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第109話 極意

 迫って来る敵兵をゲーデ・ブリングで殴り倒す最中、ムラセは初めてハヤトと交戦した際の異変について思い返す。体を建物に使用されていた鉄骨や骨組みで串刺しにされ、そのままトドメを刺されようかという時にそれは起こっていた。


 フィナーレをどうとか寒気の走る台詞を吐き、ハヤトがこちらへ歩いて来ようとする。動かなければならない事は分かっていた。だが体が言う事を聞かない。走馬灯によるものなのか、ハヤトの動きがひどく緩やかに見える。自分はここで殺されてしまうという確信はあった。しかし、仕方がないと黙って殺されるには余りにも未練が多すぎる。


 そう思った時、ふとハヤトの体が随分と接近している様に見えた。しかしどうもおかしい。確かに自分は壁にもたれ掛かったまま串刺しにされている筈なのだが、今見ているその光景はまるでハヤトの頭上より僅かに高い位置から見下ろしているような感覚であった。




 ――――話はリゾートでの戦闘後まで遡る。アジトへ帰還してからベクターが返事をどうするか考えている間、ムラセは詳しい事なら姉貴に聞けと言う助言通りにリリスへ限界点とは何か、自身がハヤトに殺されかけていた時に感じた不思議な感覚はそれと関係があるのかを尋ねた。


「へぇ~、そんな事が」

「そうなんです。なんていうか、イフリートさんが詳しい事は姉貴に聞けって」


 ソファに寝っ転がって透明な酒の入ったボトルをラッパ飲みしているリリスは、ムラセからの質問に少し悩んでいる様子で頭を掻き、ソファに腰を掛け直す。突然どうしたのかと思うものの、自分が倒せていれば仲間の足を引っ張る事も無かったと負い目を感じているのかもしれないとリリスは睨んでいた。


「どう言えば良いのやら…あの~、あれだ。ゲームって遊ぶ ?」

「少しくらいなら」

「上限解放か、限界突破みたいなシステムって知ってたりする ?」

「RPGとかにある…アレですか ?」

「そうそう、あんな感じ。稲妻が体から出るっていうのは最大出力を意味する。そのレベルまで魔力を放出出来るヤツはその限界の先を行ける見込みあり…大半の連中は到底無理だからね。その変な現象ってヤツも、上限をもっと上げられますよ~っていう合図や前兆だったりして」


 ゲームを例えに出しながら説明がされると、ムラセは相槌を打ちながら話を聞き続ける。次第に口が寂しくなったのか、ボトルを手元に引き寄せてがぶ飲みしながらリリスはさらに続けた。


「ただ知りたいのはどうやったらできるかって事だよね ? 私の場合どうだったっけな…」

「え、リリスさんって生まれつき強かったとかじゃないんですか ?」


 いよいよコツでも教えてくれるかと思った矢先、彼女の発言にムラセが目を丸くする。


「ぜーんぜん。ああ、確か…百年ぐらい前かな。私がようやく能力に目覚めたのって」

「年齢が五百二歳だとすると、意外と最近なんですね…」

「よく覚えてんね。まあその通り。せっかくだし色々話してあげよっか。ちょっと待ってて」


 思い立ったようにリリスは話を中断して立ち上がると、そのままどこかへ出て行く。暫くしてから少し上で「水槽を寄越せ」という声や魚の生け簀だからダメだという声、更には「水とプランクトンがあれば勝手に育つだろ」といった暴論が飛び交っているらしかった。暫く騒ぎ声が続いたかと思えば一気に収まり、たっぷりと水が入った巨大な水槽を抱えたままリリスが戻って来た。


「借りてきちゃった」

「強奪の間違いでしょ」

「失礼な。暴力は振るわなかったよ。ババアに金貰って新しいの買えって言ったけど」


 軽く雑談を躱してからウキウキな様子でリリスは水槽をテーブルに置く。そして手の骨を軽く鳴らし、水槽の側面に拳をぴったりと付けた。


「私の能力って一つは肉体の強化、んでもう一つは偶然見つけたんだけど…」


 リリスは前置きを入れてから拳に少しだけ力を込める。僅かに腕部へ稲妻が走った直後、水が勢いよく爆発したかと思えば彼女が拳を付けていた面とは反対側の箇所が砕け散り、水が溢れ出して辺りを濡らした。


