Page.3 蒼穹珠船‐1
前後編の前編。
魔法学園へと向かう道すがら。色々と必需品が足りないと気付いたのは今朝の事だった。
「す……すみません……。日程計算、間違えちゃって……」
「いーって、いーって! 私も管理任せきりだったから気が付かなかったし」
しょんぼり落胆しているシオンちゃんを励ましてみるけど、案の定自己評価が常に下へ下へと向かってしまう彼女に対して効果は薄い。顔と同じく下を向いてしまうお耳が何とも言えぬ哀愁を漂わせてしまっている。かわいい。
「はぁ……。どうしましょう…………。魔法学園へはまだ数日かかりますよね……」
大きなため息を一つ。ついでに足元の若草をいじいじ。
目的地へ向かうため西へ西へと進んでいたが、思わぬところで躓いてしまったためこうして途方に暮れながら草原の上に腰を下ろしている。
「そうだね、木の実生活って訳にもいかないしねぇー」
私は一向にかまわないんだけど、シオンちゃんにそこまでさせたくはないんだよね。
なんだろう、ちょっとでも良いものを食べさせてあげたいこの気持ち。親心?
「この辺りに街ってありましたっけ」
「どれどれ~……。うーん、やっぱり載ってないみたい……」
今さっき広げたばかりの地図をしまい、ふと思う。
あれ? これって結構ピンチなんじゃないかなぁ?
これまでシオンちゃんの徹底した管理によって補給品が底を尽くことはなかった。正確にはあったにはあったけど、近くに補給に立ち寄ることが出来る街がある場合がほとんど。食べ物ナシ、街ナシという、不幸に不幸が重なったような状況が生まれることは一度たりとてなかったのに。
加えてこの平原だ。原生動物を狩ろうにも、こうも開けた場所じゃ日が暮れてしまう。そもそもこんな狙われやすいところに出てこないし。見た限り食べられそうなものが辺り一面に広がる野草だけという点も不安を加速させる。近くに森でもあればまだ何とかなったんだけど……。てっきり食料が不足するわけないと踏んでいたからこのルートを選んでしまった。
ぐむむ、こうなる前に私も持ち物整理、確認に参加するんだった……。どうもこの辺、シオンちゃんが同行してから怠け癖がついてしまったと思う。……それほど彼女のことを信頼してたってことにしておこう。そうしよう。
「どうしよう。魔法で救難信号でも打ち上げてみる……? 見晴らしは良いんだし、もしかしたら通りすがりの旅人さんにちょっとした食料を恵んでもらえたりしないかな?」
「近くに誰かいるといいですけど……。多くの場合真っ先にブロードさんに見つかりそうです……」
確かにその通りだ。私の信号を真っ先に見つけ、説教が始まる。それはかんべん。
温泉街から黙って抜け出した手前、「食べるものがないから助けて」なんて言えるはずもない。や、言わなくてもきっとブロードくんは助けてくれるんだけど……私のプライドがそうはさせない。
「あ。えと、私が放てばたぶんブロードさんも気づくのに時間がかかる思います」
「そっか。ブロードくんはシオンちゃんが魔法を使う所を見たことがないもんね」
「はい。ヴィオさんみたいに器用にはできませんけど、救難信号くらいなら……なんとか」
そう言うや否や、魔法を発動させようと目を閉じ集中を始める。
シオンちゃんは魔法が得意ではない。いや、「シオンちゃんは」と言うよりは「半獣人種は」が正しいかな。
魔法ってのは種族ごとに周波数のようなものがある。例えば同じ炎系魔法一つでも、人類種のものと森人種のものではほぼ別物の魔法として分類される。じゃあ混血種の魔法はどうなるか。どうやら彼らは二種類の魔法周波数を同時に持ってしまう。まだ学術的にも解明されてない点が多い分野だけれど、これのせいで純血種よりも魔法を紡ぐことが難しいとされている……らしい。頭の中にノイズが走る感じがするってシオンちゃんは言ってたっけ。周波が交わるような点でのみ魔法が紡げるーとかそんな感じなのかな。
