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Page.5 魔法学園

帰郷編。

「とうちゃーくっ!!」


 蒼穹珠船フィル・スフィア安全に不時着・・・・・・させ操舵室から直接通じる緊急脱出口から外に出る。やー、操縦も慣れたもんだね。


「けほっ、けほっ。もう! こうなるなら先に言ってくださいようっ! 酷い揺れだったじゃないですか! 中の人たちもきっとびっくりしてますよっ!」

「えー、だってこれ以外方法が浮かばなかったんだもん。あの魔導書にも着陸についてなんて書いてなかったし、そもそも重力系の魔法なんて初挑戦なんだから許してよー」


 分かったのは重力魔法の基本的な理論体系のみ。余りにも専門的過ぎて後半は自己流アレンジになっちゃったし、私自身よく飛んでたなって思ってるくらいだもん。これでも重力制御で衝撃は最小限に抑えたんだからこれ以上は勘弁してほしい。


「それにしても空気が美味しいなぁー」


 一時たりとて操舵室から離れなかったから、外の空気が体に染み渡るよー。……フィルちゃんはあれをたった一人で維持しつつ、更に多量の仕事もしていたんだと思うと改めてその凄さを実感しちゃう。

 でもご飯をシオンちゃんに食べさせて貰えたのはラッキーだったなぁ。実は船内の重力を維持するためには必要となる魔力を込めるだけでいいから、航路さえ決めたらずっと操舵室にいなくてもよかったんだよね。もったいなくてシオンちゃんには言わなかったけど。あー、もうちょっと操縦しててもよかったかも。


「さて、と。いざ来たは良いけどきっと中は大騒ぎになっているはず! なぁんにも連絡してないしね!」


 新興国家が攻めてきたなんてあらぬ混乱を招いていること間違いなしだ。このまま領内に入る訳にもいかないし、ここは一旦仲介役に説明してきてもらうことにしよう。


「どうするんです……? ヴィオさん? まさか――!」

「もちろん、こういう時のブロードくんっ!」


 ぱしゅんと大空に救難信号を撃った瞬間、近くの雑木林から彼が駆けてきた。


「ヴィオラぁ! 何をやっているんだお前っ!!」

「あ、いたいたー。おーい!」

「『おーい』じゃない! お前やっぱり馬鹿だろ!? 何処にもいないと思ったら空から落ちてくるなんてな!」


 すっごく怒っているのは見るまでもなく明らかだね。ごめんねブロードくん。


「ふっふー。重力魔法も覚えたし、居住船の人たちも助けたし、むしろ……天才?」

「はぁ……。どうしてお前はいつもいつも……。まぁいい。で、アリスさんに取り次げばいいか?」

「ブロードくんにしては話が早いねぇ。後、この船を動かせる人を探してるってことも伝えて欲しいの」

「ああ、わかったよ。その代わり叱られるだろうことは覚悟しとけよ」

「あはは! 大丈夫だよ。慣れっこだから!」


 円形城郭都市である魔法学園アカデミアは四方に入り口の門が設けられている。一応国家としての体裁を保つためにも、門に設置された執行官直属の窓口にて国民や商人などの入出国者は逐次記録されることになっている。もっとも、かなり治安の良い国だし、まず内部で罪を犯しても様々な理由から逃げ切れないだろうから実際あまり機能してないけどね。

 ブロードくんはというと早速手続きを踏んで領内へ入っていく。なんだか淡々としてて寂しいなあ。絶対お説教喰らうと思ったんだけどなぁ……。温泉街では勝手において行っちゃったし、さっきは蒼穹珠船フィル・スフィアを墜として周辺地形を変えちゃったし。「どうせアリス学園長に怒られるんだから俺がわざわざ言う必要もないぜ、へっ!」って感じなのかなあ?

