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Old Page.1 帰れずの森

 どっちで上げるか悩んだ結果、結構本編に絡んでるのでこっちで。

 出会いのお話です。

「……………………」

「……………………」


 き、気まずいよー……。

 私の一歩後ろをトコトコとついてくる少女。

 試しに足を止め、ちらりと振り返ってみる。


「……………………?」


 私の歩みに合わせて、彼女も立ち止まる。

 至る所にある体の傷痕、今にも破れそうなボロ布を身に纏った姿は、見ていていたたまれない。

 彼女は私が歩みを止めたのを不審がってか怯えた様子だ。そうも不安そうに眉を歪めないでほしいんだけどなあ。


挿絵(By みてみん)


「あの、ね。もっと喋ってくれてもいいんだよ?」

「……あぅ、それは……『命令』、ですか?」

「ちーがーうー!!」


 一体どれほどの環境に置かれればこんな性格が形成されてしまうのだろうか。

 まああの・・通りなのだろうなと自問自答。

 つい一昨日のこと。「隷属の国」から盗んできた「商品」、それが彼女だ。

 彼ら獣人の置かれていた環境を思い返すだけで憤りが抑えられない。奴隷という将来が確定した状態で、機械的なシステムによって生かされる。あそこにいた獣人の子たちは、奴隷としてどうあるべきか、どうすれば飼い主に喜ばれるかを徹底して体に刻まれていた。

 目の前のこの子が人類種ヒューマン獣人種ビーストとの間に生まれた子、半獣人種デミ・ビーストだと知られていたならばもっと酷い目に遭っていただろう。彼女のお姉さんはよくやったと思う。自身も死にかねない状況下で命を賭して妹を護った。その姿は誰が見ても立派だったと褒めたたえるだろう。

 そんな犠牲の上にこの子は生きているんだ。


「もうっ、もうちょっと喜びなよ。キミはもう自由なんだよ?」

「自由……。わたしには、もったいないです」

「自由がもったいないとかないのっ! 誰しもが平等に持つ権利なのっ!」


 もちろんそれは、人の自由を阻害しないことが前提になるけれど。だから私は偽りの自由を振りかざすあいつらを壊滅に追いやった。それも彼らの自由を阻害してるんだけどね。

 情動に身を任せたあの行いが正しかったのかは、終わった今でも分からない。残ったのはこの子、シオンという名の少女と、彼女を護らなくてはいけない責任だけ。


「はぁ……我ながらなにやってるんだろうなぁー……」

「うぅ……旅人さん、ごめんなさい……。わたしのせいで困っているなら謝ります」

 

 ……っ。はぁ……。

 自身を卑下し続ける彼女につい頭を抱える。幼少期の不幸自慢ならだれにも負けないだろうと自負していたけれど、更に上がいたことに世の中の不平等さを感じ、恨めしく思ってしまう。


「とりあえず『旅人さん』っての禁止ね! 私はヴィオラ=サリックス。気軽にヴィオって呼んで。他にはー、あ、私、魔法学園アカデミア所属の冒険家兼旅人をやってるんだ!」

「あか……でみあ?」


 あらら、自己紹介よりも魔法学園アカデミアに興味が移っちゃったか。

 まあいいか。知らないことを知ろうとしているのは良い傾向なはず!


魔法学園アカデミアって言うのは……そうだなぁー、魔法を勉強するところのことだよ。世界中から子供を集めて、魔法を学ばせるの」

「がっこう……?」


 あ、学校って仕組みは知っているんだね。

 そういえば彼女と自然に会話ができてることに気が付く。獣人、半獣人の識字率は本来恐ろしく低いと習ったことがあるけれど、これも彼女のお姉さんのおかげかな?


「そうそう。まあ私は半分脱走に近いんだけどねぇー」

「だっそう……。わたしと同じ……?」

「あはは、そうだね、同じだ。だからさ、脱走者同士ってのも変だけど仲良くしようよ!」

「……はい。善処……します」


 ぺこりとおずおず一礼する彼女。相変わらずな会話だったけど、それとは別にお耳がぴょこんと跳ねる様にちょっときゅんとしてしまう。


 ……可愛い。


 そう、彼女は可愛いのだ。髪はボサボサだけどきっと整えれば奇麗な白金色になるだろうし、過酷な環境下に置かれていたせいでやつれているけれど、充分な栄養を取れば頬には鮮やかな朱色が戻るだろう。

 今まで見てきた女の子の中でも一、二を争うほどに愛らしい顔つき。ついつい古い記憶の誰かさんを思い出す。……ああ、やめなきゃ。彼女にあの子・・・を重ねるのは。今更私にはどうしようもないことだし。何より彼女のお姉さんに悪いもんね。

