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ハニーブルクの喫茶店  作者: 青咲りん
第一章 巻き込まれた勇者と喫茶店
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空き巣

 ギルド前を後にした俺は、そのまま店に戻ろうかと考えたが、止めることにした。

 もうすぐランチタイム、そろそろ客足が多くなってくる時間帯に店を閉めるのは心が痛むが、それもこれも全てあのプレイサとかいう幼女のせい。

 あれさえなければ、今頃は……と、そんなことを言ってももう後の祭りである。

 次回からこうならないようにするため、G、Fランク宛に、ギルドからアルバイトの募集をかけてもらうことにして、建物の中に入った。


 建物、というのは、冒険者ギルド会館のことだ。

 建物の一階は酒場とギルドロビー、いわゆる依頼を受けたり達成報告をしたりする場所がある。

 広さは俺の店の約二十倍。

 単純計算で席数は三百と、かなり広い。


「外から声が聞こえると思えば、やっぱり賢者だったか。

 いや、今は『蜂蜜の砦』のマスターと呼べばいいのかな?」


「そう言う貴女は、銀光という呼び方がお望みで?」


 出迎えてくれたのは、銀色の長い髪をふんわりとアップに纏めたハーフエルフの女性だった。

 身長は俺と同じくらいの百七十五センチほどで、ハーフエルフの特徴通り出るところは出るモデル体系をしている。

 紫色の瞳を持つ吊り目は、こちらを楽しそうに、かつ揶揄うように眇められており、糸目な俺の顔を下から覗き込んでいる。


 彼女の名前はケレベル。

 ここ冒険者ギルド迷宮都市ハニーブルク支部の支部長を務めている、俺と同じ元Sランク冒険者だ。

 ちなみに元パーティメンバーだった。


「いやぁ、正直その二つ名も飽きてきたところだよ。

 ……で、何しに来たんだい?」


 肩を竦めて笑うケレベル。


「いや、ちょっとうちの店も来客数が増えてきましたからね。

 誰か……そうですね、二人ほどバイトを雇おうかと思いまして、依頼書を作成しに」


「ほう、バイト。

 そりゃ、一日だけってわけでもなさそうだな」


「ええ。

 とりあえず三ヶ月様子見を。

 報酬は月ごとの支払いで……そうですね、固定、ヨハネスブルク銀貨で二枚にしようかと」


「となると、F、Gあたりが狙いかい?」


「そうなりますね」


 ロビーで、敢えてその場にいる誰もに聞こえるような声量で商談をする二人。

 目の端に捉えたり気配をさぐったりしてみれば、思った通り、あまり稼げていないだろう底辺ランクの冒険者たちが、ヒソヒソと話し合っているのが聞こえてくる。


 よしよし、計画通りだ。


 と言っても、立てたのはつい十数秒前だが。


「でもいいのかい、マスター。

 君の店のコンセプトは、店主と距離の近い店なんだろう?」


 そうだ。

 彼女の言う通り、あの店は俺と近い距離で話をしたりできるよう、面積も小さめに作った。

 最初のうちは、そう言うコンセプトだったが……。


「俺も元Sランクですからね。

 冒険者の客が多すぎて、どうも長く個人と話し合うっていうのが難しいんですよ。

 特にラッシュアワーが」


「なるほど。

 店主になるには、本人が有名すぎたか」


 店を開く前の二年、俺は冒険者として数々の功績を残してきた。

 時には王室の病だって治したし、街を襲った邪竜も、エルフの森を侵略しようと企む帝国だって相手にしたりした。