だからこうして魔法の発動に数十秒を要してしまう。中には局地的に数値全体が跳ね上がる半吸血種なんて種もいるんだけどね。
まあ、彼らはそんな欠点を埋めて有り余る「とっておき」があるんだけど。向き不向きの典型的な例かもね。
そう思考しているうちに準備段階が終了したらしく、シオンちゃんが目を閉じたまま口を開く。
「行きますっ!」
「どうか誰か引っかかってくれますように!」
全くもって不純な私の言葉と共に、ぱしゅんと軽快な音を立て特殊な光を発する信号が蒼穹へと向かって飛んでいく。
「ふぅ……っ。魔法を紡いだ後は甘いものが食べたくなっちゃいます」
「お疲れ様。何かお菓子でもあったらよかったんだけどねぇ」
「ないものねだりはしません。のんびりと誰か来るのを待ちましょう」
「うん、そうしよう! あ! リュックの奥底にぺちゃんこになったクッキーがあったよ!」
「いつのですかそれ! わたしは絶対に食べないですよっ」
「えー? 割と食べられそうだよー?」
まあ、焦っても仕方がないよね。クッキーをおやつにしばしきゅうけーい。
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それからすぐだった、シオンちゃんと取り留めのない会話をしている途中、ふと見上げた空に何か大きな塊が浮かんでいるのに気が付いたのは。
目をこする。宙に浮かぶそれは消えないどころかどんどんと大きくなっているような。
「あははー……。やばい、私幻覚が見えてきた……かも?」
「や、やっぱりあのクッキー痛んでたんですよ!」
「ぺちゃんこだっただけで味は普通だったから!――じゃなくて! あれ!」
空に浮かぶそれを指さす。
重厚な鋼鉄に包まれた塊。鳥とも竜とも似つかない真ん丸な形状は、空という領域において圧倒的な異彩を放っていた。絶対に落ちる見た目なのになぜか落ちていない。雲をかき分けるように進んでいるのだ。
「な、なんですかあの巨大な機械! う、浮いてますよっ!!」
「ま、まさか……私たちの救難信号を見て……!?」
まだだ。まだその影は大きくなる。やがて私たちの真上まで来るとその場で停止し、すっぽりと太陽を覆ってしまう。い、いくら何でも大きすぎないかなぁ……?
シオンちゃんに至ってはあまりの規模に口をパクパクとさせちゃってる。
「ヴィオさん! あ、あれ! なんか伸びてきてますよっ!!」
「嘘、わわ、こっちに向かってきてない!?」
「まさか……砲撃!?」
「う、うわぁぁ――え?」
にゅいーんって地表に伸びてきた円筒状をした機械の一部は、攻撃機関なんかじゃなかった。
あれは……昇降機? 丁度人の背丈ほどの入り口が開き、それ以降動作を停止したままでいる。危害を加えてくる様子には見られない。
「入れってこと?」
「でしょうか……? 少なくとも敵対の意志は見られませんね……」
じりじりと距離を詰める。唐突すぎて何が起こっているのかさえ分からないけど、これが救難信号によって呼び寄せられたものならば危害は与えてこない……はず。中には弱っている旅人を狙う悪質な賊もいるけれど、それにしてはこの大きな機械は目立ちすぎだ。悪いことする人たちはこそこそやるからね。だから……大丈夫。
意を決して入り口から内部へと侵入する。シオンちゃんが私に次いで入ってきたのを確認したのか、外に繋がる自動式の扉は閉ざされてしまった。僅かに赤く灯る照明によって、内部も同様に武骨な機械パーツで構成されていることが分かる。一体これがどんな機械なのか、どんな技術で動いているのかとんと見当もつかない。
『球体居住船、蒼穹珠船へようこそ! 旅人の方ですね?』
びくり、シオンちゃんが肩を震わせる。
