Page.4 蒼穹珠船‐2
前後編の後編。まだ前編を見てない人は前編へごー。
「ヴィオさん。さっきの話……」
「……私もわからないよ。あれだけじゃあ」
店主の言葉が頭から離れない。
――警告だけはしておくよ。
警告、ね。つまり先ほどのあれが私たちの身を案じての言葉だったってことは分かる。それはやっぱりこの船で起きていることに関係しているんだろうか。
どうするべきかなぁ。正直な話、何が起きているかだけでも調べたい。困っている人がいるなら助けてあげたいとは思うし、私の持っている浄化の魔法が役に立つようなことがあるならこの船が抱える問題を打開したい。けれど危険だと忠告された領域にわざわざ足を踏み入れる必要はないんだ。私一人ならいい。今はシオンちゃんもいる。アザミちゃんから託されたこの子と共に行動していることを念頭に入れろ、私。
「これからどうするんです……?」
「むー……」
「ヴィオさん……?」
「…………ん、決めた! 帰ろっか。不思議は大好きだけど、危険な目に遭うのは怖いよ。危ないことになる前に挨拶だけして帰ろ!」
それも大事な旅人の心得だ。
常に好奇心と危険を秤にかけなきゃいけない。ついつい好奇心に傾きがちなお皿を戻す自制心はとっても大事。数日後、この船が落ちたとか、たくさんの人が亡くなったみたいな話を聞いてももう後悔しない。願わくばそんな大ごとにはならないで欲しいけどね。
……うん。これでもう、心は決まった。
「そう、ですね! お世話になったことですし、船長さんやフィルさんにお礼を言いたいです!」
「おっけー、そうしよっ! さて、じゃあフィルちゃんの所へ戻ろうか!」
二人の間で方針が固まる。
うん、これで良い。これで良いんだ。
一応他の店も少し回ってから、言いつけ通りにベンチに座ってぼーっとしているフィルちゃんの元へ歩み寄る。
「フィルちゃんお待たせー!」
『あ、お望みの品は買えましたか?』
「た、たくさんありましたよ! こんな品揃えが豊富だなんて思ってませんでした。すごいですねっ!」
『はい! 私の自慢の船ですから!』
お、シオンちゃんが積極的に話をしようとしてる。珍しい。彼女なりに腹を括ったからかな? もう決断をしたからこそ進んでこの地で思い出を作っておこうとしているのかも。
そんなシオンちゃんの言葉に答えるフィルちゃんも嬉しそう。
『ええっと、ではこれからどうしましょう? もしよろしければ他の地域もご案内しますよ?』
「あ、その件なんだけど。私たち旅路を急いでて、出来ればすぐに旅を続けたいんだ」
『そう……ですか……』
わおぅ、露骨にがっかりしないでよぉ。
本当に魔法として生まれた存在なのか疑わしいほど目を潤わせられると、悪いことしていないのに申し訳なっちゃうからやめて欲しい。私は小っちゃい子の涙に弱いのだ。
「ごめんね。私たちにもやらなきゃいけないことがあるから……ね?」
『……わかりました。お別れするのは惜しいですけど、旅人さんたちの為ですもんねっ!』
「ありがとう。レオーネさんに会うにはどこへ行けばいい? 多分勝手には外に出られないよね。挨拶もしたいし……」
『えっと、船長は……今はメインコントロールルームですね。ご案内します!』
ふよふよと宙を浮き先導してくれるフィルちゃんの後についていく。
商業区を抜け、居住区だと説明された場所で小さな男の子とすれ違う。物珍しそうに私たちの方を見ていたので手を振ると、照れながらも手を振り返してくれた。ああ、本当にこの船の中で人が住んでいるんだなって一番感じた瞬間だったかも。
男の子とバイバイすると、前にいるフィルちゃんが尋ねてきた。
『どうでしたか、この船は?』
「そうだなあ……。短い間だったけど、楽しかった。こんな技術があるなんて知らなかったし勉強になったよ」
