引きこもっていたかったのに
新しいの始めてみます
世界設定と主人公他数人のキャラ設定、大筋だけの行き当たりばったりのまったり進行です。
男は深く息を吐いた。
「どうしてこうなった……」
思わず零すが、現実は変わらない。
目の前にはこちらを睨みつける今代の『勇者』パーティー。
横にはなぜか胸を反らして偉そうにしている少年のような容姿の『魔王』とその伴侶の二代前の『勇者』。
背後には小さな小屋の様な、愛着ある手狭な印象を持たれるが必要充分を満たした我が家。
そして視界の端に映るのは数十年前に勝手に転移してきた『魔王城』。
周囲には年々広がっていく田畑や工場が見渡せる。
おかしい、と男は思って、嘆くように空を見上げた。見上げる眼下は虚ろな空洞であり、実際に空が見える訳では無いが、今までの経験から環境の力の分布や生物の生命力の濃淡や属性などを総合して自動で情報処理部分で見えているだろう景色を映しているだけだ。
男の衣をまとったその中身は骨だけだった。いつかの昔に肉を失って骨だけになったのだ。男としては失ったのが肉で良かったという所か。骨を失えば動くのにも物を掴むのにも苦労しただろうから。
以前、不老長寿を目的に魔法錬金薬を開発していて、手違いで不老不死になり、肉体の耐性を上げる薬の実験として自らで試していて、うっかり肉体を崩壊させてしまって以降、何をどうやっても肉体の復活が成し遂げられないままになっている。
肉が無いと色々と困る事があった。人間対応の薬を試すのにもわざわざ試験者を使わなくてはならなくなるし、肉を腐らせたり焼いたりする反応を見るのにもわざわざ獲物を探してこなくてはならない。何かを作り上げて味や刺激を確かめるのにも、それようの対象を用意してそれの意見や行動を見るしかない。色を見るにも色々と手間がかかる。何かと不便だった。
故に肉体を復活させようとしているのに、何故か骨の強度と耐性ばかりが増して、今では例え隕石に衝突しても骨に傷一つ付かない程だ。一度実験として星を一つ呼び寄せて、今いる星の半分を焦土と化し、百年以上の異常気象をもたらしたのは少し反省しているが、後悔はしていない。
その時の反省から、外界とは殆ど遮断された領界の中に引きこもって、研究三昧を満喫していた。
だというのに、僅かに外界に触れている場所から煩わしい者たちが次から次へとやってくる。
それは道に迷った者だったり、教師の見つからない魔法使いだったり、行き詰った勇者だったり、方針に悩む魔王だったり様々だ。
実験の邪魔なのでなおざりに適当に言葉を返したり、適当に纏めた内容に従いそれ自体が教え導く魔導書を投げ渡したり、面倒だから剣を強化したり、生返事を返したりしたのだが、それがどうしてこうなったのか。
迷った者は「自分で出来ぬのなら誰かに頼れば良い」という言葉で、愚かにも異界者召喚を成し遂げ、魔導書を投げ渡した魔法使いは何時の間にが賢者と呼ばれるようになり、剣を強化したした勇者は男の作り上げた結界を切り裂いて侵入して来て、生返事を返した魔王は男が了解したと受け取り城を隣に引っ越して来た。
それもこれも
(人が実験中に話しかけて来るのが悪いんじゃっ!!!)
男は内心独り言ちながら、今も実験中の薬品の安置時間を脳裏でカウントしている。
今現在も実験最中に結界を割られて、放置しようと思っていたのに無理やり魔王とその伴侶に引きずり出されて来たところだ。
「大魔王、観念しろっ!!」
目の前の今代勇者は、そこに仕掛けられた『勇者』の称号に反応する機能で引き継がれている、かつて男が強化した剣を差し向ける。
その背後では今代の賢者が、男が数代前の賢者に渡した『魔導書』を片手に、コチラに杖を向けている。
更にその横ではかつて、自分に救えるものが少なすぎると嘆く少女の泣き声があまりに煩わしかったので投げ渡した癒しの力に特化した杖を構えた、今代の『聖女』が居た。
「お前ごときがこのお方に敵う訳が無かろう!!」
隣で偉そうに勝手に答えるのは、隣に引っ越して来てから何かと小屋にやってくる魔王だ。
余裕な態度であるのは目の前の勇者の技量では、その剣を使ってさえも己に傷一つ付けることがかなわない事を知っているからだ。
その隣からは突き刺さる程の嫉妬の視線を感じる。
(ヤメロ、そんな趣味は無い)
外見少年の中身数百年の親父に、心底惚れている人間を止め超人種として連添うかつての女勇者。彼女ほどの実力をもってしても今代の魔王にはまだ及ばない。魔王の伴侶になった時点で、勇者の称号を失い、剣を持てなくなったが。
魔王との子が欲しいと相談しに来る時だけは殊勝な態度の癖に、魔王が男を褒めると途端に嫉妬の視線を向けて来る。
自分以外を魔王が褒めるのが許せないのだ。
「とりあえず、お前は何のために魔王を討伐しに来たのだ? ここ数十年は魔物毎この領界に籠り、人間たちへの干渉はしていない筈だが?」
落ち着けと威圧しながら声を掛けると、額に脂汗を浮かせた勇者は戸惑ったように言う。
「え? いや、だって……王が、魔王軍が度々攻めて来るって。それを止めさせるために、魔王を討って欲しいって、あれ?」
「大方、今代の王が、魔王討伐という名誉を他国にアピールしたかっただけだろう。通って来た街や村は荒れていたか?」