強弱こそ人間のそれなものの何処か無機質な音声が、見慣れぬ光景に囲まれ警戒しきった私たちを出迎えてくれた。フィル・スフィアと言っただろうか。居住……ってことは無人ってわけじゃなさそうだね。あの中に人が住んでるんだ。
『船内に入る前にお二人の重力場を認証させていただきます! …………。認証に失敗しました!』
「えっ、失敗しちゃいましたよ?」
「大丈夫かなぁ……? 招かれたのかさえ怪しいからもしかしてこれから侵入者として排除されたり……?」
「や、やですよぅ。そんなのぉ……」
ぷるぷると震えるシオンちゃん。冗談が過ぎたと思いつつも、最悪のケースを想定して壁をぶち破るイメージを固めておく。まだ、間に合う。攻撃してくると判断した瞬間、シオンちゃんを抱えて風魔法で脱出しよう。幸いにも壁は無機物だから「殺傷封じ」の対象にならないし。
……。
…………。
………………。
長い、長い沈黙。
『……。ゲスト認証者として入船を許可します。重力場を生成しますので、お近くの手すりに捕まって下さい!』
緊張を多分に含む静寂を破ったのは、機械音声だった。
「あ、はーい。ふう、何とかなったみたいだね」
「ど、どうなるかと思いましたよぉ……」
ひとまず、奇襲の場合を除いて安全は確保されたみたい。これから上へ、あの球体の中へ向かうんだろうか。それにしてもなんて技術力なんだろう。確かに世界全体でみれば、魔法緩やかなの衰退に伴い自動化を良しとするの機械文化が台頭しつつある。それがもう空まで辿り着いていたなんてね……。
指示された通り近くにあった手すりに摑まる。
「――うっ!?」
その瞬間ぐりん、と世界が反転した。
ううん、違う。重力が真逆になった!?
「大丈夫シオンちゃん!?」
「は、はい、何とか……」
『びっくりさせちゃいましたか? すみません! これより旅人さん達の感じる重力は、この蒼穹珠船で生成されたものとなります!』
「き、急に饒舌になったよ……この機械の人!」
『機械の人……ではありません! 私はこの船の自立魔法型制御端末、フィルです!』
「わあっ! 誰!?」
そう彼女?が声高に宣言すると同時、突如としてこの密室空間に第三の人物が現れた。それも空中に投影されるといった形で。
私たちの半分もないような体躯。例えるならばそう、精霊種のような華奢な体で、宙ぶらりんな私たちをあざける様に飛び回っている。
『でーすーかーらー! フィルと申します! 高性能な自立サポート魔法のフィルです!!』
「こ、このひと……体が透けてますよ!」
『はい! 御覧の通り私には肉体が存在しません。なんて言ったって魔法ですからね!』
「す、すごい……!! 魔法ってこんなこともできるんですね……っ!」
理論自体は知ってた。使役魔法のように魔力を媒体として使い魔を呼び出す。そういった系統を細かい分類で自立魔法型と区別するけれど、ここまで精巧なものはおそらく魔法研究において他の追随を許さない魔法学園でも珍しい。あそこのトップである教師陣で一人か二人同じようなことが出来るかどうか。この子の存在はそんなレベルにまで肉薄している。
――機械と魔法の融合。
決して機械だけじゃない。機械の長所と魔法の長所の良いとこ取り。それを目の前の存在は見事に体現していた。
『あ、そろそろ来ますね。吐いちゃわない様に気を付けてくださいね?』
「へ――?」
体にずしんとのしかかる重力。さっきまで天井だった地面へと吸い込まれるように、手すりが徐々に降下し、さっきまで昇降機内の天井だった部分に降りられるまで下がっていく。
うぇ……気持ち悪い。体がふわっと軽くなったと錯覚する。普段とのギャップで体内が悲鳴を上げているのが分かった。そんな状態が数秒続く。たぶん現在進行形で地上へと伸びてきた管を昇って、あの球体の内部へと進んでいるのだろう。
『お疲れ様です! ここが、蒼穹珠船になります!』
