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楽しい転生  作者: ぱにこ
78/122

ぴよたろう (後編)

 東屋の前でいそいそと木板に地図を貼りつけているアルノーを見かけたぴよたろうは、深々と頭を下げ挨拶をする。

【コーッコ! 】

 母であるルイーズから『お勉強』を始める前には、きちんと挨拶をしましょうと教えられたからだ。

「ぴよたろうくん、おはようございます。今、地図の用意をしていますから、少し待っていてくださいね」

 挨拶を返したアルノーは、また忙しなく地図の貼りつけを始めた。


 今日の『お勉強』は世界について。

 世界のどこに、どんな魔物が棲んでいるのか。

 世界のどこに、どんな食物があるのか。

 この二つの知識は、ぴよたろうにとって最も欲するものである。


【ココ……】

 父母の喜びそうな食べ物はどこにあるのかと考えたぴよたろうは、大陸の地図を目に焼きつけながら、嬉しそうに尾をバタつかせる。


 次に、父母の安全を脅かす魔物はどこに出るのだ、自身が蹴散らしてやると考えたぴよたろうは、つい大声で鳴いてしまう。

【コーーッコッッ!! 】


「っ!!ど、どうしたのです? 」

 突然の大声に驚き、びくりと跳ね上がったアルノーは、ぴよたろうの方に振り向き尋ねた。

 やってしまったと焦ったぴよたろうは、片翼で顔を隠し小さな鳴き声で弁明する。

【ココッコ……ココ】


「ハハハ。ぴよたろうくんは、親孝行ですね。━━━━さて、準備が整いましたし、授業を始めましょうか! 」

【コーッコ! 】

 

 木板に貼られた地図を指示棒で指しながら、アルノーによる世界の『お勉強』が始まった。


「まず、ここがヨークシャー王国ですね。そして、隣がサクラ公国。この辺りで、ぴよたろうくんが生まれたのですよ。あの時は……」


 ヨークシャー王国からサクラ公国までを繋ぐ道を指しながら、ぴよたろうの生まれた時の話やルイーズによって引き起こされた面白話も交えて聞かせてくれる。

 アルノーが厳選した話は実に楽しく、庭に笑い鳴き声が響く。

【コーッコッコッコ!! 】


「ハハハ。では、次に参りましょう。ルイーズ様には手に入れたい魚がありましたよね?! 多分ですが、ここ。ホエール連邦国は海と川に挟まれた国で、漁業が盛んなので見つかるかも知れません。そして、ルイーズ様の最近の主食である『こめ』は、ここ。最南端のデージー王国から、サクラ公国へと渡ってきました」


 いずれ訪ねる事になるだろうホエール連邦国の位置を記憶するぴよたろうだが。

 ふと、この国には、母であるルイーズが欲している魚はあるのだろうかという疑念が過った。

【ココッ……】

「そうですね。『まぐろ』や『かつお』がどういった魚かは存じませんが、行ってみなければわからないとしか言えませんね。しかし、似た魚を見つけられれば、如何様にもしてしまうのがルイーズ様ですし、行って損はないと思いますよ。あ、旅をする時は、このアルノーもお供いたしますとお伝え下さい」


 アルノーの言った通り、行ってみなければわからない。

 似た魚が見つかるまで、母に協力しようとぴよたろうは心に誓った。

 だが、一緒に行くと言い出したアルノーを見て、不安が込みあげてくる。

 アルノーのことは、知識に関しては兄の様に尊敬している。

 反面、その他の所では弟の様に手がかかり守らねばならない存在。

 行くというのなら、連れて行くのもやぶさかではない。

 しかし、1日中張り付いて見守るのも骨が折れる。

 どうしたものかと考え、ぴよたろうは首を捻ったが、笑みを零すアルノーの顔を見て決断した。

 この笑顔を曇らせる訳にはいかない。アルノーに危険が及ばないよう、全力で守ろう!と。

 

【ココッ!】


「ありがとうございます。ですが、私もルイーズ様や侯爵様に鍛えられて強くなったと自負しております。しかし……もしもの時はお願いいたしますね」

【ココ!】


 この後、魔物の生息地や父母を連れて旅をするのにはお勧め出来ない国などを教えて貰った。

 お勧め出来ない国とは、敵対国とまではいかないが好戦的な王が治めており、よく近隣諸国と小競り合いを繰り返しているのだそうだ。

 そんな場所に父母を連れて行くわけにはいかない。

 巻き込まれでもしたら、母は全力でお仕置きをするだろう。

 そうなると……とまで考えたぴよたろうは、要らぬ想像を振り払うかのように頭を振った。

 