 寂しさを感じつつも暫くシオンちゃんと楽しくお話していると、一人の女性が門をくぐりこちらへと向かってきた。


「あ、セラせんせーだ! 久しぶりー!」

「はい、お久しぶりですー。元気にしてたみたいですね」


 セラ先生。学園総括であるアリス・リオールの側近で、私の所属してたクラスの担当教師だ。

 今日も私が旅だった日と同じく、金色の長髪を後ろで束ねメイド服に身を包んでいる。

 あれから二年も経っているっていうのに、全然見た目が変わらないなあ。


「アリス様が呼んでますから詳しい話はそっちでしましょー」

「あ、シオンちゃんも連れて行っていいんだよね?」

「うん? ああ、報告にあった半獣種デミ・ビーストの子……あらかわいー! ねえ、この子貰っちゃダメですー?」

「ひゃっ!?」


 わしっとシオンちゃんの手を握るセラ先生。すぐさまチョップで叩ききる私。


「ダメーっ! シオンちゃんは私のものなのっ!」

「い、いえ……わたしは誰のものでもないんですけど……」

「ぶー。ケチですねー。ちょっとくらいいいじゃないですかー」


 困り顔のシオンちゃんを鑑みることなく、もふもふとした頭をなでくり回すセラ先生。


「入国許可っ!!」

「せんせーがそれを決める権限ないでしょ……」

「冗談です。実は二人とも連れて来いってアリス様に言われてるのでー」

「へー……。あ、そうだ。居住船の人たちは流石にだめだよね?」

「数千、数万人単位なら不可能かなぁ。中に入れるのは大丈夫ですけど、受け入れることが出来ませんからー」


 まあ、そうだろうね。今も内部は私の魔力をじわじわと消費しつつ自動的に重力場を生成している。放っておいても五日くらい重力生成は持つだろうし、通貨は同じみたいだから万が一食料が足りなくなったら魔法学園アカデミアで買ってもららえばいい。せっかく来たんだから魔法学園アカデミア観光もしてほしいしね。あの船を動かせる人をこの中で見つけるまでの辛抱だ。


「おっけー。じゃあちょっと船の中の人たちに伝えてくるね!」



 石畳と古風な木造建築が立ち並ぶ街並み。空には魔法使い達ががあっちへ来たりこっちへ来たり忙しそう。中央に位置する学園へと向かうこの道も二年前とそっくり同じままか。

 懐かしい。学園長に与えられた宿舎から毎日通ってたんだっけ。朝は全然起きられなくてよくロベリアに叩き起こされたなあ。もうとっくの昔の出来事のように感じちゃうよ。私の部屋、まだあるのかな? それとももう他の誰かの部屋になってたり。だとしたらちょっぴり寂しいかも。


「私がいない間、魔法学園アカデミアはどうだった?」


 ブロードくんと会っても魔法学園アカデミアの話題はあまり出なかったから、この二年の間で起こったことを私は知らない。彼なりに私に対して気を遣ってたんだろう。私がここに戻りたいなんて言い出さないように、話題にも挙げなかったんだと思う。だから実はちょっと気になってたんだよねー。


「んー。結構慌ただしかったですねー。ほら、『ユアワーズ』とか、ね?」

「ど、どうしてその名前をっ!?」


 唐突に会話に登場した穏やかではない単語に驚きを隠せないシオンちゃん。

 肝を冷やすから、今日の夕飯なんだっけ的トーンでその名前を出さないで欲しいんだけどな。


「……もう。いま『読んだ』でしょ?」

「さーて、どうでしょー?」


 セラ先生の使う魔法はどの系統にも属していない独創的なものが多い。その一つが読心魔法。一応対人魔法に分類されるそれは、文字通り対象の心を読む。故にアリス学園長の側近なんだろうけど……使われる側からしたらプライバシーなんてあったものじゃないよね。

 相変わらず先生は人が悪いなあ。こういう飄々とした所も全く変わってない。そんなんだから美人だけど変人だって生徒から言われるんだよ? 私は結構気が合うと思ってるから別にいいけどさ。


「まあいいよ。どうせ学園長にくどくど聞かれることだし」

「学園長……私と同じ半獣種の方でしたよね?」

「うん、アリス学園長。学園長って言っても肩書だけのちんちくりんだよ」

「こら、だめですよー。あんなちんちくりんでも頑張っているんですから」


 咎めるのはそこだけなんだ。まあ誰が見てもちんちくりんだからしょうがない。

 あれでも一応最高責任者なんだけど、どうもなぁー……。愛されている証拠と言えばそれまでなんだけどさ。

 

