44話
「我が家から通ってもよろしいではありませんか……」
「しかしだね、ルイーズ。君の身体能力から言えば、それは可能だろうが、学園の規則で寮に住むことは決められているのだよ」
ただいま、家族会議中です。
私もすくすくと成長して、10歳になりました。
10歳と言えば、そう!学園です。
貴族の令息や令嬢の通う『コモンドール学園』に入学しなければなりません。
学ぶことは良いのですが、入寮するのが嫌でごねている真っ最中なのです。
だって、寮に住むと毎日天使に会えなくなるのよ。
昔、サクラ公国に行った帰りなんて、ジョゼ会いたさが募り、行きがひと月弱かかったのに対して、帰りは1週間という驚異のスピードを出したの。どんな手段を用いたのか気になるでしょう?
難しい事ではないわ。浮遊魔法と風魔法を応用して、馬車ごと空を飛んで移動しただけですもの。
あの時は、父様も私もホームシックが酷くて…………真っ当な判断が出来なかったのね。
だから、あんな無茶なことが出来たのだわ。
そして、よく誰にも見つからずに済んだものだわ…………。
そんな前例があるから、私も強気で攻めます。
走って通っても、ほんの2~3分の距離だし、飛んで行けば1分もかからないもの。
「それでは、可愛いジョゼや家族と3年も離れて暮らすことになるのですよっ!3年も離れて父様はお寂しくないのですか?私は寂しくて、夜な夜な泣いてしまうかもしれませんわ」
腕を組み、頬を膨らませて抗議します。
「うっ、確かに。3年もルイーズと離れて暮らすのは、父様とて我慢が出来ないかも知れない━━━━前例がなければ作ればいい。そうだ!作ればいいんだ。よしっ、ルイーズ!今から、学園長……いや、陛下に直訴しに行こう!!」
父様はそう仰ると、私に手を差し出しました。私はその手を掴み、父様の目を見つめ、頷きます。
いざ参りましょう!直訴へ…………。
……しかし、
「旦那様っ!そして、ルイーズっ!ここにお座りなさいませ」
私達の行く手を阻むかのように、母様の怒声が響き渡りました。
母様は菩薩の様な笑みを浮かべ、ソファを指差しております。
これ、逆らってはダメなやつだわ。
「「はい…………」」
しょぼんとしながら、父様と私がソファに腰かけるのを見届けると、母様が口を開きます。
「寮生活で家族に会えないのが寂しいのは理解できます。ですがルイーズ、よくお聞きなさい。寮生活は息抜きが出来る場でもあるのですよ。確かに淑女らしく節度のある生活をして欲しいと思っておりますが。父様や私の監視がなく、いつでもお友達とおしゃべりしたり、時には各お部屋でお泊り会をしたりして、羽目を外すことが出来るのも、寮生活ならではの事。それを捨ててまで、我が家から通うのですか?」
「お友達とおしゃべりしたり、お泊り会ですか?…………楽しそうですね」
「そうでしょう?母様も仲の良いお友達と、よく朝までおしゃべりしたりしたものです。貴族として生まれ、気の抜けない毎日を過ごしましたが、寮で生活した日々は本当に良い思い出となっております。ですから、ルイーズにも良い思い出を作って欲しいのです」
「母様…………でも、寂しくなったらどうしましょう?」
「その時は、帰ってくればいいのです。10歳になったとはいえ、ルイーズはまだまだ子供なのですから、甘えに帰っていらっしゃい」
「はい、母様」
とりあえず、お友達を作って寂しさを埋めましょうか。
ジョゼに会いたい気持ちが埋まるとは思えないけれど、徐々に弟離れしなくてはいけない時期なのかもね…………。
う~ん、出来るかしら?!それもこれも、ジョゼが未だに天使なのがいけないのよ。
剣術の鍛錬でも攻略対象者らしく、なかなかのチートっぷりを見せてはくれるけれども、鍛錬が終わると、ふにゃっと笑うのよ。あれは天使の笑みだわ。
私が料理中でもくっ付いているし、魔法の鍛錬中も見学しているし。
うん?