 ぶんぶんと頭を振り、脳裏に浮かぶ過去を振り払う。


「ん。じゃあ次はキミのことが聞きたいな」

「わたしのこと……?」

「うん。いやぁー、攫っておいて悪いけれど、まだあなたのこと名前しか知らないし。キミのことがもっと知りたくて」


 私が自己紹介を要求すると、シオンちゃんはしばし考えたのち、目を伏せてしまった。

 小さな体をさらに縮こまらせたその姿はどこか申し訳なさそう。


「どうかしたの?」

「い、いえ。えとえと……わ、わたしの名前はシオン=アカネ……です」

「うんうん、シオンちゃんね! 知ってるよ!」

「……。それ以外は私についてお伝えできること、ない……です」

「え!? それだけー? もっと何かないの? ほら、こう――」

「ご、ごめんなさい! 怒らないでっ。ぶたないでくださいっ!」


 つい熱が入り彼女に詰め寄ってしまう。そんな私から逃げるように頭を両手で抑え、蹲るシオンちゃん。

 ああ、しまった。私は馬鹿だ。

 彼女が急変した理由に気が付き、屈んでシオンちゃんに目線を合わせると、びくりと酷く怯えた様子で私から目を逸らす。

 うぉぁ……流石に傷ついちゃう……。


「ごめんね。だいじょうぶ、大丈夫だよ。酷いことはしないよ。私は――そう、あなたのお姉さんの友達だから」

「アザミお姉ちゃんのお友達……? 本当ですか……?」

「……本当だよ。『シオンのことを守れなかったら絶交』って言われちゃったけどね」


 多少脚色は入っているけれど嘘は言っていないつもり。

 アザミちゃん、か。友人の名前を今初めて知るのもおかしな話だ。あの子も無事だといいんだけど……。

 アザミちゃんは、収監施設の壁をぶち破った出会って間もない私にシオンちゃんを託した。それがきっと姉として最後にできることだと悟ったからだと思う。あの状況で連れていけたのは一人だけだったし、小柄で軽いシオンちゃんが適役だったのは確かだ。……あの時アザミちゃんは顔色一つ変えなかった。今後自分がどうなるかなんてわかっているのに、それでも妹が助かることを心から喜んで、笑顔のまま見送った。

 そんな想いを託されてしまい、引き受けたのだから、少なくともシオンちゃんが自分の道を歩み始めるまでは面倒を見ようと思っている。だからこその自己紹介。彼女がどんな子なのか、私は知らなきゃいけないんだ。


「だから教えて欲しいな。シオンちゃんのことをもっと」

「あぅ……。でもごめんなさい。わたし、本当に何も知らない……です。生まれた場所も、どうしてあそこにいたのかも、何も……知らないから」


 なるほど……ね。

 思っていた以上に彼女を取り巻く環境は最悪に近かったらしい。言葉まで教えていたアザミちゃんがそんな重要なことを教え忘れたはずもない。きっと彼女自身も、物心つく前からあの施設に閉じ込められていたと考えるのが自然かな。姉妹揃って商品として高い価値のつく年齢になるまで、あの監獄のような施設で育てられたんだ。どれほど過酷で悪夢のような時間だったか、想像に難くない。

 だとしたら――。


「じゃあさ、これから探しに行けばいいよ! シオンちゃんの故郷を!」

「こ、きょう……?」

「そう! 私は旅人だから色々な国や都市を回って暮らしてる。もしかしたらその内獣人達の街に辿り着くかもしれない。手がかりは少ないけれど、辿っていけば故郷に繋がるはずだよ!」

「たびびと……やってたら、見つかりますか?」

「見つかるよ! 難しいかもしれないけど、いつかは見つかるって思った方が楽しい!!」

 

 ここに来てシオンちゃんの表情が僅かに緩む。


「たのしい……。わ、わたし……知りたいです。自分がどうやって生まれたか、どこで生まれたのか。お父さんやお母さんに会いたい……っ!」 


 自由を手に入れたシオンちゃんの初めての主張。いや、もしかしたらこれが生まれて初めての自由の主張だったのかもしれない。

 小さなか細い声だったけど、その言葉には確固たる意志が宿っていた。 


「うん! 決まり!! じゃあ改めてよろしくね!!」

「はい……! よろしく、お願いします!」



「……ここ、進むんですか?」

「うん。本当は避けるべきなんだろうけどね。色々と底を尽きそうだから、早く次の街へ進まなきゃいけないんだ」


 目の前に広がるのは、「帰れずの森」。隷属の国の国境際にある深い深い森は誰が呼んだか、そう呼ばれていた。あの国の特性上亡命者は数多だけれど、この森に入った「商品」を追う輩はいないとまで言われる。理由は単純明快、生きてその森を出ることが出来た者はいないとされているから。

 通常の旅人ならまず立ち寄らないだろう。だけど私は冒険者を兼ねる旅人。食料、装備、その他諸々の備蓄が危ないのは本当だけれど、シオンちゃんを逃がさなければいけない現状で追っ手から逃げるには、いっそこの森に入った方が気が楽だ。


「……危ないです。中にはたくさんの危険があります。旅――ヴィオ……さんでも死んじゃいます」

「やだなあ、死なないよ。絶対に死なない。私は生きてこの森を出るし、シオンちゃんも一緒だよ」

「…………。なんだかヴィオさん、アザミお姉ちゃんに似てます」

「それは……ありがとう。嬉しいな」


 なんだかくすぐったいなあ。こうして誰かと旅をするのっていつぶりだっけ。魔法学園アカデミアに入る前だから四年くらいは前かなぁ?

