ハニーブルク銀貨とロドリゲス銀貨
結局、オムライスをもう一皿作ることになったという間話は後にして、金髪の彼女がしてくれた自己紹介についてまとめてみると、こうなる。
彼女の名前はプレイサ。
種族、不明。
年齢は不明、しかし見た目年齢は大体十歳くらいで、フィネと比べると二歳程幼い。
好きなことは食べることと寝ること。
最近の記憶は《遺跡》のダンジョンで何やら悪い人とやらに追いかけられているところで、逆に一番古い記憶は、真っ暗な海の中を漂っているところなんだそうだ。
(なるほどまったくわからんが、とりあえず対話はできるし人並みの知能はある。
食事の運搬くらいならやらせても問題なさそうだな)
スプーンを手に、俺のオムライスをもぐもぐと頬張るそれを恨めしく睨みながらため息を吐く。
これは彼女の自己紹介にはなかった情報だが、どうやら大食らいらしく、俺の秘蔵の米を半分も平らげられてしまった。
……八キロあったのに、もう四キロしかねぇ。
そのちっこい体にいったいどれだけの俺の米が……はぁ。
あと加えて白米好きときた。
……今日諸々が終わったら、関所に連れて行こう。
こいつは疫病神だ。
「ぷはぁ、お腹いっぱい……。
ありがとう、マトー!」
「呼び捨てかよ。
てかマスターって呼べっつっただろ」
「えー、こっちの方が呼びやすいよ?」
「知らんがな」
……疲れる。
やっぱりウェイトレスじゃなくて、奥の部屋で大人しくしてもらおうか。
……いや、ドタバタ家の中をかき回されちゃたまらん。やっぱり目の届くところに置いておくしか無いか。
盛大にため息をつくと、食べ終わった食器を洗って、厨房の奥からいつもフィネが使っていたエプロンと頭巾を引っ張り出してきた。
「プレイサ」
「呼び捨てかよ」
「お前が言うんじゃねぇ」
なんだこいつ、一々頭が痛くなるんだけど畜生。
こいつがきてからなんか一分置きくらいに溜息ついてる気がする。
「ほれ、これつけろ。
食った分は働いてもらうからな」
プレイサの目の前にエプロンと頭巾を突きつける。
しかし彼女はそれが何か理解できていないのか、小首を傾げるばかりで受け取ろうとすらしない。
「なにこれ?」
「エプロンだよ、まさか知らないの?」
「そんなこと言われても困るよ」
「……」
こいつ、本当に大丈夫か?
いや、わかんないなら教えてやればいいだけか。
「いいか、これはエプロンだ。
それでこっちが頭巾。
エプロンは服を汚さないためというのと、私服についた汚れなんかが料理に飛ばない様にするためのもので、こっちの頭巾は髪の毛が料理に入ったりしない様にするためのものだ」
「そんな一度に言われても、私困るよ」
「……そっか」
たぶん、こいつをウェイトレスにするのは無理だな。
でも、かと言ってこいつを野放しにするのにも不安があるし……こいつの魔力量なら、俺が魔法で拘束したとしても自力で脱出するだろう。
……店の破壊というおまけ付きで。
「……仕方ない、予定を変更するか」
俺は後頭部を掻きながらエプロンを脱ぐと、机の上に投げ捨て、厨房を出て店仕舞いを始めた。
「何してるの、マトー?」
「店仕舞いだよ。今日はもう閉店すんの」
投げやりに言って、店の外の看板を『ᛟᛈᛖᚾ』から『ᚲᛚᛟᛊᛖᛞ』に切り替える。
「どうして?私、気になるわ」
「お前を関所に連れて行かなきゃならんからだ」
「関所?」
さらに『ᚲᛚᛟᛊᛖᛞ』の下にチョークで『急用のため一時閉店します。ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません』の一文を付け足した。
「お前を受け入れてくれるところだよ。
ここにお前が居ても迷惑なだけだからな」
勝手に厨房入るわ無賃飲食するわ、せめてその分働いて返せと言うにもウェイトレスの仕事はできそうにない。
それに何より白米食われたのが大きい。
「……マトー、もしかして怒ってる?」
「お前、それマジで言ってるのか?
