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第122話 ごり押し

 ムラセがどう思ってるのかは知らないが、ひとまず引き受けてくれそうな様子を確認できたベクターは、アガレスが見てない内に急いでレクイエムを体から切り離す。


「いいか…体に張り付け。ついでに…探せ。いいな ?」


 ベクターが囁く様に指令を出すと、レクイエムは目玉と四本の足を出現させて走り出した。そして、そのまま気づかれない様にアガレスの体へと張り付く。それと同時にムラセも臨戦態勢に入るが、内心では不安だらけであった。敵の素性やこれまでのいきさつが分からないのであれば、時間を稼ぐにしてもどのような手段を取れば良いのか分からない。


 そう思っていた矢先、目の前にいた筈のアガレスが消えた。


「動け !」


 ベクターが声を振り絞って叫んだ事で思わず反応し、ムラセがその場から動いた直後に矢が髪を掠めそうになる。鳥肌が立ち、腰が抜けそうになりながら右を向いた先にはアガレスがいた。自分の理解が追い付かない手口を使っているのだと、本能的に理解する一方で貧乏くじを引かせてくれたベクターをムラセは僅かに恨んだ。


 その後も避けるか防ぐ一方なムラセだが、そんな様子をアガレスの体に張り付いてコッソリと動いていたレクイエムは周囲の状況を目玉を使って観察していた。どうも仕組みは分からないが、アガレスの体から魔力が発せられた瞬間に周囲にあるものが制止してしまう。微動だにしていないのはムラセやベクターだけではない。風になびいている筈の草や枝も突然止まり、空中には落ち葉や埃が舞ったまま一切落ちることなく固定されている。


 そんな光景の中をズシズシと鈍重な足取りでアガレスは歩く。そしてある時はムラセの背後へ、またある時は左右へと移動した。いずれにせよ死角ばかりを狙っている。間違いなく平常時ではベクター達について来れないだろう。そう思ってしまう程にとろかった。ボウガンを使って矢を放つが、放たれた瞬間に矢は空中に固定された。どうもアガレスや彼の肉体から離れた物体は全てあのようになってしまうらしい。そして時間の停止は十秒程経つと解除される。


 そうこうしている内にレクイエムは彼の腹部分にベルトを見つけた。図体がデカい上に鈍臭いせいで気づいていないらしく、いくつか備えられている怪しげな液体の入った瓶を数本ほどレクイエムは奪い、再び慎重に移動して彼の体が飛び降りた。そして必死にベクターの方へ向かうと、瓶に入っていた液体を片っ端から口に流し込もうとする。いちいち吟味するのも面倒だからという理由もあって、ベクターも拒否せずに服用したが恐ろしい程にマズかった。


 どうやら毒の効き目も早かったが、その分解毒剤の効き目も早いらしい。少しづつではあるが指先などの感覚が戻ってくる。だがここで馬鹿正直に動いてしまえば意味が無い。ムラセには悪かったが少し考える時間が欲しかった。レクイエムが再び左腕の形状に戻ってから装着されると、分離していた間にレクイエムが見ていた記録が脳に流れ込んでくる。非常に興味深い体験をしてきたらしかった。


 少なくとも分かる事として、「高速で移動してるのではなく時間の流れを変えている」、「能力の使用には時間制限があるらしい」、「自分の肉体に触れている物や、それらに付随している物は能力の対象外になる」、「能力を使ってない場合の身体能力は決して高くない」という事がレクイエムの持つ記憶から読み取れた。こうなるとやはり近づいて直接攻撃する他ない。


 このまま死んだふりを続けるだけでは埒が明かないのは分かっているが、バレてしまえば姑息に逃げ回られるだけである。


「今なら行けるか… ?」


 アガレスの意識がムラセへ向いてる事を確認したベクターは、レクイエムを鉤爪状に変形させてから機会を窺い続ける。そんな彼を余所に、ムラセは何とか生き延びていた。しかし常に警戒し、動き続けるのは体力的にも精神的にも疲労が溜まる。集中力も途切れつつあった頃に、アガレスが再び攻撃を仕掛けてきた。


「クッソ…」


 化身が現れて防いでくれるものの、アガレスとの距離は離れている。これでは早速殴りに行こうとしても再び距離を取られてしまう姿が容易に想像できた。遠距離戦には不向きな自分の戦い方のせいとはいえ、やはりじれったさがある。


「辛そうだな。大人しく食らった方が楽になれるぞ」


 そう言ってアガレスが再び攻撃の準備をしようとした矢先、何かが自分の体に引っかかった様な衝撃が走る。そして続けざまに何かが背中にぶつかって来たのが分かった。


「よお」


 自分に限りなく近い場所から声が聞こえる。オベリスクのスターターを起動させたベクターが、アガレスの肩にしがみ付いたまま話しかけていた。


「貴様… !」

「散々逃げ回りやがって。てめえの面拝んでやるよ」


 ベクターはそのまま迷わずオベリスクを頭部に装着している兜へ叩きつけると、回転する刃で火花を散らさせながら切断しようとする。アガレスは抵抗を試みるが、ベクターと体が触れ合てしまっているせいで時間を停止させようとしても止まるわけがない。おまけに素の腕っぷしが強くないせいで、必死に引き離そうとしても力負けするばかりであった。


「ムラセ、コイツの腕抑えてろ !」


 妨害が煩わしいと感じたベクターが指示を出すと、ムラセもあっさりと応じた。ゲーデ・ブリングでアガレスの両腕を掴んで動かせないようにしつつ、火花が散っている頭部へと目をやる。次第に血と思わしき液体がアガレスの脳天から飛散し始めた。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 汚らしくアガレスが叫び出す。血を顔面や体中に浴びながらもベクターは攻撃を続行した。恐らく口が裂けても言わないだろうが、こんな相手に後れを取った自分への恥ずかしさを八つ当たりで誤魔化していたのである。やがて腕から力が抜けていくのを感じたムラセがゆっくりと腕を離すと、抵抗すらせずにだらりと垂れ下げる。絶命していた。


「さーて、こいつのコアは…お、ここか」


 そのまま前のめりにアガレスが倒れる直前でベクターは離れ、動かなくなったのを確認してからコアを探し出す。片目が妖しく輝いており、仕方なく無理矢理もぎ取ってみると、光を放ちながらレクイエムへ吸収されていった。


「一体どうなるやら…ああ、そうだ。ありがとな」


 新しい力が手に入るかとワクワクするベクターだったが、すぐにムラセへ礼を言った。


「どうせまた無茶苦茶な事したんでしょ…」


 当のムラセはどういたしましてと言い返すことなく、この様な無茶振りに対して快く思ってない様な態度を示す。


「何言ってんだ。ちゃんとお前が来る事も計算済みでああいう状況になったんだぞ。使えるものは何でも使う主義だからな」

「絶対嘘ですよね」

「何でそう思う ?」

「ベクターさん、嘘ついてる時は目を合わせてくれないってリーラさんが言ってました」

「…まあいいか、先急ごう」


 彼女に背を向けながら話すベクターだったが、余計なタレコミのせいで簡単に嘘だとバレて少し不貞腐れてしまう。だが、すぐに気を取り直してベクターはムラセを連れてタワーへと目指していった。

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