52話
眼前に広がる狩場を前にして、逸る気持ちを抑えつつ『新米冒険者育成計画書』と名付けた書類をそれぞれに手渡し、注意事項を唱えます。
「それでは、皆さん、注目!安全に採取を行いつつ、効率よく冒険者ランクを上げる為には、まず!…………今から大切な事を言うからね。よそ見しないでね、フェオドール」
手渡された書類に目を通しながら、あれやこれやとケンゾーを質問攻めにしているフェオドールに、ニッコリ微笑み注目してくれるように促すと。
「あ、は~い。これ、ルイーズが一人で作ったの? すごいね……」
3枚の紙を半分に折り、紐で一纏めにした『遠足のしおり』程度の書類を、まじまじと眺め感心するフェオドール。
「いえいえ、ナタリーにも手伝って貰ったから、一人じゃないわよ。でも、2人で頑張って作ったから、褒めてくれてありがとう。帰ったら、ナタリーにも褒められたことを伝えておくわね。━━では、続けます。新米冒険者は、複数人で行動しましょう。採取の依頼だとしても、魔物に出くわさないとは言い切れませんし、怪我をしないとも限りません。そんな時、仲間がいると安心ですよね。そういう訳ですので、3人ずつグループを決めましょう! ここに、取り出したるは『こより』!印をつけたもの3つと印のないものが3つあります。はい、選んで、選んで」
印を隠すよう握って、手を前に差し出します。
躊躇わずに選ぶケンゾーとダリウス。少し悩んで選ぶフェオドール。
恐る恐る選ぶララ様に、まだこのメンバーに馴染めなくてオロオロするカリーヌ様。
「カリーヌ様も選んでくださいね」
「は、はい」
促され、カリーヌ様は慌てて一つの『こより』を選ぶ。
「それでは、選んだこよりを見せて下さい!」
私の掛け声と共に、皆が一斉にこよりを掲げた。
ケンゾー、ダリウス、フェオドールが印有り。
ララ様、カリーヌ様、私が印無し。
よしよし、目論見通り。
内緒だけれど、ダリウスとフェオドールには、細工が施されたこよりの見分け方を教えて、ケンゾーと同じメンバーになる様に打ち合わせ済みなのよね。
「お嬢様と別行動だなんて……他家のご令嬢に万が一の事があったらどうするのですか……それに……」
…………。
この結果に不満を持ったケンゾーがぶつくさ言うのを無視して。
「男女で別れてしまいましたが、採取を始めましょう。私とフェオドールは『スライムエキス』の採取ね。冒険者登録をしたばかりのララ様とカリーヌ様は『薬草採取』ですね。ダリウスは━━」
「私は依頼を受けてこなかったので、フェオドールと共に行動しますよ」
「そうなの? あ、高ランクは魔物討伐依頼ばかりだから、私達に合わせてくれたのね。ありがとう、ダリウス。では、ケンゾーも依頼を受けてこなかったの? 」
未だ、ぶつくさ言ってるケンゾーに問いかけると、頷いて肯定した。
そうかぁ……。ちょっと、残念。
魔物討伐って、どんな風にこなして報告するのか、気になっていたんだけどな。
「細かな注意事項は書類に記されておりますので、狩場に赴く前に目を通しておいてください。では、お昼頃に、ここで落ち合うとして、解散!」
私の号令が響くと、それぞれが狩場へと向かう準備を始める。
ケンゾーったら、まだ、ぶつくさ言っているし。
もう少し、主を信じなさいって。
ララ様もカリーヌ様も、擦り傷一つなく、無事守り通しますよ。
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まず、森の手前の草原で、ララ様とカリーヌ様の『薬草採取』を手伝う事にしました。
スライムは少し森に踏み込んだ場所で現れるから、この2人を連れていけないんだよね……。
さて、どうするかな……。
結界を張った中で待っていてもらって、サクッとスライムエキスを採取するか。
お昼に、ちょこっとケンゾーを連れて行ってくるか……。
ケンゾーの心配の種を増やさない為に、後者がいいかな?!
