表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

116/171

第116話 もういらない

 「なぜこんな事に…」


 コウジロウは頭を抱えながら”グレイル”を管理しているタワーの一室で項垂れる。ザガンは壁にもたれ掛かっており、握力を鍛える代わりなのか二つの小さな鉄球を手の中で握ったり転がしたりして暇をつぶしていた。


「それで侵入者はどうなった ? 保存していた記録の状況は ?」


 手遊びを止めたザガンは、報告に来ていたコウジロウの私兵達へ問いかける。


「わ、我々は全力を尽くしました ! 警備体制も万全でしたが、なぜか人為的な細工による故障が発生しており――」


 みすみす取り逃がした上に実験場で保管されたいたデータも全てが破損しているとなれば、責任を取らされるのは自分達である。どんな仕打ちをされてもおかしくない地獄の様な状況で、私兵の一人が少しでも心証を良くしようと最大限の努力はした事を語ろうとしたが、次の瞬間にはザガンが持っていた鉄球が勢いよく彼の方へ飛んだ。投げる素振りすら見せず、音も無く飛来した鉄球はそのまま私兵の頭蓋骨を割り、壁に死体を叩きつける。そして再び彼女の手元に戻って行った。


「たった十数秒前の会話。普通なら思い返す必要すら無いが…記憶が正しければ、私が聞いたのは保管されていたデータの状況と侵入者がどうなったかについてだ。にも拘らずベラベラベラベラと言い訳じみた前置きばかり」


 鉄球を強めに握ったかと思えば、それらが液体のように変形してザガンの服の中へ戻って行った。その間も彼女は私兵達のほうに仮面付きの顔を向けて語り掛ける。段々語気が強くなりっていく彼女が壁から離れて動き出すと私兵達も震え出した。間違いなく怒っている。


「誰でも良い。今くたばった馬鹿に代わってこの場で状況の報告が出来るヤツはいるか ? データと侵入者についての詳細。それだけでいい」

「し、侵入者につきましては情報が少なく…現在調査を進めている最中です。しかし、周囲の被害状況からして下水道から入り込んだ可能性が高いと推測しています」


 ザガンが改めて問いかけると、新米らしい一人の兵士が口を開いた。


「続けてくれ」


 ザガンも少し声色を和らげる。


「データの被害につきましては…正直、復旧は絶望的と言えます。実験場のみならず、バックアップとして使用していた他施設のサーバーもウイルスの感染を確認。どうにか被害を抑えた頃には大部分のデータが破損していました。恐らくネットワーク経由で仕込ま れた物かと」

「そうか。ありがとう」


 新兵が語り終えると、礼を言ってからザガンは少し考え込んで椅子に座っているベルゼブブを見る。両手を広げてどうしようもないと半笑いでアピールをする彼だったが、ザガンは特に反応をし返す事も無くコウジロウの方へと向かう。


「我々が持っていた機密や資料の大半はこれで失われた事になる。侵入者どもがベクターの仲間なら、情報を盗んだ上でその様に仕向けた可能性も否定できない。奴ならやりかねん」

「つまりもう彼らが俺達に遠慮する必要は無くなった。用済みになったってわけか」


 ザガンとベルゼブブが勝手に憶測を組み立ててる中、コウジロウはこれから起こり得る事態に関する対処法の模索や現状における自身が打てる手がどれ程あるのかを必死に考えていた。やがて、その不安や焦燥は目の前で他人事のように話している二人のデーモンに対する不満へと変わってゆく。


「随分呑気に話すんだな…お前達が碌に仕事をしてなかったからこの様な事態になったんじゃないのか ?」


 普段の余裕はどこへ行ったのか。怒りを垣間見せながらワナワナと震えつつコウジロウが口を開く。


「確かに油断をしていた点については私の失態だ。済まなかった」

「よせ。もうジジイに頭を下げる必要なんかねえよ」


 立ち振る舞いや戦い方からベクターの事を所詮はチンピラ上がりだと見くびっていたが故に、こういった姑息且つ周到な手口予測できなかったというのもまた事実であった。ザガンはすぐさま詫びを入れたが、そんな彼女をベルゼブブはなぜか窘める。


