其の弐
「おい、聞いたかっ!あの伝説の冒険者パーティが活動再開したそうだぜっ!」
「えっ!それは、最年少でSランクまで駆け上がり、パーティランクまでSに上げた後、パッタリと活動休止したあの人達の事か? 」
「そうそう、数々の伝説を残したまま、活動休止していたあの人達が復活したんだってよ」
「ああ……あの人達が復活したのか……なんて幸せなんだ……俺、あの人達に憧れて冒険者になったんだよな。なぁ、会えるかな? 会えるよな? 」
「……あ、ああ、会えるんじゃないか?」
冒険者ギルド内にある酒場で、ある噂話に花を咲かせる冒険者たち。
ある者は鼻息荒く興奮し、ある者は憧れの人達の復活にしんみりと涙を流し、ある者は噂の真相を確かめようと誰彼構わず聞きまわっている。
そんな喧騒の中。
一人の女冒険者がやって来て、カウンター席に座り噂話をしている冒険者に話しかけた。
「おい、誰が復活したって? 」
「ああ、イネスか。もう、体の方は大丈夫なのか? 」
「おう!3ヶ月も休んじまったからな。そろそろ、体を動かさねぇと鈍っちまう。それより、さっきの質問に答えろよ」
「おいおい、急かすなよ。今、説明してやるから座れ」
「おう、頼んだ」
「十数年前、パッタリと姿を消した伝説の冒険者パーティが復活したそうだぜ」
「えっ!あの、『ゴッドムンパパ』を倒したという冒険者パーティの事かっ!!」
「…………いや、さすがにそれはねぇよ。『ゴッドムンパパ』つったらおとぎ話だろ? 悪い事をすると連れていかれるぞとか、早く寝ないと出てくるぞとか、俺も小せぇ頃は母ちゃんに脅されたもんだぜ」
「私が嘘つきだってぇのか? 小せぇ頃『ゴッドムンパパ』をこの目で見たんだ、そんな訳ねぇ。目が7つ、足が8つに4つの翼。獅子のたてがみを持ち、蛇の鱗に覆われている亡骸をな。…………おやじと一緒に見たんだから、間違いねぇ」
「…………そうかい。……それより、なんで十数年も活動休止していた彼らが復活したんだと思う? 」
「う~ん……私みたいに育児休暇が終わったとかか? 」
「はっ、違うだろう。女なら仕方がねぇけど、彼らは男だぜ。育児休暇なんか取るはずがねぇだろ」
「お前は頭が固いなぁ、はぁ……私が復帰したんだ。じゃあ、息子の子守は誰がしてると思うんだ? 」
「……ハッ!ガストンかっ」
「そうだ!まあ、私が働いた方が、稼ぎもいいしな。ハッハッハ」
「ふぅ、ガストンに同情するぜ。まぁ、確かにパーティランクBとはいえ、お前はAランク冒険者だしな」
このイネスと呼ばれる女冒険者は、ガストン、シモン、ラウルと共にBランクパーティ『銀色の風』のメンバーであり、ガストンの妻でもある。
他のメンバーより年上であるイネスは、冒険者としての経験も長く、いち早くAランクへと上がっていた。
「さて、俺は帰るとするか。じゃあ、イネス、ガストンによろしくなっ」
「ああ、よろしく言っとくよ」
会話の相手が立ち去り、イネス自身も家族の元へ帰ろうと、勢いよく果実水を飲み干し立ち上がると。
仮面を付けた2人組がギルドマスターの執務室から出てきた。
「なんだぁ? …………あっ、あああ…………も、もしかして……」
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時は少し遡り。
冒険者ギルドにある、ギルドマスターの執務室に、噂の2人が訪ねていた。
「本当に、活動なさるのですか? 」
緊張のあまり、汗が止まらないギルドマスターは、何度も手ぬぐいで顔を拭きながら、対面に腰かける2人に問いかけた。
「ああ、もちろんだとも。これには深い事情があるのだが、それは聞かないでくれよ」
赤い仮面で顔を隠している1人がそう返事をすると、ギルドマスターは了承したように頷き、金色の仮面で顔を隠すもう1人に向き直り話しかけた。
「それは、重々承知しております。しかし、陛━━━━」
「んっ、んんんっ!コホン」
金色の仮面越しから、威圧感を感じる視線を向けられ、慌てて謝罪を述べるギルドマスター。
「た、大変、申し訳ございません。『金狼仮面』様は、王城━━━━」
「ん˝っ、ゴホゴホッ!!」