「わ、わたしもです! 最初はびっくりでしたけど……。フィルさんとも知り合えましたし!」
その言葉に嘘偽りはなかった。この船では水面下で何かが起こっているけれど、見た光景が、人々と触れ合ったことが楽しかったのは本当だ。それは多分シオンちゃんも一緒。どきどきしたしわくわくした。それは本当なんだ。
『そうですか……。良かったです。そう思っていただけるのは、この船の魔法である私にとって何よりの喜びですから』
それからもフィルちゃんは進みながらも船の中の私たちが見て回れなかった場所について話してくれた。楽しそうに船の良い所を言い、嬉しそうに私たちの反応を聞いていた。
外の話もした。私たちが向かおうとしている魔法学園の話、そこでの私の四年間の話、そして今までの旅の話やシオンちゃんとの出会いの話。沢山たくさん話をした。ここから離れられないフィルちゃんからしたら私たちが話す外の世界の情報は目から鱗だったんだと思う。次々と気になった点を質問してくるからシオンちゃんなんかはたじたじだった。
そんな彼女に案内され地下へと続く階段を下っていくと、やがてメインコントロールルームと呼ばれる部屋に辿り着く。つまるところ操舵室兼船長室らしい。辺りはパイプに覆われていて上の街並みに比べてきらびやかさは微塵もない。堅牢で重厚な扉の前で停止すると、フィルちゃんがぽつりと話し始めた。
『……良ければですけど、また来て欲しいです。ちょっと落ち着いた後にでも』
「え? それって――」
『さ、着きましたよ!』
私の言葉を遮るようにフィルちゃんは詠唱を始める。どうやら簡易な魔法錠がかかっているらしく、一小節の開錠魔法を彼女が唱えることでメインコントロールルームの扉は低い音を立て開け放たれた。
『船長。旅人さんたちが用事があるらしくお話したいと』
「おお、少し待ってくれ。少し手が離せなくてな」
中に入ると青白い光の中に船長がいた。何らかの作業をしていたらしく、私たちが入ってきたのを見ると慌てて作業を中断してくれた。
辺りを見回すと、そこかしこで見たこともない装置がチカチカと光を発している。ただ、やはり魔術的要素も含まれているのか私でも部分的には理解することが出来た。あそこの浮かぶジオラマなんかそのままこの船の重力発生に影響しているっぽい。ど、どうなっているんだろ。触ってみたいなあ……!
「おやおや、魔法使い様はこの装置に興味がおありですかな?」
「あ、いえ……どう動いてるのかなーって。あはは、わかっちゃいました?」
「ええ。目が輝いておられましたからな。それで、要件とは?」
やだもう、私ったらそんな顔してた? 恥ずかしいなあ。
「そう大したことじゃないんですけど、私たちもう行かなきゃいけないのでご挨拶をと」
「そんな! もう出て行ってしまうのですか? 折角ですから一泊したら如何です?」
『レオーネさん。旅人さんたちは急いでいて――』
「……フィル。黙っていなさい」
「ひぅ……っ!」
っ!? 急変した声色にフィルちゃんだけでなく私たちまで血の気が引いた。
「で、どうですかな? 一泊、していくおつもりはありませんかな?」
有無を言わさぬ重圧だった。この人、何が何でも私をここに留めようとしている。
異様さが部屋を支配したのを肌で感じ、念のためシオンちゃん、レオーネさんに気取られぬよう自然な動きで腿に取り付けたホルスターの留め具を外す。
なぜ一泊させたがる……? そこまでして私たちをこの船に留まらせてどうなるんだろ……?
命を狙っていたなら強引に殺す方法はいくらでもあった。それこそこの船が現れたあの時とか。そうじゃない。あくまでも生きたままこの船に残ってほしいんだ。この船に私がいることに意味がある。
私の価値……魔法の技術……?