怒ってないわけないだろ?
貴重な米を半分も食われたんだぞ?」
米の恨みは根強いからな?
絶対に許さんからな、マジで。
俺は何もない空間から店の鍵を取り出すと、戸締りをしてプレイサの手を掴んだ。
「ほら、行くぞ」
「……うん」
心なしか、その声は少し寂しそうにしているような、さっきまでとはまるで雰囲気が違うような気がしたが、敢えて気にしないことにした。
ここで同情なんかすれば、次こそ俺の米を食い尽くされかねないからな。
俺は心を鬼にして関所へと向かった。
関所というのは、街の出入りを監督している場所で、地球での交番のような役割も果たしている。
そう、つまり迷子の保護も彼らの仕事。
俺は彼らに、この厄介な未確認浮遊生命体を押し付けようと考えたのだ。
だから関所である。
「……」
……街の中を関所へ向けて歩く中。
後ろに追随するプレイサが大人しい。
これだけ大人しくしていられるなら、店を閉めた後にすればよかったかという考えが一瞬過ぎるが、しかしその間こいつが何か悪さをしないとも限らない。
不確定要素で、かつ毒になるものは早急に排除しておくべきだ。
何やら塩らしいこの幼女に同情すまいと首を横に振り、ギルドの前を通り過ぎたその時だった。
「お、『蜂蜜の砦』のマスターさんじゃねぇか。
どうした、そんなチビなんか連れて」
声のした方、ギルドの二階の方へと顔を向けると、そこには常連客の一人である、ヒーラーの青年が二階の窓から本を片手に眼鏡越しでこちらを見下ろしていた。
「セドリックさん。
実は、この娘迷子らしくて。話を聞いても家の場所がわからないというので、関所まで連れて行く途中なんです」
「へぇ、そりゃあ災難だったな。
よかったら、その仕事俺が代わろうか?」
パタン、と本を閉じて窓から身を乗り出しながら商談を持ち出すセドリック。
「それはありがたいですね、では──」
「一回、ハニーブルク銀貨一枚でどうだ?」
「……有料でしたか」
「当然。こちとら冒険者だぜ?
なんでもタダで引き受けると思われちゃあ、な?」
ニヤリ、といつもの不器用な笑みを浮かべながら続ける。
冒険者の仕事は、何も迷宮の攻略や魔物の討伐、薬草や鉱石の採取採掘だけではない。
時には行商人の護衛だってするし、暗殺もするし、そんな物騒なものでなくても、街の掃除やちょっとしたイベントの手伝い、資材の買い出しなど、様々なことをこなす。
当然、迷子の見送りだって彼らの仕事の一つだ。
これについては、護衛任務にも分類される。
……にしてもハニーブルク銀貨一枚か。
「……高いですね。
ロドリゲス銀貨じゃダメなんですか?」
「ロドリゲスって、ハニーブルクの半分じゃねぇか。
その嬢ちゃんの服装とか見た目とかを鑑みりゃ、護送中に人攫いにあわねぇとも限らねぇ。
それにこっちはヒーラー。
もしそんなことになってみろ、俺は一瞬で彼女を手放して、トンズラすること間違いなしだね」
この街で使われる貨幣は、主に三種類。
価値が高いものから順に、ハニーブルク貨幣、ロドリゲス貨幣、ヨハネスブルク貨幣。
なぜこんなに多くの種類の貨幣が用いられるのかというと、そうだな、わかりやすく言えば、これらはドルとか円とかペソとか、そういう分類と同じような感じで、それぞれ含有している金属の割合、つまり価値の大きさが違うのだ。
今回は銀貨で話しているので、ここでいう価値とはそれぞれの硬貨に含まれている銀の含有量のことである。
ちなみにハニーブルク銀貨一枚がどれだけの価値かというと、リンゴを四千ダース買えるくらいだ。
他には状態の良い木綿の古着が上下一セット買える。
