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第112話 圧力

「ただちに無駄な抵抗はやめ、武装を破棄した上で投降しろ !」


 ホテルの前では、ハイドリート保安機構の兵士達が建物へ呼びかけながら辺りを包囲している。間違いなく原因はコウジロウが寄越した私兵側にある筈だが、やはり彼らはお咎めなしらしい。そもそもコウジロウ側の生存者がいないので生存者を捉えた方が良いという点も理由としてはあったが、コウジロウに対する”配慮”自体は確かにあった。


「面倒だな…」


 戻ろうにも厳戒態勢となっている状況が厄介に感じたイフリートは遠目に眺め続ける。力づくで戻ればそれこそ反撃の理由を与えるようなものであるが、かといってこのまま黙って見ておくわけにもいかない。タルマン達の姿は確認できないが、ひとまずはホテルの中に籠っているだろう。だが、いずれは力づくで身柄を抑えられるに違いない。


「おーい ! いたいた」


 何者かが自分を呼んだかと思って振り返ると、先程助けた筈のジェシーと彼女の両親が手を振っている。正直、騒ぎを嗅ぎつけられると困るので消えて欲しいのだが、イフリートが要求する前に彼の前に立って手を握ろうとしてくる。


「これで二度目だな。何とお礼を言ったらいいか…慌ててレストランの近くにいた保安機構の連中に君がどの方向へ行ったか聞き出して来たんだ。お困りの様だが、あのホテルに戻りたいのか ?」


 父親は見つけるに至るまでの経緯を話したが、イフリートが見ている先にあるホテルへ指を差して尋ね出す。そして周囲の騒がしさだけではなく、死体の後処理を行っている保安機構の職員の様子も観察した上で、騒動にイフリートが絡んでいると推測した。しかし、だからといって「犯人がここにいるぞ」などと叫び、恩を仇で返すような真似をする程腐ってはいないという自負があった。


「いや、別に…礼が済んだんなら帰ってくれ」

「そうもいかない。恩人のためなら一肌脱がせてもらう。嫌とは言わせないぞ…そういえば名前は ? まだ聞いて無かったな」

「イフ…じゃなかった。エドワーズでいい」

「よしエドワーズ君、私に任せてくれ。すぐに追っ払ってやるさ。世の中には暴力以外の解決方法というのもあるからな」


 そう言うとジェシーの父親は意気揚々と歩き出していく。そして兵士達の背中を押しのけた。


「通してくれ、今から戻る所なんだ !」

「悪いが封鎖中だ。すぐに立ち去…おい、後ろにいるあの男は…」


 兵士達は頑なに通そうとしないが、ジェシー達の背後に立っているイフリートが見えると血相を変えた。


「ん ? ああ、彼は私が臨時で雇ったボディーガードだ。何の問題もない。見ろ、娘と仲良く手を繋いでるだろう。あれが不審者に見えるのか ?」


 イフリートにジェシーが懐いている所をこれ見よがしに父親はアピールするが、兵士達からして見れば売春目的で子供を売り飛ばしている半グレにしか見えなかった。間違いなく武勇伝などとほざいて前科を自慢するタイプだなどと偏見を持っていたが、変に神経を逆撫でしては良くないと本音を口に出しはしなかった。


「とにかく、近辺で起きた騒動の犯人が立て籠もっている状態にある。宿泊施設なら別の所を探せ。それと、そこの男は容疑者として連行させてもらう。どうも通報にあった主犯格と似ているんでな」

「周りで何が起きたか分かってるのか ? 原因は彼じゃない、デーモンだ。ヤツラが暴れてたのが事の発端だ。そもそもあんた達が対処すべき問題だった。手遅れになってから駆け付けておいて偉そうに出来る立場か ? ん ?」


 それでも兵士は食い下がろうとせず、自分達が民間人より上の立場である事を利用して尊大な態度で振舞って来る。ジェシーの父親も苛立ちを隠そうとせず、彼らの職務怠慢について指摘と共に捲し立てる。


「だが条例の都合上、容疑を掛けられている者を見過ごす事は出来ない。最後だぞ、このまま続けるようなら公務執行妨害として…」


 何を寝言ほざいてんだクソッタレな金魚の糞が。ジェシーの父親は自分の苛立ちが更に悪化しているのを感じる。普段は汚職にまみれ、ルールや秩序など知った事かと権力に擦り寄って見て見ぬふりをする癖に、都合が悪くなればマニュアル通りの対応しかしなくなる。よし、そこまで動く気が無いなら分からせてやるしかあるまい。


「このバッジを見たまえ。どこの会社か分かるか ?」


 奥の手を使おう。そう決めたジェシーの父親は金色に鈍く光っているバッジを見せながら言った。


「ヘルメスだ。『ヘルメス・コーポレーション』…知らないわけあるまい。おたくのハイドリート保安機構が仕入れてる武器、車両、服、ナイフ、ペンに至るまで、ウチが開発し、出荷しているものだ。ハイドリートが出来た当初、シアルド・インダストリーズを始めとした大手から買うだけの金がないと言っていた頃から、うちの会社が善意の下で”貸して”やってる」


 そう言いながら兵士に詰め寄る自分の父親の姿を、背中だけではあるがジェシーは興味ありげに観察している。会話の内容までは聞き取れていないらしく、「パパどうしたんだろね」と呑気にイフリートへ話しかけていた。


「これ以上説明するまでも無いだろうが言っといてやろう。私が会社の役員連中に発破をかければ、すぐにでもハイドリート保安機構から装備を没収する事だって出来るんだぞ。ついでに、お前の戸籍を調べ上げて諸悪の根源だと人事に伝えておいてやる。『お得意先の幹部に対して無礼な態度を取る上に、その幹部のボディーガードを引き受けてくれた恩人を犯罪者扱いするゴミクズに貸してやる物など無い』とな…せいぜい新しい取引先が見つかるまで犯罪者や化け物相手に丸腰で頑張ると良いさ。もっとも君の場合は、その前に今の職を失ってゴミを漁る毎日が待ってるかもしれんが」


 ようやく怖気づいたのか、兵士はすぐに周りの者達へ警戒を解くよう呼びかけ始めた。撤退のためにまばらになり始めた周囲を押しのけ、ジェシーの父親はそのままホテルまで誘導しようとする。


「さあ、これで何の問題も無い…おっと、あれは君と一緒にいた男じゃないか ?」


 一段落ついたと思って振り返った矢先、道路の端を歩いてホテルへ戻って来る二人の人影が見える。ベクターとムラセであった。


「帰って来たのか、何があった ?」


 そのまま周囲の状況を飲み込めずにキョロキョロしているベクターにイフリートが尋ねる。


「ああ~…いや、別に。ちょっと色々あったから休む」


 どうも神妙な面持ちでイフリートの肩を叩いてベクターはホテルへと向かって行く。その後ろにいたムラセもまた、あまり気分が良さそうでは無かった。

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