第119話 まだいける
「おい姉貴、手強いのが来るぜ」
二人でシェルターのビル群を巻き込みつつ虐殺を繰り広げていたリリス達だったが、イフリートが動きを止めて一点を凝視しながら忠告する。瓦礫や藻屑、死体の山の間を通り抜けながらザガンがデーモンとしての姿へ変身してる二人へと接近しつつあった。
「何だ……やっぱ来たよ、用心棒」
リリスはそう言うと、こちらへ人間としての姿のままで歩いて来るザガンの方を向いた。
「ベクターとファウストの娘はともかく、お前達は生きていようがいまいが関係ないんでな」
指の骨を鳴らしてからザガンは言い放つが、当の二人は彼女の嘗めた言動を見たおかげで殺し合う気になったらしく、唸りながらいつでもかかってい来いとでもいうように構えている。二人掛かりならば勝てると思ってそうな彼らの短絡さにザガンは呆れ、深呼吸をして瘴気を体内に取り入れた。赤い稲妻が体に迸り、強烈な閃光と共に本来の姿へと戻って行くが、イフリート達は彼女の本来の姿を前に若干慄いてしまった。
デカい。それも一回りや二回りというレベルではない。少なく見積もっても二倍は違う身の丈である。そして牛をモチーフにした顔や無骨な体躯は、禍々しい輝きを放つ金属で覆われていた。彼女自身が能力によって自作した特殊な材質である。蹄で一歩、また一歩と歩く度に腰が抜けそうな地鳴りが響く。
「せっかくだ。満足いくまで付き合ってやる」
そう言いながらザガンが巨大な拳を鳴らし、リリスとイフリートは武者震いを抑えながら彼女へ飛び掛かって行った。リリスが開幕からザガンの腹部へ向けてパンチを放ったが、金属の装甲に守られているせいでこれっぽちも効いた様子が無い。反撃としてザガンは同じようにリリスを殴り返すが、その威力と拳の重さにリリスは防御が精一杯であった。
辛うじて防いだことで怪我は免れたが、大きく後方へ吹き飛んだリリスはアスファルトを破壊しつつも着地をし、両腕に残った痺れや鈍痛を表情に出すことなく耐えた。そんな彼女を見たザガンは、拳を地面に叩きつけて何やら地鳴りを発生させる。直後に大量の棘が地面を突き破って出現してきた。
リリスの様に機動力で回避が出来ないイフリートは、周囲に高温の炎を放出して金属の棘を溶かすという方法で身を護る。ザガンの鎧が同じ強度なのかは分からないが、自分の全力の一撃ならばどうにか出来るかもしれない。そう思ったイフリートは距離を取ってから、避け続けるリリスの方を見た。イフリートが何かをするために準備が必要であると分かったのか、リリスは目を合わせてから頷く。そしてわざと攻撃を仕掛けていった。
幾度となく打撃を浴びせるがやはりザガンはビクともしない。その間にも棘だけでなく、彼女が操ってるらしい金属片の数々が襲い掛かってきた。咄嗟に跳躍をしてビルの壁へと爪を食い込ませて張り付いたリリスだが、すかさずザガンはビルの骨組みに使われている鉄骨を棘へと変形させて彼女へ襲い掛からせる。
再び壁を蹴って空中へと逃げたリリスは地面から驚異的な速度で棘が生え、自分を突き刺そうとしている事に気づいた。先程のビルの鉄骨の変形や地面から現れた棘といい、どうやらザガンは金属を操って変形させる事が出来る上に、地中を始めとしたありとあらゆる場所に存在する原料からさえも金属を生成させて操れるらしい。
「逃げてもダメなら…」
壊すだけである。リリスはすぐさま右腕に力を込めて棘に向かって衝撃波を放った。余波のせいで地面が抉れ、下水道を始めとした配管や地中に埋められた電線も破壊されてしまったが、棘を破壊する事に成功し、何とか地面に降り立つことに成功した。そのまま今度はこちらの番だと魔力を解き放って筋力を大幅に強化する。筋肉が隆起し、そのまま高速で移動して接近をして来る彼女の動きは流石にザガンも捉えられなかった。高速移動が原因で発生する衝撃波を体で感じ、蹴りが来ると察した頃には腹部へ強い蹴りが放たれる。そして勢いよく建物を倒壊させながら吹き飛ばされたが、致命傷になるどころか装甲に傷さえも付いていなかった。
