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ハニーブルクの喫茶店  作者: 青咲りん
第一章 巻き込まれた勇者と喫茶店
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黒い魔石

 魔法が存在し、人を襲う魔物が存在する異世界、マルクト。

 この世界に俺が呼ばれたのは、確か十五歳の頃だっただろうか。

 俺を呼んだのは、後で聞いた話では召喚魔法の実験であって、狙って召喚したわけではないらしかった。

 ちなみに、召喚したのはよくラノベで見るような美少女ではなく、初老の男性だった。

 最初は『どうして男!しかも爺さんなんだよ!?』と怒涛の勢いで嘆いたが、場所が変われば言葉も違う。

 きっと彼は俺の言葉など文字通り理解しておらず、雰囲気的に、混乱している若造を労ってやる程度の対応で接してくれた。


 彼はとても優しかった。

 時にはキツく叱ることもあったが、それは基本が優しすぎたせいだった。


 言葉がわかるようになってくると、彼は俺に魔法と剣術、錬金術、魔導工学、数秘術、ルーン魔術などなどといった、幾つもの知識を授けてくれた。


 思春期の只中で厨二病を患い気味だった俺だったからか、異世界召喚とか魔法や錬金術の授業はとても興奮する良い思い出だった。

 数秘術とルーン魔術は……まぁ、苦手だったけれど。

 それでも俺は、彼を師匠と慕いながら、約十年もの間研鑽を積んだ。


 全ての授業が終える頃、師匠は最後の魔術実験として転生魔法を使ったが、どうやら失敗したらしく、肉体は塵となって霧散した。

 十年もの間ずっと共に暮らしてきた相手だ。

 実験の失敗で死んでしまったのは、非常に残念だったし、悲しかった。

 多分、一週間くらいはずっと泣きっぱなしだっただろうか。


 転生魔法は、師匠が言うには、成功すれば肉体が若返り、別人の姿へと変わってしまうのだそうだ。

 ベニクラゲを想像してみて欲しい。

 ベニクラゲは一定の年齢まで生きると、幼体の姿まで若返って、再び大人になるというのを永遠に繰り返し、悠久の時を生きるのだそうだ。

 転生魔法とはそれと似たようなことを魔法で起こすもの……と聞いていたのだが、しかし肉体が塵になるなんて聞いていなかった。

 その頃になると、もう魂の有無くらいなら見ればわかるくらいに成長していた俺は、一目見て師匠が死んでしまったことくらいは理解してしまっていた。


 師匠が死んで、泣き止んで、遺書を見つけた。

 おそらく失敗することを見越して書いていたのだろう。

 読んでみれば、そこには『好きに生きろ』と、短く、ただそれだけが書かれていた。


 あの日から見て十年前。

 俺は鬱屈な人生を送っていた。

 何をしても楽しくなかったし、集団の中にいても一人だった。

 生まれる世界を間違えたような気すらしていた。

 だけど、師匠に出会って世界が変わったんだ。

 そんな大好きな師匠からの最後の言葉が、『好きに生きろ』。


 もっと、もっと長く書いて欲しかった。

 少しでも長く、師匠の言葉の重さを感じていたかった。

 しかしそれは、あっさりと消え去った。


 なので、俺はその日から一年をかけてさらに修行した。

 好きに生きろと言われたから。

 その結果、俺は転生魔法の欠点を見つける事に成功した。

 それを応用して、肉体の成長を操作する魔法も覚えた。


 その日から、俺は旅に出た。

 師匠と暮らしていたのは辺境の森の中だったから、外に出てもっと広いことを知ろうと思ったからだ。

 師匠が生きてきた世界を、この目で見たいと思ったからだ。


 そうやって過ごして月日が流れ、二年が過ぎた。


「マスター、いつものを頼みます(キリッ」


「ご注文ありがとうございます」


 カランコロン、とドアベルの鳴る音と共に、一人のローブを着た小柄な女性が店に入ってくる。

 まだ開店して二ヶ月だというのに『いつもの』と常連気取りに話しかけてくるのは、この街を拠点にしている女冒険者だった。


 冒険者、というのは、冒険者ギルドに所属し、国を含むありとあらゆる人々や組織から依頼を受け、世界を股にかけてそれを遂行する人たちのことである。

 多くはダンジョン、もしくは迷宮などと呼ばれる魔物の巣窟に潜って、様々な資材を採取してきたり、魔物を狩ったりして収入を得ている。


 そしてこの街には、そんな迷宮が近くに数多く存在し、お陰で迷宮都市なんて呼ばれたりして、常に多くの人たちの代理で賑わっているのである。


「おまちどう、コーヒーとチョコドームパフェです。

 チョコのドームに熱々のコーヒーを注いでお食べください」


「ありがとうございますっ!