 話し相手がいるってのはこうも楽しいものだったっけ。


「あ! じゃあ『ヴィオお姉ちゃん』って呼んでもいいよ!」

「え、……や。それは……。『命令』ならそうしますけど……」

「命令じゃないんだけどなぁ」

「と、とにかく行きましょう、ヴィオさん……!」

「あー、はぐらかしたー!」

「ち、違います!!」


 くそぅ……。シオンちゃんは意外とお堅いなぁ。

 アザミちゃんの代わりなんだから私のこともお姉ちゃんって呼んでくれていいのになぁー。


「まあそういう話は無事にこの森を抜けた後だよね。さっ、進もうか」



 森の中は鬱屈としている。日中だというのに、日光は幾重にも重なる木々に阻まれて辺りが薄暗く、ちょっと先はもう闇に飲まれて真っ暗だ。ひんやりとしているくせに、じっとりじめじめした空気が体に纏わりついて気持ちが悪い。こんな時はさっさとお風呂に入りたくなってしまう。隷属の国でゆっくりしようと思ってたのに、あんなことになっちゃったからなぁ……。

 シオンちゃんはというと、表情一つ変えずに私についてきていた。悪路もいいとこなのに、やっぱり半獣人種デミ・ビーストの足腰は大したものなんだねぇ。辛くないか尋ねると、気を使ってか首を横にぶんぶんと振るさまが可愛らしい。


「ねえねえ、ところでシオンちゃん。その大きなお耳で周囲の警戒できたりするかな?」

「あ、はい。人類種ヒューマンの方々と比べたら、半獣人わたしたちの耳はよく聞こえると思います」


 ふむふむ。それは手間が省けて助かるや。

 この森が旅人に忌み嫌われる理由の一つに魔獣の存在が挙げられる。広大で肥沃な森の生存競争を生き抜いた魔獣はそこらのものよりも凶暴で貪欲だ。姿かたちにもよるけれど、森の中で育っただけあって素早い個体が多いのだと聞く。最も生きて帰ってきた人がいないのだから噂の域を出ないけどね。

 だから出会わないに越したことはない。最悪なのは魔獣以外の脅威・・・・・・・が近づいてきた時だけど……。

 

「今のところ、危なそうなものは……いないみたいです。……あの」

「ん? なぁに? 何でも聞いてちょうだい」

「警戒はできます。……でも、この森で魔獣に遭遇しないなんてこと有り得ないです」

「あ、もしかして私じゃ魔獣に負けちゃうって思ってるー?」

「あぅ……は、はい。魔法だけじゃどうしようもできないです。だって……」


 その先をシオンちゃんは口にしなかった。

 でも、その通りだ。言葉にしなくても先に続く言葉はわかっている。

 

 魔法では命を奪えない・・・・・・・・・・


 正確には、魔法による直接殺生が禁じられているから殺せない。私が今シオンちゃんに向けて致命傷に至るような攻撃魔法を唱えても、魔法は発動しない。元々魔法は神様が与えてくれた力で、心の動きによってその性質を変えるんだってのが一般的な考え方だ。だから込められた想いが強ければ強いほど大きな効力を生み出す。魔力による個人差はあるけれどね。

 人々が感情的に同族を殺すのを封じるために、神様は魔法の対象を制限した……らしい。らしいというのももう遥か昔に起こったことだから、確かめようにも詳細な記録がそこまで残っていないんだ。それよりも昔はそんな制限はなかったみたいだけど、今となってはそれすらも真実かどうか怪しいって魔法学園アカデミアの授業中に思ったっけ。

 つまりこの時代に生きている魔法使いは、一部の例外を除いて敵に直接魔法で攻撃することはできないんだ。だからこぞって武器を取り戦う。魔法も補助系か、物質を変化し武器へと変換する対物系が主流だ。もちろんそれは魔獣に対する戦闘でも同じことで。


「うんうん、だよねだよね。そう思うのも仕方がないよね! だってこんなか弱い女の子が魔法抜きの戦闘で恐ろしくて速くて大きい魔獣に勝てる訳ないもんね!」

「…………。ますますお姉ちゃんに似てますね」

「今のは褒めてないよねぇ……?」

「ひぅ……っ」

 

 まあ、冗談は置いておいて。

 

「まあまあ、大船に乗ったつもりでいてよ」

「はあ……」

「あ、そこ一歩右にずれて」

「え、ひゃっ――!?」

 

 私の言葉を素直に受け取ったシオンちゃんが、足元の異変に気が付き驚き仰け反った。

 彼女の足元には、いわゆる食虫植物――のでかいやつが、今か今かと獲物を待ち構えて口を開けていた。

 これがこの森が忌み嫌われる理由のその二。多彩な原生植物、菌類による自然のトラップだ。


「トラカズラって言ってね、基本、食虫なんだけど人も食べるんだよ。獲物の足に噛みついて地面に埋まってる体の中に引きずり込むの。体内は大きな落とし穴みたいになってて、落ちたら酸でゆっくり溶かされながら養分になるんだってー」

「な、なな、なんでそんな落ち着いてるんですか……っ!!」

「あはは、びっくりした? 旅は確かに危険がいっぱいだけど、対処法さえ知ってれば大丈夫だよー」

「大丈夫じゃないです! もうちょっとで食べられちゃうかもしれなかったんですよ!?」


 今までにない表情で怒りを示しながら詰め寄ってくるシオンちゃん。怒った顔も可愛いなぁ。


「ごめん、悪かったよぅ。ちょっと頼りになるとこ見せたくて――」

「……! ……かなり大きい魔獣が来てます。はやい……です! もうすぐそこ、に!」 


 と、興奮冷めやらず、トラカズラの口と私の顔を忙しく交互に見やっていたシオンちゃんが、唐突に耳をしきりに震わした。

 がざがざがざっ。


「うそ……っ!?」

「ぐ、る、る、る、る、る!」


 シオンちゃんが警告を終えた時にはもう遅かった。

 興奮気味な唸り声を上げながら、それはもう巨大で禍々しい姿のウォルフが茂みを割って私たちの正面に現れる。ここに来る前に獲物を狩ってきたのか、返り血によって血まみになった四肢を地につけ、私たちを威嚇している。

 はは……ちょっと騒ぎすぎちゃったかなぁ……。元々この森で暮らしてたのは魔獣たちだし、ヘンに刺激しちゃったのかもしれない。


「ど、どうしますか……?」

「……ふう、落ち着いて。ぜったい離れないでね」

「は、はい……!」

「ゆーっくり、足元に気を付けながら後ずさろう」


 刺激しなければ、ウォルフ型の魔獣は襲ってこない。こちらに敵意が無いことを示せば――。


「ぐうぅっ!!」

「なっ――!?」


 突っ込んできた!?


