変身
店を飛び出して、俺は石と木とレンガの街並みを歩いていた。
メインストリートは下校中の冒険者育成学校の生徒たちと、仕事から帰ってきた冒険者たちで賑わいでいたので、常連客たちや他の街の人達に不審がられないよう、なるべく走ったりせず、落ち着いて歩く。
怒っていないわけではない。
むしろ腑が煮え繰り返るほど怒り心頭に達している。
なのに何故取り乱した風もなく、冷静を装っているのか。
それは、俺が強者であり、大人であり、故にここで訳もなく(はないが)関係のない相手に怒りをぶつけるのは、弱者であり精神的に未熟な者のすることだと弁えているからだ。
……なんていうのは建前で、本当はこの怒りを溜めに溜めて、一気に本人の前で発散させるためだ。
この怒りの理由は、自分が客の、アンバーの持ち物である魔石をきちんと管理できていなかったことに対する不甲斐なさも半分程ある。
そしてもう半分は、やっぱり溜め込んでいた米を半分も食われたという、半ば諦めかけていて下火になっていた怒りに油を注がれたことだ。
上の件より、むしろこっちの方が許せない。
そんな風に怒気を押し隠して街の中を関所の方へ向けて歩く。
関所は街の中に八つあって、それぞれがこの迷宮都市を囲うように築き上げられた防壁の八方に関東に割り振られているのだが、さて、セドリックはどの関所にプレイサを送り届けたのだろうか。
順当に考えれば、冒険者ギルドから一番近い東、つまり《遺跡》に近い方の関所だろうが……。
「やぁ、誰かと思えば『蜂蜜の砦』のマスターさんじゃないか。
こんなところにどうしたんだい?」
出迎えてくれたのは、東門の衛士で、俺の店の夜の部の常連客でもあるクラウスだった。
「クラウスさん。
こんばんは。
ここに、これくらいの背丈の、金髪の女の子が来ませんでしたかね?
緑色の髪の、Eランクの冒険者に連れてこられてると思うんですが……」
「あぁ、それなら今保護者が迎えに来てるぜ。
用があるなら案内するが」
「そうですね、お願いします」
保護者が来ているならちょうどいい。
あのプレイサとかいうグラトニー幼女から鑑定中の魔石を取り返し、ついでに食われた飯の代金も──せめて米の分は払ってもらわねばならんからな。
クラウスは他の衛士に事情を説明すると、俺を連れて関所の中へと入っていった。
関所とは、街とその外を隔て、中に魔物が侵入してこないように住民を守る壁の門としての機能も併せ持っている。
故にこの関所の事務室というのは壁の中に設けられている。
ビルでできた壁のようなイメージを持っていれば、まあ間違いはないだろう。
ちなみに、壁には外界を俯瞰することができる窓がついている。
この窓は櫓としての機能の他、迷宮から魔物が氾濫し、街へと攻めてきた際に迎撃するための砲門の役割も果たしている。
さて、そんな壁の中を歩くこと二分ほど。
とある扉の前に連れてきたクラウスは、二回ほどノックすると、返事を待って扉を開けた。
──瞬間、何かがクラウス目掛けて、いや、俺を目掛けて飛んできた。
すかさず、防隔の魔法でそれを目の前で急停止させて確認する。
どうやらフォークのようだ。
「何の様だ?」
少し広い、だいたい俺の店の半分くらいの広さの部屋。
六人がけほどの大きさのテーブルで、最も下手の席に腰掛ける男がぶっきらぼうに尋ねてきた。
「それはこっちの質問だと思いますが。
出会って早々食器を投げるだなんて、マナーが為ってないですよ?」
鋭い目つきの男だった。
ウルフカットに整えた黒い髪に、険呑さを纏う黒い瞳。この辺りでは見ない、凹凸の薄い顔つきや全体的な雰囲気が、はるか昔の故郷である日本を想起させる。
そして、首から下がっているドッグタグが金製であることから、彼がAランクの冒険者であることが窺える。
「ハッ、抜かせ。
そんな怒気をだだ漏れにされては、こちらだって警戒せざるを得ないのは自明の理だろうが」
男は義手らしい左手を挙げながら皮肉った。
というのも、ただ挙げただけということでもなく、魔力を練り始めていた、おそらく彼の連れなのだろうフードを庇った少女を制するという目的もあったらしいが。
「……それもそうですね。
ちょっと、そこの女児に話があったもので」
「……」
視線を彼の方から、下手の一番奥の席に腰掛けて足をプラプラさせる見覚えのある幼女に移す。
間違いない、あの時のグラトニー幼女だ。
その視線の移動に何か気づいたのか、男は険呑な雰囲気をおさめ、義手の方で眉間を押さえ口を開いた。
「……なぁ、プレイサ。
お前、また何かしたな?」
彼の反応を見る限り、常習犯らしい。
女児は少し思い出す様な素振りを見せるなり、口を開いた。
「私、何もしてないよ?」
「嘘つけぇ!