だめだ、確信が持てない。だが、直感は異常を伝えている。可能ならば今すぐにでも逃げたほうがいい。出来るなら穏便に。
「その、すみません。どうしても今日中には出発しなければならないんです」
「……。ほう、どちらへ行かれるのですか? もしよければ送ることも可能ですが」
食い下がってこないでよ……っ。
シオンちゃんの袖を引き、後方へと下がる様に指示を出す。出来ればフィルちゃんもこの男から話したいけれど、敵側に回られると厄介だから放っておく。
「……魔法学園です。私はどうしてもあそこに帰らなきゃいけない」
「……ほう! これはこれは。素材としては極上ですね……っ!」
魔法学園の名を出した瞬間だった。船長の顔色が狂気に彩られる。これまで取り繕っていたってことがよく分かる、化けの皮を剥がした醜悪な顔のままずんずんと私たちの方へと近づいてくる。
「っ! 動くな!! それ以上近づかないで……! 動いたら撃つからっ」
限界だ。抜きたくはなかった銃を彼に向けて突きつける。私専用に加工された照準は彼の脳天を捉えて離さない。引き金を引けばたちどころに彼の頭蓋からから血が吹き溢れることだろう。
レオーネが大人しくピタリと足を止ることで、死と隣り合わせの緊張が場を埋め尽くした。
「咄嗟に銃を人に向けられる……。優秀ですな。年の割に相当な場数を踏んできたと見える。一体何人ころし――」
「しゃべ、るな。……はっ、はっ。……ふぅー。貴方が話してもいいのは私の質問に答える時だけだよ」
大きく息を吐き、高鳴る鼓動を落ち着け質問へと移行する。
「この船で今何が起きてるの? どうして、皆困ってるの?」
まずはこの状況を生み出した原因を突き詰める。話はそこからだ。
内容次第ではまだどうにかなるかもしれない。一触即発の現状を立て直し、笑顔のままこの船を立ち去ることが出来る、そんな未来を見ることが出来るかもしれない。
そんな淡い期待は、レオーネの下卑た笑みを含んだ言葉で打ち砕かれることになる。
「なぁに、簡単な話ですよ。魔法系を制御していた魔法使いが失踪してしまったんです。現状、航路設定以外の制御操作はできない上に魔力が切れた瞬間にこの船は落ちてしまうんです。まあ、上の奴らは詳しいことを知りませんがなぁ」
「最低……だね。あなたは操作できないの?」
「高度すぎて彼以外は無理ですよ。そこの使えない魔法は重力維持以外の操作権限を持たされていない」
フィルちゃんを指さし、心無い言葉で詰る。
ただの魔法だと、主人がいないと使えない道具でしかないと指摘され、彼女は俯き縮こまる。
「なるほどね。それで外部から魔法使いを見つけてはこの船に招き入れていたわけだ」
「どうですかな? 一晩お泊りになってお力を貸して頂くことは出来ませんかな?」
養分になれと、この男は言っている。この船に住む多くの人々のための人柱になれと。
そうすればまた暫くの間この船は空に浮かぶんだろう。私の魔力と生命力を犠牲に神秘性を保ち続ける。
「嫌だよ。さっきも言った通り私にはしなきゃいけないことがあるんだから」
お母さんを探す旅を。シオンちゃんの故郷を探すための旅を。続けなくちゃいけない。なんとしてでも。
「いや、貴女くらいの魔法使い様ならもしかしたら制御も可能かもしれませんなぁ!!」
『もうやめましょう! こんな事を続けても無意味です!』
「黙れ役立たずがっ!! お前の主がいなくなったせいでこうなっているって分からねえのか!!」
『わかっています! 私が、私がもっとちゃんとできればこうはならないって! でももう限界です。大地へ、降りましょうよ……っ!』
――魔法にも心がある。学び舎時代に聞いた言葉を思い出した。
フィルちゃんの、彼女の発する言葉には心が宿っていた。真にこの船に住む人たちを想っているからこその言葉。自身の存在意義を捨ててまでこの船の人たちの未来を示す、そんな彼女に心が宿っていないなんてとても言えなかった。