「くっ、あぶないっ!」


 風魔法による突風をシオンちゃんの体の真横に発動させて、私ごと近くの木へ吹き飛ばす。

 ウォルフの爪が目の前を掠めたと思ったら、次の瞬間には背中へと伝わる衝撃がじんわりと響いていた。

 ぐ、いたた……っ。不幸中の幸い、木とシオンちゃんにサンドイッチされる形で吹っ飛んだけど、まだシオンちゃんが軽くてよかったよ……。

 それにしても。


「どうして、こんな怒ってるの……」

「……あの魔獣さん、わたしと同じです」

「同じ? それってどういう事?」

「誰かにひどいことされて驚いてます。あそこ、傷が……」


 シオンちゃんが指さした先は魔獣の前足だった。てっきり返り血だと思ったそれは、よくよく見ると彼自身の血だとわかる。しかも前足、後ろ足、そのすべてに均一につけられている。魔獣同士の争いじゃこうはならない、理性的な暴力の痕。前足は地面につけるのも辛いらしく、痛みにもがき慌ただしく空をかいている。

 誰かが、意図的に暴走させている?


「かわいそう……です」

「そうだね。この子も望んでこんなことしてるわけじゃないんだ。だったら……」

「うぐるるるっ!!」

「こうする!!」


 風魔法で空気を圧縮――。

 している間に、またもウォルフは私たちに対して正面衝突を試みる。

 暴走してしまっている分、その動きは読みやすく対処しやすい。

 真っ直ぐ突っ込んでくるであろうその通路の真横に、空気の爆弾を設置するだけ!


「弾けてっ!!」

「ぐるうぅう――る!?」


 爆風が猛突進するために前のめりになったその姿勢を真横からなぎ倒す。元々傷ついていた足が、空気の爆発に踏ん張り耐えられるはずもなく、大型のウォルフはどすんと鈍い音を立てて倒れ落ちた。

 

「ぐうっ! がるうぅっ!!」

「ふぅ……っ。ちょっと痛むかもしれないけど、縛らせてもらうね」


 仕上げに、糸を象った魔法を使って傍にある木に括りつける。 


「……すごい。器用なんですね」

「ふふん、こう見えて魔法学園アカデミアでは成績トップなんだよ!」

「あ、魔獣さん。……痛そう」


 拘束してしばらくはじたばたしていたウォルフも、怪我の具合が酷くなるにつき大人しくなっていく。どんどんと命の灯が消えかかっていくようで、その様をシオンちゃんは辛そうに見つめている。

 むぅ……。私も思うところがない訳じゃない。


「ほんとはね。あまりこういうの良くないんだ」

「へ……?」

「この子、今はこんなだけどきっと生態系を荒らしてる。普通の魔獣に比べてうんと強いから。でも、今回だけは特別だよ」


 魔獣に情けをかけてはいけない。それは旅人だろうと冒険者だろうと共通の認識だ。本来狩られてしかるべき害獣である魔獣を治癒し再び自然に解き放つのは褒められたことじゃない。

 だけど、こんなのはあんまりだ。誰かに意図的に傷つけられ、自分が何をしているか、理性すらも失ったまま死んでしまうのは。そんなの生命の流れに反している。

 回復魔法を四肢に対して施す。専門じゃないから完全とまではいかないけれど、血を止めるくらいはできるだろう。


「ヴィオさん……」

「シオンちゃんも旅をするつもりならよーく覚えておいて。命を奪うってことは同時に命を奪われる覚悟を持つってことだって」

「……。はい」

「酷いよね。この子をこんなことにしたやつを許せないや」

「……わたしもです」


 周囲を警戒しつつ、治療を継続する。

 

「くぅん……」

 

 痛みが引いたことでどうやら理性が戻ったらしい。目から狂気が消えている。今までと打って変わって、どこか怯えたようなそんな目つき。痛みを与えられることに怯えるこの目はつい最近、あの国で私が見てきたものに他ならない。シオンちゃんが「同じ」と零したのにも合点がいってしまった。


「ゆっくりお休み。もう暴れちゃだめだからね?」

「くぅ……くぅ……」

  

 ようやく安堵してくれたのか、ウォルフはゆっくりと全身から力を抜き眠りについた。


 これで一安心。そう思った時だった。

 魔獣の意識が喪失した瞬間、どこからか高音域の音が鳴り響く。金属と金属をぶつけたときの音をずうっと鳴らし続けているような、そんな音。


「っ!」


 シオンちゃんにとってそれは余り快い音ではなかったらしく、大きな耳とぺたんと折ってその場に蹲ってしまった。かくいう私もこの音はあまり好きじゃない。全身に鳥肌が立つような感覚に襲われつつ、耳をふさいだ。


「ああ、もう、次から次へと! 何の音……!?」

「あぁ……! ヴィオさん……! 誰か、こっちに近づいてます! ひ、人です!」

「……!? とにかく走るよ!!」


 考えるのは後だ。シオンちゃんに与えられた情報で、ここが思っていた以上に危険な場所なんだと理解する。とにかく出口へ向かわなくちゃいけない。私だけならともかく、手負いのシオンちゃんを連れてこんな所でうろうろしている奴の前には出たくない。


 走る、駆ける。

 一目散に、定めた出口へのルートをひた走る。

 原生生物たちのトラップを掻い潜り、持てる限りの力で引き離そうとしている、のに!