「ヴィオラちゃんが帰ってくるって聞いてすんごく喜んでたんですから」

「えー? それほんと?」


 素直に喜べないなあ。


「だったらもっと優しくしてほしいんだけどなあ……」

「叱責は愛情の裏返しだったり? あの方も不器用ですからねー」


 そんな取り留めのない話をしている内に学園の敷地へと入る。今日も授業があるのか第一階級グレード・ワン、つまり入学したての子たちが楽しそうに駆け回っている。丁度お昼休みの時間なのかな。ふふ、なんだか見ているだけで微笑ましくなる光景だね。他の国と違って子供たちが学べる施設がきちんとあることがこれほどまでに素晴らしいと思ったことはない。一度この学び舎を離れたからか、一段と強くそう感じる。その点に関してはあのチビッ子学園長に花丸をあげたい。シオンちゃんみたいに学びたいと願っても学ぶことが出来ない子がいるのを沢山見てきたから。

 そんなシオンちゃんも最近文字の勉強として日記をつけてるみたいだけどね。良いことだよ。


「あ、あのう……。周りの人の目が……」


 と、シオンちゃんがローブで耳を隠しつつ私の袖を引いてきた。やだかわいい。好き。

 

「んー? ああ、気にしなくて大丈夫。シオンちゃんの見た目のことを言ってるんじゃないよ」

 

 屋内に入るにつれて、やれ「『花標』が帰ってきた」だの、やれ「戦争でも始めるのか……?」だの、私を知る人たちによる様々なひそひそ話と好奇の目に取り囲まれていることには気が付いていた。きっとシオンちゃんはそのことを言っているんだろう。それにこの国で種族差別をする輩なんていないだろうし。だって代表が半獣人種デミ・ビーストなんだから。


「ほ、ほんとだ……。人気者なんですね」

「あはは……。自分で言うのもなんだけど最近入ってきた子以外なら大体の人が私のこと知ってるんじゃないかなー」

「ヴィオラちゃんは味方も多ければ敵も多いんですよー」

「ええっ!? ヴィオさんに、敵……?」

「ま、まあ色々あってねー。もうっ、せんせー余計なこと言わないでよっ!」


 言えない……っ! ここに入ったばかりの頃はやんちゃだったなんてとても言えない。

 そんな私をシオンちゃんに知られたくはない。絶対に言わないでよと心の中で念を押す。きっとセラ先生のことだ、私の心の声を聴いて楽しんでいるに違いないんだから。ほら、にやにや笑ってるしもうっ!


「さ、着きましたよー」

「わぁー、ここも久しぶりだね」


 執務室。通称、「アリスのへや」。いや、壁掛けにそう書いてあるんだよ。冗談じゃなくてね?

 まだここでお仕事しているんだねぇ。昔のまんまだ。


「よく呼び出されてたましたもんねー」

「呼び出し……? ヴィオさんって悪い子だったんですか?」


 ぎくり。け、決して悪い子じゃないよ?

 学園長の大事な魔法結晶を使って魔導飛行船を作ったり、この部屋に置いてあった一度だけしか読めない魔導書を勝手に読んだりしただけだから。


「あ、あはは。ちょっと好奇心が旺盛だっただけだよー」

「物は言いようですねー」


 ……お願いだから黙っててください。

 私たちが脳内会話をしていると、傍らでシオンちゃんが耳をピコピコ忙しなく動かす。


「うう……緊張してきました……。失礼の無いようにしなきゃ……」

「失礼? あはは、良いってそんなの。入りまーす」


 ガチャリ。

 この部屋独特の紅茶のほのかに甘い香りと書架に並べられた本の香りが鼻腔をくすぐり、かつての記憶を呼び起こす。

 そう、いっつもそこにいた。窓際に置かれた作業机。その人は、今日も記憶の中の彼女と同じように書類に埋もれながら机に向かって座っていた。せっせと忙しそうに手を動かしながら、視線をこちらにくれることもなく。


「あのなあ、ヴィオラ。ここに入るときは『失礼します』だと何度言えばわかるんじゃ?」


 おじいさんみたいな古風な口調、それと相反する幼き容貌。

 東方の国家でよく着られる和装に身を包んだ白髪の美少女。と、知らない人は彼女をそう表現するだろう。でも騙されてはいけない。目の前のこの人は少女ではない。少なくとも私よりも年上であることは間違いないんだから。

 全く、この学園には年齢不詳が多すぎると思うんだけど。若返りの魔法とか研究してないよね?