「ふわぁ……すごい。空が広がってますよ!!?」
「雲が流れてる……? どうなってるのここ!」
扉が開いたその先には、世界が広がっていた。
決して比喩表現なんかじゃない。てっきり外見そのまま鋼鉄で覆われているのだと思い込んでいたけどそうじゃない。空もある。雲もある。地平線だってある。それはまるで地上と変わらない光景だった。
「いやぁー。ようこそようこそ、旅の魔法使い様」
昇降機から出ると、恰幅の良い男性がフィルちゃん同様に迎え入れてくれた。
「わたくしめはこの船の船長を務めておるバスカヴィル・レオーネと申します」
「あ、どうも。私はヴィオラ=サリックス。こっちの子はシオン=アカネです」
船長、とこの男は言う。さっきフィルちゃんも自分のことを船の端末って言っていたし、やっぱりこれは船なんだろう。しかも人々が生活できる規模の船。球形で区切られたこの船は、外界とはまた別の世界として成り立っているんだ。だから地図にも載らない。載る訳がない。一つの国……いや、世界にも等しいよね。
「それはそうと、先ほど空に打ち上げた魔法、あれはあなた方のもので間違いないですよね!?」
やたらと前のめりになりながら、鬼気迫る表情で尋ねてくる船長。
あまりの勢いに気圧され、一歩引いて尋ねてしまう。
「そ、そうですね。あのー……やっぱり何かまずかったですか?」
「いやいやとんでもない! むしろ渡りに船なくらいですよ!! わはは、『船』は私たちの方ですが! わははははっ!!」
「……?」
いまいち要領を得ない。助けられる側なのは私たちの方なのに、どうして渡りに船……?
ただの冗談なのかなぁ? だとしてもあんまり笑えな――。
「……ふふ、この船長さん面白い方ですね……ふふふっ」
前言撤回。シオンちゃんには受けは良かったみたいだ。
「おっと、救難用の信号でしたな。何か困っていることがおありのようでしたが……」
「あ、はい。実は食料が底を尽いちゃって……どこか商店のような施設はありますか?」
「もちろんですとも! あちらが商業区となっておりますので一通りお気に召すものがあるか回ってみるとよろしいですよ。おい、フィル。この方たちの護衛とガイドを頼んでもいいか?」
『言われなくてもそうするつもりです! 外界の方なんて滅多にお会いできませんから!』
「すみませんね。こう見えても多忙な身でして、代わりと言っては何ですがフィルを付けますので安心して船内を見て回って下さい」
ふむふむ。フィルちゃんは船長よりも階級、ないし序列が低いのね。だとしたら使役しているのはこの船長で決まりかな。ここまで精巧な自立型魔法なんだから、後でもっと詳しい魔法原理を聞いてみたいけど……。
『では、改めてよろしくお願いしますね!』
それはフィルちゃんからでも聞けるか。この子、魔法だというのに、私たちに対してかなり友好的で人に近い感性を持ってるみたいだしね。
「うん、よろしくね~!」
「よろしくお願い……します」
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この蒼穹珠船の中は、外壁と私たちが今立っている地面の二層の球となっており、内側の球面に街が立っているらしい。固有の重力が球体の中心へ向かって働いているんだから当たり前と言えば当たり前だけど。
「わぁ……すごいですね。町中きんきらな金属が多いです。けっこう豊かなんですかね?」
「んーあれは多分真鍮だと思う。だよね、フィルちゃん?」
『その通りです! 真鍮は磁性を持たないので、この船においては割と重要な金属パーツなんですよ』
「あ! わかった! 重力制御に関係してるんだね?」
