60話
遠征1日目。
野営地に到着した私達は、殿下がお休みになられるスペースを中心にテントを張りました。
もちろん外周は、騎士の方達や冒険者の方達に囲い守られております。
今回持ち込まれたテントは、騎士の方達が使用されている実用性重視の物をお貸ししていただいているので、不平不満を漏らす生徒もいます。
殿下が使用されるテントが一際豪華なので、落差を感じ不満を漏らすのも仕方がない事なのかも知れません。
でもさぁ。今回の遠征の目的は、生徒達を旅に慣れさせよう! である為、殿下の在り方に疑問を感じます。
白馬に跨り、何もかもが至れり尽くせり。
汗をかけば、そっとハンカチで拭われ、疲れが見え始めると、休憩を挟みお茶タイム。
高貴なお方なので、ある程度は目を瞑りますけれども。
これが普通と感じられてしまうと、私達との旅に支障が出るのではないでしょうか?
…………。
そうか!
色んな旅パターンを体験させようって事なのかもしれない。
今日は、王族としての遠征パターンで、明日からは他の生徒同様、歩かれるのよ。
だって、明日からは森の獣道を行くのよ。白馬に跨ってなんて到底無理ですもの。
ん、今、一瞬、想像とは違う未来が脳裏を掠めたわ。
これは、第六感ってやつなのかしら?
いえ、違うと信じましょう。
殿下がぴよたろうに跨り、森を闊歩するなんてありえないものね。
「ルイーズ。まだぁ? お腹空いたぁ」
「もう少し待ってね。ほら、これでも食べてなさい」
お腹が空いたと訴えるフェオドールの口に、炙った干し肉を放り込みます。
今夜、支給された食材は干し肉と根菜、果物にパンでした。
干し肉は完全に干しあがったものではなく、半生? なものだったので、軽く炙り持参した醤油を付けて頂く事にしました。
「美味しいっ!! 」
頬を押さえて、絶賛するフェオドール。そんなに美味しいの?
私もつまみ食いしようかしら…………。
作り手の特権として、味見くらいいいわよね。
パクッ、モグモグ━━━━っつ!!
「うまっ!! 」
なんて旨味が凝縮しているのかしら。ああっ、でも、ワサビが欲しい。
醤油だけでなくワサビがあれば完璧なのにぃ。
肉を噛みしめながら、『この世界のどこかにはあるだろう食材探しの旅』に思いを馳せます。
今のところ、優先順位が高い食材第1位が昆布で2位がカツオ、3位がマグロだったのですが、ワサビは2位くらいに入れた方が良さそうですね。
海に近い場所へ向かうのなら、魚を食べるでしょうし。お刺身にワサビは必須ですもの。
『ワサビ』探しの順位昇格を心に刻み込んでいると、ダリウスがニコニコしながら寄ってきました。
「美味しいのですか? 」
「ええ、想像以上に美味しくてびっくりよ。ダリウスも食べてみる? 」
「はい」
あ~んと口を開けて待っているダリウス。これは、食べさせろという合図なのでしょうね。
雛鳥に餌を与える気持ちで、肉を口に放り込みます。
昔もこんな事があった様な気がする…………。
あ、誕生日パーティの時か。
ダリウスはモグモグと咀嚼しながら、目を見開いています。
美味しいのね。口に食べ物を含んだ状態で話すのはお行儀が悪いから、咀嚼を頑張っているのね。
そして、ダリウスはゴクンと飲み込み。
「美味しいっ! これ、干し肉をただ炙って『ショウユ』に付けただけなんですよね? これほど美味しいとは思いませんでしたっ」
むっちゃ、感動してるね。
「喜んでもらえて良かったわ。今食べた醤油バージョンとスパイスをきかせて焼いたそのまま食べるバージョンがあるからね。楽しみにしていて」
「はい」
ウキウキとシチューのかき混ぜに戻るダリウス。
パーティメンバーには、それぞれ仕事を担当していただいております。
根菜シチュー担当はダリウス、パンを焼くのはフェオドール。
ララとカリーヌには、果物を食べ易くするという、手間のかかる任務を。
そして、全メニューを監督する私。
冒険者のシモンさんは担当するもう一組の方で、料理をなさっておいでです。
料理が出来る学生がいる方が珍しく、各冒険者の方達は、忙しなく担当する学生達の間を右往左往しております。
シモンさんは、一方だけなので、少しは楽なのかな?
