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Page.1 死者の街

 ちょっと長いよ、第一話。

 沿道に立ててあった看板が目に入り、ふと足を止める。

 

「ん、これ……街への案内板だ」


 長い間風雨に晒されてたからか、非常に状態が悪い。

 ほぼ木組みのそれは腐りかけているが、辛うじて読めた字からそれが道標なのだと理解する。 

 えーっと、なになに?


「『ようこそ旅の御方! この先に街があります! ぜひいらしてください!!』……かぁ」


 どうやらその古ぼけた標識は私達に用があるらしい。煤けた文字の後に続くのは、ご丁寧にも矢印による誘導だった。この看板が正しいなら私達が待ち望んでいた街が近くにあるということだけど……。

 背中に背負ったはちきれんばかりに物を詰め込んだリュックサックから周辺地図を取り出す。

 

「おっかしいなぁ。この近くに街なんて無いはずなのに」


 前に立ち寄った冒険者ギルド指定の街で購入した地図なのだから、数日間歩けば辿り着く距離であるはずの街が載っていないはずがない。冒険者や旅人を客層に捉えたお店で、古地図と呼ばれるまで古いものをわざわざ店頭に置くのもおかしな話だし。

 地図に穴が開くほど見つめた、結論。

 幾ら見ても無いものは無かった。決して私が北も南も分からなくて地図が読めないなどというわけじゃない。断じてない。本当に載ってないんだ。


「どうします……? 食料はまだ余裕がありますけど……」


 小さな旅の同伴者はそうおずおずと私に尋ねてきた。半獣人特有のぴょこぴょこ跳ねる耳が愛おしくて、ついいたずらしたくなっちゃう。

 

「んー。シオンちゃんはどっちが良い?」

「えっ、えとえと、わたしはヴィオさんに付いて行くだけです……」  


 だよねえ。

 基本引っ込み思案で他人に流されるままな彼女が、きっぱりと進路を決められないのは判りきっていた。伊達に此処まで一緒に旅してない。そのくらい分かる程度には仲良しなはずだ。今の問いは、ただ驚きに反応して揺れる耳と尻尾が見たかっただけだと打ち明けたら、さすがの彼女も怒りを露わにするだろうか。

 彼女はなおも白金色の長めの前髪の隙間を縫って、綺麗なまんまるな目で私を見ている。うんうん。今日も今日とて彼女の可愛さは健在なみたいだね。幾ら半獣人とはいえ、私より歳が下のシオンちゃんに長旅をさせるのも気が引けちゃうし、何よりそろそろ日も暮れつつある。

 ……よし。


「そうだねー。じゃあとりあえず見に行ってみよう。んで危なかったら引き返そうよ」


 リュックの中から右手用の小銃を取り出す。旅をする内に半ば強制的に必需品となってしまったこの銃。もちろん生成魔法による魔法製マジックメイドじゃない。その手の職人が丹精込めて作ってくれた一点物ハンドメイドだ。グリップを握るとやけに手に吸い付いく程には使い慣れてしまったなぁ。魔法が役に立たない・・・・・・・・・世界なのだからこっちが主流になるのは仕方ないことなのかもしれない。血をどばどば流すこの武器よりも魔法を使うほうが見た目はいくらかマシなんだけどなぁ。

 あー、やだやだ。願わくばこれを使うことがありませんように。こっちとて好きで武器を振るう訳じゃないんだから。

 そう願いつつ、小銃をお気に入りのコートの左内側のホルスターへと仕舞う。普段は銃持ちってだけで警戒されてしまうから、可能な限りリュックから取り出さないけれど今回はやむを得ない。わざわざ魔法使いと公言し注目の的になるよりは、こうして銃をぶら下げている方が旅人として合理的な説明がつくだろうしね。

 うん、これで直ぐに取り出して構えられる。準備おっけー。


「はい、シオンちゃんはこっちの方が良いよね?」


 続いて取り出した一対のナイフをシオンちゃんへと手渡す。つい最近買ったばかりなため、艶のある黒色がやけに鮮やかで物々しさを感じさせる。本当なら渡したくないものだけれど、万が一に備えることで彼女の命が助かるのならば替えられない。

 

