ぴよたろう (番外編)
王都テリアにある冒険者ギルドの朝は、鐘塔の鐘が鳴り響くのを合図に始まる。
冒険者の大半は朝早くから並び、ギルドが開くのを待つ。
難易度の高いクエスト程、王都から離れてしまうため、そうせざる得ないという訳だが。
いつもと変わらぬ、いつもの朝。
━━━━ゴーーーーーンッ!!!
【コーーーッコッコーーーーーー!!!】
いつもの様に、鐘塔の鐘の音とぴよたろうの鳴き声が響くのを合図に、冒険者達はギルドに足を踏み入れようとしていた。
しかし、扉の開放と同時に出てきた受付嬢により、冒険者達はいつもと違った朝を迎える事となる。
「おはようございます、皆さん。本日、この後に実行していただく緊急クエストがございます。お受けになられる方は、こちらへお並び下さい」
手を高く掲げ、こちらへと指示する受付嬢の姿に、冒険者達は騒めいた。
「緊急クエストって、なんだ? 」「ゴブリンの群れでも目撃されたか? 」「報酬は? 」「緊急ってくらいだから、ゴブリンキングでも出たか?! 」「いや、この近辺でそんなものが出たら、お散歩に出られたぴよたろう様が退治してらっしゃるだろう」「おお、それもそうだな」「まっ、まさか、ドラゴンっ?! 」「馬鹿か、ドラゴンが出ったてんなら、こんな爽やかな朝な訳ないだろう」「…………それもそうか、ドラゴンが出たってんなら、のんびり欠伸してる兵士がいるわきゃねぇわな」
そんな冒険者達の疑問を纏めて答えるかのように、受付嬢は大声で叫ぶ。
「はいは~い、皆さん。細かな質問は順次お答えしますが、まずはクエスト内容をご覧ください」
そう言って受付嬢が、一つの用紙を高く掲げるのだが、肝心なクエスト内容が記載されていると思われる部分は折り曲げられ、隠された状態であった。
「まず、この緊急クエストにランクの指定は御座いません。新米冒険者の方達にはお得になっていますよ~。そして、次に報酬ですが、これまたお得な金貨2枚と依頼達成功績2つ分となっております。臨時収入にしては破格ですね~これで装備を新調するのも良し、呑み耽って浪費するのも良し、親孝行に使うのもいいですね~。この様な破格な依頼ですから、胡散臭く感じたり、危険が伴うのかと思ったりする方もいるでしょう」
そう言って受付嬢は視線を冒険者達に向ける。
冒険者達は、その視線を感じ、確かにと頷いていた。
そんな冒険者達の挙動を楽しむかのように、受付嬢は不敵な笑みを浮かべ、こう続けた。
「ふっふっふ。その胡散臭く感じたりもしながらもこのクエストを引き受けて下さる方のみ、この場で待機してください。引き受けて下さらない方は、通常クエストが中に御座いますので、どうぞ」
場がシーンと静まり返る。
報酬の説明だけで、依頼内容が全く明かされていないのだ。
互いが互いの顔を見合わせ、首を傾げるのも致し方ないだろう。
しかし、冒険者達が呆気に取られ、その場に留まったままというのは、受付嬢にとって思惑通りであり、冒険者にとっては悪手であった。
「あら? 皆さん、依頼を受けて下さるのですか? 今回に限り依頼内容を聞いてしまうと、その場で受付となりますので、逃げれば罰金かランク降格になりますよ~ では、依頼の説明をはじめま~す! 」
説明を始めようとする受付嬢に、冒険者達は慌てふためいた。
まずは、高ランク冒険者達が逃げる様に、ギルドに飛び込む。
高ランク冒険者になると、金貨2枚は破格という訳ではない。少し、遠出をすれば軽く稼げるのだ。
次にC、Dランクの中級クラス冒険者達が、逃げまいかどうかで揉めている。
金貨2枚とそれに伴う危険度を測りかねているのだ。
その中で、冷静だったのが、新米冒険者達である。
ランク指定がないという事は、危険が伴うはずがない、金貨2枚という破格な報酬はきっと口止め料だろうと推測したのだ。
数組のC、Dランク冒険者パーティがギルドに入った事を確認した受付嬢は、残った冒険者達を見て、ニッコリと笑みを浮かべた。
「皆さん。最後まで残ったという事は依頼を受けて下さるって事ですね。ありがとうございます。では、ご説明しますね。今回の緊急クエストはっ! ━━━━冒険者ギルドの正面入り口を壊す事が依頼内容となります! 」
再び、場がざわついた。
「壊す? 」「へっ? なんで? 」「…………意味がわからない」「…………えっ、本当に意味がわからない」
冒険者が騒めく姿を楽しみ、依頼用紙に隠れほくそ笑む受付嬢の応対を陰から見ていたギルドマスターは溜息を吐きながら、頭を振った。
そして、耐え切れず冒険者の前に姿を現し、受付嬢の頭をポカリと小突いた。
「いたっ! 痛いです~~~」
大して痛くはないはずなのだが、大仰に騒いて抗議する受付嬢に、ギルドマスターはぴしゃりと一言。
「いい加減にしろ。時間が差し迫っている時に、何を勿体付けた言い方をして煽ってる」
「だって……ギルマスが言ったんじゃありませんか。やる気に満ちた者だけを集めろと」
「確かに言った。短時間で終わらせなきゃあならないからな。それと、この騒ぎに何の関係があるんだ? 」
「うっ……やる気度を測ってみようかなと…………ちょっと、面白かったし……後………私の言葉一つで右往左往する様が………」
━━━━ゴツンッ!
「あたっ!! 」
「もうお前は黙ってろ! 」
「は~い」
ギルドマスターにきつめの拳骨を食らった頭を押さえ、視線を明後日の方向に逸らしているものの、なぜか満足そうに微笑む受付嬢。
そんな受付嬢に構うことなく、ギルドマスターは冒険者に向き直り、依頼について説明する事にした。
「この度、光栄な事にぴよたろう様が冒険者登録をする事となった。それに先駆けて、ぴよたろう様が出入りできる大きな扉に付け替える事が今回の依頼となる。扉は出来上がっているから、それに合わせて入り口を壊し、設置してくれ。ここまでの説明で不明な点や質問はあるか? 」
「はい! ぴよたろう様は、今日いらっしゃるのですか? 」
「ああ、そうだ」
「はい! ぴよたろう様もGランクから始めるのですか? 」
「それはもちろんだ。いくら、強かろうとも薬草採取から、始めていただく」
ギルドマスターのその答えに新米冒険者達は喜び勇んだ。
「俺と同じ、新米冒険者だぜ。一緒に薬草採取に行って下さるかな」
「あっ、パーティは組んでくださるかな?! 」
「それは無理だろう。侯爵家の方々とパーティを組むに決まってる」
「そうかぁ、残念だな。…………あっ、でもよ。ぴよたろう様だけがギルドに顔を出された時、臨時パーティなら組んでくださるかも」
「おっ、それ、いいな」
「こうしちゃいられねぇ、早く扉を付けてしまおうぜ」
「そうだな」
王都テリアで愛され、親しまれているぴよたろうが冒険者登録をするという吉報を聞き、浮かれる冒険者達が、丹精込めて設置した新しいギルドの扉。
それは、大きい扉に小さな扉が付いているという不思議な設計のものだった。
その後、冒険者登録に来たぴよたろうは大きな扉に喜び、何度も出入りを繰り返したという。
その姿は愛らしく、冒険者からギルド職員まで魅了したとか。