「ルイーズ様。これが依頼の薬草でしょうか? 」
そう尋ねるカリーヌ様の手にある物は、雑草……。
「いえ、似ていますが違いますね。指定された薬草は、この葉の部分がギザギザしていて、根元近くが赤くなっているんですよ」
色んな薬草があるけれど、今回依頼されたのは『下級ポーション』の元になる物。
これって、見た目が青じそに似てるんだよね……だもんで、初めての採取クエストの時、齧ってみたんだけれど、苦くて、青臭い草の味だったわ……。
薬草採取に勤しんでいる2人を見遣り。
さてさて、今回の目的をば果たしましょうかねと、重い腰をあげました。
今回の目的とは、ララ様とカリーヌ様の仲を良いものにしましょうというもの。
魔法科と剣術科の合同遠征が決まった後、カリーヌ様ともお友達になりたい私は、フェオドールやケンゾーに相談したのです。
『2人に仲良くなって欲しいのだけれど……』
『じゃあ、一緒にギルドの依頼をこなしたらいいんじゃない? 』
『いいですね。一緒に依頼をこなすことによって、信頼感が生まれ、仲良く出来るかも知れません』
『いい案ね!……でも、誘ったとして来てくれるかしら? 』
『上級貴族であるルイーズの誘いを断るなんて、2人には出来ないと思うよ』
『こういう時は侯爵家の威光を利用してもいいのではありませんか? 』
『ちょっと、汚くない? かえって嫌われたりしないかしら? 』
『嫌われても、僕はルイーズの事が好きだよ』
『フェオドールありがとう。でも、そういう事ではないのよ……』
『うじうじ悩むなんて、お嬢様らしくない!何か悪い物でも召しあがったのですか? 』
『………………そうね、悩むより行動よね!誘ってみるわ!と、その前に、ケンゾー!訓練所で剣を交えて語り合いましょうか』
『…………承知しました』
『わぁ、いいなぁ。僕も一緒に行っていい? 』
そして。
冒険者登録をしていない2人を誘うには、私とフェオドールが少し先輩になり教える立場にならなくてはいけないと考え、頑張りましたよ。
学校が終わった後、少しの時間でもと冒険者ギルドに通い、地道に採取クエストをこなしてランクアップ試験を受けたのが昨日。
ふふ、ここまで1週間の道のりでしたわ。
的に攻撃を当てるだけの簡単な試験をクリアした私達は、晴れてGランクからFランクへと昇格。
しかし、あの試験で落ちる人はいないと思う。
剣でも魔法でも的に攻撃を当てるだけなんだもの……。何のために試験をするのか分からないほどの低難易度設定。
本当に、意味が分からない。
そして、休日である本日。
無事、ララ様とカリーヌ様を誘い、ここまでやって来たのですが……。
あ、お誘いしたら2人とも快く了承してくれましたよ。
しかし、2人の距離はまだ遠い。
カリーヌ様とララ様はチラチラと様子を窺い合っているものの、視線が合うと目を逸らす。
う、うう、もどかしいーーーっ!!
こういう時って、一緒に困難に打ち勝ち、そこから友情が芽生えるってのがド定番なんだけれど。
困難って、なんだろ? 薬草採取で難しい事ってないしなぁ。
魔物が現れて『キャー!誰かぁ、助けてぇー!』ってな時に、颯爽と現れた人物に助けられ恋をする……。
…………いやいや、恋を生んでどうするんだって。これは違うでしょ。
魔物は却下ね。ご令嬢をピンチにするわけにもいかないし……。
恋が生まれないとも限らないし?
なにより、私が居てピンチになる訳ない。
仕方がない!行動あるべし!
薬草採取に勤しんでいるカリーヌ様の傍に行き。
「カリーヌ様。私、カリーヌ様とお友達になりたいのですが……と、言うか、もうお友達ですわよね? 」
「えっ、ええっ!あ、はい」
単刀直入に聞きすぎたのか? 真っ赤になり俯く美少女カリーヌ様。
とりあえず、お友達って括りでいいのよね?