「ねぇ、ルイーズ。陛下と侯爵様が担当されている方を見て」
ふと、パンを焼く手を止めて、フェオドールが小声で話しかけてきました。
「ん? どうしたの━━━━」
私はフェオドールに促され、父様のいらっしゃる方へ視線を向けると…………。
なんだ、アレ?!?
コック帽をかぶった料理人らしき人が調理を担当し、父様と陛下は腕を組み様子を見守っております。
「あれって、いいの? 」
なるべく生徒達に料理をさせるのが目的じゃないの?
父様と陛下が尊大に振舞っているから、生徒も同じように何もせず見ているだけになっている。
「陛下と侯爵様って、料理をされたことないの? 」
陛下が料理をなされるとは思えない。
父様は……。
「…………、見た事ないわね」
陛下と殿下の為に同行した料理人を、ああやって使うのはどうかと思うけれど…………。
冒険者や騎士達は担当する生徒と共に食事をする。
なので、陛下のお口に入る物と考えればOKなのでしょうか?
「フェオドール。見なかったことにしましょう」
「そうだね。僕達がいくら悩んでも、お2人のお考えはわからないしね」
「ええ。さあ、お肉もシチューも良い頃合いだし、食事にしましょうか? 」
「やったっ! 」
焼きあがった肉を並べ、ふつふつと温かい湯気を出しているシチューを各自持参してきたカップに注ぎます。
「ララ、カリーヌ。お食事にしましょう」
リンゴの様な果実を一生懸命、ウサギさんカットにしているララとカリーヌに声を掛けます。
そうそう、この世界の果実は少しばかり違うんですよ。
リンゴの様な果実は、味はリンゴなのですが色合いがオレンジで中の種子はアボカドの種の様にまん丸なのです。
名はリンゴで通じるのだけれど、違和感が拭いきれず素直に呼べないのよね。
ですので、リンゴと呼ばず、リンゴの様な果実と私は言っております。
「はい。でも、もう少し…………」
「ここをカットして…………クルっとむくと…………あ、耳がっ……」
その真剣な姿は可愛らしいですが、少し根を詰め過ぎではないでしょうか?
最後のウサギさんも失敗したカリーヌは、これまで見たことがないほどに落胆しております。
刃物を使った事がないカリーヌには、難しかったみたいですね。
「失敗して申し訳ございません」
お皿を持って謝罪を述べるカリーヌ。
そんな、カリーヌの持つお皿に目線をやると、耳の短いのやら丸い耳のやら、個性豊かで可愛いウサギさんが並んでおります。
「あら、可愛いじゃない」
素直な感想を述べると、フェオドールとダリウスも賛同します。
「うん、可愛い」
「はい。可愛らしいと思います」
「そうですか? 」
不安げな表情で尋ねるカリーヌに、一同揃ってコクンと頷きます。
肯定された事で、明るい表情を取り戻すカリーヌですが、ララを見て溜息を吐きます。
「横でララが…………とんでもない細工をするものだから……」
ん?
「えへへ。ルイーズのお手本を見て、閃きましたっ! 」
ララは照れながらも、後ろに隠し持っていたお皿をドーンと差し出しました。
「うわっ! なにこれ? 水鳥? こちらは薔薇だわ」
「凄いっ。これにはヨークシャー王国の紋章が彫られてるよ」
「これをララが? 」
水鳥に薔薇、王国の紋章まで彫るとか。お手本で閃きましたで済まないよ。
天才じゃない。
皆でララの作品に魅入っていると、カリーヌが自暴自棄気味に「ね」と呟きました。
うん。これを横で作られていたら、なんとも言えない気分になるわ。
「カリーヌ。ララは特別なのよ。競っては駄目。私達が適う相手ではないの」
「ルイーズ…………貴方でも完敗? 」
「ええ。あんな精密な物を作るのは到底無理だわ」
「では、争わなくてもいいのね」
「ええ」
天才との力量差をまざまざと見せつけられ、私達は手を取り合って項垂れた。
「さ、気を取り直して、冷めないうちに食事にしましょう」
「そうですわね。美しい物も、食べてしまえばなくなりますものね」
「……カリーヌ。まだ少し、悔しいの? 」
「いえ、そうではありませんわ。いくら美しくとも、儚いなと思いましたの。食べるのは惜しいけれど、飾っておくわけにもいかないでしょう? 」
確かに……あんなに精密で美しい細工を施しても、生ものだから食べないわけにはいかない。
儚いわ。
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皆が席につき、食事を始めるとシモンさんがやってきました。
担当するもう一組のパーティの方と親睦を深めないかと言う提案です。
それは、同じ食卓を囲もうという事ですね。
「私はかまいませんわ」
私がそう返事をすると、皆も賛同します。
「じゃあ、呼んでくるぜ」
呼んでくるぜと言いながら、その場でこいこいと手招きで済ませるシモンさん。
手招きに気付いた生徒達が料理を手に取るのを見計らい、シモンさんはレジャーシートを広げ始めます。
ちなみに、この食卓にテーブルなどありません。
レジャーシートのみです。
正確にはただの布なのですが。
「おっ、来たな」
おっ、いらしたようです。
こちらのパーティは男子生徒が4人と女子生徒2人。
男子4人は、剣術科の授業で顔を合わせており、顔見知りです。
女子2人は、魔法科でしょうか?
