第117話 祭りだ祭りだ
「全く、どうしてこうも思い付きで行動ばかり…」
もうすぐ夜が明ける頃に準備をし始める最中、アーサーがあまりのブラックぶりに愚痴を零す。大至急装備と人員を送り込むようにシアルド・インダストリーズ本社と連絡を取ったばかりで、かなりこっぴどく絞られたらしい。頭を掻いて疲れ切っていた。
「しょうがないだろ。こっちからすればいつもの事だぞ」
道具の整備に追われていたタルマンは随分慣れた様子で言い返した。
「その通り。どうせ止めたって聞かないし、下手に止めようとして酷い目に遭ってきた奴もわんさか見て来た。まあそれぐらい行動力ある方が頼もしいわよ、一緒にいる側としてはね…普段からそうしてればもう少し収入も増えてんのに」
自分は出張る必要が無いと分かっているのか、リーラは使い古された雑誌を読みながら彼に同意する。
「どれだけ収入あっても無駄遣いとギャンブル中毒酷いからな。こないだパチンコ屋で一日使って八百万を溶かしたって聞いた日はゾッとした」
「それって誰の金 ?」
「お前以外にパトロンいると思うか ?」
「…何であんなヤツと関係持っちゃったんだろ」
「んなもん、アイツの〇〇〇に負けたお前が悪い」
「殺すぞクソジジイ」
ここにいる面々の中で特にベクターとの付き合いが長いタルマンとリーラが彼の私生活における問題点について語り合うが、ベクターがトイレから戻って来た直後に話を中断する。
「何か話してたか ?」
ぶっちゃけ聞こえてはいたが、敢えてベクターは尋ねてみるものの二人から口々に「別に」などと素っ気ない返答をされる。少し不貞腐れてから上着を探し始めた時、微かにではあるが小さな震動が起こった。そのまま断続的に床や家具が震え出す。
「全員おるか ? ちょっと外がマズい事になってるわ」
フロウから無線に連絡が入ってからリーラが応答をしてる頃、フロウの部下達は外へ出ていた。「状況によっては避難先としてホテルを使わせてやれ」という指示を頭に入れたまま、周囲を見回していた彼らが目撃したのは逃げ惑う人々の姿である。そして彼らが逃げてきた方向をへ目をやると、何やら土煙が上がっているだけでなく巨大な塔の様な物が地中からせり上がっている。
「何だ…?」
思わず慄きながら一人が言った。間もなく逃げる人々を追いかけるようにインプやスプリンターの群れが現れ、人々を喰い殺し始めていく。
「街の各地に変な塔が現れたのが原因か分からないけど、デーモンが次々シェルター内に出現。通信傍受してみたら保安機構が応戦してるけど、一部では対処が追い付かずに撤退してるってさ…何か、記録にあるよりも凶暴化してるんだって」
フロウとの会話が終わったリーラが事情を説明する。その場にいた全員が思わず固まっており、次にどうするべきかを考えだしていた。
「同じデーモンとして心当たりは ?」
「魔界の瘴気かもしれん。魔界では現世と違って常に大気中からエネルギーが得られる…魔力を過剰摂取するせいでトリップ状態になる事があるからな」
「いずれにせよマズいって事か。ベクターどうす…おい、アイツどこ行った ?」
タルマンに話しかけられると、イフリートもすぐに考えられる可能性について言及する。状況が宜しくない事を知ったジョージもベクターへ今後の方針を仰ごうとしたが、なぜか彼がいなくなってる事に気づいた。気が付けば整備をしていたオベリスクも無くなっており、「お先に失礼」と走り書きされた紙が置かれていた。
「想定外の事態に予定が狂い、自暴自棄になって暴走する悪役…か。B級映画にありがちだな」
オベリスクを担ぎつつ、ホテルへ逃げ込んで来る客を押しのけながらベクターが外へと出る。あっという間に街は荒れ果て、銃で応戦する者や逃げ惑う者、そして捕食される人々やデーモンの群れによって阿鼻叫喚の渦中となっていた。
「俺がプロデューサーだったら脚本家をクビにしてるね」
久々にガスマスクを身に着け、仕事へ臨むにあたってのスイッチを入れたベクターはそのまま歩き出す。ひとまずどこへ行けばいいのかは見当がついていた。元凶の始末と魔力の供給源となっている筈の”グレイル”を奪取する事。ひとまずそれをしとけば何とかなるだろうという見切り発車に近い考えの下で動き出した彼だったが、案の定すぐにデーモンの群れが彼の目の前に現れる。
「お友達はこれだけか ?」
問いかけてみるが唸り声ばかりでまともな返事はない。低級のデーモンになると知能も低下するという事を薄々感じていたベクターはしょうがないかと溜息をつき、ファーストペンギンにでもなったつもりで真正面から飛び込んできた一体のインプをオベリスクで弾き飛ばす。付近に建っていたビルの壁に叩きつけられたインプは、体液を飛び散らせながら壁に貼り付いてしまう。
「桁が足りんぞ」
ベクターは呟き、オベリスクを担いだまま走り出して群れの中に飛び込んで行った。
――――そうしてベクターが暴れ出して少しした後に、表立って前線に立てそうな者達がホテルから急いで出て来た。そして逃げ込んでくる人々を誘導していた従業員から、ガスマスクを被って武器を持った男がどこかへ歩いて行った事を知って、すぐにそれが誰なのかを悟る。
「参ったな。一番楽しそうな所持って行かれた」
なぜかリリスが残念がる。一方でアーサー達は自分達の元へ向かっているという飛空艇と連絡を取っていた。
『残り五分で装備を積んでいる小型機が上空へ到着します。そのまま装備を入れたポッドを投下しますので、そこからアスラの装着をしてください。他の皆さんの装備も搭載しています』
「応援は ?」
『五十名です。そちらは八分後に到着次第、ロープで降下を行って合流をする手筈になっています』
「分かった。ありがとう」
アーサーは連絡を終えてから、アメリアを始めとした同僚たちに現状を伝える。想像以上に迅速ではあるが、彼らにとっては万全な装備が手に入るには少々時間がかかる事がネックとなっていた。
「時間稼ぎ必要ならこっちがやろうか ?」
事情を察したのか、リリスがアーサーへ言った。
「出来るのか ?」
「よゆー。それにここのお守りする人がいないってのも困るし。突っ込むのはこっちに任せとけばいい」
アーサーも聞き返すが、ピースサイン付きで理由を話してからリリスは首を鳴らしてこちらへ向かって来る巨大な群れを確認した。既に臨戦態勢である。
「瘴気が充満し始めている。ガスマスクを付けろ」
イフリートが言うと、アーサーを始めとしたシアルド・インダストリーズの面々はすぐさま装着をした。その傍ら、深呼吸をしたリリスは懐かしい感覚が戻って来た事に高揚する。
「ベクター追いかけなよ。アイツも一人だときついだろうし」
「分かりました。皆さんも気を付けてください」
リリスが提案するとムラセも首を縦に振り、全員の無事を願ってからベクターが向かったと思わしき方向へ走っていく。
「…さ~て、久々にちょっと本気出しますか」
ムラセを見送りつつ、屈伸と震脚運動を行ってからリリスがぼやく。
「周りを巻き込んでも大丈夫だと思うか ?」
「お互い無理だろうけど努力はしなよ」
保険を掛けるような発言をイフリートもするが、どうやら犠牲を少なくすることは半ば諦めてるらしく、不吉な忠告をしてからリリスは迫りくるデーモンの群れの方へと歩いて行った。