「では、お友達であるカリーヌ様にお聞きします。ララ様ともお友達になりたいですか? 」
「ええ、それはもちろん!」
そう断言するカリーヌ様の瞳は真剣そのもの。
よし。
「お友達とお友達の仲を取り持つのも、友の役目。カリーヌ様、ここで少し待っていてくださいね」
そう告げ、ララ様の元へ。
薬草をひたすら、黙々と集めているララ様の姿は農家の人を思い出させるほど、手慣れている。
「ララ様。少しお話しても宜しいですか? 」
「ええ。少し休憩しようかと、思っていたところですし」
そう言って、ナイフの汚れを手ぬぐいでサッと拭いた後、手が汚れない様にはめていた手袋を脇に置き、綺麗なハンカチを地面に敷いて、ララ様はこちらへどうぞと私を招いてくれた。
…………な、なんて、レディーの扱いに長けてる子ですか!
「ありがとう。でも、冒険者用の汚れても平気な服ですし、綺麗なハンカチはしまっときましょうね」
感動する気持ちを抑え、真っ白な綺麗なハンカチを折りたたみ、ララ様にお返しいたします。
そして、隣に座り話を切り出しました。
「あのですね。カリーヌ様の事、どう思ってます? 」
私の問いに、膝を抱え考え込まれた後、囁くような声で答えて下さいました。
「そうですね……囲まれて、色々言われた時は、カチンときましたが……カリーヌ様は意地悪を言ってなかったんですよね……でも、カリーヌ様の取り巻き?の様な方達と、仲良くする気はないので、距離を置いた方がお互いの為の様な気もするんです」
ふむ、取り巻きか……あの方たちは取り巻きなのかな?
あの時以来、一緒に居るのを見たことがないけど。
本人に聞いた方が早いかな?!
そう思って、こちらの様子を窺っているカリーヌ様を手招きして呼び寄せた。
タッタッタと駆けてきたカリーヌ様が「何か御用ですか? 」と尋ねてきたので、私は率直に聞いてみる事にしました。
「あのね、一つお聞きしたいのだけれどいいかしら? 入学式の日に一緒にララ様を囲んでいらした方達は、カリーヌ様のお友達? それとも、取り巻きの様な方達なの? 」
「いえいえ、お友達ではありませんわ」
その問いに、ブンブンと手と首を振り否定するカリーヌ様は入学式の日にあった事を教えて下さいました。
たまたま隣り合わせで座ったのでご挨拶をしたところ『伯爵家のご令嬢であるカリーヌ様が、庶民から貴族になった方に貴族の在り方を教えてあげて下さいませ』と、お願いされたのだそうです。
「庶民から貴族になったのであれば、戸惑う事も多いだろうと思い、ご一緒したのですが……その方達、見当違いな発言ばかりなさるし、ララ様には誤解されてしまうし……訂正しようと頑張りましたが、多勢に無勢で、どうにもなりませんでしたわ……あの時は、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、頭を下げるカリーヌ様。
それまで、ただ黙って話を聞いていたララ様が口を開いた。
「それでは、その方達とはそれっきりなのですか? 」
「はい。その後も、何度か廊下ですれ違いましたが、話しかけてもきませんわ」
その子達の意図がわからないけれど、まるで愉快犯ね……。
でも、あの方達がお友達でも取り巻きでもないのだったら、この2人は仲良くなれる。
私は、2人の手を取り。
「誤解は解けました!なので、私達はお友達ですわ!」
と、高らかに宣言しました。
「ふふ」
「そうですわね」
一瞬呆気に取られた後、2人は笑みを浮かべ頷き合っております。
「仲良くなった事ですし、提案なのですが。冒険者として活動している時は、気軽に名だけで呼び合ったり砕けた口調で話しませんか? これから先、戦闘を行う事もあるでしょう。そんな折に、丁寧な口調な呼び方ですと、後れを取る可能性も出てきますし、如何です? あ、もちろん。砕けた口調が苦手というのなら、名前だけでも『ルイーズ』とお呼びください」
ダリウスも砕けた口調が苦手だもんね……。無理強いはよくない。
すると、ララ様が挙手をして、
「あの、学園ではいつも通りなのですよね? 」
と、尋ねてきたので、私はうんうんと頷いた。
