異世界オムライス
喫茶店『蜂蜜の砦』は、冒険者ギルド迷宮都市ハニーブルク支部の近くにある。
その立地のせいか、冒険者たちは依頼を受け取ったあと朝食を摂りにこの店にやってくることが多い。
と言っても、やってくるのは主に女冒険者、中でも支援系の役割を担っている人たちや、まだ子供で、迷宮にまで足を運ぶことができない様な初心者などがメインなのだが。
「お待たせしました、エッグマフィンセットです」
この店のエプロンを身につけたアンバーが、トレイを持って客の待つテーブルへと持っていく。
「おっ、来た来た!
うひょー、今日もうまそうだ!」
受け取ったのは、二週間ほど前から常連になりつつある女冒険者。
たしか、名前はヨルルだったか。
職業はエンチャンター、だったか?
短めの黒い髪に、赤い瞳の人間族だ。
身長は、アンバーより頭が二、三個高いくらいのスレンダーな女性で、黒を基調としたジャージの様なデザインの厚めの木綿の上着と同色の麻のシャツを着ている。
「あ、そうだアンバー。
最近聞いた話なんだけど、これ知ってるか?」
ヨルルは立ち去ろうとした彼女を呼び止めるなり、そう尋ねたのが聞こえたので、俺も耳を傾ける。
「なんです?」
「えーっとなぁ。
……最近、《遺跡》のダンジョン近くのキャンプでな、不審者が出るらしいんだわ。
なんでも、黒い石を落としたみたいでな、探してるんだと。
よっぽど大切なものらしいって話で、けどま、ここは冒険者が集う迷宮都市。
落とし物は拾ったもの勝ちだからあんまり気にしなくてもいいとは思うが……気をつけるに越したことはない。
お前、魔法下手だし力もねぇし」
「あはは、気をつけます。
それにしても、黒い石、ですか。
そんなもの、どこにでもありそうな気がしますけどね」
……まさかな。
ヨルルの話に、昨日彼女が持ってきたあの石を想起するが、しかしそんな偶然はないだろう。
いくらなんでもできすぎている……様な気がする。
まぁ、ヨルルの言う通り、気をつけたほうがいいかもしれないな。
朝のラッシュが過ぎて、段々と足が落ち着いてきた頃。
アンバーは『依頼がありますので、失礼します』と店を出て行った。
あぁ、これは余談になるが、アンバーは毎朝、昨夜の様なレッスンの罰ゲームのついでに、こうやってモーニングのラッシュ時に助っ人として働いてもらっているのだ。
住み込みで働いているフィネは、この時間既に学校へ行ってて居ないし、正直とても助かっている。
フィネは、ここ『蜂蜜の砦』で働く従業員であると同時に、俺の初弟子でもある。
弟子になったのは一週間くらい前だったか。
結構最近の話で、学費やら何やらでお金が足りないからとここに働きにきたのが一ヶ月前。
どうやら遠くから来たらしく、最初は寮に住もうと考えていたらしいが、案外と学費などの出費が嵩張って家賃が払えなかったのだとか。
結果として、住み込みで働ける場所を探していたらここにたどり着いたらしい。
あれからもう一月か。
時が経つのは早いものだ。
店の中に人がいなくなったタイミングを見計らい、店内の掃除と食器洗いをやる。
食洗機、なんて便利なものがあればいいのだが、あったとしても、ここで使うことはできない。
この世界に食洗機は無いし、しかもそれを魔法で作ると言う技術は、この世界から見ても最新鋭すぎるからだ。
つまり、争いの火種を生みかねなくなる。
だから俺は、第三者に見えるところでは、師匠に習った非常識な魔法や道具は使わないことにしているのだ。
まぁ、その常識を知るのには、結構な時間がかかった。
おかげで二年という短期間でSランクにまで上ることができたわけではあるが。
「さて、今のうちに昼飯にオムライスでも作るか」
店用ではない、自分たちで使う様の冷凍庫からニンニク、オリーブオイル、玉ねぎ、手製ケチャップ、砂糖、塩、胡椒、ヤイトオスト、ゴートバターなどなど、諸々必要なものを引っ張り出す。
まずはソース作り。
ニンニクをみじん切りにして、オリーブオイルと一緒にフライパンで炒める。
そこにケチャップとブイヨンを入れて塩胡椒、砂糖を加えて、適当にヤイトオストとゴートバターを加えて完成。
一旦小鉢に移して、フライパンは洗わずにそのまま次の工程に移る。
続いて玉ねぎをみじん切りにし、ベビーマタンゴをスライスする。
レッサーコカトリスのもも肉は賽の目切りにして、これらをチキンライスの具にする。
そうそう、この世界にも米はある。
と言っても、用途は主にスイーツだ。
たしかドイツにはミルヒライスとか言うものがあったと記憶しているが、ここでの用法もまぁ似た様な感じ。
つまりここで使われる米の大半は、そう、餅米だ。
だからジャポニカ米に似た品種を探すのに苦労した。
これはもうお店には出さない。
いくら安いからと言っても手に入りにくいんだ、俺の娯楽のために使わせてもらう。
さっきまでソースが入っていたフライパンでもも肉をオリーブオイルと炒めた後は、玉ねぎとマタンゴを入れて一緒に炒める。
ちなみにこのマタンゴというのは、ハニーブルク周辺にある迷宮の一つ《大森林》に出現する寄生キノコの魔物だ。
ベビーマタンゴは主に体の小さな魔物に寄生したマタンゴが、栄養不足で小さくなってできたものである。
次に、塩胡椒、ブイヨン、ケチャップを加えて、全体を馴染ませながら酸味を飛ばし、いい感じのタイミングであらかじめ炊き立ての状態で時間を凍結させておいた白米を加えて炒める。
無論、加える直前に魔法は解く。
「うん、なかなかいい感じじゃないか」
白いご飯が、だんだんとケチャップ色に染まっていくのを、木ベラで切る様にして炒めながら眺める。
あぁ、いい匂いだ。
なんと言っても、この水分が蒸発するときに出るシャーって音がたまんない。
湯気から立ち上ってくるチキンライスのやや酸味のある香りも、肉の甘味を含んだこの水分も、最高にハイにしてくれる。
「おっと、焦がさない様にしないと……」
フライパンからさっき白米が入っていた皿にチキンライスを移して、時間を凍結させ、オムライスの卵を作りにかかる。
ボウルにレッサーコカトリスの卵を割って入れ、自作のマヨネーズを混ぜて菜箸で溶く。
……え?