「……はい。あの、その……」


 受け取りはしたものの、どうやらまだ納得していない様子のシオンちゃん。まあ、年頃の女の子の反応としては間違ってはいないんだけれど。


「…………うん。さ、行こっか」


 だけどここは譲れなかった。旅をするということは、命をやり取りする覚悟を持つということ。かつて私にその心得を説いてくれたとある老人を思い出し、彼女の視線を振り切り進む。 

 つまり先輩冒険者のお姉さんとしては、妹分が心配なのです。


 

 ……結論から言うと、矢印の指し示す先には本当に街があった。

 やけにどっしりとした門構え。周囲には魔獣対策だろうか、高い壁が聳え立っている。見た感じ城郭都市ほどの規模はないけど、外部に対する防備は万全の体制みたい。


「ほ、ほんとにありましたね……」

「ね。地図も頼りにならないもんだねえ」

「旅に役立つもの、買えるかなぁ?」

「まずは入ってから、だね!」 


 門へと近づくと、私たちに反応して街への入り口が開け放たれる。

 てっきりこれだけしっかりとした街だから検問とかあるかと思いきや、門の付近は無人だった。


「気を付けてね……。武器をいつでも取り出せるように――」

「あら、旅人さん? よくこんなとこまで来たねえ。いらっしゃい」


 無人の門を警戒しながらくぐっていると、柔らかな声色に呼び止められる。


「わあ! あ、えっとこんにちは! 勝手に入ってきちゃったんですけど、大丈夫でした?」

「大丈夫さ。この街には滅多にお客さんがこないから衛兵は廃止しちゃったんだよ」

 

 構えかけた銃を下ろし、敵意が無いことを住民に示す。

 一見して普通の街。廃れている訳でもなく、適度に人通りがあり活気もある。こうして目の前には住民と思われる老齢のおばあさんもいるし。決して広い街じゃないけれど、住みやすそうな良い街だね。

 びっくりだ。あまりの穏やかな光景に、身構えて入った自分が馬鹿らしくさえ思えてしまう。どうして旅人たちがこの街を利用し、後続のために地図に記さないのかが不思議なくらいに。


「よ、よかったですね。これも使わなくて良さそう……」


 そう言いつつ、スカート越しに、腿に装着したナイフポーチを見やるシオンちゃん。 


「みたいだね。となると次に気になるのはお風呂だけど――」

「ああ、宿だったらうちに来るかい? こう見えてあたしゃ宿屋を経営してたりするのさ。お風呂やご飯、ふかふかベッドがお望みならどうだい?」


 なるほどなるほど。こうして真っ先に声をかけてくれたのには理由があったわけだ。


「ふふ、おばあさんったら商売上手ですねえ。じゃあお言葉に甘えさせていただきます。案内してもらってもいいですか?」

「もちろんさ。ついておいで」

 

 そう言うと、やや曲がった背中を向けて、街の方へと歩いていくおばあさん。私達もその後を喜々として追いかける。

 すんごくついている!

 街として機能していても、余りにも僻地な所は宿すら無いことがざらにあるから、今回は特に運がいいとしか言いようがなかった。前に訪れた村なんて、村の隅っこで野宿しなきゃいけないくらい過疎が進んでたし。水も食料も限りある徒歩での旅では、補給地点をいかに見つけられるかで生存率が大きく変わってくるからねえ。


「おっふろ! ごはん! ふかふかベッド!!」

「だ、駄目ですよ。しっかり今日中に準備してから楽しんで下さい!」

「ふふ、元気だねえお嬢ちゃん達。よく女の子二人でここまで旅をしてきたもんだ。ゆっくりと羽を休めていくといいさ」

「……あ、ありがとうござい……ます」


 半獣人であるシオンちゃんにも優しく接するおばあさん。地域差もあるけど、基本的に半獣人は差別の対象になることが多い。そもそも獣人の扱いが悪いのに、更に身分が低い半獣人は最早奴隷のような扱いを受けるのが常だ。そういう意味でも過ごしやすい街でありがたいな。