テメェ俺の店から米在庫の半分も食い逃げた上に、客から鑑定依頼されてた黒い魔石まで奪い去っただろうがっ!」
彼女のキョトンとした反応に、思わず怒鳴り声を上げる。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
ふざけるのも大概にしろよこのグラトニー幼女め。
「それと俺の家の倉庫勝手に漁った上浮遊香まで空にしやがって!」
ついでに何もない空間から、家から持ってきた中身をぶちまけららた浮遊香の瓶を机の上にダンッと勢いよく叩きつける。
それらの事情を聞いた男は、深いため息をついて一言。
「プレイサ、本当か?」
「……そんな気もしないではない」
「何で偉そうなんだ……」
どうやら事実であるという事に納得した男は、顔を上げて席を立ち、義手ではない右手の方を差し出して口を開いた。
「この度は俺の連れが迷惑をかけてすまなかった。
こいつにできる事なら何でも……というわけには、残念ながらできない。
代わりに弁償ならいくらでもするし、出来る限り要望には応えたい」
無表情、しかし仲間の過失に対する申し訳なさの伝わる態度に、少しだけ溜飲が下がる。
「まぁ、そこまで言うなら、まずは鑑定中だった魔石の方を返してもらいたいんだが」
握手を交わして、まず最初の要求を始める。
俺としては、アンバーから預かってた魔石が帰ってきて、かつ米の代金さえ払ってくれればそれで構わないのだ。
別にプレイサに働けとか言ったり、今晩その体を使わせろなんて下賤な要求をするつもりは毛頭ないからな。
と、思っていたのも束の間。
「それはできないんだよ」
「なんでだよ」
思わずツッコミを入れる。
そりゃそうだよ、なんでできないんだよ、今手元にあるだろ、無いなら売ったのかよ、なんで盗っともの売るんだよ、いや窃盗はそもそもそういう目的で(ry
そんな思いを込めてグリーディな幼女を睨みつける。
……え?
大人げないだって?
知るかそんなこと。
この世界じゃあ十歳といえば日本で言う高校生くらいの判断力持ってんだよつまり高校生と同じくらいの扱いしてるのが普通なんだよわかったかッ!
……それはともかく。
何故なのかは気になる。
いや、至極当然の反応だと思うがね、これは。
すると、彼女はまた意味不明なことを口に出した。
「だって、あれはそもそも私のだもん。返せって言われても困るよ」
「……なるほど、そういうことか」
男の反応に、頭の中を疑問符が埋め尽くす。
どうやらこの場にいる衛士二人(片方はここで男とフードの人に事情聴取していたらしい)も反応は同じらしい。
「どういうことか、説明してくれますか?」
視線を男へと再度移す。
すると彼は、『見た方が早いか……』と呟き、プレイサを手招きして引き寄せた。
「プレイサ、戻ってくれ」
そのセリフを聞いた瞬間、俺は全てを察した。
そしてその推察通りの現象が、目の前で起きた。
「……そういうことだったか」
男のその指示を聞いた瞬間、少女の体内の魔力が形を変え一点に収束。
光として肉体が分解されたかと思えば、次の瞬間にはそれまで彼女がいた場所には、あの黒い魔石が浮いていたのだった。
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