『素晴らしいです! ただでさえこの規模の重力場を発生させるのには骨が折れるので、例え微小な力でも無駄なノイズを感じさせないに越したことはないのですよ! そのため鋼材のほとんどを真鍮で補ってます。もちろん排熱パーツや外界からの衝撃を遮る外殻など、特性上補えない部分はその他の鋼材を使用してますけどね!』
ふむふむ……色々と考えられて作られているんだね。
「……え、えと??」
まだあまり世間を知らないシオンちゃんには、今のフィルちゃんの説明は少し複雑だったかも。何とか理解して話についていこうと頑張っている姿がけなげだ。
「安価で船にも優しくて綺麗な金属ってことだよ!」
「そ、それはすごいですね!! 安さは大事ですからねっ!」
……今度、ちょっと高い美味しそうなものでも買ってあげよう。って思った。
「それに街並み用に使うだけなら劣化も少なそう。ここなら天候に左右されないから湿気の対策も必要なさそうだしね」
『そうです! まさにこの蒼穹珠船にうってつけな鋼材ですね。混合率を変えることで用途も変えることが出来ますし、装飾建材としては万能です! 「貧者の金」なんて言われたりもしますけど、よっぽど金よりも優れています!!』
「あ、あははー。フィルちゃんは真鍮が大好きなんだねぇー」
滾る熱弁に知り合いの銃職人の言を重ねる。あの人も「弾丸は真鍮以外認めんっ!」って毎回のごとく言ってくるから二人を合わせたら話が合いそうだなぁ。私は使えればいいから、詳しいことはちょっと良く分からないけど。劣化云々もその銃職人の知識の受け売りだしね。
もちろんフィルちゃんの言っていることも理解はできるけど。街並みもアンティーク調に整っていて綺麗だもんねぇ。うっかりおしゃれな街中に迷い込んだ感覚を味わえるもん。
そんな旅行者案内ばりに熱心で詳細な説明を聞いていると、人通りが多い地域に差し掛かる。
『あ、そろそろ商業区に入りますね。この船内では人々が自給自足の生活を行い、余った食材をそれぞれの家庭で卸に出しているので、とれたて新鮮!な農作物が揃っているんですよ! もし家庭内で足りない食材があっても、ここに来たら大体揃っちゃいます!』
言った通り、種類も量も豊富で鮮度がよさそうな作物がどの店にも所狭しと並んでいる。と、思ったら飛ぶように売れ、次の箱から商品を取り継ぎ足していく。それの繰り返しが市場では盛んに行われていた。
「へー。随分としっかりしてるんだねぇ。地上でもそんな生活をしてるのは一部の農家くらいなのに」
『産地消費率の割合ですが大まかな数値としては、約72.2%の家庭が自家庭の菜園でとれたものを使用しています。更に約58.0%の家庭が菜園で育てた物を近くの商店に売っていますね。陽はよく当たりますし、雨は集め放題で水に困ることはありません。地上の農園よりもいい環境だと自負します!』
「フィルちゃんはそういったデータを集める仕事をしてるの?」
『それも業務の一部ですね。生存に適している環境をこの船の内部に作り出せるようサポートするのが私のお仕事です!』
本当にこの船の内部で完結しちゃってるんだ。てっきり一定周期で食料を得るために地上に降りてるとかそんなことを予想してたけど、そうではないみたい。
どこか自慢げに話すフィルちゃんの姿も、この話が決して虚構ではないことを裏付けている。
「でも、その割には……」
どこか活気がない。生活水準は明らかに地上のそこら辺にある村よりも高い。けれどどうしてだろう、人々が心の底から充実しているようには……見えないんだ。
「あまり元気ないね。誰かが怪我するような事件でも起こったり?」
『いいえ。その質問に対する具体的な回答は避けますが、特にそのような事件は起こっていません』
「……? ……ふーん、ならよかったよ! 安全が一番だもんね!」
『そうです! そんな事件が起こっちゃったらフィルも悲しいですもん!!』
なんだか一瞬フィルちゃんの雰囲気が変わったような。話すことが出来ない部分がある……?