「良かったね、シオンちゃん!」

「……はいっ!」


 ぱっと笑顔を咲かせるシオンちゃん。そんな彼女に、


「よお、お嬢ちゃん旅人かい!? ちっこいのに大変だな! おし、こいつ持ってきな!!」

「ひぇ!? あ、あのその……」


 街道沿いの店のおじさんが唐突に声をかけてきたかと思うと、店の奥から様々な品物をシオンちゃんへと渡してくれた。おおー、買おうとしたら結構値が張る薬まで。

 そんな思いがけない好意に数秒逡巡し、最終的にちらりと私の方を伺うシオンちゃん。


「危なそうなものもないし、好意はありがたく受け取っておくといいよ」


 私の許可を得てようやく決心がついたのか、店主に向かってぺこりと一礼。

 ふふふ、見ているとほっこりしちゃうねぇ。


「あ、ありがとうございますっ!」

「おうよ、頑張りなよ!!」


 そんなこんなでおばあさんに街を案内されながら宿へ向かう間、シオンちゃんの足取りはいつもより軽やかに見えた。

 うん、やっぱりこの街に来られたのは私たちにとって幸運だったのかもしれない。



 通された宿はここ最近の中じゃ一番豪奢で綺麗だった。正直私なんかには勿体の無いくらいに。

 

「わぁ……! お姫様になったみたい……!」


 天蓋だっけ? ベッドにカーテンが付いてるなんて生まれてこのかた初めて見るんだけど!


「ほ、ほんとにここに泊まってもいいんでしょうか……?」

「ああいいさ。どうせ誰も来なくて持て余してたんだ。喜んで貰えるならこの部屋も浮かばれるよ」

「えへへー、じゃあお言葉に甘えて――えーい!」


 道中おばあさんのおすすめのお店で買い込んだ旅の消耗品を放り出し、ベッドへと飛び込む。

 預けた体は、着地と同時に柔らかく包み込まれた。ふかふかぁ……。


「す、凄いよシオンちゃん! 雲の上で寝てるみたい!!」

「もう、お行儀悪いですよぅ……」

「その澄まし顔もこのベットの魔力の前ではどれだけ持つかなぁー?」

「ふふ、喜んで貰えたようで良かったよ。お風呂はそっちの部屋だし、お手洗いは廊下を出て右だ。それじゃあ明日の朝は、朝食ができたら起こしに来るからね」


 お風呂が部屋別……!? これだけの待遇で値段は下手したら他の地域よりも安いなんて!

 もう満足すぎちゃう。これなら数日はここにいてもいいかも。


「はーい。何から何までありがとう、おばあさん!」

「はいはい、じゃあお休みなさい」

「「お休みなさーい」」


 ぱたん。おばあさんが部屋を出たのを確認して、ずっと抱えていた疑問を投げかけてみる。


「それにしてもどうしてこの街は地図に載ってないんだろうね?」

「そうですね……これだけの好待遇なら冒険者ギルド指定の休息地に指定されててもおかしくないと思いました」

「ギルドと敵対しているとか?」

「あそこと敵対しているところなんて星の数ほどありますよ……」

「あはは、そうだねぇ。それに街の人は良い人ばかりだったしそんなこと言っちゃ失礼か」


 この宿屋へ来るまでに幾つかのお店に寄って買ったり食べたりしたけれど、品揃えは豊富で店員さんも気さくな人ばかり。繰り返すけれどシオンちゃんは半獣人だ。普段ならばローブで耳を隠さないと歩けない街なんてざらなわけで。そんな彼女にあれもこれもと旧知の知り合いのようにタダで物をくれたり、割り引いてくれたりと至れり尽くせりな街の人々だった。

 初めは親切心に警戒していたシオンちゃんも、宿に着くころにはすっかり街に溶け込んでいたし。

 

「ねえねえ、シオンちゃん――」

「ダメですよ?」


 なっ、この子私が言うよりも早く……!