「だめです……はやい……! 追いつかれます!!」

「仕方ないかっ!! シオンちゃん、離れないでっ」


 それは木々の上から降ってきた。

 枝切れのような長身痩躯の男。真っ黒な外套を羽織った姿は森の闇に溶けるようで、色白の顔だけが宙に浮かんでいるみたいで不気味だ。


「ようこそ、箱庭へ」

「……ひぅ……っ!」

「こんにちは。こんなところで何を?」


 対人、特に大人の男の人に出会ったからだろうか、シオンちゃんは怯え切ってしまっている。男の言葉にも私の言葉にも反応せず、ガタガタと震える手で私の服の端を掴んだ。癖がついてしまているのか、敵意を感じてか、口からは謝罪の言葉が反射的に漏れている。

 まともに焦点の合ってない彼女を後ろへ下がらせながら、男へと探りを入れてみる。見たところ友好的じゃないのは分かっている……が、こちらが敵意をむき出しにするのも得策とは言えない。まず間違いなく相手は私たちを見て子供だと油断する。その隙を突くまでは牙を隠しておいた方がいいはず……っ。

 

「ふむ、そうだな。まずはこちらか・・・・

「ちょっ――!?」


 試みた会話は失敗に終わり、言うや否や男は魔法を発動した。

 地面が隆起し、どこからともなく現れた蔓がうねり、しなり、辺りを埋め尽くしていく。 


「シオンちゃ――!」

「あ、ヴィオさ――!」


 咄嗟に互いに伸ばした手。離れ離れになるのを避けるべく握ろうとするが、手のひらは空を掴む。

 不安そうなシオンちゃんの顔に蔓が絡まり、やがて触手のようにうねるそれらに飲み込まれてしまった。 

「まずは君からだ。さっきの子は張り合いがなさそうだからな。どうせ検体ナンバー1928を倒したのは君だろう?」 


 やられた……っ! まさか人がいるなんて……。

 蔓でできた壁の正面で呆然と立ち尽くす私の前に、漆黒のローブを身に纏った長身の男が立ちふさがる。早くシオンちゃんを助けないといけないのに……!

 

「検体ナンバー……照合ナシ。やはり外部からの脱走者か。全くあそこの連中も雑な仕事をするものだな」

「……。んー、私は脱走者というより強盗犯なんだけどね」

「……? よく見てみれば獣人族ビーストじゃあないのか。だとしたら片割れが『商品』か」

「あらごめんなさい。お耳がついてた方がキュートだもんね」

「いいや、人の方が好都合さ。獣人族あいつらは魔力が多くても獣臭くて敵わんからな」

「あはは、そりゃあんなところにいたらね。でも私もここ数日はお風呂に入ってないけど――」

 

 腰のホルスターに手を伸ばす。


「ねっ!!」

「……っ!!」


 鳴り響く轟音。発射した三発の弾丸が、それぞれ男の頭、胸、足に向かって直進していく。

 ――が。


「危ないじゃあないか。親御さんに初対面の人には礼節をわきまえろと教わらなかったか?」

「物心ついた時には片親だったからねぇ。そこまで気が回んなかったんじゃないかなあ」

  

 防がれた。射線には蔓が蠢いている。

 さっきと同じだ。こいつの魔法は蔓を操る魔法。成長? 生成? その過程は分からなけれど、攻撃にも防御にも使える応用性がある。


「おじさん、あれに反応できるなんてなかなかやるねぇ……!」


 間違いない。こいつ普通じゃない……! 

 敵意がある時点で旅人ではない。ギルドの領域外のここには冒険者でさえも立ち入らない。はぐれ者の魔法使い……? それとももっと大きな――。

 私が言うのもなんだけど、こんなところで一体何をしているんだろう……? さっき検体ナンバーがどうとか言っていたような気がするけれど。まさかあのウォルフのことを言っていた?


「君こそただの少女ではないね。尋常じゃない魔力持ちなのに初手がまさか銃撃とはな。しかも狙いが的確だ。三発のうちどれか一つでも貰っていたら危なかったよ」

「ご褒めにあずかり光栄でーす。さっきので終わってくれてたら楽だったんだけどねー」

「はは、ここを管理しているんだ。そこらの魔獣と一緒にしてもらっては困る」


 管理、ね。何らかの後ろ暗いことをやってるわけだ。

 そう、考えられるのは……実験。さっきの魔獣は明らかに様子がおかしかった。異常な攻撃性、喪失した正気、不自然な姿かたち。人の手が加えられているのはどこからどう見ても明らかだった。


「あのね、おじさん。私はさっきの子と一緒にここを出られればそれでいいの。見逃してくれないかなあ?」


 話の片手間に空いた弾倉に銃弾を込める。 


「残念ながら不可能だ。ここの維持にも魔力が必要でね。丁度いい、君には魔力供給装置として四肢を切断した後、生体パーツにでもなってもらおうと考えているのさ」

「うわぁ、悪趣味ぃー……」

「返事はどうかな?」

「もちろんノーだよ。そしてそろそろ終わりにしよっか!!」


 リロードが終わると同時、自分を奮い立たせるように風の魔法を開放する。木々はしなり、葉っぱは今にも飛ばされると悲鳴を上げているようだ。

 どうやら本気で突破するほかないらしい。長引く前に終わらせる。生憎こんな所で四肢を切断されるわけにはいかないんだ! 