金狼仮面は言葉の訂正を促すように大きく咳き込んだ後、ふてくされた様に腕を組みそっぽを向いた。
「っつ、ま、またしても、申し訳ございません……」
恐縮し言葉を失っているギルドマスターと子供の様にふてくされる金狼仮面の姿に、盛大に吹き出し笑う赤い仮面。
「クッ、フハハハハハ━━なぁ、金狼仮面よ。やはり、家に戻り本来の務めをこなした方が良いのではないか? 」
「はっ、何を言っている。赤狼仮面一人では大変だろうと思い、ここまでやってきたのだぞ。今更、引き返せるか」
「それで、本音は? 」
ニヤリと笑い、言葉を引き出そうとする赤狼仮面に対して、開き直ったかのように金狼仮面は答えた。
「…………お主一人だけで活動してみろ、ランクが上がってしまうではないかっ。一緒に結成したパーティ内で抜け駆けは許さん」
「抜け駆けですか……そう言えば、緑狼仮面に声をかけましたか? 」
抜け駆けという言葉で思い出したのは結成時に居たパーティメンバーの事である。
金狼仮面を筆頭に、銀狼仮面、赤狼仮面、紫狼仮面、緑狼仮面の5人パーティ。
女性メンバーである銀狼と紫狼には、各自報告は済ませてあるのだが。
「…………いや、お主が声をかけたのではないのか? 」
「いいえ」
「あとで、文句を言われそうだな」
「確かに…………」
緑狼仮面と呼ばれる者に声をかけなかった2人は、事後報告した時に言われるだろう文句を想像し項垂れてしまった。
爽やか笑顔が印象的な緑狼仮面は、一度怒らせると質が悪いのだ。
「しかし、声を掛けたとして来ますかね? 」
「どうであろうな……下の息子が小さいから、来ないかも知れんな」
「金狼仮面の所も小さいではありませんか。まだ、4歳ですよね」
「それを言うなら、お主の所も━━━━ん、8歳か……なら、平気か」
「もう、愛らしくて、放って置くことなど出来ませんが。これも、平和の為に致し方ない事なんでね」
「うむうむ、平和のために致し方のない事だ。次代を担う子らの為にも、我らが頑張らなくてはなっ」
「あのぉ、そろそろお話を進めても宜しいですか? 」
金狼仮面と赤狼仮面の会話に付いていけないギルドマスターが、おずおずと手をあげて話を進めようと提案する。
「失礼した。話を進めてくれ」
「うむ、頼む」
「それでは、話を進めたいと思います。まず……金狼仮面様と赤狼仮面様は本来のお仕事に影響がないという事でよろしいですね」
「「うむ」」
2人が大きく頷くのを確認して、ギルドマスターは話を続ける。
「各国に点在するギルドに呼びかけ、不審な一団や組織などがないかを調べ、おかしな事件などをお知らせする。そして、お二人が現地に赴きたいと思う事案に関しては、ギルマスである私が指名依頼をするという事で、間違いないですね? 」
「「うむ」」
再び、2人が大きく頷くのを見たギルドマスターは、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「指名依頼という事ですが、報酬などについてはどういたしましょう? 」
互いに顔を見合わた後、顎を撫でながら思案し始める金狼仮面と赤狼仮面。
腕を組み、唸ったと思ったら赤狼仮面が口を開いた。
「金品に関する報酬は必要ないのだが、ランクは上げて欲しい。現在、Sランクで止まってしまっているからな。…………確か、最高ランクはSSだったな? 」
「いえ。正確には、SSSランクまで御座いますが、そこまでのランクに到達する者がいないというのが現状でございます」
「そうか!ならば、世界初のSSSランク冒険者になるのは、私で決まりだな」
そうきっぱりと告げた赤狼仮面は、何やらニヤケ顔を浮かべ想像の世界へ旅立ってしまった。
その姿を見た金狼仮面が、現実に引き戻そうと肩を揺さぶる。
「おい、おい。いい加減にしないか」
「ん、ああ、陛………いや、金狼仮面。なんの御用ですか? 今、愛娘から称賛を浴びる未来を想像して忙しいのですよ」
「…………気持ちはわからんでもないが、後にしろ。そもそも、其方が先にSSSランクに上がるとは限らないではないか。私が先に、SSSランクになる可能性もある! そうなると…………」
今度は金狼仮面が、顎を撫でながら想像の世界へと旅立ってしまう。
