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第104話 変化

「うえ、甘…何だこれ ?」

「カ、カルーアミルクです」


 飲んだ酒について気に入らなかったベクターが近くにいた頭の悪そうな若者達に向かって威圧するように尋ねると、怯えた様子で一人の青年が答えた。


「これで酒飲んだ気になっちゃう感じか?カフェオレでも飲んでろクソガキ。ジンかウォッカ無いのかよ ? 香りがきつくないやつ」


 飲ませてもらっておきながら非常に無礼な感想をベクターは述べて床にグラスを叩きつける。そのままテーブルに置いてある瓶やグラスを眺めていたが、流石にマズいと判断したバウンサーがようやく動きだした。


「おい、どこのどいつか知らねえが今す――」


 バウンサーがベクターの肩に手を置いた瞬間、躊躇いなくベクターは彼の頭に酒瓶を叩きつけた。そのまま膝を突いて頭を抑えているバウンサーの無様な姿のせいで、必要とあらばすぐにでも加勢するつもりだったらしい他の者達も躊躇していた。


「他に文句ある奴は一歩前に出ろ。さて…」


 凄味を利かせてからベクターはどうしたものかと悩んでいたが、間もなくハイドリートに停車すると分かると落ち着きを取り戻した。ひとまずは他の誰かと合流をした方が良い。そう思っている内に列車の速度が下がり始め、金属同士が擦れ合う音と共にブレーキがかかる。その時だった。


 ベクターがちょうど立っている最後尾の車両の背後から奇妙な音が聞こえた。まるで何かが強い力で捻じ曲げられているかのような、例えるならプレス機を使って缶や金属製の物体をジワジワと破壊しているかのような音である。直後、列車の後方の壁が強烈な勢いで引き剥がされた。開けっぴろげになった車両の両端には、鎖付きのクナイが刺さっている。


「うわ、まだ生きてんのか」


 それに気づいたベクターが悪態をついた頃には既に遅く、伸縮自在に操れる鎖の特性を利用し、スリングショットで放たれた石の如く一気に車内へとザガンが飛び込んできた。そのままベクターへ飛び蹴りを浴びせると、他の乗客を巻き添えにしながら列車のハッチをことごとく破壊しつつ食堂車へと叩き込まれる。服が所々破れ、顔に傷も出来ていたザガンは血を拭いながらゆっくりと食堂車へ接近を始めていった。


「何なんだよもおぉ…」


 先程まで舎弟に見せていた余裕はどこへ行ってしまったのか、人の皮を被った化け物二人が列車で暴れている姿を見ながら、男はターゲットにされないように車両の隅で震えていた。


「しつこい子は嫌われるぜ」


 立ち上がったベクターは自分の方へ向かって来るザガンに言ったが、彼女は耳を傾ける様子も無く首を鳴らしていた。オベリスクを振り回そうにも車内は非常に狭く、まともに扱うのは難しい。仕方なく素手で応戦しようと拳を構えてファイティングポーズを取る。逃げようとすれば間違いなくやられると思ったのか、戦略的撤退という手段を取る事はなぜか頭に思い浮かばなかった。


「ほら、戦いの基本ってやつだ。かかってこい」


 ベクターが試しに挑発をしてみる一方で、どうやら思っている以上にザガンはノリが良かったらしい。斬り殺すつもりで作り出していた刀を引っ込め、間合いに入ってから同じく構えを取った。ベクターが直後に殴りかかるも、彼女はあっさり受け止めてから殴り返す。テーブルに叩きつけられたベクターが起き上がろうとすれば、すかさず髪を掴んで持ち上げてから壁に向かって彼を蹴飛ばした。


 壁際に追い詰められたベクターへすかさず接近し、彼のパンチや蹴りを抑えつけてから顔面を幾度となく殴打したザガンだが、猛攻の中でベクターが自分の首を鷲掴みにして来た事に驚きを隠さなかった。ふと見ればレクイエムが光りながら変形を始めている。何かがマズい。


「”爆噴壊突デモリション・フューリー”だ…やっぱズルさせてもらうわ」


 拳を握りしめたまま、血まみれの顔でベクターは笑みを浮かべて言い放った。




 ――――既に駅に停まっていた列車だが、車内での騒ぎを嗅ぎつけた警備兵が間もなくプラットホームに現れる。隊列を組んで指示が出るまでの間だけでも待機をしようとした時、車両の壁が爆発でもしたかのように勢いよく壊れた。そのまま何かが飛来してプラットホームの壁に叩きつけられると、そのまま壁の向こうに出来た虚空の中へと姿を消す。その後を追いかけるように列車の中からベクターも姿を現した。


「どうせ生きてんだろ ? 立てよ。仕切り直しだ」


 そんなベクターの雑な挑発に呼応して、再びザガンが穴の開いた壁から姿を現す。警備兵達が両者に向けて銃器を構えるが、同時に二人から睨まれた事で攻撃を仕掛ける気にならなかった。今しがた目撃した一部始終で自分達が介入できる問題では無い事を容易に見抜き、下手に割って入ればこの二人から同時に目を付けられることが確定する。生存に対する願望が闘争心を掻き消し、大人しく傍観者でいる事に警備兵全員が納得してしまっていたのである。


 再びどこからか刀を作り出し、改めてザガンが臨戦態勢に入る。ベクターも応じるためにオベリスクを担いだ。すると刀を持っていないもう片方の手を彼女が突然かざす。何をするつもりなのかと警戒していた時、背後から金属が勢いよく凹み、強い力っでへし曲げられ、擦れ合うような音が聞こえ始めた。


 たまらず振り向いた瞬間、ベクターが目にしたのは民間人が乗っている事などお構いなしに変形し、血まみれと化したまま変形を遂げた列車の姿があった。鉄屑となった列車は巨大な無数の人形として生まれ変わり、列車の部品によって作られた武器を装備している。


「…お前趣味悪いよ」


 人形たちの体の隙間からチラリと見える巻き込まれた民間人の顔や手足にドン引きした様子でベクターが呟くが、特にどうとも思ってないらしいザガンが走り出す。それと同時に人形たちも一斉に動き出した。




 ――――地上で起きていたある騒動で人々が逃げ惑っていた頃だった。地下鉄への入り口からベクターが勢いよく走って出てくると、それを追いかけるように人形たちも後を追いかけてくる。中には地中を掘り進んでから無理矢理アスファルトで舗装された道路から這い出てくる個体もいた。


「やられたからやり返すってレベルじゃねえだろうがあのアバズレ !」


 ズルなんかしなきゃ良かったと後悔しつつ、ベクターは時折追い付いて来る人形を蹴散らして逃げ続ける。心なしか、周囲の建物が荒廃しているようにも思えた。


「…ん ?」


 荒れてる周囲の状況が勘違いではないと気づいた時だった。トラックが横転しているのをベクターは目撃する。そして付近には無数の死体が散らばっており、それらは皆コウジロウが飼っている筈の兵士達である。その死体の先には地面に這いつくばって何かを必死に乞い続ける男と、その目の前に立っている人影の姿があった。


「…ムラセ ?」


 縛っていた筈の髪が乱れ、両腕を血に濡らしているムラセの後姿を見たベクターは、只ならぬ彼女の様子に動揺を隠せなかった。

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