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第114話 制裁

 ――――八年前


 元はマンモス団地であったという廃墟へ向けて数台のジープが全力で走っていた。先頭の車両でハンドルを握っているのはジェイコブ・マトックという中年の男であり、金髪が特徴的な中年の男性である。


 事の発端は四日前。彼の知人でもあり、仕事仲間でもあったリー・ホンウェイが突然失踪した事に起因する。その後、廃墟を示した地図と共にテープレコーダーがジェイコブの元に届けられた事で、自分の後輩や仲間達と共に救出へ赴いていた。「一人で来い」という趣旨だったが、罠である可能性も捨てきれずに集団で向かう事となった。


「目的は何だと思いますか ?」


 現場に到着した後、装備の確認をしながら助手席から降りた青年が尋ねて来る。


「さあな。いずれにせよ落とし前を付けさせる」


 ジェイコブは蓄えていた顎髭を片手で弄りながら返した。


「リーさんとは、確か同郷なんですよね」

「ああ。前に住んでいたシェルターから一緒に移って来た。仕事と金が欲しくてな」


 準備が終わった青年とジェイコブはリーとの関係を手短に語る。そのまま他の車両にいた者達も集まり、そのまま全員で下手くそな地図にあった団地を目指す。今にも崩れかかりそうな入り口には、スプレーによる比較的新しい落書きがされてあった。


”←こっち”


 デカデカと記されている矢印と文字を見た一同は困惑し、少し悩んだ末にジェイコブが先行してその少し後で慎重に突入するという方法を取る事にした。青年だけはいざという時のためにと、物陰に隠れながらジェイコブに続いていく。


「アーサーも連れてくるべきだったな…」


 ジェイコブはぼやく。怪我が原因で療養中である自分の後輩をこの現場に連れ来れなかった事を少し残念そうにしていた。将来有望な男であり、ここにいてくれれば力にもなってくれただろう。音も無ければ明りも無く、入り込む月の光だけを頼りに進んでいくが、その道中にも目立つようにスプレーで矢印が書かれていた。


「シリアルキラーごっこか ? 上等だ」


 わざわざこんな目立つマネをする意図が分からないジェイコブだったが、やがて団地の中央にある公園へ辿り着いたた後に、いつでも射撃が行えるようになっている事を確認して慎重に歩いていく。


 公園の端、ベンチが置かれている地点で灯りが見えた。誰かいる。僅かに見えた人影は明らかに自分よりも大きく、何やら背中に背負っているようだった。後姿からするに立ち尽くしたまま、何かをじっと見つめている。


「来てくれたか」


 送り付けられたテープレコーダーに入っていた物と同じ声がした。そして振り向いたその男は緑色の瞳をした赤髪の青年である。どこか顔に見覚えがあった。


「…ベクター…⁉」

「何でお前がって顔してるな。まあこっちまで来てくれ」


 動揺するジェイコブだったが、ベクターは落ち着き払った様子で彼を誘う。そのまま彼がいる場所まで向かったジェイコブだが、思わず手が震え出し、動悸が速まっていく。


「え…」


 ベクターの視線の先にあったのはベンチに座らせられた死体であった。それも最悪の事態、他ならぬリー・ホンウェイである。体を縛られ、幾度となく殴打された痕跡が顔や全裸となった肉体にあり、膝にはナイフが刺さっている。皿を割ったのだろうか。そして特に目を引いたのは彼の手であり、信じられない事に十本の指全てがあり得ない方向にへし折らていた。


「…お前がやったのか⁉」


 ジェイコブが叫んだ。しかしその表情は怯え、声も憤怒というよりは恐怖に近い感情がこもったものになっている。ベクターは死体の方を見ていたが、やがてゆっくりと振り返った。


「俺のミドルネームはアンタから取ったんだっけか。随分大事にされてたんだな」


 ジェイコブの問いに答えることなくベクターが話を始めた。


「農業やる有志を集めてた親父の所に転がり込んで、親父も親父でホイホイ受け入れたのが始まり。仲間でワイワイ暮らしてたが、あの日の出来事が起きて…今じゃこうして傭兵になってる」


 死体の隣に座ったベクターは生気の無い視線をジェイコブに送り続ける。彼の片腕が自分の知っている人間の物や義手とは大きく異なる何かへと変貌している事についてもジェイコブは驚きを隠せなかった。