口の端が上がっているので、称賛を浴びている最中なのだろう。
そんな二人の様子に痺れを切らしたギルドマスターは、頭を振り、話を纏めようと口を開いた。
「あのぅ…………話を纏めても宜しいですか? …………纏めますね。報酬の件は、ギルドの功績のみという事で決めさせていただきます。しかし、各国に旅に出られるとなると、長い期間、国を離れる事になりますが、本来のお仕事に差し障りはないのですか? 」
「ん、ああ、そうだ、忘れていた。━━━━これを各国の主要ギルドに送り、ギルドマスターの執務室に置いておくようにしてくれ」
赤狼仮面が、愛娘特製アイテムバッグから取り出しテーブルに乗せたのは宝珠である。
サクラ公国に大切に保管されていた宝珠は、本来、ヨークシャー王国の宝物の一つであった。
それを愛娘が持ち帰ったのを機に、魔法省で複製させた物だが、改良が加えられていた。
大本となる宝珠に全属性を注ぎ込む事によって使用可能となり、各宝珠に刻みつけられた印の通りに力を注ぎ込むと、その宝珠の元へ転移するという訳である。
大本となる宝珠が親機として、各宝珠が子機とするならば、親機から子機、子機から親機への転移は出来るが、子機同士の転移は出来ない。
手間がかかり、技量も必要となるが悪用を避ける為、この様な仕様となった。
「これは? 」
虹色に輝く宝珠を一つ手に取り、ギルドマスターが尋ねる。
「それは、転移装置とでも言っておこうか。ある力を注ぎ込むことによって、つがいとなるもう一方へと転移するものだ。これを使う事によって、長い期間、国を留守にする事もなく依頼がこなせるという訳だ。書いてある指示通りの場所に送ってくれると助かる」
「承知いたしました」
「では、そろそろ戻りましょうか? 」
「うむ。あまり長い時間留守にしては、テランス先生に叱られてしまうからな」
そう言いながら、帰り支度をする2人に、ギルドマスターは深々と礼を執り、
「これからのご活躍を、心より期待しております」
と、お決まりの文句を告げた。
「「ああ」」
軽く手を振り出ていく2人の背を見送った後、ギルドマスターは盛大に息を吐き呟いた。
「はぁぁぁぁ、疲れた………」
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「あ、あなた達はっ。伝説の冒険者の━━━━」
ギルドマスターの執務室から出てきた2人に、イネスは飛びかからんばかりの勢いで詰め寄っていた。
「おお、私達は伝説になっているのですか? 」
「そうなのか? さすがと言っていいのだろうな」
伝説という言葉に気を良くした2人は、ワナワナ震えるイネスの次の言葉を待つのだが。
「して、何か用があるのか? 」
待ちきれなかった金狼仮面が、用件を聞こうと、イネスの顔を覗き込んだ。
「っ!!い、いえ、用件という程の事はないんですが。あなた達に憧れ、冒険者になった者も多く、少しでも話を聞かせていただければと思いまして……」
顔を真っ赤にして俯き、そう告げるイネス。ここにガストンがいれば、やきもちを焼いたに違いないだろう。
しかし、仮面越しでも美丈夫っぷりを垣間見せるとは。さすが、金狼仮面である。
「ふむ……話をするのは構わないが。あまり時間もないのでな。エール1杯分だけでよければ、付き合おう」
「そうですね。それくらいの時間であれば、テランス先生に叱られるのは金狼仮面だけに留まるでしょう……」
と、赤狼仮面は尻すぼみ気味に答えた。
「ん? 最後がよく聞き取れなかったんだが」
「いえ、なんでも御座いません」
「そうか。ならば、エールを頼みに行こう」
「はい」
カウンター席に着き、エールを頼んだ2人は、イネスに何を聞きたいのかと尋ねた。
「数々の功績を残したまま、パッタリと活動しなくなった訳はなんですか? 」
イネスが投げかける質問に関心があるのだろう、冒険者達が群がって来た。
「人口密度が高いな……まぁ、いい。活動しなくなった訳は、忙しくなったからだな」
赤狼仮面の答えに、うんうんと頷く金狼仮面。
その答えが腑に落ちないながらも、それ以上の言葉は引き出せないと踏んで、質問の切り口を変えたイネス。
