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ハニーブルクの喫茶店  作者: 青咲りん
第一章 巻き込まれた勇者と喫茶店
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至高の食事タイム

 竈門を開けると、じゅわぁと鉄板の上で水が沸騰する音とともに、甘い肉の匂いと鼻を抜けるマスタードと香草の匂いが水蒸気に乗ってその場にいた全員の鼻腔を擽った。


「うぉお!

 これは絶対美味いっ!」


 匂いを嗅いで始めに口を開いたのはセドリックだった。


「わかりますっ!

 ていうかししょーのりょーりが美味しくないわけないじゃんっ!」


「ですねっ!

 あぁ、早く食べたいです……っ!」


 ぐぅ、と腹の虫の鳴く声が聞こえてくる。


 肉を見るだけでこんなにもとろけた顔をするだなんて、作った甲斐があるというものだ。


 俺は肉をそれぞれの皿に盛り付けると、それぞれの机まで運んだ。

 目の前までこの肉が来ると、もう食欲に抗える自信がない。


 ──しかし、それぞれがナイフとフォークを手に取って食らいつこうとした、その時だった。


「待ってください。

 まだ完成じゃありませんよ?」


 そう言いながら取り出してきたのは、半月型にカットされた、巨大なチーズの塊。


「……ま、まさか!?」


 ガタンッ!と、音を立ててアンバーが立ち上がった。


「そうです、ラクレットチーズです」


 答えた瞬間、全員の顔がふにゃりととろけるような錯覚を覚えた。

 それほどに、彼らは飢えていたのだろう。


 待ってましたその反応。


 俺はニヤニヤと笑みを浮かべながら、三人の背後に回って、魔法で熱したナイフで斜面を溶かしながら肉の上にかけていく。


「あぁ、なんという冒涜っ!

 これぞ神が我々に与えたもうた原罪が一つ……ッ!

 おお、神よ!

 我が食欲猛ることオーガの如き罪を赦したまえ……ッ!」


 ……わぁ、アンバーさんいつにも増して興奮してるなぁ。

 嬉しいけど。


 別にどこかの教徒であるわけでもないのに、感極まりすぎて祝詞っぽいことを叫ぶ彼女に笑顔を向ける。


「貴方が神かっ!」


「そうです、私が神です」


 フィネの肉にも同じようにチーズをかけてやると、目をカッと見開いてそんなことを宣った。


「いやぁ、さいっこうのサプライズだぜ、マスター!

 やっぱここに通い詰めてて正解だったわ!

 飯はうまいし料金も他に比べれば少し安い。

 最高の店だよマスター!」


「お褒めに預かり光悦至極」


 さて、全員の分にもかけ終えたし、自分の肉にもチーズを垂らそう。


 若干赤熱した専用のナイフをラクレットチーズの斜面にあてがう。

 チーズのとろけるいい匂いが鼻腔をくすぐるとともに、溶けていくチーズのこのトロトロ感。

 目でも楽しめる最高の一品だよなぁ、これ。


 おまけにこの香草の花をぬけるいい匂いも組み合わさって。


 こんなの食べたら語彙力が飛んでいくわ。


「それじゃ、いただきます」


 チーズをかけ終えた俺は、それを何も無い空間に仕舞って、手を合わせた。


 まずは一口。

 フォークで肉を押さえ、ナイフで切り分ける。

 チーズと香草がちょうど重なってる場所だ。


「〜〜〜〜っ!」


 美味いっ!

 口に入れた瞬間、チーズと肉の味が襲ってきて、口の中に香草の香りと塩胡椒の塩味が全体を整えるアクセントとして広がっていく。

 鼻に抜けるタイムとパセリの香りがチーズの濃厚な甘みを引き立て、ローストされたラパンの食感が食欲を増進させる。


 これは控えめに言っても至高の一品と呼べるのでは無いだろうか。


「天国……」


 頬張りながら、アンバーが呟く。

 見ればフィネは黙々と食い続け、セドリックは一口食らうたびにいい笑顔をしてくれていた。


 さて、肉の次は主食のマッシュポテトだ。

 フォークに乗せて、スライスされたベビーマタンゴをストッパーにしてミニトマトもマッシュポテトに押しつけて口に運ぶ。


 これもまた至高。

 マッシュポテトのほくほくとした食感、今の甘み、それを整える塩胡椒の塩味、コリコリとすこし歯応えの強いマタンゴの食感、それら全てを包括し、さらなる次元へと引き立てるミニトマトの酸味。


 ……最高だ。

 これにバジルを加えればもっと良いかもしれない。


 席を立ち、棚から乾燥させたバジルの粉末を引っ張り出してきてマッシュポテトにすこし振りかける。


 食べる。

 バジルの香りがいいアクセントになって、芋の旨味を引き立てている。


 最高だ。


「ししょー」


 見ていたのか、フィネがこちらを見ながら手を差し出していた。

 どうやら彼女も欲しいらしい。


「ほれ、バジルだ」


「やった!」


 バジルウェーブは同心円状に広がっていく。

 となりのアンバーとセドリックが、同時にバジルを要求したのだ。

 そのハモり具合阿吽の如し。


 次に口に運ぶのはハニーキャロット。

 硬すぎず柔らかすぎず、ただ茹でただけでグラッセしたわけでもないのに、バターのような甘味がまとわりつく。

 塩味で侵されていた口の中が、唐突に現れたニンジンの甘みによって新たなステージを迎えている。


 そしてそれをみずみずしいブロッコリーで一気にリセット。


 再び肉を口に運ぶ。


 この幸せのループには、今は誰にも敵うまいっ!


 このプリプリとした肉の食感がもう最高すぎて、フィネが黙り込むのも頷ける。


 飯が、止まらない。


 主食をマッシュポテトにしたのは、やっぱり正解だったな。

 パンだとこうもいかないし、味付け的にご飯よりもこちらの方がマッチしている。

 和食風にするなら、せめて醤油とみりん、それから日本酒が欲しいところだが……。


 残念ながら、大豆から作る醤油はこの国にはないし、出回ってもこない。

 作るにしろ時間がかかりすぎるし、まず製法を知らないから無理だ。


 一応、似たものはあるけど、味は全然違うんだよなぁ。


 ……そういえば今日あったあの男。

 顔つきが日本人っぽかったな。

 この世界にも日本と似たような国があるのだろうか。

 名前くらい聞けばよかった……って、また今度米の代金払いにこっち来るんだったな。


 そんなこんなで至高の食事タイムは終了。

 みんな満腹になったのか、それぞれ思い思いな場所で伏せっていて、その口からは『食いすぎた』だの『至高でした……』だの『もう食べられにゃい』だといった言葉が漏れ聞こえてきている。


 ここまで満足したなら、作った甲斐があったというものだ。


 アンバーに魔石のことを話そうと思ったけど……それは、もう明日でいいか。


 俺は全員分の食器を洗って片付けながら、そんな様子の三人を微笑ましく眺めるのだった。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m

 もしよろしければ、ここまで呼んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。

 そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m

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