第128話 ヒント
「選手交代だ。イフリート、お前俺と組もうぜ」
ベルゼブブを見たベクターが唐突に提案する。毒液に塗れた敵に出来る限り近寄りたくないという至極単純な理由であり、近寄らずに攻撃できる手段を持ってる者と組んだ方が有利かもしれないというアイデアによるものだった。
「私も賛成です。どの道、あっちの人には聞きたい事があるんで」
ムラセは同意しながらザガンの方を見た。どうやら向こうも視線に気づいたらしく、ムラセへ睨みを利かせている。
「決まりだな」
「俺の意見は聞かないのか ?」
「いや、だって――」
ベクターが勝手に話を進めていく事にイフリートが抗議をし、それに対してベクターが言い返そうとする頃にはリリスがザガンへ殴りかかって行っていた。一度だけ申し訳なさそうにベクター達の方を見てからムラセも後に続いていく。
「ほーら、やる気満々みたいだぞ。女子会」
「チッ…分かった分かった」
そのままイフリートが攻撃の準備を始めるが、すぐさまベルゼブブが邪魔をするために大量の雑魚をけしかける。しかし、咄嗟に肉体から炎を発散して辺りを火の海にするとまとめて焼き殺してしまった。
「あの馬鹿…範囲考えろよ」
何とか避難していたベクターは悪態をつくが、背後から殺気を感じて思わず動く。サソリの様な尻尾でベルゼブブが突き刺そうとして来ていたが、間一髪で躱す事が出来た。地面に尻尾が突き刺さるや否や、アスファルトが音を立てて溶けていく。あんな物を体にぶち込まれたらと思うと身震いしたくなるような気分だった。
「蠅とサソリって別に共通点無いよな。いや、でも虫か ? 一応は…」
どうでも良い事を口走るベクターだったが、すぐさまベルゼブブが襲い掛かって来た。蠅の状態よりも俊敏さや筋力が上がっており、避けようにも無数に体から生えている尻尾やハサミが追撃をして来る。
「うわっ重っ… !」
ハサミをオベリスクで受け止めたはいいが、自身よりもデカい体躯を持っているだけあってかなり堪える質量であった。その間にもベルゼブブの体を覆っている毒液がオベリスクからレクイエムへと伝って来たが、煙を出しながら音を立てている。いつかレクイエムが壊れてしまわないだろうかと心配になっていた。
「…おっと」
ベクターは思わず声に出してしまう。必死に攻撃を受け止めているせいで動けない最中、ベルゼブブが体から生やした別の尻尾がこちらへ狙いを付けているのが見えた。避けようにもハサミを抑えるのに精一杯でどうしようもない。
「ぐああっ‼」
しかし丁度その時、ベルゼブブが悲鳴を上げた。付近に群がっている雑魚を狩りつくしたイフリートが、すぐに熱線を放ってベクターに狙いをつけていた尻尾を焼き斬ったのである。
「今だ ! やれ !」
イフリートが叫んだのを機に、ベクターはハサミを押しのけてからそのままベルゼブブの腕に飛び乗る。そして首に目がけて駆け出して行った。痛みに怯んだベルゼブブが防ごうとする頃には遅く、ベクターが振りかざしたオベリスクの刃が眼前に迫っていた。頭部を覆っている甲羅のおかげで完全に切断はされなかったものの、深くオベリスクが食い込んでしまっている。血も噴き出していた。
「惜しかったな… !」
「いやあ、意外と順調」
馬鹿にしてきたベルゼブブに対し、ベクターはオベリスクを敵の血で濡らしながら言った。その瞬間、遠くの方から再び熱線を放つ準備をしているイフリートが見えた。溜める時間が長い上に、彼の肉体から漏れている熱波や炎から見るに威力は先程とは段違いの物になるのが容易に想像できた。
「これから消し炭になるが気分はどうだ ?」
「熱線で自分も死ぬ気か… ? 出来る訳が…」
「いや、死ぬのはお前ひとりだ」
熱線に巻き込まれるつもりなのかとベルゼブブは驚いたが、すぐにベクターは否定する。そしてベルゼブブの血液から魔力を補給したレクイエムを時間操作用の形態に変形させてからそれをチラつかせた。