 ふふん、この時を待ってました!

 これがないと、やはり冒険者は務まりません!」


 彼女はカウンター席のテーブルに出された湯気を上げるカップとスイーツを見て、目をキラキラと輝かせる。

 なんということもない、ただのコーヒーと卵形のチョコ菓子である。


 女冒険者──常連のアンバーという名前の彼女は、その湯気の立つコーヒーを、チョコ菓子の乗る皿の上にかけた。

 するとその熱によってチョコレートが溶け、中からアイスクリームが姿を表してきたのである。


「この感じがたまらないです」


「いつもありがとうございます」


 ……まぁ、つまりだ。


 ──師匠と暮らした森を離れて二年。

 俺、間藤まとうおさむは、ここ『迷宮都市ハニーブルク』にて、喫茶店のマスターをしていたというわけである。


「ところでマスターさん。

 今日も、特別レッスン受けさせてくれるんですよね?」


 ──というのは、実は表向きの話だったりする。


「えぇ、勿論ですとも。

 しかしまだ時間がありますから、ゆっくりしていってください」


 笑顔を浮かべて、スイーツタイムを促す。

 アンバーはそれを受けて『では』とスプーンを手に取り、アイスクリームを掬って口に運んだ。


「ん〜!

 やっぱり美味しいです、アイスクリーム!

 甘くてふわふわで冷たくて、だけどこの甘すぎるアイスがコーヒーの苦味と絡まる事で抑制されて、ちょうどいい塩梅に調整されて……!

 ふぁあ……幸せです……!」


 幸せそうに頬張る彼女の様子を見て、俺も嬉しくなる。

 薄い琥珀色寄りのさらさらの銀髪。

 大きい琥珀色の瞳。

 まるで精巧に作られたビスクドールのような、冒険者にしては異様に整った容姿は、この店が売っている美容ポーションの効果の現れなのだろう。


 ……そう、この喫茶店は表向きの存在。

 実際は師匠から学んだこの知識や、その技術を活かして大量に生み出された魔法道具を売ったり継承したりする魔法道具店兼魔法塾なのである。


 ……どうして裏で、なのかというと、まぁ簡単に一言で説明すれば、師匠から教えてもらった魔法の技術というのが、どうもチートすぎるからである。

 この二年間、世界を巡って来てみて分かった事だ。

 師匠の魔法は、この世界の魔法技術を一世紀は切り離して進んでいる。

 まさにウサギとカメだ。


 しかし、師匠から教えてもらったこの知識を、俺の頭の中だけに死蔵させておくのはもったいない。

 というわけで考えたのが、信用できる人物にのみ、この知識や道具を売ったり継承したりする、という事である。


 店主である俺と自由に会話できる距離感で美味しいものを食べられるお店。

 これなら、きっと相手の本性も素性もわかるだろうし、信頼できる相手を見分けることもできるだろうと考えたのだ。


 この街にこの店──喫茶店『蜂蜜の砦』を建てた理由には、ここがここが世界随一の迷宮都市で、手に入りにくい品が手に入りやすかったりとかも含まれてたりするが、まあ一番は俺が冒険者としてSランクとして認められた半年前から、ここを拠点にして活動していてやりやすかったという事が大きい。


