第127話 二対四
見る見るうちに姿を変えたベルゼブブの姿は、まるでサソリの様であった。再び辺りを大量のデーモンに取り囲まれながら、ベクターは面倒くさそうに頭を掻く。
「偉そうに言うくせに雑魚をけしかけるだけかよ。おい」
「そんな事より数が…」
小賢しい戦い方しかしないベルゼブブへ悪態をつくベクターを余所に、ムラセは大群を前に慄いていた。辺りを囲まれ、その先ではベルゼブブがほくそ笑んでいる。
「何も出来ないわけじゃない。そうだ、お前俺の手を掴め」
「え、でも――」
「いいから」
ベクターが突然指示を出すが、この状況で何を言い出してるのだろうかとムラセは困惑する。そのまま彼女の返答も効かずにベクターが腕を掴んだ直後、大群が一斉に襲い掛かった。ベクターは再びレクイエムを変形させて時間の流れを操作すると、手を掴んでいるムラセの様子を確認した。周囲の景色を見て混乱しているらしい。
「これって… ?」
ムラセが尋ねた。
「まあ色々あった。それより手短に言うぞ。お前をあいつの頭上にまで放り投げるから一発かましてやれ」
「もっと具体的に言ってくれません ?」
「飛び掛かって蹴るなり殴るなりしてやれば良い。何するかはお前に任せる」
「そういう指示が一番困るんだよなあ…」
制限時間があるせいか、ベクターも急ぎ足で説明するが酷く大雑把なせいでムラセは少し苛立ちを垣間見せる。
「はいはい、そんじゃあ行くぞ…それっ !」
愚痴を聞くつもりは無いのか、ベクターはすぐさま彼女を上空へ放り投げた。間もなく能力が解除され、ベクターに向かって大群が押し寄せる。骨も残さないような勢いで彼を食らおうと必死になる敵を排除し続けるベクターだが、一方で比較的上空には敵がさほどいない。お陰でムラセはすぐにベルゼブブへ狙いを定める事が出来た。
すぐさま上空でゲーデ・ブリングを発動し、上空から踵落としを決めるがベルゼブブが肉体に纏っている甲羅の様な装甲が阻む。そんな彼の背後から毒針を付けた尻尾が伸び、ムラセへ攻撃しようとするが化身が間一髪でそれを防いだ。
「こいつは驚いた…つくづく始末するには惜しい奴らだ」
ベルゼブブはいやらしい笑みと共に褒めるが、確実に裏がある事が見て取れるせいであまりいい気分はしない。そう思っていた直後、雑魚の群れがベクターの殲滅衝破によってまとめて焼き殺された。血まみれな姿で歩み寄って来るベクターの姿を見たベルゼブブは、期待通りだったのか満足げな様子である。
「そろそろ出張るかな」
そう言いながら再び配下のデーモン達を呼びせたベルゼブブだったが、その内の大半に向かって触手を伸ばした。よく見ればハヤトも巻き込まており、まとめて絡み取ってから彼らの肉体に残っている魔力や血液を徹底的に搾り取る。そして自らの体に吸収すると、図体が一回り程大きくなった。両腕をハサミのように変形させただけでなく、肉体の各部位からも毒液が垂れている。全身が毒によって覆った姿を前にし、つくづくムカつく戦い方しかしない奴だとベクターは思っていた。
「…ん ?」
どうやって攻撃すればいいかと考えていた時、どこかで地鳴りがした。続いて何か巨大な物体が吹き飛んでくる。
「おっと、嘘だろ」
吹き飛ばされて来たザガンが着地をするが、その酷く損傷した彼女の装甲を見たベルゼブブが思わず呟いた。間もなく彼女を追いかけて来たらしいリリスとイフリートも姿を現す。
「えっと…たぶんリリスだよな。お前腕取れてんじゃん。どした ?」
「ん ? 油断した」
呑気に尋ねるベクターに対して、なぜかリリスも軽いノリで答える。一方でザガンも立ち上がってからベルゼブブと会話をしている。
「頼むぜ、お前がやられるとこっちは後が無いんだ」
ベルゼブブが揶揄う様に言った。
「…チッ、偉そうに」
そんな彼の態度が癪に障ったのか、ザガンは苛立ちを隠さずに愚痴を零す。二対四という状況のまま再び戦いが始まろうとしている最中、それをアモンが遥か遠くのビルから見ていた。彼の背後には以前の戦闘で逃げ出したフロストが怯えた様子で伏せている。
「最近話題になっている魔具を扱うガキとその一派か…中々面白い面子だ」
少し笑ってからアモンは言った。オルディウスに対して丁度いい土産話が出来そうだと感じる一方で、もう少しだけこの戦いを見ていく必要がある。共倒れになるのが理想ではあるが、ベクターが死んだ場合は魔具を回収した上でベルゼブブ達の存在を報せなければならない。そして万が一ベルゼブブが倒されるようならば、自分達にとってベクターは間違いなく脅威になるだろう。リリスやイフリートのような敵対する派閥の者達と行動を共にしている事から、まずこちら側の話を聞いてくれるとは思えない。
「もう行っていいぞ。報せてくれて感謝する」
アモンがそう言うと、フロストは必死に逃げ出していった。突然アモンによって拉致され、知っている事を全部喋らされただけではあるが、やはり機嫌を損ねないように必死であった。オルディウスと彼女の部下へ無礼を働き、敵に回してしまった者がどの様な末路を辿るかを散々見て来たからである。そんなフロストの気持ちなど知る由も無く、アモンは戦いが再開するのを心待ちにし続けた。