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楽しい転生  作者: ぱにこ
71/122

其の壱

 代々魔王は、血筋で決められていた。

 魔王に必要なのは、強大な攻撃力でも、身体能力でもない。

 王族の男子のみに受け継がれる魔眼、魔族が得意とするあらゆる特殊攻撃、能力強化を無効化するというもの。

 それが発現した者だけが、魔王となれる。

 特殊攻撃や身体能力強化を強みにしている魔族は、強大な技であろうとも、精神攻撃であろうとも通用しない魔王を目にすると、猛獣の檻に丸腰で放り込まれる様な気分になるという。


 先々代魔王の子は娘2人。

 姉の『カミラ』妹の『エレオノーラ』は、父が死去し、苦肉の策として仮初めの魔王をたてる事を決めた。

 その仮初めの魔王に父の側近であった『バルバナス』が選ばれ、姉のカミラが嫁いだのだが。

 魔王の重責に耐え切れず、バルバナスは酒に溺れ、女に逃げる様になってしまった。

 仮初めの夫婦であろうとも、魔眼を持つ男児を生むために沈黙を貫いていたカミラ。

 そんなカミラの前に、女が子を産み死んでしまったので育ててくれと連れてさえこなければ、子が男児でさえなければ、バルバナスは生きていただろう。

 粛清を受け、死に至ったバルバナスの子『ベルンハルト』は次代の魔王として、妹、エレオノーラの伴侶となる為に魔王城で大切に育てられた。

 

 そして、待望の男児が生まれ数年。

 安泰かと思われた魔王城に危機が訪れていた。


 王族のみが知る隠し通路にカミラの姿があった。

 小さな蝋燭を手に取り、足音を消すため靴を脱ぎ、息を殺しながら歩いている。

「…………」

 王族の各部屋に繋がっている隠し通路の存在は知られていないとはいえ、油断は出来ない。

 薄暗い通路を歩きながら、カミラは先ほど見た光景に唇を噛みしめる。

 

 血だまりに沈む最愛の妹の姿。憎い相手の子とはいえ愛情を持って育ててきた息子は、口から血を流し死んでいた。

(誰が、誰があんな惨いことを……)

 妹の亡骸に縋り付き、怒りに飲み込まれそうになるカミラを引き剥がし宥めたのは、長年護衛を務めている『リヒャルト』だった。

 

 王と王妃が殺されたのなら、次は孫でもあり、甥でもある次期魔王候補のあの子の命が危ぶまれると。

 裏切者がわからぬゆえ、誰も信じず、魔王城を脱出し、魔眼が発現する年になるまで身を潜める様にと。

 

 リヒャルトの言葉に従い、カミラは動き出したのだ。

 知らない者はただの壁にしか見えない場所で足を止めたカミラは、壁に手を付けた。

 仕掛けが施された壁は、手順通りに押すことによって開かれる。


 ━━ゴゴゴ


 重い石壁が動き、人が一人通れるほどの道が開けた。

 その道をさらに辿り、また何もない壁に手を付けると、足元の壁が少しだけ持ち上がる。

 カミラは屈んで、壁の先にいる者に声を掛けた。


「ダミアン、アガーテ、いるの? 」

 最愛の妹の子供である双子の姉弟、アガーテとダミアンに。

 

「「カミラさま? 」」

 双子の姉弟は、伯母でもあり、祖母でもあるカミラの事を名で呼んでいる。

 

「そうよ。ここから入って、こちらにいらっしゃい」

 隠し通路と向こう側は腰の高さほどの段差があり、出入り口は絵画に隠されている。

 声の出所を探すため、双子はキョロキョロと辺りを見回していた。

 カミラは絵画をずらし、所在を知らせたが、双子は互いに顔を見合わせ、首を傾げるだけだった。

 何故、伯母であるカミラがこの様な所から呼びかけてくるのか理解できないからだ。

 

「事情は後で、説明をするから早くいらっしゃい」

 悠長に説明している暇はない。時間稼ぎと船を用意する為に別れた、リヒャルトが外で待っている。

 急がなければいけないと、双子に向かって急かすように話しかけた。


 ダミアン、アガーテの順に引き上げ、二人を抱きしめるカミラ。

 そして、温かい二人の体温を感じると、無残に命を奪われ冷たくなった妹を思い出し、涙が溢れた。


「カミラさま。なぜ、ないているの? 」

 カミラの顔を覗き込みながら、アガーテが尋ねた。

 今は、その問いに答えるべきではない。

 理由を聞き、双子が錯乱しては困る。誰も信じられないこの状況で、泣き叫ぶ声を聞かれても拙い。

 カミラは双子を安心させる様に笑みを浮かべて、これから成すべきことを説明する事にした。


「裏切者が現れ、あなた達の命を狙っています。ですから、一刻も早く、魔王城を脱出する必要があります」

 