 お陰で名声というものが高まりすぎて、いつのまにか最短期間で規定最高ランクであるSランクへと昇進してしまったのだ。


 そんな元Sランク冒険者が喫茶店をやるとなると、まぁ、あれだ。アンバーやセドリックなどの冒険者たちが俺とパイプを作りたがって、まさに群がってくるのだ。

 決して、それが迷惑というわけじゃあない。

 じょあないが、結果として俺が目指した店の形とは、異なるものになってしまったのだ。


 だから、『蜂蜜の砦』の裏の意味は、別のところで展開しようと考えている。

 まだちょっと作戦を立ててる最中ではあるが。


「わかった。

 こちらから信頼できそうな奴を二人見繕ってやろう。

 ま、依頼書は規定に則って書いてはもらうけどね」


 ケレベルはそう言うと、俺を連れてカウンターの奥へ向かった。


 それからササッと書類を用意し終えギルドを後にした。


「それにしても、どうしたものかねぇ」


 料理してる最中なら、カウンター席の人と話し合える。

 テーブル席の客となら、料理を持っていく時や、近い席なら厨房からでも声が届く。

 ただ、それ以上席数を増やすとなると、話をするタイミングとかが少なくなってしまう。


 それは俺の望むところじゃあない。

 でも、それで回転率が悪くなるのは……なぁ。


 いや、多少悪くても問題ないんだ。

 問題ないんだが、たまに行列ができてしまうのが痛い。


 できる理由は、俺が元Sランク冒険者だから、もうこれはどうしようもないか。


(バイトを雇って、そいつに料理の仕方を教えて、俺がテーブルを回れるようになれば……って、それは店主のやることじゃないしな)


 あと単純に会話時間も減る。


「……これは、もう会員制というのを取り入れるしかないか」


 でも一応バイトは雇う。

 二人。

 今回みたいな不足の事態が起きた時用に、俺がいなくても店を回したりできるように。

 あと最中に買い出しに向かわせられる人員用とか。


 そうこう考えているうちに店に着く。


(思ったより人がいない。

 看板に書いてあることが口伝いに広まったのか)


 まあ、ランチタイムは休むことになったが、冒険者育成学校の下校時刻に間に合うくらいには再開できるよう、準備するとしますかね。


 店に入って、入り口に設置してある魔石に魔力を込める。

 するとその魔石がスイッチになって、照明が店内を明るく照らした。


 それから軽く掃除して、シンクにそのままになってあった食器も洗い始める。

 と言っても、それほど数があるわけではないのですぐに片付いた。


「……まだ次まで時間あるな。

 今のうちに昨日の魔石でも鑑定しておくか」


 食器を片付け、厨房脇の居住スペースへと繋がる扉を開けて廊下を進む。

 居住区域は地下室付きの二階建て。

 地下には実験室が一部屋、一階は更衣室と風呂洗面所脱衣所トイレ、それからダイニングキッチンがあり、二階に居室が三つと物置部屋が一つ。


 廊下の突き当たりにある階段を上り、二階へ上がる。

 すると、不思議なことに二階の部屋の扉が全て空いていることに気がついた。


「……空き巣、だと!?」


 そんな馬鹿な!

 この家を出る時に閉めた鍵は、この家の全ての扉の鍵をロックするように設定された魔法道具だったはずだ。

 つまり俺がこの家から離れている間は、絶対に店どころか家の中に入るのは不可能なはず。


 ……密室の空き巣、そんなものがあり得るのか?