そんな事は知る由も無いベルゼブブだったが、次に瞬きをした頃にはベクターの姿が消えていた。そして視線の先でイフリートが熱線を放とうとしており、その足元で笑いながら手を振っているベクターを見つける。だがすぐに目の前が真っ白になり、やがて身を焦がす程の熱が全身を包み込んだ。
「うっひゃ~、想像以上だな…」
ベルゼブブと思わしき焼死体こそ残っているが、それ以外は全てが塵も残さずに消えてしまっていた。よく目を凝らしてみればシェルターを囲っている防壁にも影響があったらしく、無惨に溶けて無くなってしまっている。後々の請求が凄まじい事になりそうだと頭を悩ませつつも、ベクターは焼死体の方へ近づいてみる。信じられない事にまだ息があった。
「うわっ生きてる。まあ丁度いいや。どうせ死ぬんだし教えろ。”グレイル”はどこにある ? 」
「…地下に…」
ベクターが尋ねてみると、ベルゼブブは随分あっさりと白状してきた。意図は分からないが観念をしたのかもしれない。
「どうも。後で探してみるよ。ついでにもう一つ聞きたいんだが、俺の親父を殺した犯人知ってるって言ってたな。何者だ ? 」
「ハハ…当の本人は何も知らねえのか……こんな偶然が…あるもんかね…」
「さっさと答えろ。返答次第じゃ楽に死なさねえぞ」
礼を言ってから次の質問にベクターは移るが、不穏な言い回しばかりするベルゼブブに若干苛立ちを垣間見せながら圧力をかける。少しの間だけ押し黙ったベルゼブブだったが、やがて口を開いて衰弱しきっている様子で言った。
「…ファウストだ」
「ファウスト ? デーモンか ?」
「ああ…後は…本人に…直接聞く事だな…」
あるデーモンの名前を口走ったベルゼブブに対してさらに追及しようとするベクターだったが、それ以上は何も教えてくれない。ただ馬鹿にするようにこちらを見ているだけであった。或いは彼自身もその程度しか知らないのだろうか。
「そうかい」
ベクターは呟き、ベルゼブブの胸部に露出しているコアをレクイエムで掴む。そして無理矢理引き千切るようにして奪い取った。さほど苦痛は伴わないのか、ベルゼブブはそのまま動かなくなり、やがて体が瓦解していく。彼の肉体を構成していた大量の虫達もまた、すぐに力尽きて動かなくなってしまった。
「ファウスト、ねえ…おい大丈夫か ?」
大量の虫の死体を踏みつけつつ、ベルゼブブのコアをレクイエムに吸収させたベクターは改めて犯人だと思わしきデーモンの名前を確認する。そして妙に落ち着きがないイフリートを心配した。
「あ、ああ…問題ない。疲れただけだ」
一段落ついた事でとりあえず人間態に戻っていたイフリートが返事をする。しかしどこか不安げな様子だった。
――――その頃、ベクター達がいる地点からだいぶ離れている場所で交戦し続けていたザガンとリリス及びムラセだったが、遠くで起きた爆発やこちらにまで届いた熱波によって決着がついた事を感じ取る。
「さっすが私の弟」
リリスが少し誇らしげに言った。
「死んだか…まあいい」
相変わらず冷淡な口調でザガンも呟く。しかしムラセは別の事が気がかりで仕方なかった。
「そういえば、前に会った時…私の父親がどうのって言ってましたけど、私の家族の事知ってるんですか ?」
互いに動きが止まった今なら喋っても許されるだろう。そう思ったムラセは思い切って質問をぶつけてみた。
「…雰囲気や、纏っている魔力と性質が良く似てる奴を知っている。本人から聞いた話と併せて確信した」
臨戦態勢を解いてからザガンも告げる。どうやらムラセに関しては本気で殺し合うつもりは無いらしい。
「それってもしかしてさ…」
「ああ、ファウストだ。そこの娘の父親は」
まさかと思ったリリスに対して、同調するようにザガンは言い放つ。ファウストが何者なのか事情を知らないムラセはただその名前を聞いてから、「ファウスト…」と確認するように呟くしか無かった。