あまり長居するつもりは元々ないのだけど、少し興味が湧いてしまった。
「じゃあ、ちょっとその辺で買い物してくるよ。何店も回るから、フィルちゃんはそこで休憩してて!」
『い、いえ、でも……警護を命じられていますし……』
「いーのいーの! 私達こう見えても強いから危なくはないよ。それにほら、いっつもお仕事ばかりなんでしょ? だったらたまには休憩も大事だよ!」
『そこまで言われましたら……そうさせていただきますけど……』
「買い物終わったら戻ってくるから待っててねー!」
フィルちゃんが近くのベンチに座ったのを確認して、そこらの店に入る。
「ヴィオさん? どうしてフィルさんを置いていくんですか?」
「ふふ、ちょっとした興味本位だよー。この船のこと気になっちゃって」
「元気がないってお話ですか? 確かに気になりますけど、わたしたちがお力になれるかわかりませんよ」
「そうだね。でも、もしかしたらもっと深刻なのかなって思ってさ」
「……?」
さっきの反応、この船で起きている異常をフィルちゃんは知っている。知っている、と言うか管理しているのだから情報は入ってきているんだろう。知って隠しているんだ。
「すみませーん。ここの保存食全部。それに香草と――あと干し肉を6つ下さい」
「……はいよ」
「ええっと支払いって……」
「40フロル銀貨だ。それがなけりゃ、リュックの中の素材と交換でもいい。あんた旅人なんだろ?」
……ふぅん。通貨は魔法学園の周辺地域だからか魔法学園と同じものが使えるらしい。冒険者ギルドに所属していない国は独自の通貨が出回っているから、てっきりここも独自の発展を遂げた通貨体系をとっていると思っていた。ちょっと意外。丁度持ち合わせがあるからラッキーだけどね。
それに……随分と安い。
「良いんですか? ざっと2フロル金貨くらいだと思うんですけど……」
「気にしなくていい。それと……必要なものが揃ったらさっさとこの船を出ていった方がいい。旅人はこの土地に寄り付くな。できれば記憶から消してくれると幸いさね」
「――なっ、それは流石に失礼じゃないですか!?」
今まで黙って店の品を物色していたシオンちゃんが、店主の言葉に怒りを露わにする。
土地は旅の思い出が詰まっている。土地の名前を聞いただけでその土地で何があったか、その時どんな感情だったかを思い出せる。だから今の発言は許せなかったんだろう。今まで旅してきた思い出ごと否定されたように彼女は捉えちゃったのかもしれない。
でも――。
「まあまあ、落ち着いて。もしかして、ですけど。この船で何か起こってるんですか?」
「言ったって無駄さ。どうせまた潰れちまうんだから」
「……潰れる? お店が?」
「警告だけはしておくよ。この船の住民はここを維持するためならなんだってする」
冷淡な告白。なんでだろう。この人、ちょっと悲しそう。
「は、あ……?」
「複雑だが感謝しているよ。ここに立ち寄ってくれてありがとう」
そして、まただ。また話が噛み合わない。あの時と同じ。船長と話した時と……同じ。
「この船なしでは私たちは、もう……生きていけないんだから」
私は思い知ることになる。
その言葉に潜む真意を、その時は理解していなかったのだと。
はい、お疲れさまでした。
以下ちょっとした設定です。
前作は割と魔法オンリーな世界観でしたけど、かなりの年月が流れているということで人々の技術も随分と発展してます。
一番進歩が見られるのはしたのは武器ですね。人類種は魔法で命を奪えない世界になっちゃったので、道具に頼ることになります。直接殺さなければ発動はするので、補助や出力を魔法に任せた武器が多いです。ヴィオラの銃とかが一番わかりやすいかと。竜種なんかは武器を使い切りにするくらいの出力が無いと殺せません。かといって高いお金を払って一回きりの武器を作ってもらっても勿体ないため、出力の上昇を魔法にしてもらってるわけです(銃の場合、銃弾発射→魔法で加速など)。それでも竜殺しには多大な労力がかかるみたいですけどね。よって、いかに魔法サポートのための機構をを武器に組み込めるかが武器職人たちの命題だったり。当然個人で魔法の種類も異なるので一品一品ハンドメイドが多いです。大量生産は共通のパーツがされているくらいで、それすらも頑固な職人たちは手作りする為儲けは少ないとされています。
てことでそれに伴って機械文明が人類種中心に発展した世界がこの物語なわけです。揶揄として人類種は他種族から機械種なんて呼ばれることもしばしば……。
とまあ、魔法があるおかげでちょっと私たちの文明とは違った進化と遂げています。今回のお話ではそのあたりをちょくちょく織り交ぜつつといった感じでした。
以上、説明終わり!
あ、間に合えば明日中に後編上げます。
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壮大な前日譚はこちらから → https://ncode.syosetu.com/n5414db/
同時期に起こったもう一つの冒険 → https://ncode.syosetu.com/n6484cy/