『お邪魔いたします』
「おう、座れ座れ」
ふふ。シモンさんったら、ご自宅に招いたような口ぶりですわ。
シモンさんに座る様に促され、中央に料理を置き座り始める生徒達。
「じゃあ、顔見知りだろうが。軽く自己紹介でもするか? 」
「そうですわね。剣術科の方は存じておりますが、魔法科ですわよね? 」
女子2人に問うと、コクンと頷く。
「魔法科の方は存じませんので、お名前をお聞かせくださいますか? あ、家名などは省略してくださいね」
家名を名乗っちゃうと、上下関係が出来てしまう可能性があるもの。
すると。
「私、デジル・あ━━━━、っ! ロイクっ、何故、モゴッ、っ! ━━━━ 」
デジルなんちゃらさんの口を剣術科の授業で仲良くしているロイクが押さえた。
そして、デジルなんちゃらさんの耳元で、何かを囁くロイク。
あ、私の素性を教えたな。
だって、デジルなんちゃらさんは引き攣った表情で立ち上がり、美しいカーテシーを披露してくださいましたもの。
「お、おほほ。お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。改めて自己紹介をさせていただきます。私、デジルと申します。よろしくお願い申し上げます、ルイーズ様」
「こちらこそ、宜しくお願いしますわ。えっと、カーテシーは結構ですので、座っていただけます? 」
直置きの食事に砂埃が入っちゃうからね。と思ったら、ハンカチでガードをしてくれている皆。
気が利くね!
「申し訳ございません」
「いえ。では、お次の方、お願いします」
「えっ、はい。私、ゼリーと申します」
ゼリーさんかぁ、美味しそうな名前。
「ゼリー様ですね。よろしくお願いしますわ」
「はい」
濃いグリーンの髪を二つに束ね、ローブを羽織った姿はいかにも魔女っ娘。
そんなゼリーさんの自己紹介が終わると、剣術科の4人が次々と名を告げました。
「剣術科のロイツ」
「剣術科のモルガン」
「両学科を専攻しているレジスです」
「俺、いや、私も両学科を専攻しているバジルだ」
凄く、簡素。
私やフェオドールは顔見知りですが、カリーヌとララは知らないのですよ。
いや、両学科を専攻しているレジスとバジルの事は知っているのか!?
「はい。よろしくお願いします。ねぇ、ララ、カリーヌ。レジスとバジルの事は知っておりますの? 」
「いえ。クラス違いだと思いますわ 」
「私も、知りません」
ララとカリーヌはBクラスですが、会った事がないと言う。
なら、Sクラスのダリウスは知ってるのだろうか?
「ダリウスは知っている? 」
「いえ、クラスが違うので知りませんね」
そっかぁ、では。
「ねぇ、レジスとバジル。魔法科でのクラスを教えてくださる? 」
「Aです」「私もAだ」
ふむ、Aクラスという事は優秀じゃない。
「2人とも、優秀なのね! ちなみに、デジル様とゼリー様は? 」
「私は、Cクラスですわ」
「私もCクラスです」
ほう、見事に分かれたね。
Cクラスの腕っぷし具合が気になった私は、話を聞こうと身を乗り出すも。
「じゃあ、次は嬢ちゃん達の番だな」
シモンさんの発言と様子で、後回しにする事にしました。
視線は食事に落としつつも、生徒の交流を優先させてくれるシモンさん。
お腹が空いている人をこれ以上待たせる訳にもいかず、私達も簡素に自己紹介を致しました。
「では、冷めてしまいましたがいただきましょうか」
「「「「いただきます」」」」
はぁ、この干し肉。脂身がないから、冷めてても十分に美味しいわ。
シチューも、旨味たっぷり。やはり、料理長特製スープの素がいい仕事してるのね。
パンはシチューに浸して…………いえ、この柔らかなパンだったら、お肉を挟んでもいいわね。
少しマヨネーズを塗って、挟んで……パクッ。
スパイスのきいたお肉とパンのコラボ。最高っ!