「わぁ! ほんとに背が伸びてないんですね」

「久方ぶりの再開というのに、第一声がそれとは貴様……やっぱ儂を舐めておるじゃろ……?」


 ちらりと書類から目を離し紙面の上で踊っていた羽ペンを置いたかと思うと、今度はわなわなと大きなお耳を震えさせて怒り始めた。面白かわいいなあ。


「やはりあの時可哀そうだからと拾うんじゃなかったわ……」

「まあまあ、可愛い孫的存在が出来たんだから良かったじゃないですか」

「ぐぬぬ……。お前さんはその減らず口と危機感の無ささえなければ完璧だったんじゃがな! あと、まだそんな歳じゃないわ!」

「そうですよ、ヴィオさん。失礼ですよ」

「そうですよ、ヴィオラちゃん。失礼ですよ」


 良くないです、とシオンちゃんに叱られる。セラ先生は黙ってて。

 いけないいけない。この人と喋ってるとついつい意地悪したくなっちゃうんだよねぇ。

 アリス・リオール。魔法学園アカデミアと呼称されるこの周辺国家の最高責任者であり学園長。シオンちゃんといい勝負な背丈にそれだけの肩書を詰め込んでいるこのチビッ子は、ぷんすかと可愛らしい素振りで私に対して怒りを露わにしている。

 うん、やっぱり改めて対面してみても威厳が無い。この人は実際私にとって命の恩人のような存在だし、色々とお世話になった。今でもなってる。だけどなんでだろう。一国を担っているというのに迫力に欠けているというか。

 ほら、表面上は凛とした態度だけど、セラ先生にお菓子で餌付けされてほっぺが緩んでるし!

 なんだろ……こう、みんなのマスコット的な可愛らしさのせいで威厳が皆無なんだ。そのおかげか求心力は途轍もないことになってるけどね。

 

 書類整理が一段落着いたのか、はたまた集中できないと判断したのか。小柄な彼女に似つかわしくない厳かな椅子を降り、私たちの方へと寄ってくる。立つと余計に小ささが露わになるなぁ……。


「む、お主は報告にあった半獣種デミ・ビーストのシオンじゃな?」

「は、はい! ヴィオさんと一緒に旅をさせてもらってます、シオン=アカネです」

「ほうほう。アカネ、のう。お主は確か己の故郷を知りたいんじゃったな?」

「あ、はい。物心ついた時には檻の中だったので……」


 照れながら笑顔で言うけど、とんでもないことなんだよね。気が付いたら檻の中で、当時のシオンちゃんはそれを普通だと思ってたんだからなあ。


「金を得るために若者の未来を食いつぶすなどあってはならぬことなんじゃがの……。収監されていた他の子どもたちも獣人種ビースト、もしくは半獣人種デミ・ビーストじゃったか?」

「はい。半獣人種デミ・ビーストはわたしとお姉ちゃんだけで他の子は獣人種ビーストでした」


 そう、あの施設は明らかに獣人種ビーストの子供のみを集めて育てていた。理由は単純、奴隷や労働力として高く売れるからだ。もちろん、子供とは言え本気で抵抗すれば誘拐を働いた人類種ヒューマンにだって勝てるだろう。でも連中はそのその心すら狡猾に折った。幼いころから頭に叩き込まれた「服従」の二文字にあそこの子供たちはずっと囚われていたんだ。それはシオンちゃんも同じ。だって、私が牢の壁を破って初めて会ったときの一言が「あばれたら……おこられちゃいますよ」だったんだから。


「……ふむ。シオンよ、もし自分の生まれを知りたいんじゃったらヤマトという国に立ち寄るとよい」

「ん? ヤマト? それってアリスちゃんの出身地じゃないですかー」

「左様。あそこは獣人種、半獣人種が比較的多い国じゃからのう。当然それを狙った輩も多い。他にも獣人が多く捕まえられておったならあそこで攫ってきたとみて間違いなかろ。後、今真面目な話をしておるんじゃ。ナチュラルにちゃん付けするのを止めろ、セラ」


 世の大人がアリス学園長みたいな人ばかりなら、シオンちゃんのような境遇の子は生まれなかったんだろうな。路頭に迷った子供に手を差し伸べられるような優しい大人ばかりだったら。


「ヤマト……。それがわたしの故郷かもしれない……っ!」


 シオンちゃんの目に希望が宿る。一年とちょっと世界中を回っても見つけられなかった故郷についての情報。私じゃ辿り着くことが出来なかった彼女が本当に求めていたものの情報を、アリス先生はこうも容易く提示する。