「……どうせ居心地がいいから数日滞在したいって言うんですよね?」

「うっ……!」

「ヴィオさんの嫌いな魔法学園アカデミアの追っ手のあの人に捕まっちゃいますよ?」

「ううっ……!!」


 こ、こういうときだけ厳しいよね、シオンちゃん。確かにそれはヤだけどさ……。


「それに……ゆっくりしてる時間はないですよ。――わたしたちには」

「うん……そうだった」


 シオンちゃんだって楽しそうにしてたし、もうちょっとくらいいいじゃん。

 口にしかけたその言葉を飲み込まざるを得なかった。


 互いにどうしてもやらなくてはならないことがある。

 旅を続けなくちゃいけない理由があるんだ。

 それは私だって同じなのだから。  


「ごめんね。その分今夜を目一杯たのしむよ。――ってことでまずはお風呂だーっ!! 隅々まで洗ったげるからね!!」

「やっ、やめてくらひゃい!! ぁ、やだ、くすぐったぃ……あははっ! は、放して! や、勝手に脱がさないでくださいぃ!!」


 陰鬱とした空気を嫌って、シオンちゃんにいたずらを試みる。

 あはは、本当にシオンちゃんは脇が弱いよね~。こちょこちょ~。


「あっはは、ひゃ、ひゃはははっ!!」


 ほーら、すっぽんぽんだー!!


 

「……?」

 

 深夜、宿にて。

 本来なら朝日が登る頃まではぐっすりな私だけど、今夜はなぜか妙な違和感に目が覚めた。

 違和感の正体は、低いくぐもった唸り声。

 身の危険を感じ、急いで横で可愛らしい寝息を立ててるシオンちゃんを起こす。


「……起きて、シオンちゃん。この街、やっぱりどこか変だ」

「……んぅ。むにゃ……。どうしたんですかぁ……お姉――ヴィオさん……?」


 耳を澄ますように言うと、数秒の後にシオンちゃんのまん丸い目がゆっくりと開く。

 次いで大きな耳を二、三動かすと、眠気混じりだった表情がすぐさま怪訝な顔つきへと変わった。

 

「魔獣……ですか? すごい唸り声。苦しんでるような……とても辛そうな声です」

 

 外から聞こえるこの声に共感してしまったのか、シオンちゃんは苦虫を噛み潰したかのような渋い表情を浮かべている。


「……違う? この声……は……!」 

「大丈夫? あまり辛かったら耳塞いじゃっていいからね?」

「……はい、大丈夫です。意識して聞いちゃうと引き込まれそうになりますけど、ヴィオさんが話しかけてくれればそっちへ意識が向きますし」

「え? やだ、シオンちゃん。やめてよねー、こんな時に」


 そんな遠回しに「ずっと話しかけてくださいね?」的なこと言われちゃったら照れちゃうよー……。


「ち、ちち、違いますっ!! ヴィオさんこそこんな時に頬を赤らめないでくださいっ!」

「あはは、冗談。……じゃ、外、出よっか。一応物音は立てないようにしよう」


 暗闇の中、ドアの方向へと一歩踏み出す。

 その瞬間――。

 

 ばきっ。

 

「ばきっ?」


 めりめりばきばき、ずどんっ。

 

 踏み込んだ右足が、見事に床へとめり込んでしまっていた。まるで片足だけ床に食べられたみたいに重心が傾く。


「うそ、まさか太――」 

「ヴィオさん! この匂い、木が腐食してます!!」


 ってはなかったみたい。だよね!!   