「嬢ちゃん。その美味そうなパンと肉を挟んだやつ。俺にも作ってくれるか? 」
「いいですわよ。━━━━はい、どうぞ」
「おっ、ありがとよっ」
シモンさんが受け取った肉サンドに齧りつく。
「うまっ、何だ? えっ、本当に、こっちと同じ肉なのか?? 」
食材を取りに行くときに確認したけど、同じお肉でしたよ。
「シモンさんが調理された方を食べてみても? 」
味が気になったので、分けてもらえるか聞いてみました。
「お、いいぞ」
ドンと焼かれたお肉が差し出されました。
「いただきますね。パクッ━━━━」
?
モグモグ━━━━?
焼き加減は最高なのに。
「シモンさん。これ、味付けしました? 」
肉本来の味しかしないの。これは、塩を振り忘れたとしか思えない。
「? あっ!! 」
忘れていたようですね。
私は、そっとスパイスと塩を混ぜたものを小皿に移し渡しました。
「これを、パラリと振りかけるだけで、美味しいですわよ」
そして、私はある事を提案しましす。
「明日から、皆で一緒に調理をしませんか? 皆で食事をするのなら、同じものを食べた方が美味しいですし」
同じ釜の飯を食べるってやつね。
差し出されたスパイスミックスを振りかけ食べた剣術科の皆は、一様に頷いた。
デジルとゼリーも恐る恐るながら、スパイスを振りかけ小さく齧りつく。
そして、頷き了承した。
食事を終え、デザートにリンゴの様な果実を頂きながら談笑する事になりました。
「へぇ、ロイクとデジル様は幼馴染で婚約者同士なのですね」
「ああ。学園を卒業して、騎士団へ入隊出来たら式をあげる予定なんだ」
貴族とはいえ、早い結婚ですね。
「では、ゼリー様も、この中の何方かと婚約なさってますの? 」
カリーヌがゼリーに問いかけた。女子は恋バナが好きですわね。
「いえ。まだ、正式には━━━━」
チラリチラリとバジルの方を見ている。
それに気づいたバジルが、口を開く。
「騎士団に行くか、魔法省へ行くか決めかねてる俺、いや、私が婚約者を持つなど早計と言うか……」
進路を決めかねてるので、婚約を待ってもらってるって事みたいね。
「バジルは、普通に話してもいいんじゃなかしら? この中で、誰に改まるって言うの? 」
剣術科の授業を受けている時は普通に話しているのに。
「しかし、それは」
バジルがダリウスを見て、ダリウスパパのいる方にも視線を向ける。
「私はかまいませんよ」
視線に気づいたダリウスが、そう返事をしたので私は追従するように、口を開いた。
「このメンツの時だけでも、普通に話すって事で良いのではないかしら」
「わかりました。心遣い感謝いたします」
さて、恋バナはお腹いっぱいだし、次はシモンさんの冒険話でも聞きましょうか。
「シモンさん。冒険のお話━━」
リンゴの様な果実を嬉しそうに頬張っているシモンさんは、モルガンとロイクの質問攻めにあっていて、とても忙しそう。
食べては答える。答えては食べるの繰り返し。
う、ううっ、口を挿む隙が無い。
「ルイーズ。この間に父を紹介しても? 」
「いいですわね。お願いしますわ」
なので、ダリウスがパパを紹介してくれるという提案に乗る事にしました。
「皆も一緒に行かない? 」
ダリウスが皆も一緒に行こうかと提案するも、皆は頭を振る。
「フェオドールも行かないの? ララもカリーヌも? 」
「僕達は片付けをしておくよ。この場で離れたら、ね? 」
そうか、シモンさんだけに留守番をさせてしまう事になるからね。
私は気の利く幼馴染と皆に礼を言い、ダリウスと共にダリウスパパの元へ向かう事にしました。
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・
一際豪華なテントの前まで来た私達は、騎士さんにダリウスパパを呼びに行っていただきました。
待つ間、私達のテントの3倍はあるかと思われる王族専用テントを見て感嘆の声をあげます。
