第120話 手段は問わない
「のた打ち回り、苦しんで死ぬのが所望とはな。マゾヒストか ?」
乗り気なリリスに対してザガンは酷く冷淡だった。表向きはそのように振舞っていたが、実を言うと胸に空いている風穴が痛くて仕方がない。落ち着こうと呼吸をする度に、却って苦しさと疲労が溜まるばかりであった。それでも苦痛に喘ぐ素振りすら見せないのは、彼女自身のプライドによるものが大きい。
「くっちゃべってないで来いよ。遠慮しなくていいから」
リリスは吐く息をより荒くしながら言った。視界が若干黒ずみ、ぼやけてきている。鍛錬がまだまだ足りない事を痛感する傍ら、これ程にタフな相手ならば実戦ではあまり試した事の無い奥の手を試してみるのも悪くはないとサンドバッグを見るかの様な認識を抱いていた。つまりはカウンター狙いである。リリスの動向に合わせるためか、イフリートはいつでも攻撃が出来るかのように口や背中から炎をチラつかせている。
「ここまでされて折れないとはな。根性だけは褒めてやる」
「吹っ飛んだの片腕だけでしょ。誤差誤差。それより…ほーら、もう油断してる」
こんな格下二人相手に劣る筈がないというザガンのすかした考えを見抜いていたのか、リリスは彼女の慢心を指摘してから地面を指差す。何を言っているんだろうかとザガンが下を向いた直後、噴火の様な勢いで火柱が上がった。腕のような形へと変形した炎は、そのまま彼女の頭を掴むと一気に温度を上げていく。この程度では装甲が溶けるわけがない。そう考えてはいたが、視界に関しては完全に塞がれてしまっている。それこそが狙いだった。
「そのまま抑えとけ」
リリスは呟き、距離を詰めてから静かにザガンの腹部へ掌を当てる。ザガンが違和感に気づいた直後、体の内側が何かにかき混ぜられたかのような衝撃によって貫かれる。続いて鈍い痛みが滲むように腹の内側へ広がって行った。息が出来ない。やがて口から血が溢れてくる。間違いなく臓器が潰れているのをこの時にザガンは感覚で理解した。
「生物特攻貫通ダメージ…なんてね」
魔力を大きく消耗した上で無から衝撃波を生み出し、その衝撃波で相手の体内の水分を揺らして臓器や肉体に直接ダメージを与える。このリリスの攻撃は確かに効果があったらしかった。発動に使用する自身の腕にも相応の反動や負荷が来るという欠点もあるが、大きく怯ませる事が出来ただけで儲けものである。自身の経験に無い痛みに喘ぎ苦しむザガンから距離を取り、脚部の筋力を増強してからリリスは全速力で駆け出す。そして勢いのままに飛び蹴りを放った。
吹き飛ばされて立ち上がろうとする頃には、再びエネルギーの充填が終わったらしいイフリートが最大出力で火球を発射した。周囲を巻き込んだ大爆発が起こったものの、ザガンはすぐさま立ち上がってから付近にある鉄くずを寄せ集めて装甲を新調し直す。長丁場になるかもしれないと思う一方で、戦局次第では勝負の放棄も視野に入れていた。
――――ベクターは何とかアガレスの攻撃を避け続けながら分析に勤しむ。とにかく手の内を読まなければ。放たれる矢の威力は木を貫通する程度である。食らっても問題ないのではないだろうか。しかし、毒の様な何かしらの小細工を仕込んでいる可能性も高い。それに厄介な点がもう一つある。
「うぉっ‼」
再び姿を消したかと思えば、死角から矢が放たれて来た。すかさず躱して状況を確認すると、案の定アガレスがボウガンを構えている。急いで向かって行くが、再び姿を消した。そしてまたもや別の方向から攻撃が来る。
「さあどうするか…」
埒が明かないのであれば無茶をしてでも突破口を作ろう。そう考えたベクターは攻撃を掻い潜りながら林へと逃げ込む。せめて背後からの奇襲だけは防ごうと、そのまま適当に生えている木に背中を付けて周囲を確認しながら整理を始める。まずはアガレスの能力について。衝撃波や爆風が発生しないという点から、リリスの様に高速で移動をしているという線はないだろう。それ以外で考えるならば、あの瞬間移動じみた動きは昔に見た漫画宜しく時間操作でもしているというのだろうか。
そうであると仮定した場合、能力の使用頻度には制限があると見て良い。もし無制限に使用できるというのであれば、標的の周りに大量の矢を放って全方位から攻撃をするという事も出来る。いや、ボウガンに限らず幾らでも殺す手段があるだろう。決して近づかずに遠距離からしか攻撃を行わないのも気掛かりだった。近づかれるとマズいのだろうか。瞬間移動を行っていない時の動きを見る限りは非常に鈍重である。能力抜きの近接戦になっては分が悪いと考えているのかもしれない。
つまり考えるべきは、いかにして近づかざるを得ない状況に持ち込むかである。
「それが出来たら苦労しねえんだよな」
ボヤいた直後、再びアガレスが放った矢が飛来した。頭の位置を少しずらしてから躱したベクターだが、不意に戦いが始まった直後に発していた彼の言葉を思い出す。
”指令の通りお前を始末させてもらう”
この際だから誰が言ったのかなどを考えるつもりは無い。だが始末するというのであれば、死亡確認を行う必要が出てくるのではないか。もしかすれば殺害の証拠として自分の体を欲するかもしれない。いずれにせよ標的が死んだと思い込めば近づいてくる可能性がある。
「やっぱ食らわなきゃダメか ? あれ…」
何が起こるか分からないが、ひとまずは攻撃を食らって死んだふりをしてみるしかない。体のタフさに物を言わせる頭の悪いやり方だが、こちらの目標を達成するためにも手段は選んでられない。
「一か八かだ…よし。おいゴミエイム野郎 ! 何発やっても当たらないのが哀れで仕方ねえから食らってやる ! おら来い !」
再び攻撃を避けながらベクターは開けた場所へと出たが、すぐさま大声でアガレスを煽り出す。突然奇行に走り出した標的を前に、アガレスは困惑する他なかった。しかしご丁寧にベクターの前へ現れると、そのまま両手に携えたボウガンを向ける。そして躊躇う事なく引き金を引いた。