第125話 思い通りの世界
「何だか急展開だな。どういう風の吹き回しだ ?」
ベクターはせせら笑った。
「言葉の通りさ。オルディウスについては聞いてるんだろ ? ふんぞり返ってるあのアバズレを玉座から引き摺り下ろして…殺す。お前となら出来る」
しかしベルゼブブは態度こそ変えないものの、自身の目的をハッキリと言い切った。恐らくではあるが彼なりに真剣なのだろう。
「意味が分からん。何で俺なんだ ? 」
ザガンの事を蔑称で呼びつつベクターはなぜ自分と組みたいのかを改めて問う。わざわざ人間と協力して作り上げた兵力をドブに捨て、今更自分を味方に引き入れたがる理由がどうしても分からない。
「…お前、何もかも偶然だと思ってるのか ? 俺達デーモンすら持て余している魔具をなぜ一介の人間が扱えてるのか、なぜお前がガキの頃から狙われていたのか、そして俺にスカウトを受けているこの状況…知りたいだろ、お前が何者なのか。まあ、お前の父親を殺した仇とやらに聞けば教えてくれるだろうよ。だが俺に聞く方が手っ取り早い筈だ」
次々と不穏な発言をするベルゼブブだが、恐らく詳しく聞かせろと言っても答えてはくれないだろう。交換条件である以上、こちらが彼にとって都合の良い返事をする必要がある。しかしベクターはどうしても彼を信用できずにいた。
「因みに情報以外には何をくれる ?」
「”グレイル”は勿論、現世の統治をお前に任せてやる。何もかも思い通りだぞ。全員がお前にひれ伏し、食い物も酒も遊びも…全てがお前の自由だ。都合の悪い物があれば力で排除し、自分にとって住みやすい世界を何度でも作れる。全てが自分中心に動く世界…人間が最も欲しがっている物だろう ?」
ベクターの質問に対し、ベルゼブブは饒舌にくれてやるつもりらしい報酬を語る。これで釣れると思っているのだろうか。どうも馬鹿にされている様な気がしてならなかった。
チラリと変わり果てたコウジロウを見る。かなり衰弱しているのか、少し痙攣しているだけで鳴き声すら発しない。たった今まで組んでいた相手へこの様な仕打ちをする瞬間を見せておいて、信用しろというのが無茶な話である。そういったリスクがあるため無理だと言いたかったが、それでは日和ったように見えて情けないという印象を抱かれてしまうかもしれない。そう思ったベクターは少し強気に出てみる事にした。
「思い通りの世界ねえ」
ベルゼブブへ少し視線を送りつつベクターは呟いた。
「ああ、そうさ。お前がもし俺に――」
「それの何が楽しいんだ ?」
もしかして気があるのかとベルゼブブが相槌を打とうとしたが、すぐさまベクター小馬鹿にするような形で質問をする。ベルゼブブの顔が若干引きつった。
「…何だと ?」
ベルゼブブは少し威圧ながら聞き返す。言葉を選ばなきゃすぐにでも殺しにかかるつもりだというのは明白だった。
「人生ってのは不条理だし、不安定だし、都合の悪い事ばっかり起こるもんだ。でもな、それを楽しめる奴が生き残れる。自分が持ってる手札と必死に睨めっこして、無い知恵振り絞って…そして他人を出し抜いていく。だから面白い。少なくとも今の世界の方が俺にとっては楽しいんだ」
ベクターはそこまで言うと拳を鳴らし始める。その仕草は遠回しに答えを告げている様なものであった。
「そして、お前のその偉そうな態度が気に食わない。情報は欲しいが、力づくで吐かせてやる。ついでに”グレイル”も頂く」
「なら、やってみるといい」
臨戦態勢に入ったベクターに対して、ベルゼブブも少し残念がってから変身を行った。赤い稲妻と閃光が辺りに迸り。視界を覆いつくす様な虫の大群が飛び交い始める。そして姿を現したのは巨大な蠅であった。不自然なまでに長い六本の脚、巨大な複眼…かと思われたそれは脳味噌の様な見た目をしている。そんなおぞましい形状をした眼でベクターを見ながら、ベルゼブブが金切り声を発すると辺りに大量の翼を持ったデーモン達が現れる。タワーの壁にもインプやスプリンターを始めとした雑魚がびっしりと張り付いており、屋上までよじ登って来ようとしていた。
「最後の警告をしておいてやる…考え直せ」
ベルゼブブが唸るような声で言い放つが、ベクターは聞き入れる気など無かった。丁度その時、レクイエムが稲妻を帯びながら発光し始める。そしてみるみるうちに姿を変えていった。今までとは打って変わり、非常に機械的な姿をしてる。関節部などからチラリと歯車などが見えており、掌にはデジタル数字がゼロの状態で光っていた。
「んじゃ早速…」
周りが返答を待っている中、ベクターはニヤリと笑ってからすっかさずレクイエムをかざして見せた。攻撃が来るかと思った警戒したデーモン達だが何も起こらず、暫く沈黙が続く。やがて目の前にいる男は一体何をしたのだろうかとざわつき出した。
「あれ…」
一方でベクターも焦り出す。とりあえずそれっぽく腕を突き出せば何とかなるかと思ったが大間違いであった。勝手に変形するのはいいが、使い方を教える事すらしてくれないレクイエムの欠点を改めて恨んでいる間にも、ベルゼブブ達は困惑しながら攻撃をしても良いのではないかと少しづつ距離を詰め始めている。
「よし、やっぱ話し合おう」
すぐさま作戦を変更し、ベクターは懐柔を試みようと話しかけてみた。
「殺せ」
「オイ頼む待て待て待て待て待て‼」
しかしベルゼブブが今更聞き入れる筈も無い。すぐにデーモン達へ指令を送ると、迷うことなく一斉に雑魚たちが襲い掛かり始める。ベクターが必死に宥めようとするが聞こえてすらいない。ベルゼブブによって洗脳に近い形で操られていたのである。足場も決して広いわけではないこの状態では流石に全員を相手取るのは難しい。そう思いながらピンチだと感じた直後だった。掌にあるデジタル数字が変化し、十五という数字を表示する。
「ん ?」
ベクターが変化に気づいたのも束の間、衝撃波が手から発せられた。一瞬怯んだベクターだが、再び掌を見ると十五という数字が十四、十三と小数点以下の数字も表示しながら減っていく。何だコレはと思いつつ辺りを見回したベクターだが、すぐに驚愕する事になった。
全員が銅像のようにピクリとも動かず制止していた。飛び掛かろうとしていた雑魚たちは皆空中に固定されたままだった。いや、よく見れば少しづつではあるが動いており、スローモーションの映像がスピーディに感じられる程にノロく、欠伸が出そうになる程である。このレクイエムの新たな形態が持つ力がどういったものなのか、ベクターはおおよその察しがついた。
「時限つきだが、お前の力を借りなくとも手に入ったぜ。思い通りの世界」
ベクターは少し高揚し、聞こえてる筈も無いベルゼブブに向かって言った後にオベリスクを柄を掴んだ。