「では、活動再開をした理由はなんですか? 」
その質問に、うんうんと頷く冒険者たち。
「詳しい訳は話せないが。冒険者としてやるべき事が出来たからと言っておこう」
エールをグビっと飲み、そうだと頷く金狼仮面。
イネスは負けじと、更なる質問を投げかけた。
「では、活動休止していた時は、おもに何をしていたんですか? 」
伝説の冒険者である2人の事だ。さぞかし、心が浮き立つような話をしてくれるだろうと踏み、この質問をしたのだが。
「何をしていたかと問われてもな……」
「そうだな……一番、力を注いでいたのは、子育てではないか? 」
「それだっ!金狼仮面は、なかなか良い事を言いますね!確かに、子育てには精一杯、打ち込んできた。そのお陰で、娘と息子は天使の様に愛らしい。いや、天使の様に愛らしいのは、生まれつきだな」
「うむ、我が息子も愛らしいぞ。いや、愛らしいばかりではないな。勉学にも励み、剣術の鍛錬も怠らず行う姿は頼もしささえ感じさせる。下の息子も、愛らしさだけではないぞ。まだ4つだと言うのに、難しい本を読み始めているのだからな━━」
イネスを含む冒険者達そっちのけで、子供自慢に花を咲かせる金狼仮面と赤狼仮面の会話は暫く続いた。
そして、熱が入り過ぎたのだろう。のどが渇いた2人はエールを一気に飲み干した後、空になったグラスを覗き込んだ。
「飲み終わりましたし、そろそろ、戻らないといけませんね」
「おお、そうだな。戻ろうか」
帰り支度を始めた2人に、話し足りなそうな顔を向ける冒険者達。
「これからは度々、ギルドに足を運ぶからな。話を聞きたかったら、その時に声をかけてくれ」
「うむうむ、気軽に話しかけてくれて構わんぞ」
と、告げると酒場内に歓声が響いた。
2人がギルドを後にした後、冒険者達は、夜遅くまで盛り上がっていたという。
「質問の切り口が悪い」「冒険に関する事を聞かなきゃあな」「おお、そうだよな。まずは、伝説の発端となったオークキングを倒した話が聞きたいぜ」「剣で飛んでるハーピーを倒したとも聞いたぞ」等々。
話は尽きず……。
結果、聞きたい事柄を紙に纏め、ギルド酒場に貼りつけるに至ったそうだ。
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王城に戻り、仮面を脱いだ2人は、神妙な面持ちである人物の前に出た。
小柄でぽっちゃりした体形からは想像出来ないほどの鋭い眼光。
白髪に染まった長い髭を撫でながら、厳しい口調で2人に問いかける。
「遅うございましたね」
「「テランス先生。遅くなり申し訳ございません」」
深々とお辞儀をし、詫びる姿は子供っぽさを感じさせる。
このテランス先生と呼ばれる人物は、名をテランス・ブリアードと言い、現王フレデリックが王太子時代の教育係をしていた人物である。
自領で隠居をしていたテランスを、フレデリックやアベルが留守を任せるのに適任だと思い呼び寄せたのだ。
幼い頃に厳しく躾けられたせいもあるのか、未だに頭が上がらないフレデリック現国王。
その厳しさは友である、アベルも身をもって知っており同じく頭が上がらない。
「いえいえ、陛下や閣下に頭を下げられると、こちらの方が恐縮してしまいます。それで、恙なく済んだと思ってよいのでしょうな? 」
年老いて隠居をしている身とは思えないほどの鋭い眼光を向けられ、ピシッと背筋を伸ばし、元気よく返事をする2人。
「「はい」」
「では、詳しく説明していただきましょうか」
テランスにそう促され、2人はギルドマスターとのやり取りや、宝珠の手配や説明についてギルドであった出来事を事細かに話した。
事細かく説明し過ぎたせいで、寄り道していた事を悟られ、子供の様に叱られる2人であった。
その後。
「お主が事細かく話したせいだからな」
「何を仰っているのですか。テランス先生に嘘を吐けと? 」
「いや、そうではないが……ぼかしても良いところだったのではないかと言ってるんだ」
「それで、遅くなった理由を問い詰められ、白状させられたら、より叱られるではないですかっ」
「…………確かに…………もうよい」
「…………そうですね」
なんだかんだと仲の良い、2人なのである。