「良いぞ、溢れんばかりの若い魔力!! 素晴らしい!! もっと見せてくれ!!」

「ひいぃ! き、気持ち悪い!!」

「なあに、薬を打てばその内快楽しか感じなくなるさ!!」

「だからそういう発言が気持ち悪いよっ! 私の年齢も考えてよねえっ!!」

   

 接近してくる男目掛けて再び三発。ただし今度は真正面の一発の前に、男を誘導するために左右両側に一発ずつ。

 思惑通りに左右の弾を無視し、男は直進。続く直撃必至の弾丸を蔓ではじく。


「銃は効かないって分からなかったか?」

「私が同じことを繰り返すわけないって分からなかった?」

「何を――ぐぅっ!」


 男は確かに蔦で真正面目掛けて放った弾をはじいた。

 しかし、背後から二発。軌道が変わった弾丸が男の背中を穿つ。

 森の草木に真っ赤な鮮血が塗りたくられる。


「……ほう。ほうほうほう。子供だと舐めていたことを詫びねばならないな」

「私と戦う人って決まって皆そう言うんだよねぇ」

「風魔法か。先ほどの魔力開放で後方に風の吹き溜まりを設置したわけだな」

「せいかーい。ちゃんとおじさんの背中に戻っていくようにね」

「武器と魔法の組み合わせ……。その歳でその才覚、正直うらやましい限りだ」


 ぼたぼたと赤黒い血だまりが地面を侵食していく。

 失血が激しい。魔法系統を見る限り、この人は回復特化ではない。

 ……もう、放っておいても死ぬだろう。一人で現れたところから想像すると、増援がいてもすぐには駆け付けられないはずだし。


「……おじさん。もうやめない? 今なら拘束した後だけど止血してあげるよ」

「それは無理な相談だ。ここで止めてしまっては意味がない。ここは箱庭なんだ。改造を施された魔獣も、君も、研究員である俺すらも大規模な実験の一部に過ぎないのだよ」


 やっぱりこの人があの魔獣を……。 


「こんなことして何になるの?」

「……魔法の進化だ。増幅された怒りと憎しみによって魔法を次のステージへと押し上げる」


 魔法の進化……ねえ。

 そんなもののために犠牲にならなきゃいけないものがあるなんて、ただただ許せなかった。 


「……ふーん。そんな大事そうなことペラペラ喋っていいの?」

「構わないさ。むしろ君に我々の思想の素晴らしさを知ってほしいくらいだ」

「私はそんなものを魔法とは認めない。苦しみの上に成り立つ奇跡なら願い下げるよ」

「それは残念。だとしたらここで死んでもらうほかないな……!」


 ……まだ、やりあうと、彼はそう言った。

 だとしたら、私も腹を括るしかない。


 殺す、覚悟を。


「あは、ちょっとでも助けてあげようと思った私が馬鹿だったみたいだね!」


 先ほど追加で込めた弾丸の初発にはとっておきを込めておいた。

 つまり回転式の弾倉から次に放たれる弾は特別製だ。

 銃身の先に男を捉え、躊躇せず引き金を引く。

 

「じゃあね。ばいばい」


 発砲と同時に着弾。風魔法によって初速と回転に上乗せされた力が音の壁を超越する。

 男は操った蔓の壁で防御を試みるが、それすらも意味がない。視界を覆った緑の壁の向こうから真っ赤な雨が降ってくる。ぼたぼたと滴る血は、まるで果実がはじけたみたいで。

 ああ、後味は最悪だ。どれだけ気丈な言葉で繕ってもこの瞬間だけは、心の奥が黒く澱むようなこの瞬間だけはどうしても慣れない。


「あはっははははっは!!」

 

 当然、私の声じゃない。

 男の……声……? 何で今ので生きて……?


「いやあ、良かった良かった。念には念をだ。こんな薄汚い獣にも利用価値はあったようだ!!」

「……? …………。……お、前……っ!!」


 空気の衝撃波を正面で受けぼろぼろと崩れる蔓の束から、血まみれの少女が――。

 理解が追いつかない。一瞬停止した思考は、次の瞬間怒りによって塗りつぶされた。 


「何を憤っている? 君が、この少女を撃ったんだろう?」

「……わたし、が……?」

「くくっ……人を殺すことが出来る一撃をこの少女に向けたのは、君だ」

「あ、うぁ。…………ぁ」


 早くトリガーを引かなきゃ。でも、指に、力が入らない。


 嘘だ。護るって、アザミちゃんに誓ったのに。

 こんな事のために力を手に入れたわけじゃないのに。

 私が、躊躇したからだ。油断してたのは私の方だ。絶対勝てるって、シオンちゃんを戦闘の勘定に入れていなかったから、こうなった?

 ――私は結局、あの日から……何も……。


「……泣か……ごぼっ…………なぃ、……で」

「シオンちゃん……?」

 

 ……意識がある?

 お腹からは尋常じゃないほどの出血。抉られた箇所からぐちゃぐちゃとした生暖かいものが垂れてしまう。

 加えて血が喉に絡まってしまい話すのも辛そうだ。


「わた、しはぁ……だい、じょ――」

「五月蠅いぞ、獣ごときが」


 ドスン。

 先端が鋭く加工された蔓の槍が、シオンちゃんの胸に振り下ろされる。ただでさえ私の銃撃を喰らったシオンちゃんの胴体に、更にぽっかりと穴が一つ空いた。


「……ぅぎゅ……っ!! …………ひゅー……ひゅー…………っ」

「もうやめてよっ! 大人しく、言うことを聞くからっ! 生体パーツにだってなるからぁ!! もう、もうシオンちゃんには――!」

「あは、あはは! はははははははははは!!」


 ――素晴らしい!! 