 ちなみに、お仕置きの意味はアルノーの教えできちんと理解しているが、何がお仕置きなのかは間違って覚えているぴよたろう。

 それは、ルイーズが己の限界を知ろうという事で始めた只の訓練がきっかけだった。

 山を3つ全力で駆け上った後、足がガクガクになるまで模擬戦闘に付き合わされたケンゾーが『これに付き合わされるのは、まるでお仕置きの様です……』と呟いたのが原因だ。

 強い父が弱音を吐くほど辛いお仕置きなら、普通の人間に耐えられるわけがない。

 いくら好戦的な王とて、母のお仕置きを受ければ泣いてしまうだろうとぴよたろうは想像したのだ。

 

 こうして、ぴよたろうは『ホーネット王国』の名を刻み込んだ。

 王を泣かせない為の、ぴよたろうなりの気遣いである。

 

 そして、本日の『お勉強』が終わる。


「それでは、本日はここまでとして、明日は魔物別対処法などを『お勉強』しましょう」

【コーッコ! 】


 礼儀正しく終わりの挨拶を終えたぴよたろうは、ジョゼの『お勉強』に向かうアルノーを見送り、一旦鶏舎へと戻って行った。

 朝の早いぴよたろうとって、お腹が空く時間になるからだ。

 この体躯を存分に動かすには、1日に5回食べなければならない。

 今日のお昼はなんだろうかと、わくわくして侍女が来るのを待つ。


「ぴよたろう様、お待たせいたしました。本日の昼食は、料理長による豚とキャベツのミルフィーユ仕立てで御座います」


 侍女2人がかりで運んできた大きな皿がぴよたろうの前に置かれる。

 小柄な侍女であれば入ってしまうのではないかと思われるほどに巨大なものだ。

 ちなみに、このぴよたろう専用食器などは特注である。

 そして、ドームカバーをはずすと、綺麗に肉とキャベツが層になった大きな塊が現れた。

 ふわりと湯気を上げたミルフィーユを嘴で啄むとキャベツの甘味と肉のコクや旨味が口に広がる。

 雛の時は肉しか食べなかったぴよたろうだが、大きくなるにつれ、野菜や果物といった物も口にするようになった。

 バランスの良い食事は、健康へと繋がるとルイーズが教えてくれたからだ。

 朝食の時ほどの感動はないが、料理長の料理も十分に美味しく、ぴよたろうは大満足であった。


【コーッココ! 】

 御馳走様と告げると、侍女が嘴を拭ってくれる。

「ジョゼ坊ちゃまとのお約束の時間まで、如何過ごされますか? 」


 今頃、ジョゼはアルノーと『お勉強』中である。

 その後、ジョゼは昼食をとり、昼寝をする。

 普段はその空いた時間を利用して、ルイーズ専用畑の手入れを行ったり、疲れを癒すため羽を休めたりするのだが、今日はやりたい事があった。


【コーッコッコ、コココ、コーッコ】


 ぴよたろうの返事を聞き、侍女が歓喜の声をあげる。

「きゃーっ! 本当でございますか? 宜しいのですか? ありがとうございますっ! 」

「ああ、ぴよたろう様。本当にありがとうございます」


 嬉しさのあまり、大騒ぎしている侍女に出かけると告げ、ぴよたろうはルイーズ特製アイテムバッグを咥え鶏舎を出た。

 

【コーッコ!】

「「はい。いってらっしゃいませ」」


 ぴよたろうが向かった先。

 それは、王城の裏手にある山である。

 その山には、ルイーズの大好きな果物が生っており、侍女達が歓喜する美容にいいハーブも自生しているのだ。

 学園へと行ってしまったルイーズが帰って来る休日に向けて、たくさんの果物で出迎えようと考えたのだった。

 