 あーあ、ちょっと妬けちゃうなぁ。


「……よかったね、シオンちゃんっ!」

「はい、はいっ! ありがとうございますアリスさんっ!」


 ぽろぽろと喜びながらも目に涙を浮かべるシオンちゃん。

 おお……! シオンちゃんが泣いてるところ初めて見たかも。辛いことがあっても、痛いことがあっても、泣かない強い子だったもんね。

 ……これで良いんだ。アザミちゃんと交わした約束は「シオンを護ってあげて」だ。ヤマトへ無事にシオンちゃんを送り届ければ、それで私の役目はそれで終わり。過程は問わない。最後にシオンちゃんが笑っていられれば私はそれで……。


「本当に、本当に! わたし感謝することしかできませんけど、ありがとうございます!」

「ああ、わかったわかった。ん……。そうじゃな……ちょっと待っとれ」


 感謝の嵐に曝されて狼狽えていたアリス学園長は、ふと何かを思い立つとその辺にあった紙に羽ペンでささっと文章を書き、折りたたんで変な形の袋に入れた。


「ほれ。こいつを持っていけ。困ったらこの巾着を開けるんじゃぞ」

「お守りですか……?」

「うんにゃ、そんな大したもんじゃないわ。ただお主を助けてくれること間違いなしじゃ。大事にせいよ」

「はい! 頑張ります……っ。わたし、ここまでして頂いたこと無駄にはしませんっ!」

「お~よしよし、シオンは良い子じゃの~。どこぞの魔法バカとは違っての~」


 同じ種とはいえ、やはり撫で心地が良いのかシオンちゃんの頭を猛烈に撫でながら横目で私を見やる。

 なに、もしかして私のこと言ってるの?


「わ、私も悪い子ってわけじゃないですしー!」

「――居住船」


 セラ先生がぼそりと絶妙なタイミングで突かれたくない所を突いてくる。

 このぉ……! 余計なことをぉ……っ!

 だめだ、落ち着け私。心の中が騒めけば騒めくほど先生の思う壺だ。これ以上あの性悪教師をいたずらに喜ばせてはいけない。


「ああ、そうじゃったそうじゃった。ヴィオラぁ……お主やりおったなぁ……!」

「い、いやー。それほどでもないですよぉー」


 もちろん褒められてなどいない。

 めっちゃ怒ってる。怒髪冠を衝くって感じ。


「あのなあ、もう少しやりようはなかったか?」

「…………」

 

 やりよう、ね。そんなものがあったのなら誰か私に教えて欲しかったよ。


「……そういう訳にもいかなかったんです。『ユアワーズ』って奴らのせいで船が墜ちるかもしれなくなっちゃって――」

「ん、今『ユアワーズ』って言ったか!?」


 名前を出した瞬間だった。これまで柔和そのものだったアリス学園長の表情が一変した。

 やっぱり知ってた。この二年間で魔法学園アカデミアも何らかの形で巻き込まれてたんだ。


「そいつはどうした!? 今もあの船の中にいるのか?」

「いえ、ハーメルンと呼ばれる魔法使いが船の制御を放棄し失踪したからあの船は墜ちかけたんです。他にも制御してた使役魔法に黒い変な魔法が纏わりついて――」


 ……フィルちゃん。思い出すだけで胸が痛い。心の奥がきゅって締め付けられる感覚に言葉を詰まらせながらも一部始終を説明した。


「――なるほどな。ならば今回の件は不問としよう。重力魔法の方も数日の間にこちらで何とかしておく。奴らと関わって無事済んで本当に良かったわ」

「……何者なんですか? 『ユアワーズ』って」


 気になってた。蒼穹珠船フィル・スフィアを墜とし、私にフィルちゃんを殺させた奴らが何者なのか。世界中に狂気をばら蒔いている集団の正体を知りたい。知らなきゃいけない。


「『言乃葉の刃ユアワーズ』……違法な魔法を扱う集団ギルドってことくらいしか掴んではおらん」

「違法な魔法……」


 今までの旅路で出会ってきた変な魔法。見るたびに良くないことが起こる、あの魔法。

 恐らくそのほとんどに「言乃葉の刃ユアワーズ」が関わっていたんだ。


「何らかの目的を持って活動しとるんじゃろうがなぁ……。使用されとる魔法もバラバラ、発生する地域も一か所に留まっておらん。ただ一つ言えるのはそのどれもが明確な悪意と憎悪によって生み出されとるってくらいじゃな」