          ――獣人種おまえたちには肉袋がお似合いだ!!

    ――泣けよ! 叫べよ! ほら、もっともっともっとだよぉ!!

 

 ドスン、ドスン!

 めきめき、ばきばきと、聞こえてはいけない音がした。視界に赤がこびり付く。

 赤、朱、あか。どこまでも真っ赤。

 その光景が引き金になったのか、私の中で何かが外れた。


「それ以上っ、その子に触るなああぁぁっ!!」 


 瞬間的に視界が、コマ送りになる。

 蔓が細切れに千切れる。

 男は錐揉み状態で宙を舞い、木々を数本薙ぎ倒したところで勢いを失い地面に叩きつけられた。

 四肢はあらぬ方向に曲がり、最早まともな人としての形を保っていない。


 吹き荒れる風のすべてが、シオンちゃんを護る為に働いてくれていた。


「はぁ……っ、はあ……っ!!」

 

 一呼吸置いてから私がやったんだと理解する。

 これが攻撃を封じられた魔法の中に潜む特例の力。「起源魔法」と称される、大切なものを護る為の力。

 嫌った力でも、彼女を助けられたのなら……まあ、いっか……。

 

「うわ……っ?」 


 ぐにゃりと歪んだ世界を何とか気合で持ち直す。咄嗟に近くにあった木の棒を杖にして体を支えた。

 ああ、魔力が切れそうなんだ。急激に眠気が襲ってきていることに今頃気が付く。

 でも……ここで倒れたらシオンちゃんは絶対に助からない。

 

 彼女と判別できないほどにぐちゃぐちゃにされた体を担ぎ上げ、その場から離れた。



「ぜったい……。絶対助けるから……!!」

「ひゅー……ひゅー……」


 背負ったシオンちゃんの体温が急速に下がっていくのを感じる。ダメだ、方向は間違ってないけど森を抜けるにはまだ時間がかかる。背中に滴る血液は止まらない。

 このままじゃ不味い。失血死がすぐそこまで迫っている。


「どうにか、しないとっ」


 シオンちゃんを安全が確保できる地面に下ろし、リュックから必要な道具を取り出す。

 やるしかない。きっと死ぬよりはましだ。


「……ごめん、ごめんねっ!」

「……うくぅ……っ!!」


 拙い炎魔法を調節しつつ傷口を焼く。回復魔法じゃ追いつかないから焼いた。焼く以外の方法が分からなかった。今までの経験による知識を総動員して、最悪を回避しようと躍起になる。こんな事ならもっと風魔法以外も勉強しとくべきだったと過去の自分を呪う。

 ……よし。なんとか血は止まった。後は体内で新しく血を作らせればいい。再びリュックに手を突っ込む。

 ああ、もう! 急いでいるのに、必要なものが何処にあるかわからないよ!

 焦った手先でつるつるとした小瓶を捉え、急いで引き抜き栓を開ける。

 火竜の血液。とろりとした赤橙色の液体が瓶の中で煌めいている。

 本来は薬品ではないけど、緊急の際に使用できると踏んで持っていてよかった。これで血がうんと作られる。けれど即効性と引き換えにシオンちゃんは数日間寝たきりになるだろう。ここを出たら安全な宿を取らなきゃだ。


「これ、飲める?」


 私の言葉に、シオンちゃんは僅かに首肯する。しかし、喉が血で塗れているため、何度も何度も吐き出した。結局飲み込めたのは数滴。だけどこれで応急処置は施せた。後は火竜の血の効力と半獣人の回復力に頼るほかない。  

 

「助けるから。シオンちゃんは死なせないから……っ!!」

「ごめ、……ごめんな……さ……い……」

「喋っちゃだめだよっ!」


 どうしてシオンちゃんが謝るの。謝らなきゃいけないのは私の方なのに。

 ……シオンちゃんが再び意識を失ったころを見計らい、また歩を進める。

 

 絶対に。絶対に――。



 気が付いたら宿屋にいた。我ながら必死だったんだろう。階下にいる店番のおばさんになんて説明したかすら記憶にない。きっと支離滅裂で滅茶苦茶な説明だったけど、異常さを汲んで何とか泊めてもらえたんだと思う。

 ここは「帰れずの森」を抜けた先にある穏やかな農村。冒険者ギルド指定が付いていたのは幸運だった。ここならばまず安全だ。隣の部屋には冒険者が泊っているだろうし、万が一が起きても対応できる。

 良かった。本当に良かった。 

 あれから何日経ったのか……もう数えてはいない。彼女のことで気が気じゃなくて。 

 