 喫茶店にした理由も、世界を回って各地の食文化を見てきて、それなりに腕を磨いて料理も得意になってきたからというのも関連している。


 まあ何が言いたいかって言えば、俺がここで喫茶店を開くのは、偶然ではなく必然だったって話なのだ。


「そういえば、今日はもうお仕事は終わりなんですか?」


 レッスンの事を聞いてきた事を思い出して、アンバーに話しかける。


「あ、はい。

 今日はもうお開きですね。

 そうそう、今日は《遺跡》に行ってきたんですけど、そこでちょっと変なものを拾いまして」


「変なもの……また拾い食いでもしたんですか?」


 アンバー宛のレシートを書いたりなんかしながら、相槌を返す。


 アンバーは食に関しては凄い執心だからな。

 もしかしたら落ちてた高級食材でも拾ったんだろう。

 迷宮での事ならありうる。


 ……あそこは本当に、なんでもありの場所だ。

 毎回入るたびに地形が変わるし、お陰でそこから得られる資材は尽きる事がない。

 師匠と修行してた日は、よく迷宮に篭って錬金術やらで使う素材を集めたりしたものだ。


 そんな事を思いながらのセリフだったのだが、しかし彼女は『心外です!』と言わんばかりに頬を膨らませて抗議の声を上げた。


「いくら私が美食家だからって、そんなことするはずないじゃないですか」


「美食家なら、珍味の一つや二つは拾って食べるのでは?」


「そんなはしたないことしませんっ!」


 ちょっと強めに怒鳴って、コーヒーをグッと煽る。

 カップが小さいからか、直ぐに空になる。


「……おかわりは?」


「……同じので」


 レシートの『Aコーヒー(黒』の横にチェックを一つ付け足して、同じものを入れる。


 この『蜂蜜の砦』で出されるコーヒーにはいくつかのブレンドがある。

 そのブレンドはお客が指定することもできるが、こちらであらかじめセットしておいたパターンのブレンドを提供する事もできる。

 アンバーが飲んでいるのは、そのいくつかあるパターンのうち、最も香りを重視した配合で用意されているのだが、それはまた別の話。


 新しいカップに挽きたてのコーヒーを注ぐ。

 見た目は子どもっぽいのに、案外舌は大人だ。


「どうぞ」


 ソーサーに乗せて、テーブルに置く。

 すると彼女はそれを両手で包み込むようにして持って、小さくクイッと傾げて一口含んだ。

 口の中で転がして、少しだけ顔を綻ばさせると、ゆっくりと落ち着いて飲み込んで、再び口を開いた。


「それで、拾ったのがこれなんですけど」


 肩から提げていたベージュのレザーバッグから取り出して見せたのは、やや艶のある縦に長い黒い石。

 一見なんの変哲もない石のように見えるが。


「何かわかりますか?」


「調べてみないことにはわかりませんが、おそらく魔石の一種でしょう。

 鑑定して欲しいのでしたら、承りますが」


 少しだけ掌の上で転がして観察しながら返答する。


「じゃあ、お願いします」


「わかりました。

 では、それも勘定に入れておきますね」


 レシートに『魔石の鑑定』と書き足して、石をカウンターの奥へと持っていく。


 ──と、その時だった。


 カランコロン、とドアベルの鳴る音がして、喫茶店の扉が開いた。


「たっだいまーっ、ししょーっ!

 あ、アンバーさんっ!いらっしゃーい!」


 元気な声を上げて入ってきたのは、背の低い赤い髪の女の子だった。

 髪と同じ色の、やや吊り目気味な赤い瞳。

 黒を基調とした、近くにあるハニーブルク冒険者育成学校の制服のセーラーワンピに、背中には学校指定のリュックと手提げカバンを持っている。


「あ、はい、どうも」


 彼女のハイテンションな挨拶に、少し戸惑い気味な笑顔を浮かべるアンバー。

 しかしその顔は嫌そうというわけではなく、単にテンションについていけなくてオロオロしているという感じである。


 もし彼女がこの少女のことを苦手としていたなら、彼女も積極的には関わろうとはしないだろう。

 なにより懐かれているのがその証だ。


(この子、人の好悪には敏感だからなぁ)