「絶望と怒りによる魔法のブースト……!」

「その通り。奴らが使う魔法はそんな類のものばかりじゃ。当然魔法学園アカデミアとしては黙っとれん。上層部と一部の生徒達で調査しておるんじゃがな、一向にしっぽを見せんのじゃ。起こる事件の規模からしてかなり大きな組織じゃと踏んでおるんじゃがのぅ……。ハーメルンという名も今日初めて聞いたわ」


 数千もの人が暮らす蒼穹珠船フィル・スフィアそのものを実験場としているくらいだ。資金的に考えてもかなり大きな組織が動いている。もしくはどこかの国が背後についているんだろう。……あんな非道なことを推進している人が一定数いる現状に言葉も出ない。

 

「幸いにもお前さんの『浄化』は有効なようじゃな」

「……はい」

「案外、その力が我々にとっての切り札かもな。使うのは辛いかもしれんが……」

「――良いんです。役に立てるならそれで。その方がこの魔法の為ですから」

「ヴィオさん……」


 きっと学園長も意図せずしてのことだろう。部屋の雰囲気に似つかわしくない重たい空気が流れる。流石のセラ先生も黙らざるを得ないくらいに。


「……さて、と。折角帰ってきたというのにこうも辛気臭い話題ばかりじゃ敵わんな。今日の所はこれで終わりじゃ。『言乃葉の刃ユアワーズ』の件は日を改めて話し合おう。セラ、長旅で疲れとるじゃろうからシオンをヴィオラの宿舎へと案内してやれ」

「……シオンちゃんだけ? ああ、ヴィオラちゃんと二人きりで思い出話がしたいってことですかー」

「勝手に曲解するでない。頼むぞ」

「はーい。じゃあ案内しますねー」

「え? ちょっ――」


 セラ先生に腕を引かれるも、不安そうな顔で私の方を見つめその場に留まろうとする旅の相棒。


「ごめんね。大事な話みたいだから。後でちゃんと私も帰るから。……ね?」

「うぅ……わかりました……」


 しぶしぶ、といった感じではあったがシオンちゃんは先生に連れられて執務室を後にした。

 廊下が静まり返るまで彼女を見送り、用があると私を呼び留めた少女の方へと振り向く。 


「で、話ってなに? アリスさん」


 二人だけの空間。堅苦しいのはしんどいからという理由で、二人きりの時は師と教えを乞うものという関係でなく旧知の仲として振る舞うことになっている。お互いの間に生まれる暗黙了解。


「ヴィオラ、お前さんの母親の足取りが掴めた」

「……ほんとに…………?」

「うむ、各地に派遣しとる調査官からの情報じゃ。とある執行官伝いに依頼されたんじゃと。……後でブローディアに感謝しとくんじゃな」


 ブロードくんが温泉街で言ってたのはこのことだったんだ……。私が出て行ってからずっとずっと探してくれてたんだね……。ほんとにお節介だよ。後でちゃんとお礼を言っておこう。


「大空群島。そこの二十一番目の島で最近あやつを見かけた者がおったようじゃ。もちろん虚言かもしれんがギルド関係者からの情報じゃから信憑性は遥かに高い。そしてあ奴のことじゃ、今頃はもっと番号が若い島へ渡っておるじゃろ」


 ――大空群島。百の浮島からなる島々の総称。大地を穿つ大穴の上に浮いていて、島々には円の中心から外側に向かって番号が割り振られている。未だ浮遊島の原理すらも解明されていない、夢見る冒険者のための秘境。

 そこに……お母さんがいる…………!


「……ありがとう。私……正直なところもうだめだと思ってた」


 どうしてそんなところにいるのかとか、どうして生きているのに私たちに連絡を渡さないのかとか、あの人に対する疑問は尽きない。でも、どうでも良いや。お母さんはまだ生きている。それだけで私はまだ前に進めるんだから。


「ブローディアから聞いたよ。お前さんがそこまで思いつめとるなんて思わんかった。……教育者としては失格じゃな」

「そんなことないっ。アリスさんは……私が出会った人の中で一番優しい大人だよ」

「……そうか。お前さんがそう思ってくれとるだけで儂は嬉しいよ」


 出会ったあの時から恩を忘れたことはないよ。

 そりゃまあ口ではたまに・・・邪険に扱ったりするけれど、この人は私のもう一人の親と言っても良いくらいの存在なんだから。……ただ、面と向かって言葉にして伝えるのは恥ずかしいだけで。


