58話
フラグはきっちり回収した。
そう、寝坊したのです。
起こしに来たナタリーが、最終手段として強引に布団を引っぺがすくらい、私は深く寝ちゃってたみたい。
「はい、到着っ! はぁ、焦ったわ」
文字通り飛ぶように走った私は、息を弾ませ集合場所である正門に着地しました。
「ルイーズ。遅いよ~」
「ごめんなさい、フェオドール。寝坊をしちゃって」
「ルイーズが寝坊だなんて、珍しいね」
「きっと、夜遅くまで、荷造りしていたのと、楽しみ過ぎて寝つけなかったせいね」
「ルイーズも?! 僕もワクワクしてなかなか寝つけなかったよ」
そう告白するフェオドールは、私が丹精込めて改造した『大剣シグルス(仮)』を嬉しそうに撫でている。
ちなみに(仮)なのは、まだまだ改造の余地有りだからなのです。
最終武器である『大剣シグルス』は、装備者の傷を自動で癒す効果と状態異常を弾く効果があったのだけれど、今の段階では傷を癒す効果しか付与出来ませんでした。
私も、まだまだ未熟。精進せねばいけませんね。
そんな事を考えつつ、フェオドールをジッと見つめていると。
「うん? なに? ルイーズ」
「いえ、フェオドールに喜んでもらえて良かったと思って」
「へへ。自分だけの武器って、なんだか嬉しいよね。ルイーズ、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。でも、まだ改造途中だから、不具合があったら教えてね」
「うん。あっ、僕としては、剣から防御壁が出る様な仕様とかも面白いと思うんだよね。どう? 」
どうって、聞かれても…………。
う~ん。
防御壁くらいなら、今の私でも作る事は可能だけれど、ゲーム設定とは違ってもいいものなのかな?!
なるべく、設定どおりに進めたいと言う気持ちと、ゲーム以上の事が可能なら試してみたいという気持ちが交差する。
「試しに付与してみる? 」
便利ならそのままでいいし、不便になるのなら、改造し直せばいいものね。
「本当?! やった! じゃあ、遠征から戻ったら、試してみてよ」
「ええ、わかったわ。━━━━あ、先生達がいらしたようね」
「本当だ。じゃあ、並ぼうか」
「ええ」
学園長に続き、剣術科の先生であるモーリス・バセンジー先生と魔法科の先生であるセレスタン・ペンブローク先生がいらしたので、決められた場所に並びます。
まず、剣術科のみを受けている生徒は、モーリス先生の前に。
魔法科の授業のみを受けている生徒は、セレスタン先生の前に。
両方の学科を受けている生徒は、学園長の前に並ぶのです。
私とフェオドールは学園長。カリーヌとララ、ダリウスはセレスタン先生の所に並んでおります。
殿下は…………いない?!
あら? 1年生から3年生まで合同遠征のはずなのですが。
「皆さん、おはようございます」
『おはようございます』
拡声効果のある魔道具を手にした学園長が挨拶をすると、生徒達が一斉に挨拶を返しました。
そして学園長自ら、遠征の工程を説明してくださいます。
1日目は、足を慣らす為に舗装された道を練り歩いた後、野営。
いくら舗装されている道とはいえ、今回の遠征で急遽冒険者登録をした方達にはきついのでしょうね。
学園長の話を聞いた学生達が、不平不満を零しておりますもの。
2日目は、森を突っ切る形で北上し、野営。
要は獣道を突っ切るって事なのですが、山歩きに慣れていない方達は頭を抱え膝を折っております。
こっそり帰ろうとしている方もいますね。
あっ、掴まった。…………悲壮感の漂う目をなさって先生に懇願しています。がっ、頭を振られた。
ちなみに、不平不満を零したり、逃亡を図ったりしているのは、一様に魔法科の生徒ばかりです。
魔法科の生徒って、見ていて面白い。
3日目は、目的地である『ロットワイラー伯領』にある湖『フラウ湖』で野営。
ここは、ヨークシャー王国で一番美しいとされている湖なんですって。
朝日に照らされた湖面を恋人同士で見ると、生涯別れないという言い伝えがあるんだとか。
ふむ、何処の世界でも、嘘くさい言い伝えってあるんだね。
…………おや、ここはDランク相当の魔物が出るから、用心しなさいと学園長が念を押すように仰っておりますね。
魔物か…………恋人同士で湖面を見に行って、魔物に襲われる。