どうしてマヨネーズを入れるのかって?
それはな、諸君。
卵にマヨを入れると、ふんわりとした仕上がりになるからだよ。
カッカッカッカッ、という箸とボウルが衝突する音と、ぐちゃぐちゃに混ざっていく卵の音が心地いい。
熱の残るフライパンに、ゴートバターとオリーブオイルを敷いて、さっきの溶き卵を入れる。
箸でかき回しながらフライパンを揺らし、卵を半熟状態にする。
半熟になったら、フライパンの端に寄せて形を整え、手首のスナップを効かせてひっくり返す。
卵の閉じ口を上の方に持ってきて……。
「よし……っ!」
さっき時間凍結したチキンライスを解凍、と同時にフライパンを傾けて卵を滑らせる。
「ふぅ、成功っと」
俺はそれを満足げに見下ろすと、何も無い空間からナイフを取り出して、閉じ口のラインに沿って刃を立てた。
「……っ」
スー、と切り口を入れる。
すると、ライスの上に乗った卵が左右に分かれて、トロトロに半熟になった内側の方を表に晒し出しながら、ふんわりとチキンライスに布団をかけた。
「ふわふわだぁ……!」
「ふふん、そうだろそうだろ、美味そうだろう。
……って──」
──と、そんな時だった。
俺の真横から、聞き慣れない小さな子供の声が聞こえて、俺は慌ててそちらに目を向けた。
するとそこには、俺の腰くらいの身長の、腰まで伸びる柔らかそうな金髪と、やや垂れ目気味の緑色の瞳を持った美幼女が、口に指を咥えて空に浮かんでいた。
「うわあ!?」
「わぁ!?」
さっきまで完全に気配を持っていなかった存在の出現に驚き、思わず驚きの声を上げる。
するとその声に驚いたのか、当の未確認浮遊生命体も驚きの声を上げて後ろに飛び退き、空中でくるりと一回転した。
……あ、危なかった。
もしフライパンにまだ材料が乗ってるままだったら、確実に焦がしたりしてた。
あ、そうだ。
冷めない様に時間凍結しておかないと。
………………ではなく。
いやそれもだけど。
「あの、勝手に厨房に入ってこないで頂けますか?」
一応、子供とはいえ客人かもしれないので、丁寧な言葉遣いを以って(しかしその実こめかみに青筋を立てながら)追い出そうと試みる。
が、しかし。
「そんなこと言われても、困るよ」
幼女は空中で頬に手をつきながら、首を左右に振る。
「……いやそんなこと言われたって困るんだけど。
参考までに理由を聞いても?」
何も無い空間から椅子を出現させながらそこに腰掛けると、彼女を見上げて尋ねた。
「えっとね。
美味しそうな匂いがするなぁって思って、そんで目開けたらなんかここにいた」
「寝言なら寝て言ってくれ」
もはや客として気遣う気力は失せた。
それよりも俺のランチタイムを奪ったこの未確認浮遊生命体に怒りを覚えてきた。
「う、嘘じゃ無いよ!
ほんとだよ!
あのねあのね、だって私だって困ってるんだよ?
《遺跡》で怖い人間から逃げててね、そしたら壁がゴーって動いて、気がついたら真っ暗で何も見えなくなってて……」
いや意味わかんねぇわ。
話も要領を得ないし、何を言ってるかさっぱりわからん。
……わからんが、こっそり彼女の魔力の流れ方を観察した感じじゃあ、嘘はついてなさそうなんだよなぁ。
……ていうか、こいつの魔力量バケモンかよ。
アンバーもなかなかだと思っていたが、こいつエルフと比べてもかなりのモノもってるぞ……。
………………ではなく。
「……はぁ。
まぁいっか。
事情はよくわからんが、俺は今食事に忙しい。
お前に対する処遇は後で考えるから、それまでは……そうだな。
ランチタイムの混雑する時間、お前にウェイトレスでもしてもらうことにしようか」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
もしよろしければ、ここまで呼んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。
そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m