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第130話 全部パァ

  騒動の発生から六時間が経過した。デーモンの掃討が終わり、現地の兵士からの連絡を受けたシアルド・インダストリーズは待ってましたと言わんばかりに支援物資を積んだ輸送船や増援部隊を手配。現地に取り残されている民間人の救出や護衛に当たる事となった。”グレイル”が失われた事でポータルが閉じ、もうデーモンがシェルター内に出現する事も無い。


 彼らの活動に善意が無いわけではないが、狙いとしては貸しを作るという点にあった。ハイドリートだけではなく、現地に残っている民間人の中でも影響力の強そうな…言わば上流階級へのアピールである。


「皆さん、食糧の配給を行いますので一列に並んでください」


 兵士が落ち着き払った様子で言った後、紙の箱に入った弁当を配っていく。炒めた昆虫、塩茹でしたジャガイモなど…味は酷いものだが九死に一生を得た人々にはどうでも良かった。


「ああ…ああ…分かった。気をつけてくれ」


 アーサーは無線で定期連絡を行ってから辺りを見回していると、手を振りながらこちらへ向かってくるマークが見えた。


「データはどうなった ? データは ? そういえばアスラの新機能はどうだった ? 凄いもんだろ。何て言ったって───」

「落ち着け。ほらよ」


 興奮しっぱなしな彼を宥め、アーサーはUSBを渡す。


「いや~良かった良かった。そういえば君と組んでた…ほら、”死神”は?」

「さあな。祝勝会をするんだと」


 そんな事してる暇があるなら手伝って欲しいとは思っていたのだが、当の本人達からは「ボランティアまでしてやる程の義理は無い」と言われ断られていたのである。




 ────辛うじて被害を免れていた焼肉屋では、従業員たちが恐る恐る接客を行っていた。さっさと店を閉めて自宅の様子を確認したいというのに、この状況で店を開けろとほざく客がいたである。お得意様とはいえ酷い横暴さだと思ったのだが、肝心の客を見て全員が押し黙った。


「ちょっと、高いのばっかり食べるのやめてくれない?」


 リーラがベクターにキレる。


「頼むの許可したのお前だろ。食えるときに食っとかないと…お、焼けてる」


 反論しながらご機嫌そうにベクターは肉を取る。よりにもよってオベリスクを壁に立て掛けており、「嘗めた事をしたら暴れてやる」と店に対して意思表示をしてるようにも見えた。


「てか何で野菜やら大豆ミートやら頼むんだ。お前もとうとうそういうのに目覚めたのか」

「だって安いし健康に良いし」

「じゃあサラダと豆腐食ってろよ。大体なんだ大豆ミートって。未練がましい名前しやがって」

「そこまで菜食主義を憎んでるあなたにビックリなんだけど…」

「菜食主義は否定してないだろ。自分達は先進的で偉大な人間ですってアピールしてる癖に、こんな大嫌いな筈の肉に似せてるもん食ってる中途半端野郎が吐き気を催すくらい嫌いってだけ…あ、でも意外と美味いな」


 非常にどうでも良い会話を繰り広げるベクターとリーラを余所に、タルマンはムラセに酒を飲まないのかと催促を始め、イフリートは早速酔いつぶれそうになってるジョージの介抱を嫌々ながら行っていた。


「すまない。こっちにハイボール二杯とハラミを十人前追加してくれ」


 イフリートが店員に頼む傍ら、ジョージは既に寝息を立て始めていた。言われるがままにジョッキを運ぶが、到着するや否やリリスが取っ手を握って一気に飲み干す。


「これって酒の割合もっと濃く出来る ? てか、これにストレートで入れられる ? 」

「は、はい…」

「じゃあそれで。どうもね~」


 もはや何杯目か分からない状態だが、未だに意識を保ち続けている彼女に若干恐怖さえ覚えた。


「もう帰りてえ…頼むから誰か店仕舞いの時間だって言いに行けよ」

「それがよ…予約した人の名前聞いた店長が青ざめててさ、『絶対に機嫌を損ねるな』ってうるせえから…物理的に店潰されるってよ」

「ウソだろ」


 バックヤードや厨房にいた従業員も声を抑えながら。そんな文句を言い続けてる間にも、ベクター達が屯しているテーブルには皿とジョッキが無数に積まれては下げられるという光景が繰り返され続けた。店の在庫がそろそろで底を尽くのではないかと心配し始める程に無くなった頃、彼らも落ち着いた様子でグラスやジョッキを弄りながら雑談をする。


「やっべ、めっちゃトイレ行きたい~。どうしよ~」

「行けばいいじゃないですか。うわっ臭」


 リリスが寄りかかりながら尋ねてくるが、腹を休ませたかったムラセが呆れた様に言う。そのまま酒やニンニクの臭いを帯びたまま、リリスは千鳥足で歩いてトイレを探そうとした。


「すんませ~ん、トイレってどこかな ?」


 目と鼻の先にあるにも拘わらず、なぜか近くにいた比較的若い男性の従業員にリリスは尋ね始める。


「…あの、あそこですけど」

「マジで ? ありがと~ ! おにーさんマジ優しいわ~」

「えっ、ちょっ…⁉」


 指を差しながら店員が説明した瞬間、目を輝かせてからリリスは抱き着く。そして感謝と賞賛をしながら彼の頭を撫でた。一切抵抗をしない辺り、従業員もまんざらではないらしい。そんな彼へトドメと言わんばかりに頬にキスをして、リリスはトイレへ向かうが、トイレに入って少ししてから微かに呻き声を発した。


