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第113話 甘ちゃん

 戻って来たベクターはオベリスクを壁に立てかけ、テーブルに放置していた飲みかけのウイスキーを手に取る。一度だけ臭いを確認して飲んでも問題無さそうだという事を確認し、そのままグラスに注ぐ事なく呷った。嫌気がする程のピート香でむせ返りそうになるが、そのまま椅子に座ってテーブルに足を置いて天井を見上げる。仕事に一区切りがつき、次をどうするか考える前に必ずこうして肩の力を抜くのが彼の定番であった。


 彼から少し遅れてムラセやイフリート、そしてなぜ保安機構の兵士達が撤退したのか不思議そうにしているタルマン達も現れる。


「やっぱり…怒ってますよね」


 ムラセがおずおずと口を開いた。こちらへ静かに、しかし何の反応もせずにベクターが視線を向け、ちょうど目が合った彼女は何か言わなければならないと強迫観念に駆られる。じゃあ何が悪かったのか自分で言ってみろなどと、クソみたいな性格をした上司のように自省を強いてくるのではないかという不安によるものだった。


「怒る ? 何で ?」

「え ?」


 酔いが回って少し心地いいのか、間の抜けた態度でベクターが尋ね返してくる。何を言うべきかに気を取られ、想定していない反応を見せつけられたムラセは動揺してしまった。


「いや、状況が全く分からないから怒り様が無いだろ。何であそこにお前がいたのかも知らんし、何であの不細工ボコボコにしてたのかも知らんし、他の奴らはどうなった ? 上手くやれたか ?」

「じゃ、じゃあ何で庇う様な事を…」

「自分の身内なら、どんな奴だろうが庇ってやりたくなるもんだろ。都合の悪い仲間に対してトカゲの尻尾切りするのは政治家と活動家の特権だからな。で、何があった ?」


 酒の肴を探すために酒を片手に歩きつつベクターが理由を喋るが、ムラセはただただ困惑していた。しかし、自分が話し始めるのを待つかのように新しい酒を開けて自分を見てくる彼に耐えかね、下水道での遭遇やその後に独断でアーサー達と別れた事を白状する。


「兄貴、いますか ?」


 ムラセが話し終えた頃、アジトにセドリックが押しかけて来た。背後にはムラセが連れ出した妊婦と兵士もいる。


「事情聞いたよ。後ろにいるのが例の ?」

「はい。どうしましょうかね…」

「とりあえず外に出しても碌な事にならんからな。フロウさんに話を通して匿ってやれ。二人ぐらい食い扶持増えても気にしないだろ、あの人は。進路については落ち着いて考えさせればいい」

「分かりました」

「じゃあ、よろしくな。お二人さん、ばいばーい」


 とりあえず大体わかったらしいベクターは、一通り今後の処遇についてセドリックへ指示を出すと、妊婦達の緊張を和らげるためか微笑みながら彼女達に手を振って見送った。たぶん悪い人ではないと判断したのか、二人も少しだけ安堵した様に会釈をしてアジトを出て行く。しかしそんなベクターの態度が本心から来る善意ではなく、その場しのぎの取り繕いである事は彼女たちが去った後に眉間を抑える彼の態度で良く分かった。


「……まあ、助けること自体は何とも思わない。たぶん俺も同じ事をしただろうからな」


 何を言うか決めたのか、指を眉間からどかしてベクターが口を開く。


「だけどあの様子見る限り、助けた後のことまでは考えてなかったんだろ。助けた後は知らんふりだとしたら、それはちょっと酷だな。或いは…まさかとは思うが、面倒見ますとでも言う気だったか ?」


 立ち上がって背伸びをしたベクターが再び問いかけると、ムラセも口を噤んで俯いた。図星だったらしい。


「甘さを他人に見せるのは勝手だし、よっぽどの事でも無けりゃケツも拭いてやる。だけど忘れんな。皆が皆、お前みたいに他人からの施しに恩義を感じるような奴じゃないぞ。声をデカくして助けを求める奴の大半は恩義のおの字も知らない。自分が助けられ、おんぶに抱っこで生かして貰えるのを当然だと思ってる寄生虫みたいな奴ばかりだ。おまけに簡単に裏切る…まあ仇で返される時の覚悟くらいはしとけ」


 声のトーンを低くし、顔を少し険しくしながらベクターが言い放つ。そのまま煙草の箱を見つけると、一本取り出して口に咥えた。


「…そこまで言わなくても。 あの人達がそうだって決まったわけじゃないのに」

「警戒心を持てって言いたいんだ。人の考えなんて欲が絡めばコロコロ変わるもんだぜ。どれだけ偉そうで心地の良い建て前ばっか言っても、結局自分に都合が良いか悪いかで動いてるんだ、人間なんてのはな」

「そうやって決めつけて、何でそこまで言い切れるんですか ?」

「…」


 ムラセは思わず反応してしまった。決して反抗したいわけじゃない。しかし、助けを求めて来た彼女達の事情も知らずに勝手な事を言うベクターに腹が立っていたのもまた事実であった。ベクターも言い返すが、やがてムラセから質問を投げかけられると少し押し黙る。間もなくリリス達も戻ってきたが、どうも和気藹々としていい空気ではない事を感じ取り、何も言わずに他の者達の近くへ寄って行く。


「…経験則だ」


 ベクターは呟く様に回答する。心なしか、リーラがなぜか焦っているように見えた。


「たまには外で煙草吸って来るわ」


 少し気まずくなったのか、そのままベクターはアジトを出て行った。一同はどうにか場の空気を変えようと各々の作業や趣味を行う事にしたが、ムラセは自分の行いに負い目を感じつつソファに座ったまま沈黙し続ける。




 ――――立ち入り禁止になっている入り口を勝手に開け、ホテルの屋上でふてぶてしく座ってから煙草を吸うベクターだったが、どうしても先程のやり取りが頭から離れなかった。


「こんな所で拗ねてんのか」


 背後から声がした事に気づいて振り返ると、なぜかアーサーがいた。


「拗ねてねえよ」

「あの女エルフが色々話してたぞ、急に不機嫌になったのはあの子が地雷踏み抜いたかららしいな。殴りかからないかハラハラしてたんだとよ」

「黙ってろ。何しに来たんだお前」

「別に。今なら色々と話を聞き出せると思ったから来た。それだけだ。邪魔も入らないだろうしな」


 同じように煙草を咥えて火を付けたアーサーと会話が続くものの、一人にして欲しいベクターからしてみれば迷惑としか言いようがなかった。


「その地雷とやらについてだが、昔お前が殺したシアルド・インダストリーズの傭兵と関係があるってのは本当か ?」


 暫く会話が途切れていたが、唐突にアーサーが口を開いた。


「だからなんだよ」


 何でいちいち余計な事を吹き込むのかと、リーラを恨みながらベクターも返答する。


「ジェイコブ・マトックだろ。そいつの名前」

「…何で知ってんだ ?」

「俺の上司だ、元だけどな。俺が駆け出しだった頃に仕事をするための世話をしてくれた」


 名前を出されるや否や煙草を取り出す手をベクターが止める。そのままアーサーの説明を聞いていたが、少ししてから再び新しい煙草を吸い始めた。


「俺のミドルネームの名前もそこからだよ。今となっちゃ名乗りたくないレベルだが」

「だから殺したのか ?」

「…話し終わるまで腰にぶら下げてるそれを使わないって約束するんなら教えてやる」


 しつこいアーサーに対して、彼がホルスターに仕舞っている拳銃を指差しながらベクターは提案する。そして煙草を床に押し付けて火を消し、過去にあった出来事について説明を始めた。

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