真夏の夜の悪夢 5
寝室で浴室から戻ってくる晶を待ちながら、まどかは「はぁっ」と大きな溜息をついた。一人では広すぎる寝台に座って、思わず枕を抱きしめる。
(浴衣作戦も、失敗だわ)
真相はともかくとして、まどかの目には、晶は全く動じていないように映っていた。自分なりにかなり頑張ってみたのだが、やはり彼は何枚も上手で太刀打ちできる筈がなかったのかと、再び溜息が出る。
(少しくらい、よろめいてくれてもいいのに)
やはり圧倒的に魅力が足りないのだと、まどかは憂鬱な気持ちになる。浴衣作戦が失敗したとなると、もう彼に対して成す術がない。同じ寝台で横になるとしても、せいぜい体を寄り添わせて眠ることくらいしかできないのだ。
それ以上に積極的なことが、自分に出来るはずがない。
(風巳君、朝子ちゃん、ごめんなさい)
すっかり敗北した気分で、まどかは心の底から二人に詫びていた。鬱々とした気持ちで枕を抱いて寝台に座っていると、浴室から晶が戻ってきた。
彼はいつも通りの寝間着を纏った姿で、濡れた黒髪を無造作にタオルで拭いながら寝台へ近づいてくる。何かを狙っているわけではないのに、彼の場合はそれだけの仕草にも色気が漂っていた。
改めて眺めていると、誘うような、惹きつけるような、圧倒的な魅力がある。それは何気ない動作からも零れ落ちて、まどかの心を奪ってしまう。
(晶の半分でいいから、あたしにも誘うような色気があったら良かったのに)
彼は手にしていたタオルを傍らへ投げると、まどかの視線をどのように受け止めたのか、浅く笑った。
「何?熱のこもった眼差しでこっちを見ているけど。……誘っているのか?」
やはり彼には悔しいくらいに余裕が漲っている。まどかは拗ねたように、彼を睨んでみせた。
「あたしが頑張っても、全然その気になってくれないくせに」
彼は意外なことを言われたというように眉を動かして、まだ乾ききっていない髪をうるさそうに掻きあげた。まどかは吐息をついて抱いていた枕を戻す。
もうこれと言って、大した作戦も思い浮かばない。彼がこんな子どもじみた賭けに付き合ってくれるだけでも、感謝しなければならなかったのだろう。
今夜は勝利を諦めて、大人しく彼に寄り添って就寝するのが良策だと思い直す。
「晶、明日の予定は?」
「昼過ぎに家を出るけど。……朝が早いわけでもないし、おまえが時間を気にする必要はないよ」
彼は賭けに対して気兼ねはいらないと楽しそうに笑っている。絶対にこの状況を楽しんでいるに違いない。明日にどんな要求を突きつけられるのかを考えると、まどかは恐ろしい気がしたが、賭けについて今更不平を唱えることも出来ない。
「灯りを消すわね」
まどかは寝台から降り立って、照明の灯りを落とすために晶の傍らを過ぎようとした。
その瞬間。
引き摺っていた浴衣の裾を自分で踏んで、思いきりつまずいてしまう。小さく悲鳴をあげると同時に、彼の声が響いた。
「まどか」
傾いた重心を立て直すことが出来ず、倒れると思った直後。
自分の上体を支える強い力があった。彼の腕に抱きとめられて、まどかは辛うじて派手に転ばずにすんだ。
「ご、ごめんなさい、晶。ありがとう」
寄りかかっていた身を起こすと、倒れた勢いで更に浴衣が乱れてしまったことに気付く。襟元が無防備に広がって、左肩が露になっていた。こんなにはしたない格好では、色気どころの話ではない。まどかは慌てて襟元を引き上げて整える。
失態だと一人で慌てふためいていたが、まどかはふと晶が身動きせずに傍らで立ち尽くしていることに気がついた。
「どうしたの?晶。もしかして、あたしのせいでどこかぶつけた?」
「――あ、ああ。いや。別に」
彼はまどかを遠ざけるように、不自然に身を翻して照明の灯りを落とす。室内が闇に包まれると、彼の低い声が響いた。
「もう休もうか」
まどかは「ええ」と答えたが、自分があまりにも無様に思えて恥ずかしさで頬が染まる。幸い室内が暗くて、彼に見抜かれないことだけが救いだった。