アルミラージのローストラパン
「その子、精霊の類でしたか……」
魔石へと変身してしまったそれを見て、苦笑いを浮かべた。
男の話によれば、先日、《遺跡》の探索中にゾンビに出くわしたらしい。
それに驚いたのだろうプレイサが、奇声をあげて戦線離脱。
姿を見失ってしまい、結果として彼女は迷子になってしまったということだった。
彼女が言っていた怖い人間って、ゾンビの事だったのか……。
ちなみにこの精霊というのは何かというと、迷宮攻略者だけが偶に獲得できる景品のようなものだ。
迷宮の最深部にいる守護者というものを討伐すると、稀にその魔力が迷宮の最深部にある、迷宮の心臓とも呼べる巨大な魔石から分離して、小さな魔石を落とすことがある。
この魔石は聖霊の卵と呼ばれるもので、長い時間をかけて所有者の魔力の波長に同調し、プレイサのような存在を生み出す。
聖霊の形は所有者によってばらつきがある。
今回のように人の形になることもあれば動物の姿になったり、武器や防具、はたまた巨大な兵器のような姿になったりと様々だ。
元の世界風にいえば、ガチャ、みたいな印象だろうか。
ちなみに精霊は意思を持つタイプのものであれば、任意にその姿を卵の姿に戻すことができるし、意思を持たないタイプの精霊でも、所有者が念じれば卵の姿へと戻すことができる。
……俺も、実はこの聖霊の卵を持っている。
今は少し、別の場所に収納しているが。
「よく知ってたな、冒険者でもないのに」
「これでも、昔は冒険者だったんですよ」
俺の顔を知らないということは、それはもうかなり遠くからここまで来たんだろうな。
まぁ、俺もかなり遠くから旅してきたけど。
閑話休題。
……ということは、アンバーが拾ってきたあの魔石は、そういうことだったのか。
これは、帰ったらちゃんと伝えないとな。
その日は、残りの請求として後日米の代金を支払いにきてもらうという約束を取り付け、俺は一人店へと帰ることにしたのだった。
店に着くと、扉の前で大きな袋を宙に浮かせて牽引する緑色の髪の男の姿があった。
「どこかのお姉様の奴隷にならなくて良かったですね」
「お、マスター。
残念ながら、人攫いの一匹も出会さなかったぜ」
肩を竦めてフランクにそう返してくるのは、『蜂蜜の砦』の常連客でヒーラーの青年、セドリックだった。
ということは、あの袋に入ってるのは依頼した分のアルミラージ十羽か。
思ったより仕事が早いな。
「それで、依頼の方は?」
「上場よ上場。
まぁ、ちょっと手古摺りはしたがな」
話を聞きながら、彼を店に入れる。
彼の職業はヒーラーだ。
一口にヒーラーと言ってもいろんなタイプがいるが、彼はその中でもメイジヒーラー、魔法で仲間の傷を癒したりする、ヒーラーの中でも引っ張りだこな職業である。
そんなヒーラーだが、基本的に攻撃手段は皆無だ。
ヒーラーをジョブとして選んでる時点で攻撃魔法などは不得意な場合が多いのは、まあなんとなく想像できるだろう。
要するに、攻撃魔法が使えるなら支援職でなく戦闘職についてたはず。
そのところをあえてヒーラーとする点、攻撃は基本不得意な人材が集まるのだ。
つまり、基本的に攻撃手段は皆無。
しかし、薬も過ぎれば毒となるという言葉が示すように、このメイジヒーラーも全く戦えないというわけではない。
まぁ、少し工夫は必要だが。
「毒は使ってないんだよな?」
念のため、確認する様に彼に尋ねながら中身を受け取る。
中を取り出すのは素手で掴むのではなく、防隔の魔法を応用して魔力でサイコキネシスを再現している。
理由は簡単、肉に雑菌をつけないためだ。
「あったりめぇよ。
俺を誰だと思ってるんだ?」
「そこそこ腕のいいEランクヒーラー、ですかね」
「お褒めに預かり光悦至極」
ふざけた態度で貴族式の礼をするセドリックに、苦笑いを浮かべる。
「……うん、肉の状態がいいな。
治癒魔法で鮮度を維持してたのか。
血抜きもできてるし臭みも少ない。
剥ぎ取りはギルドでやったのか?」
「まぁ、そりゃ流石にな」
アルミラージは角のあるウサギのような姿をしていて、通称ツノウサギと呼ばれている。
ウサギの場合は解体した後は腹部に氷を詰めて三日熟成させるのだが、アルミラージは血抜きさえできていればさほど問題にはならない。
それにこれは狩り方が良かったのか、肉に残ってる魔力も多く、熟成させなくても十分柔らかい常態が維持されている。
ふむ、そっか。
……ここまで綺麗にできてるし、今日は一羽丸々使ってローストラパンにするか。
アルミラージはウサギと同じように、部位ごとに解体しなくても食べられるし。
正直、飯詰めも魅力的だが……生憎、あのグラトニー幼女のおかげで残りが少ない。
セドリックがいるところでは、俺の貴重な米を使いたくないし……。
などと考えながら、他のウサギを時間凍結して冷凍庫へと収納する。
ちなみにこの冷凍庫、見た目も大きいがそれ以上に中に物が入るように空間を歪めてあったりするが、それはまた別のお話。
「よし」
俺はエプロンと頭巾をつけると、手を洗って料理の準備を始めた。
今日は香草焼きにしよう。
ローストラパン。
正直米と食いたいが、今回の主食はマッシュポテトだな。
付け合わせは……スライスマタンゴとブロッコリーでいいか。
見た目鮮やかにするために庭で育ててるミニトマトもつけて……。
よし、これでいくか。
まずはラパンからだ。
竈の鉄製の蓋を開いて木炭を投入。