 じゃなくて! どうして急に腐ったりなんて……。通されたこの部屋はとても綺麗だったはずなのに。

 気が付くと部屋中に散りばめられた華美な装飾はどこにもなく、簡易で質素な部屋の中に私たちはいた。


「これって……もしかして全部魔法だった!?」

「危害は……ないみたいですけど……」


 結界か、そうじゃないとしたら認識阻害の魔法。とある事情からこれまでに古今東西、多種多様な魔法を見てきたけれど、これまた珍しい魔法を使うものだ。

 ……でも、殺そうと思ったら幾らでもできたはず。術中に嵌った私たちに、刃を食べ物だと認識させることは実に容易い。


「正面玄関は危ないから、念のために窓を割って出よう」

「え、でもでも……物を勝手に壊すのは……」


 私の提案に対してまごつくシオンちゃん。

 こういった点で彼女はまだ甘い。温和な性格は彼女の美点だけれど、旅をする以上それは時に危険を招くんだ。

 そんな彼女にかつての私を見ているようで言い表せない歯がゆさが生まれる。


「こんな時に何言ってるの! 生きることが最優先だよっ!!」

「あうっ…………。そう、でした……」


 お説教は後回しだ。まずはシオンちゃんの手を引き、風魔法で乱雑に窓を割る。窓の外の待ち伏せも警戒したが周囲には誰もいないみたい。うん、今なら出れるね。

 宿から一歩外に出ると、唸り声に交じって笛の音色のような旋律が聞こえてきた。

 静寂なはずの夜に響く、不気味と幻想の協奏曲。


「これ……笛の音自体に魔力が含まれてる。効果までわからないけど聞かないに越したことはないと思う」 

「わかりました……。っ!! ヴィオさん囲まれてます!!」


 どうやら彼女持ち前の天性の知覚センスに、何者かが引っかかったらしい。


「数は……?」

「七、八体……。微量ながら魔力を帯びてます。ただ、動きは緩慢ですね」


 ゆらりゆらりと闇に紛れて蠢く影。窓が割れる音におびき寄せられたみたい。

 ようやく私の目が夜に慣れると、それらは徐々に輪郭を帯びてくる。


「人……!?」

「い、いえ……もう……っ」


 彼女が口をつぐんだその先は、容易に想像できた。

 じりじりと詰め寄ってくる彼らにはすでに生気がない。死んでいる。

 しかも身体の腐敗劣化から鑑みるに、かなり前に亡くなってしまっている。自我を持たずただ生きている肉を求め彷徨う人型の魔獣だ。


「くっ、そぉ……!!」

 

 もう人ではない。そう自分の頭に言い聞かせ、腰のホルスターから銃を取り出す。


「や、やめてください!! 彼らは昼間――!」

「わかってるっ!! わかってるよ……!」


 とても頭部は狙えなかった。引き金を絞る指がチリつく感覚。いつもだったらこうはならないのに、どうしてこんなに心がざわつくのか、私自身にもわからなかった。

 結局狙いをつけたのは彼らの脚部。できる限り損壊させないように移動力を削ぐ……!

 重い引き金を引き、発砲。こんな時に魔法が使えたならどれだけ楽だったか。

 黒く変色した血が銃創からどろりと流れる。重心を崩した死体は、支えを失い地面へと勢いよく突っ伏した。


「……行こう。こんなふざけた魔法を止めなきゃ」

「……はい」


 すれ違いざま、地面に這いずりのたうち回る死体にぺこりと頭を下げるシオンちゃん。

 ああ、さっき私が撃った男の人……シオンちゃんに優しくしてくれた店主さんだったんだ。 



 笛の音色に導かれるまま歩みを進めると、やがて街にある丘の上へとたどり着いた。

 そこには街を一望できるベンチに腰掛け旋律を奏でる人物が一人。


「おばあさん、貴女がこんなことを……!」


 髑髏が装飾として施された、おどろおどろしい笛による演奏を止めてこちらへと振り返るのは、宿屋のおばあさんだった。


「おやおや、起きちゃったのかい。できれば朝まで何も知らないままいて欲しかったんだけれどね」

「どうしてですか! 何でこんなことっ! 良い街だったのに!!」


 ……つい目的すら忘れて残りたくなるほど気に入ることができたのに。


「良い街だったからこそ、さ。……この街を忘れて欲しくなかったんだよ」

「……? 何を言って――」

「この街はね、もう十数年も前に滅んでいるんだ。大量発生した魔獣に滅ぼされてね。みんなその時に死んだよ。今本当の意味で生きているのは運良く生き延びたあたし一人さ」


 合点がいった。だから地図になかったんだ。滅んだ街を旅人向けの地図に載せる意味はないから。


「この魔法は貴女が考えたのですか? 死体を対象にする魔法は禁忌のはずです」 

「ある日ね、神様が現れた。笛を手渡して、『この笛を一晩中吹けば、日中の間死者が蘇る』ってね。そんなうまい話があるかと疑ったよ。……ただ、彼の言葉は真実だった」 


 おばあさんは淡々と話し始める。私の質問に答えているのかはわからないけれど、自身の行動の正当性を立証するかの如く、堂々と語りだす。 


「冒涜だって言いたいんだろ? わかってるさそんなことは。けれどね、あんたたち子供にはわからない」


 出会ったばかりのあの優しさは嘘だったんだろうか。

 ううん、きっとあの姿も今の子の姿もどちらもこの人の本性なのだろう。

 そう思うとやるせなかった。


「あたしゃこの街で生まれて育ってきた! 今街を彷徨っている彼らもそうさ。ここを捨ててどこかへ離れることなんてできやしない! それを考えることすらもだ! ならば、それならばいっそ……っ!!」