「しっかし、ここから戻ったらまたあの質素なシェルターでの生活か…何か帰りたくねえな」


 タルマンが寂しそうにボヤいた。


「毎回毎回こんな豪遊されたら財布が死ぬんだけど」

「その通り。だが…今後の計画が上手くいけばまたデカい金が手に入る」


 リリスがやめてくれと釘を刺し、ベクターも同意こそしたが何か考えがあるらしい。ポケットからジョージに渡されたUSBを取り出した。


「それは ?」


 イフリートとチョコアイスを舐めながらムラセが尋ねる。


「アーサーに渡したデータのオリジナル版だ…だけど、こっちは何の修正や黒塗りもしてない。当然、シアルド・インダストリーズの名前も消してないって事だ」

「成程、それ元手に連中を揺するってわけか !」


 ベクターは得意げに語り始める。すかさずタルマンが顔を明るくして予想を口にした。


「いやいや、それじゃ連中との関係に亀裂を入れかねない。下手したら始末に動かれるかも…こいつはもっと有用な使い方をするんだ…例えばそう、ライバル企業に高値且つ匿名で売り渡すとかな」

「…そんな事したら、尚の事マズいんじゃないですか ?」

「いや、恐らくだがシアルド・インダストリーズは俺達がこのデータを持っているとは思ってない筈だ。もし、最初の取り決めを鵜吞みにしてたならな…そうなれば疑われこそしてもクロと決めつけられる可能性は大幅に下がる。なんせあそこは今回の件で他所から相当な恨みを買う事になってるんだ。俺達なんかに構ってる場合じゃない」


 ムラセも流石に突っ込んだが、そうはならないと理由付きでベクターは言い切る。一方でイフリートは寝ているジョージに上着を被せていた。


「そんな状況で他の企業がこのデータを持っていれば間違いなく悪用するか勝負に出るだろ。その情報をシアルド・インダストリーズに流し、『俺達ならどうにか出来る』と再び取引を持ち掛け、その後にライバル企業をどうにかする。するとどうだ ? ライバル企業からは情報料を頂き、シアルド・インダストリーズからはもう一回正当な理由付きで金をせびれる」

「面白い賭けではあるけど、色々と雑過ぎない ?」

「ま、その辺はもう少し練るとして、今は大事に寝かせておくんだ。こういうのは焦るんじゃなくて時期を見ないといけない…シアルド・インダストリーズの評判が上がって、特に儲かってる時期が狙い目だ。評判落とさない事に必死で、きっとどんな額でも喜んで出してくれるからな」


 ベクターが企みについて話を続けるが、流石に無茶が過ぎると思ったリーラも指摘した。ひとまず計画の初期段階である事は認めるベクターだったが、やる気は満々になっているのかUSBを弄りながら嬉しそうに笑っていた。しかし流石に酔いが酷かったのか、指先がもつれた拍子にUSBを床に落としてしまう。角度が悪かったのか落下したUSBは、バウンドして何度か床に叩きつけられてから少し遠くへ滑って行った。


「おっと、しまった」

「バーカもっと丁寧に扱え愚か者が」


 焦った様子でベクターが呟き、タルマンがウォッカを流し込みながら煽った。壊れてないとは思うが、正常に動作するかどうかが心配である。ベクターはすぐに座敷から立ち上がって取りに行こうとしたが、悲劇はその瞬間に起こった。


「皆ヤバい ! めっちゃデカいウ〇コ出たせいでトイレが流れん !」


 なぜか一人で大盛り上がりし、爆笑しながらリリスが走って来た。そのまま全員の前に立った彼女だが、不意にプラスチックの様な物が砕ける軽い音が響く。自分の記憶に残っている和気藹々としていた筈のテーブルにいた仲間達が、凍り付いたような表情で自分の足元を見つめている。静かに足を退けると、見事なまでに破壊されたUSBがそこにはあった。


「うわあああああ ! 待って待って待って待って‼ちゃんと話しよ ! ね ? 平和的に行こう!!」


 気が付けばリリスは首をガッチリとベクターの腕で抑え込まれ、そのまま顔を焦げた肉や野菜のカスが僅かに残っている鉄板へと近づけられていた。必死に抵抗を試みるが、ベクターは凄まじい力で鉄板に向けて抑えつけてくる。本気だった。


「火力上げろ」

「おう」


 ベクターが指示をするとタルマンも躊躇いなく応じた。


「ふざけんなよオイ ! 女の子の顔を傷物にするとか外道の極みだぞ ! マジで社会的に死ぬぞ ! イカれてんのか独身ニート !」

「都合の悪い時だけ弱者面してんじゃねえぞ ! 男だろうが女だろうが関係あるかてめぇ ! 」


 リリスは罵倒や忠告を交えながら叫ぶが、やはりベクターが止まる気配は全くと言っていいほど無い。止めるべきかとソワソワするムラセだが、このまま見てた方が面白そうだと思ったリーラは彼女の肩を叩いて隣に座るように促していた。


「やれーベクター ! 男女平等ってもんを叩き込んでやれー !」


 外野であるタルマンがベクターをおだて、黙々とイフリートが食事を続け、リリスとベクターが取っ組み合いになるのを鑑賞しているリーラとムラセという光景は混沌と呼ぶにふさわしい状況であった。さっさと帰ってくれないかと思い続ける焼肉屋の従業員たちは、仕方なく裏で酒を飲みながら騒ぎが収まるのを待ち続ける。和やかではないものの、静かな空間が嫌いなベクター達にとってはピッタリの息抜きとも言えた。

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