 ・

 ・

 ・


 山での探索やジョゼとの秘密の特訓が済んだ夕刻。

 ぴよたろうは鶏舎で1匹佇んでいた。

 もうそろそろ、侯爵が訪問する刻限である。

 侍女達の口から悪い話ではないと教えられたものの、平然と無理難題を言ってくる侯爵の事はあまり信用していない。


 過去に、

『コカトリスは皮膚から毒を滲ませ、噛みついてきた敵を痺れさすそうだ! さぁ、皮膚を観察しているからやってみなさい! 』や、『ぴよたろう! その立派な翼を利用しない手はない。飛ぶ事は無理でも、落下を和らげることは出来るはずだ。さぁ、飛び下りなさい』と、言われたことがある。


 麻痺毒に関しては『どくなんてにじませたら、ふわふわをたのしめないじゃない! 』とルイーズに反対され試さずに終わったが、いきなり崖に連れてこられて飛んでみろと言われた時は、死の恐怖に耐え切れず鳴いた。

 その時もルイーズに助けられたのだ。

『ぴよたろうを1匹で行かせられないわ! 私も降りる』といってくれた優しい母。

 翼のない母にここまで言わせて、それで勇気を振り絞れないのなら、コカトリスが廃るというものだ。

 決断したぴよたろうは、母と共に仲良く崖から飛び降りた。

 なんてことはなかった。一度飛んでみると、心地よい浮遊感が癖になる。

 母と一緒に飛んでいるという安心感も手伝って怖さなど感じなかった。

 それから、ぴよたろうが1匹で飛べるようになるまで、何度もルイーズは付き合ってくれた。

 この件に関してはぴよたろうのいい思い出となっているが。

 

『ぴよたろう! 石化の魔眼が生き物以外にも効くか試してみよう! そうだね、まず……このっ━━よし、脱げた! 私の靴を石化してみなさい! 』と言われた件に関しては、モヤモヤとした気持ちが未だに残っている。

 

 侯爵が石化された靴を見て、『これはいいね……面白い。陛下にお見せした後は屋敷に飾ろう』と言い出したからだ。

 きっと、石化解除を頼まれていないので飾っているのだろう。


【コゥ………】


 夕焼け空を見上げて溜息を吐くぴよたろう。

 そんな感傷に浸っていると、急ぎ足でこちらに向かって来る侯爵が見えた。


「おーい! ぴよたろう。待たせて悪かったね」

【ココォ】


 侯爵は満面の笑みを浮かべている。

 笑顔を向けられれば向けられるほどに、ぴよたろうの心は沈んでいくというのに。


「どうした? そんな浮かない顔をして。ははぁ、ぴよたろうは悪い話だと思っているんだね。今日は、本当に悪い話ではないよ」

【ココ? 】

「ああ、本当だ。詳しい話をするから、一旦座りなさい」

【ココッ】


 ぴよたろうが腰を下ろすのを見届けて、侯爵は話を切り出した。


「ぴよたろう、冒険者登録をしてみないか? 」

【コッ?! 】


 侯爵は何を言っているのだろう?とぴよたろうは不思議に思った。

 しかし、いつになく真剣な面持ちで侯爵は話を続ける。


「ルイーズも冒険者登録をした。いずれ、ジョゼも冒険者登録をするだろう。ならば、可愛い我が子の息子として迎え入れたぴよたろうを冒険者にしなくてどうする! 」

【ココ……コォ? 】


「ああ、そういうものだよ。ぴよたろうもルイーズやジョゼと冒険者として旅をしてみたいと思わないか? もちろんケンゾーも一緒だ」

【コホゥ】


 今回の侯爵の話は魅力的だとぴよたろうは思った。

 冒険者として、父や母、そしてジョゼと共に旅をするのは、きっと楽しいだろう。

 だが、母に冒険者登録が出来るのは10歳からだと教えられた。

 人より体は大きいとはいえ、まだ5歳のぴよたろうが冒険者登録を出来るのか。

 はたまた、5年後の話を侯爵はしているのだろうか?