「だからってこんなこと許されるはずがない! こんなのっ――!」

「ああそうか……。冒険者や旅人にはわかりゃしないだろうね。故郷が亡くなる悲しみは」


 その一言でぷつんと私の中の何かが切れた音がした。


「……。もう、いいです」


 もう、それ以上喋らないでください。

 私は良い。けど彼女にはその先の言葉を聞かせたくない。

 だってシオンちゃんは帰りたくても――。 

 

「……ヴィオさん」


 シオンちゃんの目にはもう迷いはなかった。スイッチが入っている。彼女が待っているのは戦闘許可の合図のみだろう。

 先程の笛を入手する経緯の話から、この老婆が闇と繋がっているのは確定的だ。だとしたら私たちとしては見逃せない。


「ごめん、笛だけお願い」

「わかりました。……ありがとうございます。――解放(リベレーション)っ!!」


 身に宿る獣人の力の一部を解き放つシオンちゃん。溢れるマナは大気を揺らす。

 一方私は震えるその手で、でも冷静に老婆へと銃を向ける。


「やめろぉ!! こ、こっちへ寄るな!! ふ、笛が無いと、あたしゃ笛が無いと生きていけないんだぁっ!!」

 

 老婆が超高速で接近するシオンちゃんを威嚇するべく、炎魔法を発動させる簡易魔法符で牽制するが、そのどれもが地面を焼くだけで彼女には当たりも掠りもしない。


「今ですヴィオさん!!」

「……せめて向こうで皆さんと穏やかな日々を過ごしてください」


 シオンちゃんが逆手に持ったナイフで老婆の手から笛を弾いたその瞬間、街に轟音が響いた。 



 城郭の内部が燃えている。真っ黒な夜空にじわりじわりとオレンジ色が混じっていく。きっとあの老婆が放った簡易魔法符の火が街にまで延焼してしまったんだろう。これで名実ともに滅びた街になってしまったわけだ。


 外から失われた街の様子を眺めたら、少しだけ心の整理がついた。

 ああ、こうして見ると城壁は今にも音を上げて崩れそうなほどボロボロだ。ここにたどり着いた時点、いいや、あの道標を見つけた瞬間にはもう私たちは認識阻害の魔法に掛かっていたのかもしれない。