「……砕けた口調って難しいですわ。あの、少しずつでも構いませんか? 」
「カリーヌ様。砕けた口調が苦手なら、通常通りで構いませんが、名前だけは呼び捨てにしてくださいな。それと、私がお2人を呼び捨てにする事を了承してくださいますか? 」
「「はい」」
ふふふ、了承を得ましたわ。
脳内でも敬称を付ける間柄って、距離を感じて嫌だったのよね。
「ララ、カリーヌ。では、互いに呼び合ってみましょうか? 」
「っ、ララ。これから、仲良くしてくださいませね」
「はい。か、カリーヌ、こちらこそよろしくお願いします」
おお、初々しいわぁ。
ニヘラニヘラと笑う私の隣には、頬を真っ赤にさせた美少女が2人。
仲良きことは美しきかな……と。
「では、2人で仲良く、薬草採取を続けて下さいね」
「えっ、る、ルイーズは? 」
「そうですわ。る、るる、ルイーズはどうしますの? 」
まだ2人とも呼び慣れてないのか固いね。
ま、いいか。
「これは、2人が請け負った依頼なので、私は見守るだけです。ララは薬草に詳しいみたいなので、カリーヌは教えて貰いながら、採取するといいですわよ」
「ララ、教えて下さいます? 」
「もちろん」
私は薬草採取に勤しむ美少女の背を見守りながら、日向ぼっこ……。
ポカポカ陽気が気持ちいい。
ふわぁ~~
……駄目、ルイーズ。眠ってはいけない。
昨晩、遅くまで『新米冒険者育成計画書』を作っていたから眠くって……。
令嬢から目を離して、もしもの事があったらどうする?
結界を張っていたら安全じゃないかしら?
結界外に出てしまったらどうする?
…………うん、そうよね。お友達を危険に晒す訳にはいかない。
閉じそうな瞼を指で固定し耐えていると、後ろから声を掛けられた。
「眠そうですね」
「ええ、眠いわ。遅くまで起きていたからかしらね。ケンゾー、フェオドール達はどうしたの? 」
「集合場所で待っておりますよ。それで、あのお2人の仲は? 」
「バッチリよ。詳しい事は後で報告するけれど、とても仲良くなったわ」
「それは、良う御座いましたね。ここは、私が見ておりますので、少し眠ってはいかがですか? 」
「いいの? 」
「はい」
では、お言葉に甘えて。アイテムバッグを枕にして、おやすみなさい。
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夢を見た。
狭い空間で、もがき外に這い出ようと必死になる何か。
その何かを必死に押し留めようとする対の何か。
その何かを、私は知っているし、知らない。
もし、何かが溢れだせば、世界が闇に閉ざされる。
もっと、もっと、力を蓄えねばと対の何かが呟く。
「お嬢様?起きて下さい。…………お嬢様っ!!」
「っつ!!も、もう、ケンゾーったら、うるさい……そんな大きな声で起こさなくても、起きるわよ」
もう、耳元でなんて大声を出すのかしら。
心臓が飛び出すかと思ったじゃない!
ドキドキする胸を抑えて抗議する私とは対照的に、ケンゾーが不安気な表情を浮かべていた。
「ん? どうしたの? 私、寝すぎちゃったかしら? 」
「いえ、うなされておりましたので……」
「ああ、夢を見たせいね。大丈夫よ、アレのせいだから」
「……またですか。平気ですか? 」
「ええ。慣れてるからね」
フフっと笑い、そう告げると、ケンゾーはホッとした表情に変わった。
ごめんね、心配をかけてしまって。
「それより、薬草採取は終わったの? ]
「それが……」
困惑した表情を浮かべ、口を濁すケンゾー。
なんだ? トラブルですか?
理由を知ろうと、カリーヌとララの方へと視線をやると。
キャピキャピと楽し気に、薬草採取を続けている2人が目に飛び込んできた。
「あら? 私は仮眠をとってすぐに起こされたのかしら? 」
「いえ。もう昼ですので、それなりに時間は経っております」
……そう、なのね。
あの調子だと午後もみっちりかかりそうね。
「フェオドール達を待たせ過ぎてもいけないから、一旦お昼にしましょうか? お昼ご飯の後は、スライムエキスの採取に付き合ってね」
「はい。承りました」