 例え転移魔法を使ったとしても、そもそもこの街全体に転移を阻害する結界が張られているからできないはずだし……。

 たとえそれを掻い潜っとしても、俺のこの家にも阻害用の結界は展開されている。


 ……となると、俺がこの店を離れる前に、既に中にいたということしか考えられない。


「……もしかして」


 頭の中に、あの金髪のグラトニー幼女の姿が過ぎる。

 宙にふわふわと浮いていた、あの人ならざる量の魔力の持ち主。


「くそっ、やられた!」


 まず何が無くなったか探そう。

 証拠がなければ衛兵共も動いてはくれまい。


 まずは物置に使っている部屋から探す。


「浮遊香が減ってる……。

 くそっ、あいつが飛んでたのはそういう理由かっ!」


 浮遊香とは、つけると一時的に魔力を消費せずに空を飛ぶことができる魔法道具だ。

 本来は持ち運ぶのが大変な重いものに使って牽引するための道具なのだが、おそらくここを漁っている時にうっかりこぼしてかかったのだろう。

 証拠に物置部屋の物がいくつか宙に漂っている。


 もしかすると他にも盗られた物があるかも知れない。

 俺は物置を片付けると、空になった浮遊香のボトルを何もない空間に仕舞って、その場を離れた。


 次にアンバーの部屋に入る。

 女の子特有の甘い匂いがした。

 部屋の中にあるものは、木のベッドとクローゼット、チェスト、それから机と椅子と簡素なものだった。

 しかし部屋に入ってみれば、床には下着や服などが散乱していて、何が無くなったとかは一目でわからない。


 ちなみに下着はピンク系統のものが多かった。


(見なかったことにしよう)


 部屋の時間を巻き戻し、それぞれの物に対して元にあった場所へ帰るよう、魔法を使って指示をする。

 結果、どうやら盗られたものはなかったらしい。


 次にフィネの部屋へ移動する。

 こちらもアンバーの部屋よろしく散らかされていた。


「くそ、やってくれたな……」


 悪態を吐き、先ほどと同じ魔法を発動させようとした──その時だった。


「ししょー、私の部屋で何してるんですか?」


「……っ!?」


 突然背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に、心臓が口から飛び出そうになった。

 言わずもがな、フィネの声で得る。


「まさかししょー、私の下着を盗もうとか考えて──」


「──安心しろ、それはない」


 ややこしくなりそうだったので、話を途中で遮り、フィネの方を振り向いた。

 彼女はといえば、目を半開きにジト目でこちらを疑わしそうに一瞬観察するが、しかし『まぁ、別にししょーになら使われてもいいんだけど……』とボソリと呟いてから、『それで?』と話を促した。


「どうやら空き巣が入ったみたいでな、何か盗られたものはないかと調べていたんだ」


「え、空き巣!?

 ……あぁ、それで外の看板」


 信じられないような、しかし納得せざるを得ないような調子で言う。


「それで、盗られたものはあったの、ししょー?」


「いや、今のところは。

 だがまぁ、犯人に目星はついてるし、居場所もわかってる。

 あとは何が盗られたかさえわかれば良い」


 答え終えるなり、部屋に魔法をかけて片付けさせる。


「さすがししょー、物が勝手に片付いて行ってる……!」


 その様子を見て、フィネが目をキラキラと輝かせる。


「……お前、そんなことより自分の下着が見られたとか、そういうところ恥ずかしがったりしないのか?」


「むしろ興奮してるのでおっけーですっ!」


 ……聞かなかったことにしておこう。


 最後に自分の部屋を調べる。

 俺の部屋は一番奥にある部屋で、そして盗られて困るような物がわんさかある。


 他の三つの部屋に比べて死角になるところにある俺の部屋だが、しかしそこも丁寧に扉が開けられていて、散らかされて……は、どうやらいないらしかった。


 どうやら防犯用に掛けていた、他人が見れば興味を無くす魔法が功を奏した結果のようだ。


 だが念のため、とりあえず何か盗られた物がないか、魔法を使って調べてみようとして、しかしなくなったものは一目瞭然であった。


「魔石がなくなってる」


 部屋の一番奥。

 扉を抜けて正面に置いてある机、その上にある顕微鏡の上に置いていたはずの、アンバーから預かっていた黒い魔石がなくなっていた。

 あと顕微鏡は床に落ちて砕け散っていた。


「……よし、決まりだな」


 激昂しそうになる心を無理やり沈めようとして、しかしわずかに口元をひくつかせながら呟いた。

 魔法を使って、他に盗られた物がないか調べたが、なくなったのはそれきりらしい。


 とりあえず部屋を魔法で片付けた俺は、フィネの方へ振り返って、一言告げることにした。


「暫く出掛けてくる」


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m

 もしよろしければ、ここまで呼んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。

 そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m

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