そうなったら、男性は女性を守るでしょう。そしたら、女性は男性の強さにキュンとくる。
この人なら、私を一生守ってくれるわ! とか思うだろうし…………うん、言い伝えは本当かも知れない。
4日目は、同行して下さる騎士の方や冒険者の方達との交流会。
交流会は、冒険者や騎士の方達の体験談をお話してくれるのだそうです。
生のお話が聞けるだなんて。これは、楽しみです。
ワクワクして隣にいるフェオドールに顔を向けると、キラキラと瞳を輝かせ、こちらを向いておりました。
「楽しみね」
「楽しみだね」
そして、学園長が最後にと付け加えて仰います。
「同行して下さる騎士の方や冒険者の方とは、門の外で合流する事になっております。が、その前に6人1組として、パーティを組んでください。組み終わった順から、先生に報告する様に」
パーティか。6人1組なら、私でしょう、フェオドールにダリウス、ララとカリーヌ。で5人。
後は殿下にお声を掛けてみましょう。
「そうそう、剣術科、魔法科、両学科の人を必ず入れて組んでくださいね」
学園長の補足が入りました。
各学科の生徒をバランスよく入れる必要があるのね。
殿下は剣術科だったので、問題ないはず。
「ねぇ、フェオドール。殿下のお姿は見た? 」
「ううん、見ていないけど。そう言えばいらっしゃらないね。どちらに行かれたんだろう?! 」
「パーティを組むとしたら、殿下もご一緒にと思ったのだけれど……お休みなのかしら? 」
「…………王族だから、遠征には参加されないのかも知れないね」
王族。そうか、王太子殿下に万が一の事でもあったら、大事になるからか。
「では、パーティを組む相手はどうする? 私とフェオドールでしょう。後はダリウスとララとカリーヌで5人よ」
「う~ん…………余った人でいいんじゃない? 」
「そんな適当に決めるの? 」
「だってねぇ。いつも仲良くしてる人たちばかりだよ」
確かにね。あの雪合戦以来、剣術科は和気あいあいとしてるものね。
なら、誰でもいいのか。余ってる人に声を掛けよう。
「ふわぁっ、いいお天気ね」
「だね、眠くなってくる…………ふわっ」
欠伸を噛みしめながら、余りの1人が出るまで、フェオドールと2人で、ぼうっとしていると、魔法科の人垣から走ってくるララとカリーヌの姿が目に飛び込んでまいりました。
「ルイーズ様っ! ごきげんよう」
「ルイーズ様、ごきげんよう」
「2人ともごきげんよう。あら? ダリウスは? 」
先ほどまで、一緒に居たはずのダリウスの姿がないので、聞いてみたのですが。
ララとカリーヌは互いの顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべます。
「ダリウス様は…………」
「ええ…………」
?
「ルイーズ。あれ見て」
そう言ってフェオドールが指さす方に目を向けると。
あら、人だかりの中心部にダリウスの姿がありますわ。
「ダリウスは、相変わらず人気者ね」
「だねぇ」
「ええ」
「ですわね」
「あの人だかりをかき分けて、こちらまでやってこれるかしら? 」
「どうだろう? 賭けてみる? 」
賭けって……フェオドールったら不良ね。
すると、ノリノリでカリーヌが口を開きました。
「いいでしょう。何を賭けますか? ちなみに私は、こちらに来れない方に賭けますわ。皆様もご覧になってわかる通り、あの何層にも渡る人の布陣を突破するのは、いくらダリウス様とて困難を極めるでしょう。それに、見て下さいまし━━━━ね、身を屈め、地を這い逃げようとするダリウス様を逃さまいと、生徒達は互いに結束し、手を取り合って隙間を無くしているでしょう。ですから、私は来れないに賭けるのですわ」
カリーヌ、貴方にそこまでの観察眼があるとは知らなかったわ……。
「私は、こちらに来れる方にします」
ララまでっ?!
「じゃあ、僕は、ズタボロになりながら、こちらにやって来るに賭けるよ」
フェオドール…………。
「「「で、ルイーズ(様)は?」」」
と、一斉にこちらに向く3人。
「賭ける前に伺いますが、賞品はなんですの? 」
「そうだね…………学生らしい物でないと駄目な気がするから…………ルイーズの作ったお菓子とか? 」
それって私が賞品提供するってことじゃない。
この勝負で、私が勝つ意味ってあるの?!