「無理なんだよもうっ!! この船で生活を始めた瞬間から、もう俺たちは戻れねぇ!! 食べ物に困ることもねえ、土地を巡って他国と争う必要もねえ! あの魔法使いが話を持ち掛けてきた時から俺たちはこの船の虜なんだよぉ!!」
それをこの男は否定する。完璧にデザインされた国に対する依存心が彼女の心を踏みにじる。一度上を知ってしまったらもう下には戻れない。戻りたくない。そんな気持ちなんだろう。
旅人の私たちには分からないだろう二つの想いが目の前で激しくぶつかっている。
『もう住民の方々も薄々気づいてます。気づいてて黙ってる。そんな彼らを見るのは苦しいんです! 大地でもやり直せますよ。そうだ、船を離れられないけれど私がサポートします。勤勉な皆さんならできますよ!! 皆でやり直しましょうよ!!』
「無理無理無理ぃ!! 大地で馴染めねー逸れもんばかり集めたんだ! できる訳ねぇだろぉが!! そもそも墜とせるのかよ、魔法使いが死ぬのをいつも隣で黙って見ることしか出来なかったお前がよぉ!」
『っ!! 重力の操作権は私が握っているんですよ!? 墜とそうと思えば――』
その瞬間、フィルちゃんは言葉の選択を間違えた。実際に彼女はこの船を墜とさないだろう。墜とすにしても誰一人傷つかないように安全に墜とす。誰よりもこの船とこの船に住む人を愛しているだろうから。
けれど、その真意はレオーネには伝わらなかった。興奮している彼はにとって彼女の決意は言葉通り、いやそれ以上の脅しとして届いてしまった。彼は機械群へと向かい走った。私が銃を構えているのに背を向けて。
「なっ! 本性を出しやがったなこの悪魔がっ! そうだお前なんかもっと早く消しておけば良かったんだ! まさかあいつが残したこの機構が役に立つ日が来るとはな!」
「くそっ……忠告くらい守ってよっ!」
射線上に魔法を解き放ち引き金を引く。空気の層によって進行方向を捻じ曲げられた銃弾は、レオーネの脚部後方に向かって吸い込まれるように飛んで行った。
「ひぎゃああああああぁッ!! あ、足がッ、血が止まらん!!」
声帯が引きちぎれるかのごとき絶叫、それでもなおレオーネは足を止めない。叫びつつ装置の方へと向かいボタンを押――。
「ぐえっ」
直感的に二発目を発砲していた。
制御装置に向かって前のめりに倒れ、血を流す。
『旅人さん……』
「はあ……っ、はあ……っ!」
あのボタンを押されたらだめだと思った。確実に良くないことが起こるって、そんな気がした。
「……ごめん、考えなしだった。操縦とかどうしよう……。やっぱりまずかったかな……」
『いえ、船長とは名ばかりでしたから。ご主人がいなくなった後、面倒見が良かったから街の人に選ばれただけです。ただ……本性があんなだったなんて思いもしませんでしたけど……』
「そっか……」
レオーネもレオーネで色々と思うところがあったんだろう。指導者が不在となったこの球船で誰が指揮を執るか。いつ墜ちるかわからない状態でも表面上国として成り立っていたのは、この男の功績あってこそだ。その結果、魔法使いの魔力を食い物にする凶行に走ったんだから決して褒められたことではないけれど。
彼の代わりにこの船を動かさなくてはいけないと思い立ち、とりあえず機器の方へと向かう。
その刹那、後方で大人しく事態を見守っていたシオンちゃんが、
「ヴィオさん! そいつまだ生きてますっ!!」
そう叫ぶと同時、瞬時に獣種の力を開放し音を超えるほどの速さでレオーネの元へ駆けた。
「っ!? シオンちゃん!?」
「ぁ……? ひ、ひひっ…………がっ――」
――執念。歪な感情が生む、異常なまでの執念がその男を突き動かしたのか。
確かに私は脳天を後頭部から撃ち抜いた。当然、普通だったら即死。レオーネも例に漏れず死んでいたことだろう。それでもなお、執念で死の淵から這い上がり指先に僅かな力を込めたんだ。
シオンちゃんがその手で彼の首を刎ねるも僅かに間に合わず、この部屋のみならず船内中に警告音が鳴り響く。
『緊急事態発生、緊急事態発生。只今より船内の全権及び全魔力を管理個体『フィル』へと移行します』