「おかえり、フィネ。

 手を洗って着替えたら手伝ってくれ」


「はーい、りょーかーいっ!」


 指示を出せば、カウンター横の通路を奥に突っ切って、いそいそと部屋へ戻っていく。

 まるで嵐のようなやつだ。


 この店は小さいが、忙しくなる時期が一日に三回ある。

 一つは早朝、冒険者たちがギルドで依頼を勝ち取ってきた後のモーニングタイム。

 そして二つ目はお昼時、街の住人たちがランチに来る時間帯。

 そして最後が、冒険者育成学校から大勢の生徒が下校し始め、放課後のおやつにやってくるこの時間帯である。


 ここは立地的に、学校とギルドからそこそこ近いところにある。

 また学校が近いということはつまり民家も近くにあるということで、喫茶店を開くには十分な立地だ。

 故に入店率もそこそこ高く、席数が十五しかないここでは、それらを裁く回転率が非常に大切になってくる。


 という事で先月末から始めたのが、テイクアウトシステム。

 最初のうちはまだそこまで人もこないだろうから、広告と看板を出して、一日に一人来てくれれば御の字だろうと考えていた。

 しかし、予想は大きく外れた。

 店内の清潔でアンティークな雰囲気や、さっきアンバーにも出した、地球でも人気になっていたビックリ箱的な仕掛け菓子の見た目などが評判になり、口コミ伝いに集客率が上昇。

 開店一ヶ月を迎える頃には、足りなくなってきていた。


 そこでテイクアウト用に小さめのラスクやクッキーなんかを用意して売ることにしたのだが、いかんせん、当時店員は俺一人。

 先に挙げた三つの時間帯のうち、ランチタイムと下校時間の回転率は最悪だった。

 そこで雇ったのが、先ほど帰ってきたフィネという少女である。


「おまたせっ、ししょー!

 どう?今日もかわいい?」


 焦げ茶色を基調とし、襟元にベージュの二本のラインが引かれたエプロンを着用し、頭には白い頭巾をかぶって髪の毛が落ちないようにしている。

 かく言う俺も似たような格好だ。

 髪は短いが、短い髪ほど抜けやすいので、頭巾は固く結んである。


「うん、バッチリだ。

 かわいいからさっさと準備しな」


「はーい!」


 元気よく手をあげて、陳列棚の準備をする。

 中に用意しておくのは、数種類のクッキー、ラスク、マシュマロ、クレープ。

 全て昼の人が少ない時間帯に俺が作って、専用の冷凍庫に入れておいたものだ。

 冷凍庫、といっても、普通の冷凍庫ではない。

 魔法によって内部の時間を止めることで、常に出来立てを維持することができる特殊な魔法の冷凍庫である。


「元気ですね、フィネちゃん。

 雇ってもう一ヶ月でしたっけ」


 チビチビとコーヒーを味わっていたアンバーが、メニューに顔を半分隠しながらこちらを見やる。


「ええ。

 だいぶ手慣れてきたみたいで良かったです。

 最初の頃はここの道具に驚きっぱなしでしたが、子供の成長というのは、本当に早いものですね」


「あはは。

 まあ、元とはいえSランクの冒険者が経営する喫茶店ですからね。

 私も、初めてきたときは驚きましたよ。

 だって新聞でしか見たことない人がこんなところで喫茶店のマスターなんてしてるんですもの」


 笑いながら、今度はパンケーキを注文する。

 それを受けて、俺はフライパンを温め始める。


「いやあ。

 ここを開く資金を集めるためにしてただけなんですけどね、冒険者。

 世の中、何が起こるか分からないものですよ。

 さっき依頼してくださった石だって、もしかしたらすごいお宝になるかもしれませんし?」


 冷凍庫から作り置きの生地を持ち出してきて、十分に熱されたフライパンに高い位置から垂らす。


「トッピングはどうなさいますか?」


 アンバーの方に視線を送りながら尋ねる。

 ここ『蜂蜜の砦』では、パンケーキにいくつかのトッピングを自由に指示することができる。

 生クリーム、チョコレート、アイスクリーム、コーヒー、バター、マシュマロ、クランベリー、などなど、お客の好きなものを自分好みに配置できるのだ。

 その代わり、料金は基本料+トッピングする種類の数という計算になって、トッピングを豪華にすればするほどお金がかかるわけだが。


「では、アイスクリームとクランベリー、チョコレートはブラックでお願いします」


「承りました」


 フライパンで生地を焼く間に、トッピングの材料を準備した。

 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m

 もしよろしければ、ここまで呼んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。

 そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m

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