「貧しくはあったけれど……そういえば……?」
剣先が下がり始めた勇者の背後に着く少女二人も戸惑った視線を交わす。
以前は勇者だけだったが、今代は三人とも異界の者を召喚して、色々吹き込んで送り込んできたようだった。男はそろそろこの星も終わりだな、と結界を壊された事で流れ込んで来た外の情報にため息を零しつつ、更に伝えた。
「それに大魔王などおらん。俺はただの研究者だ」
そう返すと、隣から猛烈な批判が来た。
「何をおっしゃる、大賢者殿!!」
「賢者様、それはあまりにも謙遜が過ぎます!!」
つい今まで嫉妬の視線を向けていたかつての勇者までもにそう言われれて戸惑う。
勝手にそう呼ばれているが、自ら賢者などと名乗った事は無い。
その後、勝手に盛り上がる今代勇者と魔王たち。
それを見ながら面倒だと空を見上げてため息を吐く。実験に戻っても良いかと問いかけるタイミングを探りつつ、壊された結界を直し、遠隔で放置していた薬液を鍋に移し、次の工程を始める。
しかし
「あ……」
小さな声が漏れると同時に、背後の小屋が爆発した。
咄嗟に張った障壁で、周囲に被害は無いが、愛着のある我が家が消えうせた。
時間やタイミング、資材の量や、熱の管理がシビアな薬品を研究していた時に勝手にやってきて、騒ぎ始められるのはコレが初めてでは無い。こんな事態も。
呆然とコレまでの邪魔され続けた人生を思い返し、小屋のあと地を見る。
会話を中断させて、同じく小屋があった場所をみる者たちをグルリと見る。
音を聞きつけて、勝手に男の領界内で住み始めた魔王について来た者たちが集まって来るのも見えた。
(賑やかになったなぁ……)
そう思うが、男は賑やかなのがあまり好きでは無かった。
ただ自分の研究に没頭していたかった。ついでに言えば、出来れば自分で実験出来るように、肉体を取り戻したかった。
そのために続けて来た実験は、何度と無く勝手に潜り込んで来る者たちに邪魔され、ついには住み始められてしまった。
外界と完全に遮断出来ないのが悔やまれる。しかし時間や空間を作り出す前提で基準点が必要になる為に完全に遮断出来ないのだ。
家もこういう場合に備えてある魔法陣で修復すればいいのだが……そんな気力が尽きた。
(面倒だなぁ)
今まで抱えて来た不満がついに溢れた。
「今代の勇者よ」
声を掛けながら密かに勇者の持つ剣に術式をかけていく。神霊や魔の力と言われる人が魔族に対抗するための力、と世間的には言われている力だ。実際、神に連なるものや精霊、魔王などは存在する。だが魔族に対抗する力では無い。魔族も同じ力を使っているのだから。実際は、それぞれが住んでいる地域で余っている力が多いものを使っているだけに過ぎない。
因みにこの領域内では全ての力が均等に余剰するよう調整している。
呼ばれた勇者が男を見る。
「剣の状態を確認したい。ちょっと全力で切りかかって来てくれ。俺の骨に傷を付けられるか見る」
男は腕を差し出した。
勇者は戸惑いながらも、構え、斬りかかりかけた所で、全力でやってくれ、と更に注文をつけられて、仕切り直して気合の声を入れて振り下ろした。
「「「「「なっ!!?」」」」」
幾つもの驚愕の声が重なる。男が腕の位置に身体を潜り込ませて頭から二等分に自らなりに行ったからだ。
「ふむ、良き太刀筋だ」
そう男が言うと、その身体が僅かに発光したのち灰のように崩れ始めた。
周囲が男の名を呼ぶ中、男を斬った剣と、先ほどから剣の強化に密かに繋がれていた魔導書と杖も男と同様に崩れていく。
剣の状態は年月を重ねても渡した時通りに万全だった。育つ機能を入れたのに、当時の魔王を倒して以降は育てる才を持った勇者に当たらなかったらしい。それを魔導書と杖に繋ぐことで色々と属性やら何やら強化して、限界突破しての実力を瞬間に出させてみた。
おかげでコレまで自傷する事が出来なかった故に、崩せなかった己を崩すきっかけを作り出す事に成功した。
この世を去るついでにかつての己の未熟な作品も破棄しようという目論見も達成できたと満足そうに笑う。もっとも外見は骸骨なので誰にも伝わらなかったが。
ついでに、背後の小屋の下に己の命と同期させていた魔法陣が展開して、中にある全てを崩壊させていく。
(肉体……というか、器の消滅でギリギリか。治らないように自らも攻撃を己に向け続けないといけないのが面倒だな)
そう思いながら男は自分の身体をこの世界から完全に消滅させた。
意識体だけになった男は、その意識もさっさと崩壊しないかと待っていた。正直に言ってしまえば散々邪魔をされて生き続けるのも面倒になって来ていたのだ。
意識だけになってみれば実験も出来ないので退屈で仕方なかった。頭の中では幾通りもの実験や、やってみたい実験、検証してみたい実験などがあったのだが、肉体が無いために行えない。実験に恋しささえ感じつつ、漂っていた所、急にどこかへ引かれる感覚があった。
それが崩壊の兆しかと思い、抵抗もせずに流される。
やがて男は、どこかの世界の、どこかの、何かの存在の、身体の中に宿った。
それは月日をかけ、生まれ落ちる。新しい生命として。
ありがとうございました。