「しかし、豪華よね。この金糸で刺繍された紋章を見て。この大きさの刺繍だと、数年はかかるわよ。それに、所々に設置された魔道具は、きっと魔物や侵入者を阻むものだわ」
この魔道具は王族専用馬車に設置されていた物と類似している。
「よくご存じですね。確かに、こちらの魔道具は侵入者除けの物で、こちらの魔道具は魔物を寄せ付けない様にする物です」
へぇ、予め魔物を寄せ付けない様にする魔道具なのね。
侵入者除けは馬車に設置されていた物より、大ぶりな魔石を使用している所を見ると、効果も上がっているのだろう。
という事はあの音より大音量? うへぇ、五月蠅そう。
「ありがとう、ダリウス━━っつ! えっ、伸びた? いえ、違う。えっ? 」
解説してくれたのはダリウスかと思ったら違いました。
びっくりして、隣に居たはずのダリウスを探します。
え、どこに隠れたのダリウスぅ。
慌てる私を余所に、解説してくれた騎士さんがクスリと笑い、後ろに隠れている人物を前に押し出しました。
「だ、ダリウスーっ、隠れるなんて酷いわ」
「ハハ、申し訳ございません」
全く申し訳なさを感じない謝罪を述べ、解説してくれた騎士さんの紹介を始めるダリウス。
「こちらは、私の父『ユーリ・シュナウザー』です」
えっ、お兄様ではなくお父様? 若いっ、いや、父様も宰相という位の割に若いけれども。
近衛騎士団長と言えば、鍛えられ引き締まった肉体。
近衛騎士団長と言えば、兵達を率いていく剛毅さ。
顔に傷の1つや2つはある渋めのおじ様が出てくるのかと思ったのに。
まるで、ダリウスを伸ばしただけの様な華奢な身体。
なので、思わず。
「本当のダリウスのお父様ですの? 私を謀ろうとお兄様を連れて来られたのでは? 」
と、尋ねつつ、ダリウスパパらしき人物の手のひらを掴み見た。
剣を振るう者なら、剣だこがあるはず。父様にはないけどね…………あれはチートだから、基準にならない。
うん、剣だこあるね。それもかなりの年季物。
私は一歩下がり、優雅で美しいカーテシーと共にご挨拶を致しました。
「初めまして、ルイーズ・ハウンドと申します。この度はお目通りが叶いまして、恐悦至極に存じます。もし、お時間が宜しければ鍛錬を付けて頂けま━━━━モゴモゴっ」
ちょっ、ちょっと、ダリウス。口を塞がないでっ。
ダリウスの手を振り解こうとするも、ガッツリ固められている。しかも、宙ぶらりんの状態。
くそ、身長差が思わぬ弊害を生む。
「これこれ、ダリウス。放してあげなさい」
まるで、野生動物を野に放てと言っている様な口調で、ダリウスパパが助け船を出してくれます。
「はい、父様」
「ルイーズ嬢。鍛錬は時間がある時にでもという事で構いませんか? 」
いいの?
「宜しいのですか? 父様」
「ああ、ルイーズ嬢は宰相閣下の鍛錬を受けているのでしょう。ならば、申し分のない相手だと思うのでね」
あら、ダリウスパパも脳筋?
何故だか、親近感がふつふつと沸いてきました。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ楽しみにしておりますね。さて、日も暮れて参りましたし、そろそろ巣……テントに戻った方がよろしいのでは? 」
今、巣って言わなかった?
そんな言葉の引っ掛かりを気にする私を余所に、ダリウスはダリウスパパに礼を執った。
「はい、父様。失礼いたします」
そう言って私を引っ張り、踵を返すダリウス。
えっ、ここは気にしない方がいいの?
ダリウスが引っ張るから、慌ててダリウスパパにご挨拶をしたけれど。
腑に落ちない…………。
「ねぇ、ダリウス。貴方、シュナウザー伯爵と私の話とかする? 」
「…………」
「ねぇ、ダリウス。私、小動物扱いされたような気がするのだけれど」
「…………」
「ねぇ、ダリウス。巣に帰りなさいって言われたのだけれど」
「…………」
「後でゆっくり話を聞くわ」
「…………はい」
さて、ダリウスの口から、どんな話が飛び出してくるのやら。
楽しみだわ。