「母様。ジョゼはお部屋にいますか?」
「ええ、部屋で休んでいると思うわよ」
「では、父様、母様。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
父様と母様にお休みの挨拶をして、いそいそと退室します。
向かうはジョゼのお部屋。
ジョゼの部屋の前まで来た私は小声で尋ねます。
寝ているジョゼを起こしてしまわない様に。
「ジョゼ。もう休んでしまった?」
「ね、姉さま?どうぞ……」
ジョゼは起きていたようですね。
ドアを開けて、部屋に入るとジョゼがソファで突っ伏しておりました。
「ジョゼ?」
声を掛けると、ジョゼが顔をあげて涙を拭い笑みを浮かべます。
そして、少し震える声で懇願するように語りかけてきました。
「姉さま……週に1度はかならず帰ってきてくださいね。休みの日は剣術のてほどきをおねがいします。それと、お菓子も作ってください。姉さまが作る料理もおいしいから、それも作ってください。あと…………冒険者になっても、あぶない事はしないでくださいね」
「ええ、約束するわ。休みの日は帰ってくるし、ジョゼの好きなお菓子や料理をたくさん作るわ。そして、冒険者になっても、絶対に危険な事はしないと誓うから、安心してね」
ジョゼの頭を撫でながら、安心させる様に穏やかな口調で伝える。
サクラ公国から帰った時以来、ジョゼはずっと私から離れなかった。
全てを話すことは出来なかったけれど、私が危険な目にあった事は幼いながらも理解していたのでしょう。
「きっとですよ。きけんな事はぜったいにしないでくださいね。ぼく、ぴよたろうといっしょに待っていますから、かならず帰ってきてくださいね」
「必ず、帰ってくるからね。ぴよたろうのお世話をお願いね」
そう約束すると、ジョゼは柔らかな笑みを浮かべて寝息を立て始めます。
安心したのね。
涙を浮かべるほど心配して、こんな夜更けまで起きていてくれたなんて、嬉しいわ。
可愛い天使の髪を撫でながら、これからの事を考えます。
ケンゾーは10歳になった時、従者を休職と言っていいのかな?!しました。
貴族として生まれた者は必ず学園に通う必要があるからです。
健康上に問題がある場合は免除されるのだけれど。
そのケンゾーも私の入学と入れ替わる様に、学園を卒業するはずが留まっております。
貴族という者は従者や侍女が必要なのですが、男子寮では従者のみ、女子寮では侍女のみと決まっているのです。
ですから、ケンゾーは私が通う3年間、従者として傍に控える事が出来なくて、違う方法を考えたのです。
その方法は剣術の特別講師……いや、確かに、剣術の腕前は年々上がってはいるのだけれど、私と大差ないからね。
学園での剣術の授業は期待できそうにないわ……。父様とか師匠とか来てくれないかしら?
その内、頼んでみましょう。
私としては、この屋敷に戻って、ジョゼに付いていて欲しいし、ぴよたろうのお世話もして欲しいのだけれど。
ケンゾーの優先順位の一番が私だからね……うん、従者の鏡だわ。
しかし、3歳違いって便利なようで不便よね。
いち早く冒険者となったケンゾーはすでにCランクまで上がっているし……。
ナギもCランクって言ってたわよね。でも、ナギに至っては、Bランクの試験が護衛依頼をこなす事だったから面倒臭いといって受けてない。受けたらいいのに。
早く2人に追いつきたいわ……。
入寮が明日で、入学式が明後日でしょう。
明後日の午後は貴族の令息、令嬢の社交界デビューの日として、舞踏会が開かれる。
面倒くさいけれど、逃げられないのよね。
冒険者登録は明日の午後にでも行ってみましょうか。
フェオドールも明日、入寮するはずよね?!誘ってみましょう。
サラッと冒険者登録をする流れになっているけれど、父様に一撃を入れられた訳ではなく、許可だけ頂いたの。
ケンゾーもいるし、きっと安心されたのね。
可愛い天使の頬を軽く突いて、ベッドに移動させます。
ジョゼ、おやすみなさい。
◇ ◇ ◇
家族と涙の別れを告げ、学園へやってまいりました。
主に泣いていたのは父様なんだけれどね。
『ルイーズ!必ず会えるからね。待っているんだよ』と仰っておりましたが、どういう意味?