「一体何が――フィルちゃん!?」
彼女の様子がおかしいのはすぐに分かった。頭部を押さえ、苦しんでいる。目の焦点は定まらず、何かに怯えている様子で震えている。ただ、目に見える異常はそれだけに留まらない。
これ、あの魔法だ……。悪意を持ったどす黒い魔法がフィルちゃんの体を覆っている。怒り、悲しみ、絶望。負の感情が近くにいるだけの私たちにも流れ込んでくるくらい。
『ぐ、ぐうっ、ああぁああっ!!』
「フィルさん! どうしたんですか!?」
『な、なにこれ……怖い、こわいよ……こんな感情、いら……ないっ』
「……。……落ち着いてよく聞いてフィルちゃん」
『は、はい……?』
「私は……偶々、本当に偶然、その黒い魔法を消し去ることが出来る。でも……それをしたら多分フィルちゃんも消える」
極限の状態に置かれた少女はただ笑った。苦痛に歪んだ唇を、僅かに吊り上げる。
『旅人さんが何をしようとしているか……理解しまし、た……っ。そこの棚の上から二段、右から……三冊目。旅人さんほどの魔法の知識があるなら、もしかしたらこの船の重力制御もできる……かもっ』
彼女は静かに私の意図を汲んでくれた。唐突に目の前に奇跡が舞い降りたかのように安らかな顔で戸棚を指さす。
ほんとに、いい子だ。どうしてこんな子がこんな目に遭わなきゃいけないんだろ……。
「ヴィオ、さん?」
『あは、は……。もしかしたら旅人さんがこの船に乗ったのは、っ。必然……だったのかもしれませんね……っ』
「…………っ」
「ヴィオさん!!」
『止めないでっ! ……お願いです、早く……私を殺してっ!』
張り裂けそうな声。もはや無機質な声なんかじゃない。
こっちまで辛くなっちゃうほど、切実な願いだった。
「ごめんね、フィルちゃん。私は今からあなたを浄化する……」
『はい、はい。それで……いいです。私にとってこの船の皆さんの生活が第一ですから……っ』
「最後に一つ聞いていい?」
『どう、ぞ。ただ……あまり時間はないです……よ』
「あなたを創ったのは誰?」
明らかにしなきゃならない。この惨状を引き起こした張本人、滅びへ向かう時限爆弾を仕掛けた犯人を。決して姿を現さない彼らに繋がる手がかりを、目の前の彼女は掴んでいる。
既に黒い瘴気に半身を包まれてしまったフィルちゃんに対し、心を鬼にして問い詰める。
『ハーメルン。ご主人はそう呼ばれていました……ぐ、うっ!!』
「呼ばれていた? 誰に呼ばれてたの……?」
『「ユアワーズ」という組織に所属し、ている誰か……です。そこの通信装置で……よく、話を……あ、ぁっ!』
あまりにも少ない手がかり。
もっと情報が欲しい。けど、フィルちゃんが完全に黒い魔法に染まる前に終わらせてやりたい。
「……そう。ありがとう。本当に……ありがとう。きっと、この船は私がきっと何とかしてみせる」
『あ、うぅ……え、え。旅人さんになら……任せられます。ヴィオラさん、貴女に会えてよかった……』
それがフィルちゃんとの最後の会話だった。
ありがとうと微笑む彼女へ銃口を向け、私は引き金を引いた。
・
・
・
「どうすればよかったんだよぉ……っ。どうすれば……っ」
「ヴィオさん……」
航路を魔法学園へ向け、手探りながらも重力制御を手動で行うことで船は安定状態に移行した。シオンちゃんにお願いしてアナウンスを入れてもらうと、一時は重力を失い騒然としていた船内も落ち着いたみたいだ。
船は、今も空に浮いている。
けれど、けれどもう、この操舵室には私たち以外誰もいない。
「…………」
「…………」
微光を発する花びらがただただ静かに宙を舞っている。いっつもこうだ。この魔法を使った時はいつだってこうなってしまう。何が「花標」だ、笑わせる……。私の道に残るのは血の跡ばかりじゃんか……。
あの時確かに私は見捨てようと決めたんだ。
レオーネに会いに来なければよかったの? フィルちゃんにお別れして外殻をぶち破って外に逃げればよかったの?