ロドリゲス銀貨一枚なら、買えるリンゴの数は半分になるし、選べる服も、一セット買うなら穴の開いた粗悪品の麻のシャツとズボンか、状態の良いものでも下着が二枚買えるくらいのものである。
日本円に換算すれば、ハニーブルク銀貨一枚はだいたい五十万円くらいの価値だろう。
「それに加えて、この俺の美貌と来たもんだ。
俺まで捕らえられて、どこかのお姉様に奴隷のためと売られる可能性だって──」
更に続けようとする彼に、俺は肩を竦めて懐から銀貨を二枚引っ張り出し、セドリックへと放り投げた。
「……ロドリゲス銀貨二枚、確かに受け取ったぜ」
彼は口端を吊り上げると、窓のそばから姿を消した。
「いいか、プレイサ。
俺とお前はここでお別れだ。
今度はさっきの緑色の髪のお兄さんに関所まで連れてってもらうんだぞ」
「……うん。
でも、そうなるとアレだね。
マトーのオムライス、もう食べられなくなるんだね。
それは私、とっても悲しいよ」
「いや何回来てももう作んねぇから」
あれだけ食っておいてまだ俺の米を食い荒らす気か、このグラトニー幼女め。
ていうかやっぱり悲しいの対象は俺よりもオムライスの方がデカいんだな。
なんかちょっと微妙に嬉しいような悲しいような、もうなんかわけわかんねぇ感情だよ畜生。
しばらくして、ギルドの中から先ほどの青年が姿を表してきた。
緑色の髪、銀縁の四角い眼鏡、紺色のローブに、胡桃の木の長杖。
首からは鉛製のドッグタグが吊るされている。
「やあ、お嬢ちゃんはじめまして。
俺の名前はセドリック。よろしくな?」
「私プレイサ。
あなた、とっても弱そうで私、ちょっと心配だわ」
「おぉう、めっちゃはっきり言うな、この娘。
久しぶりにグサっと来たぜ……」
苦笑いを浮かべるセドリック。
「元Sランクの俺に吹っ掛けた罰だとでも思って受け取っておいてください」
「おお、怖い。
ま、冒険者への依頼料ってのは、銀貨で支払われるのが普通だからな。
適正価格と言って欲しい」
冒険者は装備品の消耗が激しいため、買い換えたり修理したりと、それなりに出費が嵩む職業である。
故にある程度のランクに到達した冒険者には、今回のように銀貨で支払われるのが通例なのは確かだ。
俺だって冒険者時代は銀貨で報酬を貰ってたし、Aランクにもなれば金貨が支払われることも少なくなかった。
ちなみに、冒険者は身入りの良い職業と言われるが、それは出費をカバーすることで冒険者を止めていく者を減らすための政策だったりする。
なので初期のGランクの冒険者が受けられる依頼の報酬は低く、冒険者になれば即一攫千金!とは、まぁ、ならない。運がよほど良くない限り。
あぁ、でも報酬が低いとはいえ、そんじょそこらの職よりはまだ稼げる。完全出来高制だけど。
とまあ話は逸れたが、彼の言う適正価格というのは、ある意味では正しい。
でも今回のはいくらなんでも高すぎだ。
彼のドッグタグは鉛製。
つまり下から三番目のEランク、駆け出しを抜け出してそろそろ半人前に差し掛かったところと言ったところである。
普通ならロドリゲス銀貨でもちょっと高い報酬。
なのになぜ、俺は彼の交渉に乗ったのかと言うと。
「ついでに、帰りにアルミラージの調達もお願いします。
量は……そうですね、十羽ほどお願いしますか。
これなら、まあまあ適正価格と言ってもいいですかね」
「……わーった、ついでにやってやるよ」
「もし失敗したら、ロドリゲス銀貨一枚、取り立てますからね」
「うぐっ……。
肝に銘じておこう……」
こうして俺は厄介で謎なグラトニー幼女ことプレイサを冒険者に預け、その場を後にしたのだった。
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