「無駄だ」
何食わぬ様子で立ち上がりながらザガンは言ったが、立ち上がった先にいたリリスの後方ではイフリートが口元を光らせながら待機をしている。次の瞬間、青色の熱線を発射した。現時点で出せる最大の火力故か、射線上にあった全ての物体は容易く消失するか溶解し、ザガンに命中しても尚威力が弱まる事はない。寧ろ火力をさらに上げて装甲へ損傷を加えようとしていた。寸前の所で避難したリリスはどの程度まで損傷を与えられるかを窺い続ける。
装甲が少しずつ溶かされ、崩れ落ちる中でザガンはイフリートの方へと向かって行く。攻撃を物ともしない姿を見せつけ、真正面から叩き潰して戦意を削ぐのが狙いだった。しかし相当な負担がかかるのか、イフリートの方が先に力尽きてしまった。そのまま彼を殴り飛ばしたザガンだが、彼女の胸部の装甲に大きな傷と焼けた事で少し溶けてしまった損傷箇所をリリスは見つける。
これを好機と見たのか、再び高速移動で接近して間合いに割り込む。そしてザガンに防がれるよりも前に拳を損傷した箇所へ放った。
「ぐあぁっ……‼」
胸部から背中を貫かれたザガンが呻いた。火が付いて焼け爛れている金属に腕を突っ込む苦痛は想像を絶するものであり、リリスは腕を覆っていた体毛を血で濡らしながらも歯を食いしばる。しかし同時に笑っていた。目の前にいるムカつく相手に吠え面をかかせる。これほど痛快且つアドレナリンの分泌する娯楽が他にあるだろうか。
そう思っていた矢先、熱によるものとは違う痛みが腕を襲った。鋭い何かが手のひらや腕全体に突き刺さり、ザガンの胴体から腕を引き抜けない様に固定している。
「…お前の戦い方についての情報を集めた」
痛みを耐えながらザガンが言った。
「こうするのが一番手っ取り早くてな…体の外側に纏わせるだけでは足りない。骨格や筋肉、臓器に至るまで…ありとあらゆる場所に仕込ませてもらった」
武器や鎧を堂々と持ち歩ける状況は限られている。また、毎回毎回すぐに操れる金属が近くにあるわけではない。そのためザガンは常に自らの体内に特製の合金を仕込んでいた。特に骨格に関しては、骨を引き抜いては合金で作った代替のパーツを埋め込むという常軌を逸した改造によって完全に置き換わっており、必要とあれば体内から骨を取り出して武器に変形させるという芸当も可能になったのである。
これを利用し、リリスの腕が自分の体を貫いた瞬間を狙って背骨やあばらを変形させて棘状にすると、そのまま彼女の腕へと突き刺した上に針金で巻きつけるように固定したのである。
「随分ちょこまかと動いてくれたが…」
ザガンが喋りながら拳を握ると、辺りに落ちていた建物の残骸や鉄骨が纏わりついて変形していく。やがて頑強そうな手甲が出来上がった。
「危機感の無いアホというやつは、罠へ簡単に飛び込んできてくれる。願ったり叶ったりだ」
この後に自分がどうなるかを理解したリリスは「やば」とだけ呟いたが、すぐにザガンによる拳打で声を掻き消された。鈍い音が響き、勢いのままリリスの頭部を自分の拳ごとザガンは地面に叩きつける。その全力の一撃が放たれた際、勢いのせいでザガンに突き刺さっていたリリスの腕が引き千切れた。
自分に刺さったままになっていたリリスの腕を引き抜き、動かなくなっている彼女の様子を確認したザガンはそのままイフリートの方を睨む。自分の姉が手に掛けられた事に憤っているのか、強烈な怒号を轟かせていた。お前も同じようにしてやると歩き出そうとした直後、ザガンはすぐに異変に気付いたのか立ち止まってしまう。背後で物音がした。
「はぁ…よっしゃ……いつギブアップって言ったよ ? なあ… !」
恐る恐る振り返った先では血まみれになり、牙が折れ、そして飛び出かけた片目を無理やり押し戻しつつリリスが息を荒らげている。そして片手でザガンに向けて挑発を行った。