━━━━ぶるっ!
さむっ、暖かい陽気なのに、一瞬寒気が走りました。
父様、何か良からぬことを考えているのではありませんよね?…………うん、考えるのはやめておきましょう。
とんでもサプライズが待っている予感しかしませんもの。
さて、女子寮はどこでしょうか?
キョロキョロと辺りを見渡すと、校舎が見えます。
コの字型の3階建て木造建築で、なかなか立派な建物ですね。
少し離れたところのあれが寮でしょうか?北側と南側の建物のどちらが女子寮ですかね…………。
何故、私が迷っているのか?
それはですね、馬車に揺られながら来るのが面倒で、走ってきたからですよ。
侍女は馬車に揺られながら来るので、30分はかかるでしょう。
散歩がてら、南側から行ってみましょうか。
テクテクと一人で歩いていると、突如殺気が放たれましたっ!
何奴っ、と思い回し蹴りを繰り出します!
━━ビュン!
「っ!!お嬢様っ!ス、ス、スカートッ」
「おおっと、ケンゾーでしたか」
うまく回避しましたね。当たっていたら、むち打ちになるところでしたよ。
振り上げた足を戻し、ケンゾーを睨みつけます。
「どうして、殺気を放ったのかしら?主に対して不敬ではなくて?」
「お嬢様でしたら、すぐに気がついて下さると思っておりましたのに、殺気以外の気配を未だに感じられないだなんて…………」
ケンゾーに呆れた調子で言われ、ご機嫌がななめになりました。
ぷくっと頬を膨らませて、そっぽを向きながら抗議します。
「殺気だけ感じられればいいじゃない。それ以外は無害なのだし」
「殺気を放たなくても、危害を加えようとする者もいるでしょう。もう少し、気を付けてくださいね。それとスカートで足技はおやめください━━━━」
ケンゾーのお説教が続いております。
気配に敏感になれというのは、過去の攫われた時の事を鑑みて言っているのだけれど、耳タコなのよね。
それに、殺気以外の気配を見つけるの苦手なんだもの……仕方がない。
後、スカートっていっても、下に短パンを穿いてるからいいと思うの。
制服は膝丈のスカートとブレザーで、貴族としてはどうなのよって感じです。
貴族の令嬢は足を見せてはいけないのよ。なのに、制服は膝丈……だれの趣味なのかしら?
もしかして、ゲームの裏設定?
それなら、納得が出来る。どうみても前世の学生服デザインだもの。
「聞いておりますか?」
「ええ、曖昧にだけれど、聞いているわよ。それより、女子寮の場所を教えてくれない?」
ケンゾーが深い深いため息を吐きました。
13歳になったケンゾーは身長も伸び、凛々しい顔つきをしております。
和風のイケメンね。周りはキラキラで目が痛い系のイケメンばかりだから、ホッとする。
師匠の若い時もこんな感じだったのかしらね。
泣き黒子があるかないかの違いだけで、本当にそっくりだわ。
「南側が女子寮で、北側が男子寮です。ちなみに、私も男子寮に居ますので、ご用命の折は、寮母さんに伝言をお願いいたします」
「へぇ、寮母さんがいらっしゃるのね、ありがとう。そうそう、後から、冒険者ギルドに行こうと思うのだけれど、ケンゾーも一緒に行ける?」
「ええ。この後、特に用はないので、お供いたします」
「では、フェオドールを見かけたら、声を掛けてもらえる?」
「フェオドール様ですね。あの方も冒険者登録をされるのですか?」
「去年会った時は、冒険者になるって言っていたからね」
去年、フェオドールの屋敷に遊びに行った時、冒険者になるかどうかを聞いたの。
攻略対象者には強くなって欲しいし、旅慣れもして欲しいから勧めたのだけれど。
凄い食いつきっぷりだったわ。
瞳をキラキラ輝かせながら、なるって言っていたから大丈夫でしょう。
「そういえば、ダリウスは冒険者になっているのかしら?」
「ダリウス様ですか?登録はされておりますよ。私が剣術科でダリウス様が魔法科ですので、お会いする機会はあまりありませんでしたが、噂ではDランクに上がったと聞いております」