違う。私が、他でもない私がこの船に足を踏み入れた瞬間からこうなることは、浄化の魔法を使うことは決まっていた。フィルちゃんが言っていたように私が彼女を撃ち抜くことは決まりきってたんだ。
「フィルさん、笑ってました。結果論ですけど、私たちがこの船を放置したまま帰っていたらフィルさんも、この船の人達も、ほかの魔法使いも救われなかったですよ」
「…………そんなの……っ!」
今までこういう事は沢山あった。誰かを殺さなきゃいけなかったこと、誰かが目の前で死んじゃった事。数えきれないほど沢山あった。その度にこれが最善の未来だと言い聞かせてきた。シオンちゃんが今さっき言ったように。
でも、今回は違うんだよ……。私は今回もどこかでそうなる気がしてここから逃げようとしたんだ。この船の人を見捨ててシオンちゃんと逃げようとしたんだ。それなのにこうなった。どうしようもない袋小路に叩き込まれた気がした。お前は手のひらの上だと、誰かを救うために永遠に心を削り続けろと。
どうして、どうしてこうなったんだろ。
「ごめんね。私が救難信号送ろうなんて言ったせいだ」
「それを言ったらわたしが日程を間違えちゃったせいです」
確かにそうだね。なんて言えなかった。私のばつの悪そうな顔を見て、シオンちゃんが笑う。
「誰かのせい、何かのせいなんて考えるだけで疲れちゃいますよ。わたしは、今はヴィオさんが無事ならそれでいいです。ヴィオさんはどうですか?」
「シオンちゃんが無事でよかった……」
シオンちゃんは私よりもよっぽど大人だな……。問題は何も解決していない。でもシオンちゃんの言葉は私を優しく包み込んでくれた。
「……。くよくよしてらんないね。約束したんだもん。この船は私がどうにかしなきゃいけない」
「そう……ですね。一先ずは魔法学園までですか」
つい零れそうになった涙を拭う。きっと泣いてたらフィルちゃんも『しっかり操縦してくれないと街の人が不安がっちゃいます!』なんて怒るだろうから。
「うん。私、当分はここから動けないからサポートはよろしくね」
「はい。あ、そうだ。ヴィオさん今回頑張ったから特別にご飯をあーんしてあげますよっ」
「ほ、ほんと!?」
「その代わり、ちゃんと操縦してくださいね。私と……フィルさんとの約束です」
あはは、そっぽ向いてちょっと照れてるー。
ありがとね、シオンちゃん。
――そして私は、密かに心に決めた。絶対に戦い続けてやると。
「ハーメルン」、「ユアワーズ」。二つの名を記憶の奥底に刻み付ける。
こんな事をする奴らを、私は絶対に許さないから。
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珠の船は西に向けて進んでいく。たどたどしい動きで雲に紛れるようにゆっくりと空を漂う。
この船に船長はいない。人々を助け支える心優しき少女もいない。
それでも進んでいく。少女の願いと多くの人々の命を載せて。
ということでとりあえず蒼穹珠船編はこれにておしまいです。
お気づきの方もいるかもしれませんが、この一連のお話は「時系列準拠」なものと「時系列は特に考えてないよ」なものの二種類で構成されてます。「温泉街」や今回のようなお話は前者ですね。「カプセルケージ」なんかは後者になります。そして「帰れずの森」なんかはさらに過去に遡るレアケース。
それで何かある訳じゃありませんけど、後者に関しては、「あ、このお話は多分〇〇と〇〇の間で起こった話だな」って想像する楽しみ方があるかと思います。時系列はないとは言ってますけど、一応こっからここまでの期間って大雑把に決めて書いているつもりです。なので存分に楽しんで下さい。
先に投稿されているからといって必ずしも初めの頃に起きた話じゃないよってことだけ言ってみたかった後書きでした。
※そういう本編外のストーリーは「ウィッチーズ・トラべログ ~花標の少女の備忘録~」にて投稿することとなりました! そっちもよろしくね!
次回は結構長くなりそうなんですけど何とか三日以内にはあげたいな。
ちょっとした箸休めを間に入れるかも……?
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壮大な前日譚はこちらから → https://ncode.syosetu.com/n5414db/
同時期に起こったもう一つの冒険 → https://ncode.syosetu.com/n6484cy/