 ああ、思い返すと自己嫌悪で嫌になってしまう。

 あの時こうしていれば。もっと違う方法があったんじゃ。

 一人で旅をしていた時とは大違いだ。師匠も私といた時はこんなこと、考えてたのかな……。


 そんなことを考えながら、静かに寝息を立てているシオンちゃんの隣で看病をしていると。


「あ……。ヴィオさん」

「シオンちゃんっ!?」


 シオンちゃんが虚ろ気な目をこすりながら、ベットの上で上体を起こした。

 「隷属の国」を出た時よりも酷く傷ついてはいるけど、顔色は良い。何とか一命は取り留めた。


「よかったよぉ……!! 本当によかったよぉ~!!」

「あぅ……ヴィオざん……。喉が、気持ぢ悪い、です」

「あ、お水、あるよ。はい、最初の一口は飲まずに吐き出してね」

「はー……い。……う、……ぺっ」


 言われたとおりにシオンちゃんが吐き出した水は、赤黒く濁っていた。


「わぁ……。すごいですね……」

「もう……なんでそんな人ごとなの……。痛かったでしょ……?」

「あ、はは……。もう痛いのに慣れすぎちゃってて。だからそんな大したことじゃないですよ。ヴィオさんも気にしないでください」


 気にしないなんてできる訳ない。

 だって……。


「ごめんね。本当にごめん。二人で旅をするってことを、私は何もわかってなかった」

「そんな……いいです。あの時、ヴィオさんはちゃんとわたしを護ってくれたから」


 嬉しそうに笑うシオンちゃん。私はその顔を直視できなかった。


「それだけで十分です。……お姉ちゃんも、きっとそう言ってくれます」

「うっ……うぅ……っ。ご、めん……ごめ……んっ。ごめんねぇ……っ!」

「ふふっ、泣き虫なんですか? ほんとにヴィオさんってお姉ちゃんに似てますね」

  

 腕をぎこちなく伸ばしながらよしよしを試みるシオンちゃん。……ほんのりとした恥ずかしさを感じたけどよしよししてくれる手の温かさですべてが吹き飛ぶ。

 あはは……アザミちゃんも泣き虫だったんだ。あの子しっかりしてそうだから意外だな。


「あ、そうだ。あ、あの……ヴィオさん」

「ぐじゅ……っ。ぅ……なぁに……?」

「わあ! 鼻水が汚いです。えっと、リュック……あ、これでかんでください」

「う……何から何までごめんよぅ……」


 私のリュックから取り出した紙きれで鼻をかむ。びっくりするほど出て、二人して笑ってしまう。

 お腹が痛いから笑わせないでくださいと言うシオンちゃん。

 本気で彼女が辛そうだからついつい謝ってしまう私。

 一旦笑いが落ち着くと、改まってシオンちゃんは真剣なまなざしで私を見据えながら、先ほどの言葉の続きを告げ始める。


「そ、それでですね……えと、わ、わたしを旅に同行させてほしいんですっ!!」

「え……? 別にいいけど……」


 というか元々そのつもりだったし。こんな状態のシオンちゃんと、ここでお別れして置いていくなんてことは流石にできないよ。


「良かった……。わたし、足手纏いでしたし――」

「置いてかないよ! シオンちゃんの故郷を見つけるって約束したし!!」

「あ、そうでした……」

「それに足手纏いなんて思ってない。私、その、嬉しかった。今まで長い間一人だったから! ……だから!」


 きゅるるるるるる……。

 私の言葉を遮ったのは、シオンちゃんのお腹の音。


「だから……。あはは、お腹すいたよね。ご飯、食べにいこっか!」

「は、はいぃ……」

「立てる?」

「だ、だいじょうぶですよぅ!!」


 シオンちゃんは照れながらわざと元気よくベッドから立ち上がってみせる。ふらふらなのに。

 手を取ろうとする私をよそに、恥ずかし気にドアの方向へとずんずん進んでいく。

 ……が、ドアノブに手をかけて、ふと、こちらへと振り返えった。


「……その、さっきの言葉、嬉しかったです。ありがとうございます!」

「うん! これから一緒に頑張ろうねっ!!」

「はいっ!!」


 小さな旅の同伴者。

 臆病で、しっかり者で、可愛い私のパートナー。

 今はこう思う。あの時シオンちゃんを助け出して良かったって。


 きっとこの特別な日のことは、忘れない。

 私の中の、大切な、大切な思い出だ。

 かなり初期に考えたお話です。

 

 ここから下はいつもに増してどうでもいい話です。私の疑問に付き合ってくれる人だけ見て下さい。

 という事で、先にいつものを入れときます。



 ブックマーク、感想、ご意見など頂けるとうれしいです。頑張れます。

 ぜひお願いします!!


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 以下至極どうでも良い疑問です。


 どうしてファンタジー世界では獣耳っ子たちは奴隷にされやすいんでしょう。可哀想です。なにか元ネタになる作品があるんでしょうか?

 どこかのお話でも触れましたけど、ベースの人間に近い知性と獣の膂力があるなら、奴隷商人が余程屈強で超絶技巧を持っているか、攻撃するのも憚れるイケメンな場合でもないと楽に倒せちゃうと思うんです。でも大体奴隷商人って太ってるおじさんですよね。こっちもこっちで偏見に満ち溢れてて可哀想ですけど、絶対おじさんじゃ負けちゃいますね。

 本作では獣人種や半獣人種がかなり強力な力を持ってる種族なので、とても奴隷には向いてないです。力仕事や嗜好としての役割的には最適ですが、捕獲に向いてません。奴隷商人もそんな彼等を管理するのは大変です。「抵抗する心から折ったんだよ」的な文章を書いた気がしますが、それでも一度反抗しようと思ったらたぶん楽勝です。なので、この作品内の奴隷商人はムキムキマッチョマンということにしておきます。おこがましいですが、もし仮に超売れてアニメ化でもしよう物ならムキムキじゃないと絶対怒ります。

 奴隷商人……現実ではとても悪い人たちですが、ファンタジー世界の彼等には、偏見と命と隣り合わせな過酷な作業に板挟みになってるという点のみにおいては同情しておきましょう。

 獣耳超可愛い! うちにも欲しい! という声には同意ですが。主にそんな理由で奴隷にされられちゃうのはかなり可哀想ですね。可愛いって罪ですね。

 

 おわり!

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