えたら『分かった』とか言ってな…それから三日ぐらいしてビデオレターが届いたんだ」


 タルマンはしみじみと語ってからドア付きの戸棚を漁り、古びたVHSを取り出した。ボロボロになったラベルには「親愛なるルベンス君へ」と馴れ馴れしく書かれている。


「見るか ?」

「すげえ見たい」


 タルマンがニヤニヤしながら聞くと、ジョージも二つ返事でオーケーを出した。


「よしイフリートとリリスが戻ってくるまで待とうぜ。てかあいつらどこ行った ?」

「イフリートは昼飯買いに行ってるよ。リリスは昨日の夜から出かけてる…あれ、ベクターもそういや昨日の昼から見てないな」

「まあ、碌でも無い事してんだろ。いつもの事だ」


 なぜか何人かが行方不明になっている事を不思議がった二人だが、別段珍しい事では無い事に気づいてすぐ作業へ戻る。丁度その時、トレーニングを終えたムラセが部屋を出ていく音が聞こえた。




 ――――その頃、ベクター達の自宅に近いバス停にて、シェルターが運営しているバスからリリスが降りてきた。その背後からは数人程の乗客に取り押さえられた気弱そうな中年の男性が現れる。


「な、何かの間違いだ ! そこの女が手を掴んで触らせてきたんだよ !」


 中年の男が叫んだ。


「この期に及んで言い訳とは図太い野郎だな ! お嬢さん大丈夫だ、こいつは俺達でキッチリと懲らしめてやる」

「そうだそうだ ! 恥ずかしくないのか !」


 取り押さえていた者達は口揃えて中年の男性を非難し、暴れようとするたびに彼を殴るか強く掴む。女の目の前で恰好を付けたくて仕方が無いのだろうとリリスは勝手に彼らを見下していた。


「オジサン、私は凄く傷ついたわけ。大して興味も無い輩にホットパンツ越しにケツ弄られた挙句、下着の中にまで手入れられそうになってさ。つまり被害者なのよ。言いたい事、分かる ?」


 リリスは煙草に火を付けながら言った。


「誠意ってもんがあるでしょ ? やる事やってくれたら水に流すって言ってんじゃん」

「ふ…ふざけるな ! 嵌められたんだ ! こいつは…」

「あっそ。じゃあ訴えてやるわ。楽しみにしとけよテメェ」


 頑なに折れようとしない男性に向かって、リリスはいつの間にか盗んでいた名刺をチラつかせる。完全に身元が割れてしまっている事を理解した男性は途端に押し黙った。その後、男性は手持ちの金を全て彼女へと賠償として毟り取られたのは言うまでもない。


「やっぱ儲けるのはこれが一番手っ取り早いね」


 帰り道で札の枚数を数えながらリリスは小声で言った。というのも、ストリップクラブに入り浸っていたせいで小遣いの大半が無くなり、仕方なく穴埋めをするために騒動をでっち上げただけである。バスを待っている間に割り込んできた男性にムカついた事がキッカケだったが、乗車してから満員になった頃に彼の近くまで行き、手を握って誘惑をした。そんな見え見えのトラップに引っかかる方も大概だが、そうして触らせるだけ触らせた後に「痴漢がいる」と騒ぎ立てたというのが一連の真相だった。


「あ、ニートのねーちゃんだ !」

「よお、チビちゃん達」


 だが流石に下着まで弄らせたのはやりすぎだったかと考えていた時、近所の空き地で遊んでいた子供達が彼女を呼ぶ。どうもベクターの自宅とそこの住人というのが噂になっているらしく、子供達から妙に懐かれてしまっていた。


「てかもう十一時だぞ。勉強しなさい勉強を。学校とか行って」

「だって~学校行く金なんか無いもん」

「じゃあ本とか読んだりしなよ。遊ぶのも良いけど、学ぶ事を止めたら人は成長しないぞ ?」

「え~、めんどくさ~い」


 少しは大人としての威厳でも見せてやろうと、リリスは近くに積まれていたタイヤに座って子供達に勉学の大切さを説こうとするが、彼らから口々に出てくるのは文句や嫌がる様な反応だけであった。


「てかニートに言われたくないよぞんなの」

「あちゃ~、それ言われたら何も言えないや」


 挙句に子供の一人が逃れようのない事実と共に言い返すと、痛いところを突かれてしまったリリスはお手上げ状態になってしまう。その時、バタバタと足音が聞こえたかと思えば、なぜか上半身裸になって必死の形相で道路を走るベクターの姿が見えた。


「ほら、見なよ。勉強もしないで毎日好き勝手にその日暮らしばっかしてたら、ああいう真昼間から訳の分からん事し始める頭のおかしい人になっちゃうぞ」

「…俺、ちゃんと勉強するよ」


 せせら笑ってからリリスが指を差してベクターを馬鹿にする。そんな彼女の言葉と、今しがた見た奇行に走る大人を見た少年の一人は、反面教師にでもしようと決めた上で静かに決意を露にした。

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