転移の魔法は、転生特典として指定できません
天使さんは、あの日と同じ。
白い布を纏い。
長いブロンド、青い瞳。
しかし、1点だけの相違点。
天使の輪っかが存在していなかった。
それが『人間界仕様』なのだろう。
「どうして、天使さんがここに!?」
「休みができたので来ました、けど。
あなたが来いって、言ったのでしょう」
本当に来るとは。
9割冗談のつもりだったのだが。
「私は忙しいのです。
最高級のオモテナシを提供してちょうだいな」
そう言って、天使さんは、店の中央の2人掛けのテーブルに腰かけた。
彼女が足を組んで座ると、布の隙間から、なんか見えてはいけないものが見えそうで。
天使さんから目をそらしながら、注文について確認する。
「『最高級のオモテナシ』、って、言われても・・・。
まだ、正式開店してない状態なんですけど」
「開店してないって・・・。
今まで、何してたの?」
「狼の群れと戦ったり。
盗賊を追っ払ったり。
巨大な鶏と戦ったり。
猪の群れと戦ったり。
家具作ったり。
ドラゴン倒したり、してました」
「『俺は魔物とは戦わない』とか言ってなかったっけ?」
「この世界、想像以上に厳しいんですけど。
結構、何回も死にかけてるんですけど。
それなのに、なんで、草原のど真ん中に転送されたんでしょうか?」
「転送場所は指定不可と、取説に書いていたでしょ。
これも、試練なの。
可愛い子ほど、谷に突き落とすものよ」
天使さんはにこやかな笑顔で、親指を下に振り下ろした。
「なんで、そんな試練が必要なんですか?」
「魔王を倒すため」
「魔王ってなんだよ!」
「魔王は魔王よ」
「その人、なんの仕事してる人なの?」
「世界征服」
「征服されそうなの?」
「このままいけば、される。
でも、あなたを含めた転生者の活躍で、なんとか踏みとどまっているわ。
あなたも、さっさと覚悟を決めて、レベル上げに勤しみなさい」
「レベル、もう26だけど」
「なによ、そこそこがんばってるじゃない。
でも、最低でもレベル100くらいないと、魔王の幹部とは殺りあえないわ」
「ダメじゃん」
「はい、ダメです」
淡々と重要事項を連絡する天使さん。
魔王の存在は、取説には記載されていなかった。
この世界、厳しいどころか、人類滅亡の危機に瀕してるじゃないですか。
「この大陸にも幹部が寝城を持っています。
いつか、この場所にも、影が伸びてくるでしょうね。
それに魔物も、どこで、いつ襲ってくるか、そんな状況ですし」
「そんな場所で、天使さんはノンビリしてて大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。
いつでも天界に転移して帰れますし。
それに私、強いので」
*****
魔王について、妄想でイロイロ考えながら、厨房にて、天使さんに振る舞う料理を作っていた。
しかし、イメージはうまく固まらず。
この点、各方面から情報を収集しておくのがよいだろう。
「お待たせいたしました」
出来上がった料理をテーブルの上に置くと、天使さんの眉間にシワが寄る。
「なにこれ?」
「見たとおり、和風ハンバーグです」
「もう1回聞くわ、なにこれ?」
「見たとおり、和風ハンバーグです」
その瞬間、何もない空間中に光が生まれ。
その光が、高速で俺のオデコに向けて飛んできた。
「ぎゃーーー!」
とたんに走る痛み。
超強力なデコピンを受けたような痛み。
ほのかに煙が上がっているように見えるが気のせいか。
「何?何?
魔法?魔法?」
「次は、どこを狙おうかしら」
いやらしい笑みを浮かべる天使さん。
次弾となる魔法の光を空中に浮かべながら、舐め回すように、俺の体の各部を見る。
「はい、言います!言います!
『狼と猪の』合挽きハンバーグです」
「よくできました」
光と笑みが消え失せる。
まさか、食べずにしてバレるとは。
この天使さん、めっちゃ怖い。
「とりあえず、食べて、みてください」
それでも、俺は引かず。
『戦い』を挑んだのだった。
「そこまでの、自信があるのね」
天使さんも覚悟を決めてくれる。
ナイフが合挽き肉を裂き、その間に醤油ベースの和風ソースが流れていく。
次いで、フォークが突き刺さり。
そして口へ・・・。
緊張が走る。
「すごい!
すごい、まずいわ!」
「ですよねー」
「肉の旨味が少なく、生姜を使っても、獣臭さが残る。
普通の牛のハンバーグを100点とすると、-2点程度の評価よ」
「ご試食、ありがとうございました」
「これは『宣戦布告』と、受け取ってよろしいのかしら」
再び、魔法の光が空間に生まれる。
そのサイズが、前回よりちょっと大きくなっている気がする。
しかし、俺は怯まない。
「でも、これ、狼だけで食べたり、猪だけで食べたり。
味付けが塩だけだったりしたら、もっとまずいんですよ。
ジェルソンの生姜、天使さんが初期配備してくれた胡椒と酒、みりん。
小麦粉、卵がツナギになって。
そして、ごま油でしっかり焼いて、そんな調理の工夫だったり」
「・・・」
「料理を工夫することで、ここまで点数があがったんです。
-100点が、–2点になった。
98点も改善したんです。
いろんな人の力を借りて、改善したんです。
たった1ヶ月ちょっとの期間で、イロイロあって。
そのイロイロが、この料理に詰まってるんです。
この料理を食べてもらえば、そのイロイロを話題に出せるじゃないですか」
「死にかけたんでしょ」
「死にかけました。
でも、『面白い』とも思っています。
前世では、忙しすぎて見えていなかったものが、今見えているって思います。
だから・・・」
「だから?」
「ありがとうございます」
「そう」
天使さんは微笑みを見せてくれる。
本当に、これが本当の『天使の微笑み』。
言葉では表現できない美しさが、そこに存在しているように感じた。
「次は、完璧だと。
あなたが本当に断言できる料理を振舞ってちょうだい」
「約束します。
必ず」
「だから、死んだらダメよ。
なので、レベル上げはちゃんとすること」
「わかりました」
先程、散々レベル上げについて言及されたのも、天使さんなりの優しさがあったからなのかもしれない。
黒かったり、白かったり。
いろんな顔を見せてくれる天使さんだな、なんて思いましたとさ。
「じゃあ、私は帰るわ」
「お見送りします」
「この場所から天界に転移できるから結構よ。
それじゃあ、元気でね」
そう言って、手を振って微笑んでくれる天使さん。
天使さんの体が光に包まれる。
その光景は、俺が天界から異世界へ転移したときと、おおよそ同様のものである。
光に包まれながら。
いつまでも。
いつまでも、手を振ってくれる天使さん。
彼女の優しさが、現れているんだ。
そう思った。
「天界に、転送されないんですけどーーーーーー!」