「最近、結婚してさ。新婚旅行とは言わないが、親父が最後に死んだ場所へ顔を出しに行ったんだ。まだあそこに何か…思い出なり形見なり残ってないかと思って。まあ風化してしまって何も無かったが」


 ベクターが自嘲気味に小さく笑った。


「化け物の巣窟になってる今でもシェルターの面影自体は残ってた事が奇跡だったよ…見張り小屋覚えてるだろ。星が見たいからって駄々こねてた俺を、アンタはコッソリ屋根に昇らせてくれたっけな。何もかも懐かしいし忘れられない」

「…あ、あのシェルターを手放すことになったのは残念だが、問題はそこじゃない。どうしてリーを――」

「そんな風に色々思い出巡りをしてたら変な物を見つけた」


 昔を懐かしんでいる場合じゃないと話題を変えたがるジェイコブだったが、ベクターはそんな彼の声を遮る。そして一枚の破り取ったらしい張り紙をジェイコブの前に放った。


「夜の見張りのリストだ」


 ベクターの声が再び冷たくなる。ジェイコブは自分の首を何かに掴まれてる様な、息苦しささえある強烈な重圧を感じた。


「曜日と時間帯で担当が決まっていたよな。あの頃、シェルターにいる住人で武器を扱えるのはリーとアンタと、俺の親父しかいなかった。親父が死んだあの日はリー、そしてあんたが当番になっていた。あんな事態になったってのに、見張り小屋と連絡が取れなかった事に親父はキレてたぜ」

「ま、前にも言ったろ。あの時、見張り台に置いてた通信用の設備が故障してて、連絡が――」

「緊急用の信号弾や発炎筒もあったのにそれすら使って無かったのは何故だ ? たまたま急用で見張り小屋へ行けなくなったとしても、必ず責任者である親父に前もって報せるのがルールだった。あんた達二人はあの日の夜、そもそも見張り小屋にいなかった。違うか ? 事前の連絡も無しにだ」


 どうにかジェイコブは言い訳をするが、ベクターは真っ向から否定して自分の中にある確信と、それに紐づいている根拠を彼に提示する。万が一に話の途中、彼が素直に白状してくれればベクターも対応を変えるつもりだった。だが案の定、彼は何も答えずベクターの方を見つめるばかりである。


「グダグダ言い合いするのはやめよう。俺が何を知りたいか分かるだろ。あの日の夜、アンタ達二人がどこで何をしてたか…それを言ってくれるだけでいい」


 ベクターは単刀直入に聞くが、それで馬鹿正直に話してくれるなどとは微塵も思って無かった。そこで彼は揺さぶりをかけようとテープレコーダーを取り出す。


「因みにだが、リーは手の指を十本折られて、膝の皿が割れた辺りで吐いてくれたよ。ここにはあいつの証言を録音してある。あんたが来るまでずっと聞いていた」


 ベクターは少し見せてから、再びレコーダーを仕舞う。そして今度は背負っていたオベリスクを握って地面に突き立てると、首を鳴らしながらジェイコブを睨む。


「簡単だ。今から正直に喋ってくれるんなら見逃す。だがもし…発言の中に一つでも食い違っている部分があった時や、喋りたくないだのほざいた時は、そっちの気が変わるまでリーと同じ目に遭わせる。俺の質問に五秒以上黙っている場合も同じだ」


 逃げられない様にしておこかと踏み出した時、ベクターは周囲に殺気を感じた。周りには物陰や遮蔽物になりそうな瓦礫に隠れ、銃口を向けているジェイコブの仲間の姿があった。既に死体がこちらにはある以上、どう転んでも和解は無理だろう。


「だと思った」


 手間が省けるから助かると思った一方で、命乞いをされるであろうと予測して面倒くさそうにベクターは呟く。そしてレクイエムを変形させると、動きを察知して銃撃を開始する敵の事などお構いなしに殲滅衝破ジェノサイド・ブラストを発動する。狙い撃ちなどしない。とにかく周囲の廃墟めがけて所かまわず攻撃を行い、倒壊させていった。土煙で前が見えなくなるか、瓦礫で押し潰されていく敵を尻目にジェイコブを追いかけて無理やり彼を抑えつける。ついでに反抗する意思を削ぐために、一発だけ彼の顔面を殴った。