「じゃが、くれぐれも気を付けよ。二十から下の番号の島は未踏じゃ。一般の冒険者は入ることが禁じられとる領域とされとる」

「ギルド指定の進入制限危険領域……だね」

「うむ、公式の称号を持っておる者しか入ることが許されておらん」


 冒険者とて危険とされる領域。資格と命を失う覚悟を持っている者のみが入ることを許される領域がこの世には点在する。未踏領域。未だ誰も足を踏み入れたことが無いとされる地。ギルドはそのような地域に無暗に人が入っていかないよう制限をかけている。最も、それを無視して未知の素材目当てに入っていく輩もいるけれど、大抵の場合は帰ってこない。

 未知の大地は人々に望郷の念すら忘れさせるほどの新天地を与えるのか、それとも死を与えるのか。それを知り得る者は力を持つ者だけだ。


「ヴィオ。お前さんは進級するまでこの国から出るな」

「薄々予想はしてたよ。『フェスタ』に出て力を示せばいいんだね?」

「話が早いのう。……そしてじゃ。そこである程度の成績を残せたなら『魔女見習い』の称号をやる」

「う、うそっ!?」


 この学園での全過程を修了した証、「魔女見習い」。本来私はまだそれを得られる年齢にも階級にも達していない。本来魔法使いとしての位を顕す指標としての称号だけど、私のような冒険者にとっては更に別の意味を持つ。この国は独立国家であるものの冒険者ギルドと繋がりが深いため、公式の称号として個人の実績証明に登録されるからだ。つまり受けられる依頼の幅が今までと比べ格段に広がる。

 ――そして、それは進入制限危険領域に踏み込むための資格でもある。


「母親を……アキレアを追いかけろ。そのためなら儂は出来る限りのことをしてやるつもりじゃ」

「いいの? 私だけのために特例作っちゃって……」


 通常だったら決して楽には手に入れられない称号だ。普通はフェスタと呼ばれる昇級試験を兼ねたお祭りか、年度末に催される修了試験で成績を残し段階を経て昇級していく。その果てに第七階級グレード・セブンまである階級全てを修了し、教師との手合わせの結果認められた場合に初めて手に入る称号。

 第四階級グレード・フォーの私なんかが段階を踏まずに貰っていい称号じゃないことは分かっている。


「反発は……まあ当然あるじゃろうな。でも悪く言う輩も内心は皆お前さんの実力を認めておるよ。同世代なら特になおさら……な」

「そう……かな……」

「お前さんの四年間を知る者なら納得するはずじゃよ。それでも文句を言う奴は儂が相手してやるわ」


 ふんすと胸を張るアリスさん。

 こんなにも小さい体が、どうしてだろう。とてつもなく大きく見えた。

 

「ありがとう、ござい……ます。私のために……」

「おいおい、お前さんも泣くのか。涙を流すのはまだ早いじゃろ。ただで『やる』と言っているわけじゃないんじゃぞ?」

「わかってるよぉ……わかってるけどぉ…………」

「ふっ。旅に出て少しは逞しくなったと思ったら、泣き虫なとこまでは治らんかったか」


 それ、シオンちゃんにもよく言われる。「泣き虫、治りませんね」って。

 ……よくよく考えたら年下の子に言われるのもの凄く恥ずかしいな……。もちろんこの小さな学園長に言われるのも。


「まずはフェスタで二年間の成果を見せてもらうとするかの」

「まかせて! 絶対に驚かせてあげるから!」



 宿へと向かう帰り道。

 既に夜の帳が降り、街は魔法によって生み出された光にぼんやりと包まれていた。行き交う人たちはそんな幻想的な光に浮かされているように賑やかで、こちらまで明るい気持ちになってくる。

 空には満天の星空。手を伸ばせば触れられそうなくらいに黒天のパレットにくっきりと星が出ている。


「ようやく届いたよ……お母さんっ!」


 まだ、この空の下にお母さんはいる。

 まずはフェスタで成績を残そう。

 お母さんを探すために。

 私に力を貸してくれる人に報いるために。



 夜空を眺めながら足取りを弾ませて懐かしスポットを回っていたら、思っていたよりも遅くなっちゃった。

 宿舎のおばさんに軽く再会の挨拶をし、ようやく自室へと辿り着く。

 静かだな……。シオンちゃんはもう寝ちゃったかな。

 というか、私の部屋残してくれてたんだ。戻ってくる確証なんてなかったのに。

 およそ二年ぶりの自室の扉を開け――。


「おかえりなさい! 我が最愛の友っ!」

「わっ、わぁ!?」

 

 部屋の明かりが急に付き、目が慣れていない私の胸に何者かが突っ込んでくる。

 巻き髪の女の子。この時代錯誤も甚だしい変な喋り方は……!