うわっ!Dランクかぁ。1年違うだけで差が出るのね……。
「ねえ、聞いたことがなかったのだけれど、冒険者の最低ランクっていくつなの?」
「Gランクからですね」
Gランクなのね……。
ケンゾーが3年でCランクになったのだから、私も3年でCランクかBランクまで行きたい。
ふっふっふ、必ず追い越してやる。
「お嬢様?!不敵な笑みを浮かべて良からぬことを考えておいでなのですか?」
「いえいえ、不敵な笑みを浮かべてはおりますが、良からぬことではありませんわ。3年、いえ、2年でCランクまで上り詰めてみせましょう!という、心意気が笑みとして現れているだけです」
「ほほぅ、私と張り合うおつもりで?史上最年少の最短記録と言われた私を追い越すと。いいでしょう、受けて立ちましょう!ですが、成し遂げられなかった暁には、私の願いを一つ叶えていただきますよ」
「願い?従者を辞めたいという願い以外なら叶えてもいいわよ。ケンゾーに辞められると、困るもの」
「辞めたいとは思っていないので、申しませんが。叶えると仰いましたね。言質はとりましたよ」
「それで、願いは何?」
「それは、その時に申し上げます。逃げられると困りますので」
「いいわ、受けて立ちましょう!」
「「アーハッハッハ、アーハッハッハッ━━━━」」
2人で腰に手を当てて高笑いを響かせていたら、遠くから走ってくる人影が見えました。
うん?あれは私の侍女ね。
「ケンゾー、侍女が来たようだから、紹介するわね」
「はい」
息を弾ませながら、侍女がやって参りました。
侍女が呼吸を整えるのを待って、ケンゾーに紹介します。
「この度、学園内で私の手伝いをしてくれる『ナタリー・シェパード』よ。私の5歳の誕生会で会ったのを覚えている?」
『ナタリー・シェパード』誕生日パーティでダリウスと姉の『ナディア・シェパード』と一緒にやってきた子。
姉のナディアは王太子殿下の侍女で、必殺技の人である。
その妹であるナタリーが、私の侍女として3年間付き合ってくれる。
なぜ、3年間というと、家に帰るとジルもケンゾーもいるからね。
ジルは子育てがあるから、泊まり込みの寮生活は無理だし、男であるケンゾーも無理だし……。
そんなこんなで、学園生活の間だけ、侍女を雇う事にしたの。
本当は一人でなんでも出来るから、侍女なんていらないのだけど、雑用をする令嬢ってのも外聞が悪いってことで、母様に言い含められたのです。
「はじめまして、ナタリー・シェパードと申します。お嬢様が寮生活をされる3年という期限付きですが、よろしくお願いします」
「はじめまして、ケンゾー・シバと申します。3年間、お嬢様をよろしくお願いいたします」
ナタリーとケンゾーが挨拶を交わします。
ナタリーとの付き合いは浅いけれど、良い子だと思う。
真面目過ぎて融通が利かない所もあるけどね。
私の侍女を終えた後、ナタリーは同じ子爵家の嫡男の元へ嫁ぐのだそうです。
侍女は花嫁修業替わりなのだと言っておりました。
侯爵家で侍女を経験するのは、後ろ盾を得るのと同じことで、光栄なことなのだと。
ケンゾーと同じ13歳、3年後だと16歳か……貴族の令嬢としては適齢期だね。
私はいくつになったら結婚出来るのだろうか……。
巫女様との旅を終えてになるだろうから、前世の適齢期くらいかな?!
う~ん、結婚はしてもしなくてもどっちでもいいけれど、侯爵家としては嫁がなくてはいけないのよね。
…………ま、その辺りは父様にお任せしましょう。
「さて、ナタリー、寮へ参りましょうか!ケンゾーは午後に門の所で待っていてね」
「「かしこまりました」」
ケンゾーと暫し別れ、ナタリーと共に、寮へと向かいます。
初めての寮生活。
どんなお部屋なんだろう。
可愛い女子と仲良くなれるかな♪うふふ、楽しみだわ。