「待ってくれ… !」


 鼻柱や歯が折れ、引き摺られながらジェイコブが泣き叫ぶ。ベクターは無言のまま彼を連れてその場を去り、ジェイコブたちが乗って来たジープの前まで連れて行ってから彼を放った。


「分かった、話す…取引を持ち掛けられたんだ… ! それで金を貰っちまって…シェルターから逃げたんだ。あの日の夜…」

「成程。どこの馬の骨かも分からん野郎が金をチラつかせて来た。それだけの理由で、自分達を迎え入れてくれた相手を見殺しにする決心がついたってわけか」

「あの頃は生きるのに必死だった。確かに食わせてもらった事には感謝してるが…もっとデカく稼ぎたかったんだ。俺達は…」

「お前の悲しい背景とか知った事じゃない、取引を持ち掛けた相手の名前を言え 」

「それが分からないんだ…ホントさ ! 名乗る事すらしなくて。ただ…お前の事を知ってたぞ。なぜかは分からないが…」


 へたり込んでいるジェイコブとやり取りをしながら、ベクターは頭の中で録音していたリーの証言と比較をする。ひとまず矛盾が無い事からして、嘘をついているという事は無いらしい。襲撃が起こる数日前に見知らぬ人物から報酬を餌に警備を緩めて欲しいと頼まれ、夜逃げに近い形でシェルターを脱走して見張りとしての仕事を彼らは放棄した。そこを狙われたという事になる。だが肝心の相手の素性や足跡が分からないのでは、さして意味がない。


「もういいや」


 大して収穫もなかった事に落胆をしつつベクターが言った。


「じゃあな。ついでに忠告しとくが、もし今後お前らが嘘ついてたことが分かった時は…まあ言わなくても分かるか」


 ベクターはそう言い残してから立ち去ろうとするが、ジェイコブの中には良からぬ考えが湧き始めていた。自分は本当のことを言ったつもりであるが、この様な手段を取る者が大人しく約束を守ってくれるとは思えない。きっと因縁をつけて再び自分を排除しようとするだろう。或いは見逃してやったのだからと恩着せがましくこの件を引き合いにされ、死ぬまで利用され続けるかもしれない。そうなる前に殺さなければ。


 気付いて無い事を祈りながらコッソリと腰のホルスターに手を伸ばし、ジェイコブは拳銃を手に取った。距離が離れれば命中する確率は大幅に下がる。躊躇ってはいけない。そう思って撃ったものの、ベクターが体を動かして射線から動いたせいで弾丸は外れる。とっくにバレていたのだ。ベクターが物悲し気な顔をし、恐ろしい程に淡々とした様子で自分の方に向かって来る中、ジェイコブは必死に後ずさりしながら選択を誤ってしまったと後悔をした。


 それから少しした後、廃墟の崩壊から何とか逃げ延びた数人の仲間達がジープへ戻って目にしたのは、誰だか分からないくらいに顔が腫れ、何かを突き刺されたのか腹部に大きな刺し傷の残っている仰向けになったジェイコブの遺体であった。




 ――――深夜に帰宅し、体を洗い終わったベクターは寝室へ戻る。若干擦り剝けた手を軽く撫で、暗い寝室へ戻るとリーラが寝息を立てていた。なるべく音を立てずにベッドへ近寄り、腰を掛けた途端に休息が取れるという安堵感に溢れる。同時に先程までの騒動について思い返してしまい、なぜか虚しさが心を襲った。


「…おかえり」


 少し寝ぼけた様子で寝返りを打ちながらリーラが呟く。ベッドに入る事はせず、ベクターは座って背を向けたままであった。


「何にも無かった」

「そっか…死んだの ? 探してた人たち」

「ああ」


 大した収穫が無かった事を報告するベクターへ、リーラも詳細が少し気になったのか腕枕をしてから尋ねる。表情は見せないものの、彼の胸中が穏やかでは無い事は手に取るように分かった。


「何で人は裏切るんだろうな」


 ベクターが唐突に口を開いた。


「二種類ある。一つは状況によるもの…自己防衛のためにやむを得ずって事。もう一つは性分…意外といるものよ。根本から腐り切ってる畜生ってやつは。彼らはどっちだったの ?」

「…後者であってほしい」


 単純な好奇心と共にベクターへ持論を語ってからリーラは質問をする。心なしかベクターの声が少し震えている様な気がした。

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