「「えっ……」」

 突然、命が狙われていると聞き、戸惑いを隠せないまま放心する双子にカミラは話を続けて聞かせる。


「真の魔王が不在の今、あなた達を守りながら戦うのは不利なのです。(裏切者が特定できない今、反撃に出るのは得策とは言えない)だから、ダミアンの魔眼が発現する時まで時間を稼がねばなりません」


 ダミアンは俯きながら、「では、まがんがはつげんしたら、かえってこれるのですか? 」と、絞り出すような声でカミラに問うた。

 「ええ、ダミアンが真の魔王として君臨する時、裏切者の粛清も魔王城奪還も叶うでしょう。ですから、今は生きながらえる事だけを考えなさい」


「「はい」」


 幼いながらも信念を感じさせる力強い返事を聞き、カミラは安堵した。

 

「では、急ぎますよ」

 双子の手を引き、カミラは脱出口へと歩みを進めるのだった。


 ・

 ・

 ・


 そして、魔王城から少し離れた川縁にある脱出口へと辿り着いた3人は、草陰に隠れ、人の気配がないかを探る。

 深夜という事もあり、聞こえるのは虫の鳴き声だけ。

 緊張の糸を解すのは気が早いが、ようやく息が出来るとばかりに、カミラと双子は大きく深呼吸をした。


「ここからは、走るわよ」

「「はいっ」」


 新たに気を引き締め、カミラは脱いでいた靴を履き、双子の手をしっかりと握りしめ、船着き場へと急いだ。

 川を下り、潮風が頬を撫で始める頃には空が白み始めていた。

 夜明けとともに見つかってはまずい。

 船着き場を目前にし、駆ける様に向かうと、リヒャルトが船に荷を乗せていた。

 船といっても、客船などではなく、漁業を行う者が使う小船である。

 この船で大海原を駆け、無事逃げ果せるのだろうかという不安は付き纏うが、裏切者に捕まり死ぬよりはマシだと思う他ない。

 

「ご無事で何よりでございます。ささっ、早くお乗りください」

 リヒャルトに促され、ダミアン、アガーテを船に乗せるカミラ。

 そして、漕ぎ手であるリヒャルトが乗り込むのを見計らって、カミラはロープを解いた。


「カミラ様、早くお乗りください」

「「カミラさま、はやくっ」」


 双子とリヒャルトが焦る様に訴えるが、カミラは微笑んだまま、両手を広げ呪文を唱え始めるのだった。

 魔眼を待たない王族は、他の幹部クラスの魔族と比べると劣った能力しかない。

 しかし、カミラは後ろに迫り来る追跡者から、双子を守らねばならなかった。


「『風の使者に命ずる。彼の者を守る盾となり、進む帆となれ』━━━━リヒャルトっ!子供達を守って!ダミアン、アガーテっ!必ず、魔王城を奪還するのよっ!」


 唱えた呪文により、風が船を包み、勢いよく進み始めるのを見届けると、カミラは踵を返し、追跡者の元へを走って行った。


「「「カミラさま(様)っ!!」」」


 3人の悲痛な叫び声は、波音にかき消され届かない。

 双子は互いに身を寄せ合い、カミラの身を案じる。

 リヒャルトは託された思いを遂行するために、力強く舵を取るのだった。


 ・

 ・

 ・


 主の居なくなった玉座に座り、息を吐くコルドゥラは洗脳した幹部に退室するように命じた。


「暫く、一人にしてくれ」

『ハッ!』


 そして、一人になったコルドゥラはニヤリと口端を上げ、亡き友アヒムに語り掛ける様に思考を巡らせる。

(アヒム、ようやく魔王城を落としたぞ。ここで力を蓄え、いずれあの化け物に復讐をしてやるからな)

 アヒムの亡骸を侯爵から手渡されたあの時。

 コルドゥラの中で何かが芽吹いた。

 その何かは、アヒムの体から漂う黒い靄を吸い込んで、コルドゥラの中へ引き込んだのだった。

 今でも理屈はわからない。しかし、アヒムが得意としていた『洗脳』が使える様になったばかりか、力も格段と上がったのだ。

 その何かは、常に黒い靄を欲する。黒い靄を与えないでいると、コルドゥラ自身の意識がなくなり暴走する。暴走時の記憶は無いとはいえ、血の海と化している現場を目にすると自ずと理解は出来るというもの。