「…何が言いたい」


 聞き捨てならないベルゼブブの発言に、コウジロウは顔を少し歪めて真意を尋ねる。しかしベルゼブブは鼻で笑いながら立ち上がると、背伸びをして”グレイル”へと近づいた。


「簡単に言えばアンタよりも面白そうで、且つ未来のありそうなパートナー候補が見つかった…たぶん、こいつも再会を心待ちにしてるだろうしな」


 ”グレイル”が保管されているカプセルをベルゼブブは一撫でしてから、堂々と見切りをつけた事を告白し始める。誰の目から見ても分かる通り、コウジロウと手を切る事を宣言した瞬間だった。


「何だと… ?」

「考えてもみろ。何の見返りも無しに兵器開発なんかに付き合ってやる様なお人好しがいると思うか ? 俺の配下にある軍勢を現世に連れて来れるよう手配するのがお前との取り決めだった。その代償として俺達はアンタに協力をする。兵器開発に必要な素材の調達や用心棒をな…だが”再臨”に関しては言い訳ばかりで一向に進展なしと白を切られ続けて来たんだ。つまり、約束を履行してくれないというなら俺達もこれ以上付き合ってやる道理が無い。だから二人でコッソリと話をしたんだ。『もしアンタより良さそうな物件が見つかれば、適当言ってバックレちまおうぜ』ってな」


 ベルゼブブは事情を話しながら再び椅子に座り直すが、明らかに先程までとは態度が違っていた。申し訳程度にはあった筈の遠慮は完全に消え失せ、片膝を立ててから手元に虫を呼び寄せて戯れ始める。コウジロウの方には目もくれておらず、まるで彼の反応なんてどうでも良いという風であった。


「つーわけで、アンタとはこれで終わり。人間の技術とやらがどの程度か知れた上に、まあ色々楽しめたからこっちとしては良しとするよ。まあもう少し付き合ってもらうが」



 笑いながらベルゼブブは切り上げようとするが、コウジロウがそれで納得するはずも無かった。


「…こいつらを殺せ !」


 怒りに駆られたコウジロウが私兵達に怒鳴るが、誰一人として動こうとする者はいなかった。彼らも決して不義理を働きたいわけではない。しかし、それ以上にベルゼブブとザガンを敵に回す事が恐ろしくて仕方が無かったのである。彼らに怖気がある事を分かったザガンとベルゼブブは、脅かす目的の下で自身らの力の一部を解放してみせる。彼らの本来の姿と思わしき強大な幻影をその場にいた全員が垣間見ると、冷や汗を流しながら抑えようの無い身震いに体が蝕まれた。


「ここまで付き添った仲だ。命までは取らないでおいてやる。だがな…」


 再び力を抑制したベルゼブブは近づいてからコウジロウに囁く。


「俺達がその気になれば、この場にいる全員を片手で数える間に殺せる。忘れてるわけじゃないよな ?」


 肩を叩かれながらベルゼブブに釘を刺され、コウジロウは自分の思い上がりを痛感した。いつから彼らと対等になれたつもりでいたのだろうか。富や名声、権力など彼らデーモンからすれば砂で出来た城と同じように簡単に壊せる物であり、恐れるどころか警戒する要素にすらならないのだ。彼らが求めているのは純粋な強さとそこから来る畏怖であり、他者の上に力づくで立てるかどうかしか考えていない。人間とは考え方のスケールや、そもそも欲する力の性質が違うという点を完全に見誤っていた。


「で、どうする ? 言う事聞くか ? それともここで殺り合うか ?」


 そんなコウジロウの後悔など知る由も無いのか、それとも知った事では無いのかベルゼブブは破滅しか待って無さそうな選択肢を提示してきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