「いいですわね。私は、ルイーズ様の作ったあのパンプディングがまた食べたいですわ」
カリーヌは焼肉の時に持って行ったパンプディングが気に入っていたものね。
「あっ! 私は、あの舞踏会で食べたシフォンケーキがまた食べたいですっ」
挙手までして大声で宣言するララ。
そんなに気に入っていたのね。
そこで、フェオドールがふっふっふと不敵な笑みを浮かべつつ、こう告げました。
「ララもカリーヌも食べた事がないだろうけれど。ルイーズの作る菓子で一番美味しいのは『てぃらみす』だよ」
フェオドール……貴方の1番はコロコロ変わるわね。前はミルクレープって言ってたじゃない。
「「てぃらみす? 」」
「そう。苦みがありながらも薫り高い黒茶をしみ込ませたケーキとチーズクリームの相性は抜群なんだよ」
「「…………ほぅ」」
ごくんと喉を鳴らし、溜息を吐くララとカリーヌ。
こう言ってはなんだけど、遠征前にする話ではないと思うの。
だって、遠征中はお菓子を作れないんだよ。
「では、まだ味わったことがないお菓子『てぃらみす』にしません? 」
「いいですねっ! 」
「じゃあ、決まりだね」
3人は私の了承を得ようとしているのか、期待した目でこちらを見ている。
まるでボールを投げて欲しいとせがむ、ワンコのみたいね。
「わかりましたわ。賞品は『ティラミス』ね」
その言葉と共に、一斉に飛び跳ね喜ぶ3人。
ハイタッチまでしてるし……。
イエ~イじゃないのよ。誰だ、ハイタッチなんて教えたの………………私か?
その時。騒いでいる私達の背後から、冷気とも殺気とも言える形容しがたい空気が流れてきた。
「ふふふふふふっ、楽しそうですね」
私達は、ビクッと体を強張らせ、眼球だけを動かしその言葉を発した人物を覗き見た。
「「「「ひぃぃぃーーーっつ! 」」」」
「っ! ひぃーではありませんっ。まったく…………私が困っているのを知りながら助けにも来ず、挙句には賭けですか?! 」
その人物の纏う空気が更に冷たさを増す。
私達は覚悟を決め、震える体を地に伏せた。
DOGEZAである。
「「「「申し訳ありませんでした」」」」
・
・
・
私達は正座をした状態のまま、ダリウスから懇々と説教を受ける事となった。
説教が響く中。言い出しっぺのフェオドールは悪びれもなく『てぃらみす、食べそこなったね』とララとカリーヌに向けて、ウインクしているのを私は何とも言えない気持ちで見ている。
最近、フェオドールの性格が変わった気がする。
昔は、なんと言うか、こう、聖母の様に包み込む温かさと柔らかな笑みで人を安心させる天使な部分があったと思うの。
でも、今のフェオドールは人を惑わす小悪魔っぽい。
まあ、基本。正直で裏表がないから信頼はしてるけれど…………発言する時と場所を考えて欲しいと思うのは、欲張りなのだろうか?
フェオドールの余計な一言を耳にしたダリウスが益々ヒートアップする。
「フェオドールは全く反省していないみたいですね! そもそも、仲間が困っていたら我先にと駆けつけるものでしょう」
「でもさ、ルイーズの作った『てぃらみす』だよ。ダリウスもまた食べたいって言ってたじゃないか」
「ぐっ、そっ、それとこれとは話が別です。私は、助けを求める仲間を傍観し、賭けの対象にした事を怒っているのですよっ! ルイーズの作る『てぃらみす』は…………美味しかったですけど…………」
やだ、ダリウスったらツンデレっぽいわ。
横を向き、ほんのり頬を染める姿なんて、まさしくよ。
腹黒魔術師から、ツンデレ魔術師に属性変化ね!
そんなニヤニヤする姿が気に入らなかったのか、ダリウスは身を屈め私の頬をむぎゅっと抓ります。
「いっ、いひゃいっ! 」
「今、おかしな想像をしていたでしょう」
「ひゃいっ」
「ごめんなさいで許してあげます」
「ごみゃんなひゃい」
「はい」
おお、痛かったぁっ。腹黒は尚も健在のようだわ。
私は、ほんのり熱を持つ頬をヒールで癒し、立ち上がる。
そして、真摯な態度で謝罪を述べました。
「ダリウス。本当にごめんなさい。私が止めていれば良かったのだけれど、キラキラした瞳でせがまれると嫌と言えなくて…………でも、もう、二度としないわ。約束する」
「わかりました。では、『てぃらみす』と『ずこっと』で手を打ち、ルイーズの謝罪を受け入れるとします」
「ありがとう、ダリウス…………『ズコット』も? 」
「はい」
ズコット。ボウルにスポンジを敷き詰め、中にクリームを入れた半球状のケーキ。
中のクリームはその時々で変えるけど、ダリウスに食べて貰ったのはチョコナッツクリームだったわね。
「いいわ。遠征から戻り次第、両方作るから、みんなでお茶会しましょう」
「…………ふぅ、独り占めしたかったのですが。まぁ、いいでしょう」
ダリウスのその言葉に、フェオドール、ララ、カリーヌが喜び勇んだ。
「「「やったーっ! (やりましたわ)」」」
またこの3人はハイタッチしてるし…………。
そんな3人の様子に、ダリウスは怒る気が失せたのか、呆れた様な笑みを浮かべている。
ケーキの話から、何故か武器の自慢話に発展していくフェオドール達はさておき、私はパーティメンバーを決める事をダリウスに提案する事にしました。
「ダリウス。そろそろパーティメンバーを決めて、報告に行きましょうか」
「そうですね」
「そういえば、殿下は遠征に参加されないの? 」
「? いえ、参加されると申されておりましたが…………そういえば、姿が見えませんね」
辺りをキョロキョロと見渡し、殿下の姿を探しますが。
やはり、見当たりません。
「いらっしゃいませんね。とりあえず5人だけで赴き、先生に伺ってみます? 」
「それが良さそうですね」
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学園長にパーティメンバーの報告がてら、殿下についてお伺いしたところ。
殿下は事情があり、遅れて合流するとの事でした。
私と同じように寝坊でもしたのかな?