 それでは、黒い靄をどうやって手に入れるのか。

 それは、遺跡での戦いでボロボロになった体を癒しながら、魔大陸へと戻る時に理解した。

 弱った獲物だと思い襲ってくる魔物と対峙した時、より強い魔物を洗脳し戦わせたのだ。

 そして、命尽きた魔物と洗脳した魔物の両方から黒い靄が現れた。

 死んだ魔物と生きているが洗脳した魔物との違いは何なのか。

 その違いを確かめる為、行く先々で魔物を洗脳してみた。

 洗脳し、一定の時間が過ぎると黒い靄が発生する。そして、その靄を取り込むと、その魔物は力尽きる。

 自然に朽ちた魔物は、黒い靄を出さない事もわかった。

 コルドゥラは結論付けた。洗脳がカギなのだと。

 

 魔大陸へと戻ったコルドゥラは作戦を練った。

 アヒムが生きていた頃は幹部になる事が夢だったのだが、友の居ない今では何の意味もない。

 まずは、魔族の幹部を洗脳し、そして殺めた者の靄を取り込む。

 そうやって取り込み続けていれば、いずれあの化け物を倒せるほどの力を手に入れられるだろうと。

 それには、魔眼持ちではないとはいえ、魔王が邪魔である。

 魔眼が発現していないとはいえ、王子も邪魔である。

 ならば、王族を皆殺しにしよう。


 そして決行された魔王と王妃の暗殺。

 これが、事の真相なのであった。


「コルドゥラ様っ!カミラを捕らえました!」


 幹部の一人である『ジーモン』が声高々に叫び、引きずってきたカミラを投げる様に差し出した。

 コルドゥラは玉座に座しながら、冷え冷えとした声色と視線でカミラを見据え言い放つ。


「なぜ、殺さなかった」

 その言葉を聞いたカミラは、散々痛めつけられ弱った体を起こし、コルドゥラを睨みつけた。

 そして、「この裏切者っ!!」と、叫ぶ。


「フハハハハッ、邪神を崇拝し、邪神復活に心血を注いできた魔族が、邪神の欠片を宿し、強大な力を得た我を裏切者呼ばわりするとはなっ。ジーモン、殺せ」


「ハッ!」

 命を受け、カミラを縊り殺そうとしたジーモンだったが。

 カミラの安堵に満ちた顔を見て、コルドゥラはニヤリと笑い、違う命を与えた。


「いや、待て。逃げた王子と王女の前で処刑する方が楽しそうだな……その時が来るまで、牢にぶち込んでおけ」


「ハッ!」


「こ、このっ、裏切者ぉぉぉぉぉッ!!!今すぐ殺せっ!!!」


 ジーモンに引きずられながら、カミラの懇願とも思える怒声が響き渡る。

 しかし、その声に応ずる者は誰もいない。


「ハハハハハ。カミラよ、その時が楽しみだな」


 再び、静寂が訪れた玉座の間でコルドゥラは静かに呟くのだった。


 ・

 ・

 ・


 陸から遠ざかり、沖に出た船の上で、リヒャルトはダミアンとアガーテに事の次第を説明していた。


「では、ちちうえとははうえは……」

 絶望に彩られた瞳で、両親の安否を確認するダミアンに、リヒャルトは首を振り答えるだけだった。


「そ、そんなっ……では、カミラさまも……」

「…………」


 リヒャルトは、アガーテの問いに言葉を詰まらせたが、何かを振り払うように首を振り答えた。

「……いえ、この目で見た訳ではありませんので、カミラ様はご無事だと信じましょう」

 あの状況下で、無事逃げ果せるとは思えないが、万が一のことがある。

 この場で、双子に希望を持たせるという意味合いも込めてそう告げた。

 リヒャルトの言葉を聞いたダミアンとアガーテは、流れる涙を袖で勢いよくふき取り、コクリと頷いた。



 カミラの呪文のお陰で、船は順調に進んでいる。


「この潮の流れでは、人族の住まう大陸に着く可能性が高いと思われます。魔族と人族の間には相いれぬ確執がありますが、決して反発せず、決して殺めず、人族に溶け込んでください。そして、魔眼が発現するその時まで耐えて下さいます様、お願い申し上げます」


 人族の住まう大陸で、魔族が横柄に振舞っていたら、即刻叩きだされるだろう。

 2人が成長するまで、どんな苦渋を味わったとしても、リヒャルトは耐える覚悟をしていた。

 そして、幼い彼らにもそれを耐えて欲しいと願った。

 

「わかっている。ひとぞくのすまうたいりくで、さわぎをおこすつもりはない」

「わたしも、りかいしています。ダミアンのまがんがはつげんするまで、はくがいされようが、たえてみせます」


 気丈には振舞い、静かにそう言い放ってはいるが、死んだ両親との別れもしていない双子の心は荒波の様に荒れ狂い復讐心を燃やしているのだった。

 

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