「…衝撃波を生み出せる。私の攻撃や、肉体強化を用いた移動の全てにこれを付加させる事が出来るし、例外を除いて物理的な壁や鎧なんていうのは全部壊せる。ホントはもっと応用も出来るけど、その辺やり出すとシャレにならないからね~…」


 綺麗な形で穴の開いたガラスから手を引っこ抜いてからリリスがドヤ顔で説明を続ける。そのまま手をズボンで拭いてから椅子に座り直すと、煙草を取り出して火を付けた。


「でもここまで出来るようになるまで苦労したよ。生まれて暫くは何の能力も発現しなかったせいで親や兄弟姉妹達からも見捨てられてて、出来損ないは必要ないって事で殺されかけた。イフリートだけは私を庇ってくれてさ…表向きは殺したって事にされたけどね」


 なぜか神妙な雰囲気になりながら身の上話をリリスは始める。この際だから全部話してしまおうという考えが、ボトルに入っていた酒に酔って後押しされたのか時折ムラセの顔も窺ってから再び口を開く。


「そんな時に私を助けてくれたのがファウストって人…まあ、デーモンだけど。強くなりたいって私が頼み込んでから、その人がずっと鍛え上げてくれた。一番手っ取り早い方法は身の危険を常に感じられる環境に身を置く事だって言うから、馬鹿正直にいろんな事しでかしたよ。デーモンの群れに単身で喧嘩売りに行ったり、時にはファウストと殺し合い紛いの”手合わせ”やったりしてさ…そしたらこうなった」


 そこまで話し終えてたリリスは、そろそろ片付けをしなければ後がマズいと判断したのか席を立って背伸びをする。


「あんまり大したアドバイスは出来ないけど、能力ってのは血筋は勿論だし自分の置かれた環境も影響する。だから敢えて危険な環境に身を置いて、自分の本能が危険を察知して自己防衛として能力が発動するのを待つっていう方法も――」

「ただいま…うぇっ、何だよ⁉濡れてんじゃねえか !」


 リリスが振り返りながらムラセに話しかけていた直後、買い出しから返って来たベクターが散らかってしまっている部屋を見て文句を言い出す。結局、ひとまず二人の話はそこで切り上げとなってしまった。




 ――――ただ雑兵の相手をしているばかりでは難しいのかもしれない。ムラセはそう思いながらも敵を倒し続けた。その間、ハヤトは下衆な笑みを浮かべて一連の戦闘を眺めているばかりである。とことん腐った性根であった。部下が倒せば指揮をしていた自分の手柄、全員倒されて自分が戦う事になっても以前の戦いからして自分が勝つ可能性は高い。ましてや消耗している状態となれば尚更だろう。出来る事なら自分に責任が向かないよう動き、尚且つ利益と手柄だけは欲しい。そんないかにも他人を嘗めている思いつきによるものだった。


「はぁ…はぁ…」


 何とか最後の一人を倒して戦闘不能にまで追いやったムラセは、そのままハヤトの方へ体を向ける。そしてようやく動き出した彼を見てから、自分が消耗するのをこの男は待っていたのだと理解し、つくづく歪んだ考えの持ち主なのだと更に軽蔑する。ムラセもまた一歩一歩、ゆっくりと動いて彼の方へ向かって行った。


「逃げも隠れもしませんってか ? この間の事、もう忘れたのかよ」

「よく覚えてる。味方が来てくれた途端にイキり出した癖に、首根っこ掴まれてお仕置きされてる誰かさんとか」


 戦いのというのはいかに相手が嫌がる言動を行えるかが重要になる。まずは隙あらば煽った方が良い。自分の余裕の無さや心理的な状況をある程度は誤魔化せる上に、相手が短気であれば怒りによって冷静さを欠く可能性がある。案の定ハヤトは気が短かった。すぐに不機嫌そうな顔になってから拳を握り始める。


「でも良かった。ここならどっちの味方もいない。隠れる場所も無い。正々堂々、白黒がハッキリ着く。まあでも、自分の部下けしかけて呑気してた癖に負けたなんて事になったら…私なら恥ずかしさでたぶん死にたくなる」


 立て続けに彼の戦法を馬鹿にしつつ、ハヤトのパンチがすぐにでも届きそうな距離にまで辿り着く。そのまま立ちどまったムラセはゲーデ・ブリングを発動したまま構え、挑発するように手招きをした。

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