「ロベリア!?」

「ああ、悠久の時でした。ヴィオラ、もう貴女に会えないかと……!」

「ど、どうして私の部屋にいるの!? ロベリアの部屋は隣だよね?」

「すみません……わたしが先に部屋に戻ったら、その時にはもうロベリアさんがいまして……」


 申し訳なさそうに頭を下げるシオンちゃん。いやいや、シオンちゃんが謝る必要はないんだよ? おかしいのは急に押しかけてきていたロベリアなんだから。

 そしてその隣には。


「よ、よう……」


 げ、ブロードくんまでいるじゃん……!

 思わず口に出そうになった言葉を慌てて胸の内へとしまい込む。


「う、あ……。あの、お母さんのこと、ありがとね。で、でもっ! 女の子の部屋に勝手に入るのはどうかと思うんだけどなあ!?」

「あ、ああ、そうだな。悪い。……悪い」


 く、くそう。何だこの気持ちが悪い距離感っ!

 お母さんの件があるせいでなんだか気まずいよ! ブロードくんもなんだかしおらしいし! いつもだったら「いや、この部屋の散らかりようで女の子を名乗るのはどうかと思うぞ」とか返してくるのに、どうして謝ってくるの。やり辛いなあもう!


「あら、いつもの舌戦が始まるかと思ってたのに、希有なこともあるのね」

「や、お嬢様……これは……」


 いつもは歯に布きせぬ物言いのブロードくんもロベリアに対しては驚くほど弱い。名家のお嬢様とその護衛といった立場上仕方ないんだけどね。


「それで、どうしてここにいるの?」

「当たり前でしょう。再びの邂逅を祝して宴を催そうと思い立った、それだけのことよ」

「えっと、私のお帰りパーティってこと?」

「らしいな。ヴィオが帰ってきたとお伝えしたら、お嬢様がどうしても、と言ってお聞きにならないから……疲れているとは思うが付き合ってやってくれ」

「もちろん! ロベリアにはずっと会いたかったから喜んで付き合うよ!」


 それからどれくらいの時間だろう、疲れも忘れて旅の途中で起こったことやこの二年間の魔法学園アカデミアについてシオンちゃんを交えた四人で話し合い、大いに盛り上がった。

 はは……帰ってきたって感じがするなあ。懐かしいよ。またこうやって仲良かった二人と話せる日が来るなんて過去の私は微塵も思ってないんだろうな。

 良かったよ、私。ここで学んできて本当に良かった。

 足踏みをしていただけだと思っていた四年間。

 止まった時間を取り戻そうとここを飛び出したあの日の私に言ってあげたい。

 

 ここでの四年間は決して無駄じゃなかったって。

 思春期特有の気恥ずかしさからくるツンデレヴィオラさん回でした。



 特に書くことないのでアカデミアの軽い設定でも。

 

 アールグランドと呼ばれる連邦に属する人口約200000人(種族問わず)の大型国家です。建国から100年程度と比較的新しい国でもあります。

 シンボルは何といっても都市中央に建てられた魔法研究施設兼学園で、魔法について日々最新の研究が行われてます。人口の約半数が魔法研究もしくは教育に関わっており、教育環境としてはかなりの高水準。そのため各国から魔法を子供に学ばせようと預けに来る親もしばしばいます。もちろん魔法を使えない人もいますが、他種族国家ということもあり商業も盛んなためちゃんと仕事に就けます。

 また、大型の国家としては珍しく冒険者ギルドと提携しています。そのためギルド支部に対する偏見(国家を乗っ取られる、などの噂)はほぼありません。


 全体的に平和で制度なども緩い国家です。統治者が彼女なので当然といえば当然ですが。統治者の意向によりこの世界に多い独裁よりも民主的な側面を持つ為、こちらの世界に近いものがあるかもしれません。ただ、国民の声をそのまま統治者が聞き、仕事分担しを行うような点はちょっと違いますけど。「みんなで頑張ろう」を体現したような国風ですね。

 ちなみに前作の「ガーデン」を参考に設計された都市だったりします。円形城郭とかその名残です。


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