一定の売り上げの達成によって、喫茶店の敷地が大きくなります
ブラウンのウェイトレス衣装に着替えたミエルさんは、喫茶店中央の2人掛けの席に腰掛けて、何か作業を始めた。
その作業を、言葉で説明するのが、すごく難しい。
まず、左手は頰に添えられ、頬杖をつき、一方、右手がせわしなく動く。
右手、その人差し指が、空間中をせわしなく動く。
何も存在しない空間中を。
何も存在しない空間中を?
否、そこには存在している。
光、の、板?、のようなもの。
「何を、してるんですか?」
と尋ねながら、覗き込む。
何も存在しない空間中に存在したのは、『画面』だった。
「え?ソシャゲだけど」
「ソシャゲ?」
「ソーシャルネットワーキングゲーム的な?
ソーシャルネットワーキングサービス上で運営されるゲーム的な」
「端末は?」
「光の魔法で、ディスプレイが生み出される。
魔法を使って、どこでもゲーム」
「天界のテクノロジー、頑張る方向が、ぶっとんでますね」
「これが天界流よ。
それに私も暇じゃないの。
鈍臭いあなたが、布と布をチマチマと縫い合わせるのを見ているのより、かわいい女の子やイケメン男子が活躍しているシーンを眺めている方が、目の保養になるわ。
それに、アイテムを集めておかないと、課金額がどうしても増えちゃうのよ」
「課金システムとか、あんのかよ!」
「言っとくけど、私はニコニコ課金がモットウなの」
「さようですか」
「ゲームも人生も同じ。
地道な基礎固めが、ココゾの場面で効いてくるの」
「天使様ともなれば、もっと高尚なことに時間を割けないんですか?」
「仕方ないじゃない。
この場所から『外出』しないことが、最良の選択と判断しているのだから。
で。
私はイベントのアイテム回収で忙しいの。
これ以上、話しかけないで。
あなたは、手を動かしなさい」
「天使も人間も、やることは同じなんですね」
そういうわけですので、俺は俺の作業に戻ろう。
それは『布団作り』である。
2枚の布を縫い合わせ、その中に、巨大鶏の羽毛を詰め込んでいく。
すでに1セット、それは枕を含んだ1セットが完成済み。
コイツは、俺が使う布団セット。
裁縫スキルが多少なり上昇したココからは、嬢王陛下のための『お布団様』を、丹精込めて縫い繕っていくのである。
*****
日が暮れる。
本日の売り上げは0G。
それも当然で、本日は休業日とし、看板を下ろしていたからである。
その代替として、以下のものがクリエートされた:
・シェルター用カーテン
・掛け布団×2
・枕×2
・狼皮の敷布団
2枚目の布団の縫い合わせは、慣れによる時短も狙えたが、陛下のご機嫌を損なわないように、丁寧に時間を掛けて行った。
そんな陛下は、ときたま『ドロップしない・・・』とか『SSRキタ!』とか、現代人がよく使う言葉を吐いては、淡々とアイテム集めに勤しんでおられた。
お疲れ様でございました。
ここで俺は、完成した布団セットを、シャワーを浴びてスッキリなされたミエル陛下に上納する。
「まあ、使えそうね。
明日から、もっと稼いで、最高級の寝具を目指すわよ」
「まあ、シェルターで寝てもらうことには、変わりありませんが」
「何を言っているの?
『喫茶店の売り上げに応じて、この喫茶店の敷地を大きくできる、とする』。
これは、誰の言葉だったかしら」
「なるほど。
俺ですね」
「どんどん稼いで、店の名声だけじゃなく、物理的な大きさも向上させる。
そうすれば、喫茶店だけでなく、私たちの生活スペースも大きくなるのよ」
「前世では考えもしなかった・・・。
夢のマイホームや!」
転生の際、そして今まで考えもしなかった。
空間が余れば、それは、俺が自由に使ってもいい、ということである。
「当然、最初は喫茶店の売り上げが優先よ。
マイホームなんて言葉、当面は使うことにはならないと思いなさい」
「売り上げに応じた空間拡張率、緩和したりしてもらえません?」
「設計変更には、大きな魔力が必要なの。
それに、私はあなたを甘やかすようなことはしない。
堅実なステップを踏んだ上で、自由を勝ち取りなさい!」
「了解致しました!」