 疑問を払拭させるため、ぴよたろうは尋ねてみる事にした。

 

【コココッコ、ココッコ】

「ハハハ、年齢の心配をしていたんだね、大丈夫。ぴよたろうに年は関係ないんだよ。年が関係するのなら、任務を任せたりはしないだろう? 」

【ココ】


 確かにそうだとぴよたろうは思った。

 なら、父や母と同じ冒険者になるのに何の憂いもない。


【ココッコ】

「そうか、決断してくれて私は嬉しい。明日にでも登録に行くとして、暫くは私とパーティを組む事になるがいいかい? 」

【ココ? 】

「ああ、ルイーズが学園に通っている以上時間を合わせるのは難しいだろう? まあ、慣れるまで1匹にする訳にもいかないのでね。我慢してくれ」

【コッコ】

「確かに。少々、過保護かもしれないが、ルイーズやケンゾーに余計な心配をかける訳にもいかないからね」

【ココ……コッコ! 】


 慣れるまで指導してくれるという侯爵の提案を受け入れ、ぴよたろうは深々と頭を下げた。


「ああ、任せてくれ。では、深夜の巡回が済んだら、いつもの様に報告に来てくれ」

【ココ! 】


 屋敷に戻って行く侯爵の足取りはいつになく軽い。

 ぴよたろうがその理由を知る由もなく、無理難題を言われなかった事に安堵し、ぴよたろうは晴れやかな気持ちに包まれていた。


 ・

 ・

 ・


 深夜。

 1日の締めでもある任務に赴こうとしているぴよたろう。

 眠っている家人を起こさぬように、そっと屋敷の門をくぐると、ハウンド家の門兵である2人が「いってらっしゃいませ」と声を掛けてくれた。

 ぴよたろうの声は響く為、静かに返事をする。

【ココ】


 貴族街の門の前で、今日の当番である兵士と合流したぴよたろうは、貴族街を中心に夜の巡回を始めた。

 優秀な門兵のお陰で泥棒など見たことはないが、ごく稀に貴族に雇われた暗殺者が潜んでいる時があるという。

 ちなみにぴよたろうは鳥目ではない。

 暗闇の中でも熱源を感知できるのだ。それはぴよたろうだけなのか、コカトリスという魔物の特性なのかはわからない。

 

 周辺一帯を見回って、今日も何事もなく終わりそうだと安堵したぴよたろうは、兵士に話しかけた。

 深夜の巡回というものは、どうしても肩に力が入りすぎてしまう。

 兵士の緊張を解し、相談事や愚痴を引き出すのが目的である。

【ココ】

「はい、貴族街は平和なものです。しかし、平民街はこうはいきませんからね……毎日毎日、酔っぱらい同士のいざこざが絶えないと、同期の者が愚痴を零しておりました」

【コココ】

「酔っぱらいの大半は冒険者なので、血の気が多いのでしょうね……喧嘩を止めに入って殴られるのは日常茶飯事だそうですし……」


 これは侯爵に相談せねばならない案件だと、ぴよたろうは考えた。

 住人の安全を守るために昼夜問わず巡回をしてくれているというのに。

 いくら血気盛んな冒険者とはいえ、兵士を殴るのは許される事ではない。

 しかし、いくらぴよたろうが悩んでも、侯爵の提案に勝る事がないのも事実。

 この件は侯爵に委ねるとして、暗い表情の兵士を元気づけるため、ぴよたろうは話題を変えた。

 

【ココッ】

「えっ! ぴよたろう様が冒険者になられるのですか? 」

【ココゥ】

「それでは、街の周辺の安全も約束されたようなものですね。ぴよたろう様のご活躍、心より期待しております」

【ココッ! 】


 冒険者になる事を喜んでくれる兵士を見て、気分が良くなったぴよたろうは背中に乗るかと尋ねてみた。

【ココッ? 】

「えっ、宜しいのですか? それは、早朝の鐘当番の者の特権とか思っておりました」

【ココゥ】

 鐘塔に駆け上がる訳ではないので、面白みは少ないかもしれないと断りを入れるぴよたろう。

「いえ、とんでもない。このふかふかの羽毛に触れられるだけでも光栄なのです」

 確かに父母も気に入ってくれている自慢の羽毛だが、近しい者以外にその様な事を言われたのは初めてである。

【ココ? 】

「はい! あ、あの、では、宜しくお願いします」


 問い返しても、断言するのだから、満足してくれるのだろう。

 わくわくした表情を隠しもしないで、今か今かと待っている兵士をこれ以上待たせるのも忍びない。

 ぴよたろうは兵士を乗せ、貴族街を駆け巡った。


「おおおーーっ! 」

【ココ】

「はい……静かにですね。気を付けますぅ……」

「ぉぉぉーーー」

【…………】


 こうして、深夜の巡回を終え、侯爵に報告したのち、鶏舎でゆっくり羽を休める。

 忙しいが、充実した日々を送っているぴよたろうであった。

 

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