 あの中で……あの中でおばあさんはたった一人で生きていたんだ。いつか来る来訪者を街の人々と共に待ちながら。


 良いお部屋だった。

 美味しいご飯だった。

 奇麗なお風呂だった。

 そして何より、優しい街だった。


 それらはもうない。あの壁の向こうにはもう何も。


「……シオンちゃんはさ、この街に来て正解だったと思う?」

「…………。はい。例え全てがにせものだったとしても、あそこには温かさがありましたから」


 温かさ、か。死体たちに温かさを感じたと彼女は言っているわけだ。

 ……私も同じ気持ちだよ。この街に来たことはきっと間違いではなかった。これで私たちが滅ぼさなくても良かったのなら、どれほど素晴らしい休息だったことか。

 あと十数年早ければ、また違ってたのかなあ。


「あぁーあ、ヤになるなぁ」


 つい握りっぱなしだった銃に気が付き腰へと戻す。

 銃を手放した右手はまだ震えていた。人を撃つのなんて、とっくに慣れたつもりだったのに。

 この手で一つの街を、一人の人間が縋っていた幻想を壊したんだ。


「この笛、やっぱりあいつら・・・・の仕業だ」


 もう片方の手、丘が燃え盛る中持ち帰った笛は、持ち主から離れても吐き気がするような禍々しさを放ち続けている。


「……こんなところにまで、ですか。何が目的なんでしょうね」

「わからない。けれど、どんな理由があったとしてもやっぱり私は許せないよ」


 死者を冒涜することも。

 善人の気持ちを踏みにじることも。

 あんな魔法が存在することも。


「そう……ですね」

「じゃあ……浄化するこわすね」

「……はい、お願いします」


 宙へ放り投げた笛を今度は特別な魔力を込めた弾丸で撃ち砕く。

 器を失くした穢れた魔力は私の魔力によって浄化され、漂う瘴気が光の花びらへと生まれ変わる。


「わぁ……何度見ても、きれいです……」

「そんな大層な物じゃないよ」


 誰かに与えられた、望まなかった力だ。この力のせいで、この街を滅ぼさなくてはいけなくなったんだから。

 私とシオンちゃんは、しばらく宙に舞う光の花びらを眺めていた。


「まだ……夜明けまで時間があるから。もうちょっと休んでから出発しよっか」

「そう、ですね。わたしもちょっぴり……疲れちゃいました」

「火の番してるから、シオンちゃんは寝ちゃいなよ」

「ありがとうございます……。ヴィオさんも疲れたら、寝ちゃって大丈夫です……よ……」


 そう言うや否や、シオンちゃんは眠りに落ちる。

 力を一部解放して疲れたのだろう。すやすや眠る彼女に毛布を掛ける。


「あはは……可愛い寝顔だ」


 私は……なぜだか眠れなかった。

 煌々と燃え盛る街を眺め、時間だけが過ぎていく。



 日が昇る頃には火の手は収まっていた。


「おはよう。ぐっすり眠れた?」

「あ、はい。ヴィオさんは……寝てないですね。あと……目が真っ赤です」

「え? うそっ……?」


 指摘されて初めて気が付く。自分でも気が付かないうちに泣いていたと知り、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。


「やだなあもう。あ、こっちおいで、また髪の毛ボサボサになってる」

「あう、すみません。お願いします……」


 せめて正面から顔を見られないようにと、理由をつけてシオンちゃんに後ろを向かせた。

 膝の上に座る彼女の髪を梳く。相変わらずのくせっ毛だ。色合いがすごく綺麗なだけに勿体ない。 

 

「……。そんなところを追っ手の彼に見られたら大変ですよ。……ぁ、ハンカチどうぞ」

「ごめん、ごめんね。どうしてだろうなあ。やっぱり旅するの向いてないのかなぁ」

「……ふふっ、ヴィオさんが弱音だなんて珍しいですね」

「たまにはいいじゃん。ずっとお姉さんでいるのは疲れるのっ!」

「でもこれだけは言えます。落ちてるもの拾い食いできる人が旅に向いてないわけないですよ」

「むー。言ったな、この! そうですよ、どうせガサツですよ! いつぞやも同じこと別の人に言われたしっ!!」

「あはははっ!! でも今のヴィオさんかわいいです」

「変なこと言うととんでもない髪形にしちゃうぞ?」

「ひぅ、そ、それはやめてくださいっ!」


 こういう時、隣にシオンちゃんがいてくれて助かった。一人だったら折れていたかもしれない。

 私は、大丈夫。まだ……まだ大丈夫だ。

 でも年下に慰められてるようじゃお姉さんとしてはダメダメか。 


「――はい、できた! じゃあ、進もうか」

「はい、行きましょう」

 

 ――旅は時に、残酷だ。

 それでも私は前に進む。

 背を向け、次の街へと歩みを進める。 

 はい。所々に謎を散りばめたりな第一話でした。今後しっかり描写していくので気長に待っててくださいね。

 今回で彼女たちの大まかな旅の流れがなんとなーくわかったかなと思います。

 

 一応本筋とは関係ないですけど、ヴィオラ達の基本情報を載せてみようと思います。

 

〇ヴィオラ=サリックス

 年齢:14(page.1現在)

 身長:151cm

 体重:ないしょ!

 故郷を離れ、旅を続ける少女。


〇シオン=アカネ

 年齢:12(page.1現在)

 身長:130cm

 体重:30kg

 元奴隷の半獣人。ヴィオラに助けられて以降旅に同行する。


 お話の都合上今はこれだけって感じです。詳しくは今後お話の中で。

 次話はさっそくシオンちゃん関連のお話になります。お楽しみにー!

 

 ブックマークや感想、評価などお待ちしてるので、ぜひ!

 twitter → @ragi_hu514


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 同時期に起こったもう一つの冒険 → https://ncode.syosetu.com/n6484cy/

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