これはただの木炭ではなく、《大森林》に生息する木の姿をした魔物であるトレントでできている。
魔力と相性が良く、魔法による火の操作がしやすいのが特徴だ。
炉に木炭を突っ込んだら、簡単な初級の火属性魔法で、ちょっと強い火をつけるファイアの魔法を投げ込む。
中の温度が大体百八十度くらいになるように火力を調整して、余熱。
その間に肉を仕込む。
まずは二羽ともアルミラージの頭を落とす。
次に背骨の筋に合わせて左右で半分に切る。
肉に塩胡椒を振ったらマスタードを満遍なく塗って、棚から既に刻んである香草の入った瓶を引っ張り出して振りかける。
取り出したのはタイムとパセリ。
焼き上がった後に鼻を通るいい香りがするのだ。
まだ竈の準備ができていないようなので、マッシュポテトや付け合わせの用意を始めることにする。
冷凍庫から材料を取り出し、下準備を始める。
ジャガイモは洗った後は皮を剥いて生えていそうな芽を取り、水を張った鍋に入れて茹でる。
文字通りに冷凍していたブロッコリーも、同じく水を張った鍋に入れて解凍。
その間にベビーマタンゴを薄くスライスし、ミニトマトは蔕を取っておく。
ブロッコリーって、生のままだと野菜特有のガスで臭みが生まれるけど、一度冷凍するとその臭みが消えるんだよね。
まだジャガイモが茹で上がるまで時間あるな。
ブロッコリーの解凍は……もう少しか。
余熱が終わったかどうかを竈の蓋を開けて確認する。
「うん。いい感じ」
左右共に同じ処理をした肉を、先ほど余熱しておいた、元の世界ならば本格的とも言われそうな石窯のオーブンに入れて焼く。
温度は大体百八十度くらい。
中の温度は火の色を見ればわかる。
……というのも、師匠と過ごしていた時に彼から鍛治を教わったのだが、その時に会得した技術なのである。
焼き時間は三十分くらいだな。
何もない空間から少し大きめの砂時計を引っ張り出して、逆さまにして机の上に置く。
この砂が落ちきった時間が、ちょうど三十分だ。
……っと、そろそろジャガイモとブロッコリーが出来上がった頃か。
鍋からブロッコリーを取り出し、皿の上に置いて冷ます。
その間にジャガイモを取り出してアルミラージとは別の包丁で半分に切り、そしてもう一回ぶつ切りしていく。
出来たらボウルの中に突っ込んで杵でマッシュする。
マッシュしながら塩胡椒を加えて味を整える。
次にブロッコリー。
水を切って冷水で洗い、粗熱をとる。
ちなみにこの厨房に使われているシンク。
実はお金持ちならほぼ誰でも持ってるような魔道具で、実際にポンプで組み上げた水を使っているわけではなかったりする。
ブッコロリーの粗熱を取り終えると、今度は食べやすい大きさに切る。
そうだ、色合いがこれだけだと寂しいし、ニンジン加えるか。
この地域で取れる人参はハニーキャロットというこの土地原産の品種で、生で食べても十分甘いが、ただ茹でるだけでグラッセしたかのような甘みを出すことができるのだ。
おかげでこの街には人参が苦手という子供が少ない。
冷凍庫から取り出して、水で洗ってピーラーで皮を剥く。
先端と蔕を落として、二センチくらいの厚さで銀杏切りにする。
このハニーキャロット、甘いのは甘いんだけど、茹でると薄くなるんだよなぁ、厚みが。
新しい鍋に水を張って、銀杏切りにしたニンジンを茹で始める。
灰汁を取りつつ茹でること数分。
すぐに柔らかくなったニンジンを時間凍結させて皿に移す。
今のうちにラパン以外のものすべて皿に移す。
盛り付ける。
「いやあ、いい匂いだなぁマスター。
いつ嗅いでも、香草焼きの匂いはいいもんだ」
「……何言ってるんですか、貴方にはあげませんよ?」
「酷ッ!?
それ俺が狩ってきたウサギだろ!?
なんで俺だけお預け食らわにゃならんのよ!?」
「冗談ですよ、真に受けないでください」
と、そんな話をしていた時だった。
「あっ、ししょーっ!帰ってたんだ!
セドリックさんも一緒なんですね?」
居住区の方から夕飯の匂いを嗅ぎつけてきたのか、フィネとアンバーがやってきた。
「いい香りですね。
香草焼きですか?」
いつもの席に腰を下ろしながら、アンバーが目を輝かせて尋ねる。
「そうだ。
なんの香草焼きかわかるか?」
「はいはーいっ!
さっきセドリックさんが言ってましたー!
ずばり、答えはウサギっ!
ウサギの香草焼きですっ!」
俺の質問に、いつも以上に張り切って答えるフィネに苦笑いを浮かべる。
と、それを見たアンバーが首を横に振って
「いいえ、違いますね。
この匂いの感じ、ほのかに香る肉の甘味……。
マスター、今日の晩ご飯はアルミラージですね?」
「え、アルミラージ……ってなんだっけ?」
「角の生えたウサギさんです。
かわいいんですよ?
自分より弱い相手には凶暴なんですけど、懐いてくれるとすごく可愛くて……」
「へぇ、可愛くて美味しいだなんて最強じゃないですかっ!」
「そう、まさに最強のお肉なんですっ!」
おうおう、なんか二人だけで盛り上がってるなぁ。
ていうか、女子の会話がそれでいいのだろうか。
一応、ウサギが可愛いという話も混ざってるが、七割型食欲に支配されてるだろ、こいつら。
と、そんな感じで四人で会話しつつ、気がつけば三十分。
俺は砂時計を何もない空間に収納すると、手袋をはめてオーブンを開いた。
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