そして、先生に先導され王都テリアの門の外までやって来た生徒達は、同行して下さる騎士や冒険者達の登場を今か今かと待ちわびています。
こんなワクワクする気持ちって、久しぶりだわ。
ヒーローショーを見に行って、ヒーローの登場を待っている気分と似てる。
落ち着きなく辺りを見渡している私を、ダリウスがクスっと笑い、すぐにばれるから教えてあげると囁きました。
「この遠征には、私の父『ユーリ・シュナウザー』も参加されるのですよ」
ええっ!!
驚いた私は叫びそうになるのを押さえる為、手で口を覆い小声で話しかけた。
「ダリウスのお父様は近衛騎士団長でしょう? 城を離れて大丈夫ですの? 」
「陛下の命ですからね…………あ、ルイーズは私の父に会うのは初めてでしたよね? 」
「ええ。ダリウスの屋敷に遊びに行っても、いつもお留守でしたもの」
「後で紹介しますね」
「ふふ、お願いします。楽しみですわ…………近衛騎士団長…………お強いのでしょうね」
「…………ルイーズ。父は手合わせなどしてくれないと思うのですが」
「そっ、そんな事考えていませんわ。…………交流会の時でも駄目ですの? 」
ダリウスはコクンと頷き、
「そもそも、近衛騎士団とは、陛下を守護するため編成された騎士ですからね。陛下の命や王族の危機以外では、剣を抜く事すらないのですよ」
まじかぁ…………。
でも、ダメ元でお願いしてみるのは有りなのかな?
「お願いしてみるのも駄目? 」
「っ! し、仕方ありませんね。私も口添えを致しますが、無理だったとしても、余りがっかりしないでくださいね」
「ありがとう、ダリウス」
ダリウスのお父様にお会いした時の事を考えていると、俄かに辺りが騒がしくなってきました。
生徒達が歓声を上げていますわ。
「騎士の方や冒険者の方がいらしたようね」
「そのようですね」
皆、近くで見ようと前へ前へと進んで行きます。
なんのお話で花を咲かせているのかわかりませんが、未だに楽しそうに騒いでいるフェオドール達に声を掛けて、私達も前に進む事にしました。
ですが、時すでに遅し。
黒山の人だかりで、前は見えず。
学園長のお声だけが聞こえます。
「まずは、この度、遠征に同行して下さる騎士団の方々です」
盛大な拍手と共に、騎士団の方が前に出て、一人ずつ自己紹介をされております。
くっ、まったく見えないっ!
飛ぶ訳にもいかないし。もどかしい……。
「次に、冒険者の方々ですが。なんとっ! この遠征に伝説の冒険者が参加して下さる事になりました。さぁ、皆さん。盛大な拍手でお迎えしてください」
わぁ!伝説の冒険者ってどんな方達なんだろう。
見たい。とっても見たいわ! でも、見えない。
精一杯背伸びをしても、見えない…………。
私がもどかしい思いをしている内に、冒険者の方の口上が響き渡りました。
「正義の君主『金狼仮面』! 」
「慈愛の貴公子『赤狼仮面』! 」
【ココッコゥ、コココココッコ! 】
ん?
天空の貴公子『黒狼仮面』?
「我らが王道踏み荒らす」「不届き者に」【コッココ! 】
ん? 成敗を?
「「導け! オオカミ戦隊、六聖仮面! 【コーッコ、コッココ! 】」」
伝説の冒険者の名乗りが終わると同時に、大地が揺れるほどの歓声が轟いた。
「カッコいいっ! 」「やばい鳥肌が立ってしまった」「あのモフモフに埋もれたいわ」「この私が高貴さで負けた……」といった、称賛の声も聞こえる。
あ゛あ゛ーーっ、み、た、いーーーっつ!!
「ルイーズ。見たいなら、お、おぶってあげましょうか? 」
おんぶ?
「ダリウス! 名案だわ。お願いします」
私はダリウスの背中に飛び乗った。
そして。
「ダリウス。一目見たから、もういいわ。ありがとう」
そっと、降りた。
ぴよたろう、父様、陛下。
何してるの?!