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5:宴会

「今日は、本当にありがとうございました」


 祥子しょうこは丁寧に礼を述べて、座敷を出る。とおるが一緒に出ると言うと、彼女は激しく頭をふった。せっかくだから、そのまま楽しんで欲しいというのが、彼女の主張だった。それでも、透が送って行くと立ち上がりかけると、厳しい眼差しで拒絶する。


 それは不自然なくらいに頑なだったが、透は理由を心得ているようにも見えた。結局、祥子だけが席を外して、店を出た。


吉川よしかわ君。グラスが空いているよ。次は何を呑む?」


 朝子あさこも透の気持ちを察したようだ。ぽっかりと何かが欠けた雰囲気を埋めようと、元気の良い声を出した。透はすぐに笑顔を取り戻して、注文を口にする。

 透は今までと変わらず良く笑ったが、それが空元気であることがわかってしまう。


「よしっ、まだ盛り上がっていたな」


 突然、聞き覚えのない声が降ってきた。どうやら店主の息子が到着したらしい。風巳かざみの目にも、親譲りの見目麗しい男前だった。一目で調理場に立つ料理人の息子であることがわかる。


「久しぶり、結城ゆうき早川はやかわ。他の連中にも声をかけて来たから、そのうち集まる。既に二人ほど乗っけてきたけどね」


 彼の背後で、二人の女性が「久しぶりだね」とあき達に手を振っている。どうやら、二人の大学時代の友人らしい。彼らは同じ座敷に上がって来たが、定員オーバーで、一気に場所が詰まる。店主の息子は、慣れた手つきで敷居になっていた御簾を取り払った。隣の座敷と一続きになり、座卓をつけるとあっという間に余裕ができる。


白石しらいし、おまえは相変わらずだな」

「お互い様」


 白石と呼ばれた男性は、仕事の終わりに駆けつけたのか、スーツ姿だった。既にネクタイは緩められており、上着も着崩している。不思議とだらしない感じは受けず、乱れた服装に嫌味のない色気が漂っていた。


「早川、その後はどう?結城に飽きたら、いつでも俺が相手するから」


 彼はおそらく在学時代と同じ調子で、気安くまどかに声をかけている。

 晶の前でそんな軽口を叩けるとは、かなりのツワモノなのかもしれない。同行した二人の女性は、まどかと抱き合って再会を喜んでいた。一気に賑やかさを取り戻して、風巳かざみ達は半ば呆然としてしまう。


「おや?そっちの可愛い子って……」


 白石は目ざとく朝子に視線をとめる。風巳が警戒する間もなく、晶が保護者ぶりを発揮した。


「俺の妹の朝子だよ。残念ながら既に彼氏つき。隣にいるだろ。おまえの泥沼に付き合うのはごめんだからな。手を出すなよ」


 場違いだとわかっているのに、風巳は彼氏だと紹介してくれた晶の言葉に、胸の内で感動していたりする。一方、白石はさっくりと釘を刺されても、ひるまない。


「俺の恋愛に障害物はない」

「おまえ、アホだろ。いい加減に落ち着けよ」

「結城は落ち着きすぎだろ。男はこれからだってのに。……でも、結城と義理の兄弟になるのも面白そうだな」

「俺は遠慮しておくから」


 晶の辛辣な態度にも、彼は全く動じる気配がない。一緒に来た連れに座るように促されて、白石はようやく席につく。物怖じしない陽気な性分らしい。晶の友人というのが信じられないような気がしたし、ものすごく相応しい気もした。彼は風巳や透に丁寧に名乗る。


「はじめまして、白石司しらいし つかさと申します。って、……突然邪魔してごめんね」


 人見知りを知らない様子で、彼は場を盛り上げてくれる。さっきまでの憂鬱を吹き飛ばすほど、次々と面白い話を繰り広げた。宴会部長として、天性の才能があるのかもしれない。次々に彼が呼び寄せた人間が集まって、いつのまにか大宴会になっていた。


 風巳にとっては知らない顔ばかりだったが、賑やかな呑み会は面白い。在学時代の晶とまどかを垣間見ることのできる、貴重なひとときでもあった。


 透や朝子と一緒に腹がよじれるほど笑って、雰囲気のままに風巳も思い切り呑んだ。いつのまにか時間に対する感覚までが散漫になり、この店に入ってからどの位経ったのかもよくわからない。酔いの回った頭で、風巳が腕時計を確かめようと身動きすると、ずるりと肩に重みが加わる。振り返ろうとすると、すぐそこに朝子の顔が迫っていた。


(――うわ)


 間近に朝子の顔を見て、風巳はどきりと鼓動が高鳴った。彼女の伏せられた長い睫が、微かに瞬く。上気した頬が艶めいて、いつになく色気が滲んでいた。


 声をかけようとすると、重心を失った上体が更にずるりと崩れる。慌てて支えたが、彼女に膝枕を提供するような形になってしまった。


 まるで甘えるように、朝子は風巳に身を任せている。

 どこからか、蘇る衝動があった。


(――抱きしめたい)


 独りで自身の中にこみ上げた衝動と戦っている間も、周りはお祭り騒ぎのごとく賑やかだった。誰も風巳の追い詰められた状態には気がついていない。


「朝子、大丈夫?」


 酔いに犯された正気を総動員して、風巳は労わるように声をかけた。朝子は膝枕にうっとりと瞳を閉じている。既に意識は夢の中を彷徨っているのかもしれない。

 そっと指先で彼女の頬に触れると、かすかに反応があった。


「――ん、風巳……」


 甘い声で呼びかけられて、風巳は堪えるように瞳を閉じる。辛うじて衝撃が通り過ぎるのを待った。楽しいひとときに、予想外の試練を与えられたようなものだ。

 朝子を抱いたときにも感じた熱、重さ。同じぬくもりが、今は無防備に膝の上にあった。


 柔らかな身体。肌に触れる吐息。

 このままでは、頭がおかしくなってしまうかもしれない。


 風巳はごまかすために、目の前でなみなみと注がれた杯を勢い良く手に取った。どのくらいあおったのかも、よくわからないまま。

 結局、宴会がいつお開きになったのかも、覚えていない。

 透と二人で飲み潰れて、翌朝を迎えることになっていた。

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