其の拾四
洗脳が解けた隊員たちは浅深の度合いに関係なく、それぞれに記憶が残り、自己嫌悪に陥る者で溢れていた。
そんな隊員たちの様子を見兼ねたヒイラギが、大声を張り上げ叱責する。
「いい加減にしろっ!まだ終わってはいないんだ!任務を遂行しろっっ!!軽傷者は重傷者を手当てして、無事な者はおババ様を守れっ!」
『ハッ!』
失敗を悔いるのは後だと言わんばかりに、隊員たちが振られた役目をこなしていくが、この中で無傷と言える者はヒイラギとリョウブだけであった。
「隊長!カリンさんはどうしましょう?」
侯爵によって、意識を刈り取られたカリンをリョウブが指差しヒイラギに尋ねた。
リョウブとてカリンの心配をしていない訳ではない。……が、なんとも言えない腹立たしさが心を支配する。
眠り玉を投げようと試みたリョウブの邪魔をし続けたカリン。
ヒイラギと討ち合っているにも関わらず、投げた瞬間向き直り、吹き飛ばすのだ。
アヒムが足止めをしろと命を下し、侯爵の元へ駆けつけたカリンを見た時は、少し心が踊り、お灸を据えてもらえと、そんな感情さえ過ったリョウブ。
尋ねられたヒイラギがカリンをチラリと見やった。
「…………置いておけ。大した怪我もしていないだろう……」
首を振り、呆れたような表情を浮かべ、ヒイラギはそう告げた。
「了解しました!」
リョウブの清々しさを感じさせる返事が遺跡内に響く。
洗脳は解けたはずなのに、未だに喰らえと呟くナギに、当主は成す術を失っていた。
「おかしいのう……ナギや、邪神なんぞの言いなりにならず、戻ってこい」
近付き抱きしめてやりたいが、瘴気が行く手を阻んでいる。巫女による光魔法で、ナギの体も弾き返されていた。
ナギの意識が戻るのを待つか、もしくは、瘴気に触れ、ナギを抱きしめ覚醒させるか。
そんな葛藤を感じたのか、カツラが当主の肩に手をかけ首を振った。
「いけません。ここは、前世の知識を持つルイーズが覚醒した後に決めましょう」
カツラの言葉を聞き、当主は横たわるルイーズを見る。
(幼い少女に、どこまで負担をかけねばならぬのか……わしらが守ってやらねばならないはずなのにじゃ…………しかし、カツラの言い分も一理あるよのう。知識に関してだけは、聞いてみても良かろう。だが、先ほどの様に無茶だけはさせまい……)
「うむ、承知した。ならば、ルイーズが目覚めるまではこの状態が続く。おぬしは、先ほどからこちらを見つめている少年を助けてこい。━━あれはカツラの孫かのぅ?よく似ておるわい」
当主の言葉で視線の感じる先を見たカツラ。そこには、不安気な表情を浮かべ佇んでいるケンゾーの姿があった。
「っ、はい。孫です。孫のケンゾーと申します。おババ様、暫し、御前を失礼します」
「よいよい、愛い孫じゃ、ここはわしに任せ、慰めてやれ」
「ハッ!」
ケンゾーの元へ駆けつけたカツラは、頭を優しく撫で、声を掛ける。
「大丈夫だったか?」
「うん、先生がたすけてくれて、ぴよたろうもがんばったんだよ」
「ぴよたろうが?」
「そう、あのね、じっちゃん。ぴよたろうの目がピカッて光って、光があたったところが石になったんだよ。それで、たすかったんだけど……あとで、みんなにあやまらないと…………」
ケンゾーの話を纏めるカツラ。
(要するに、ぴよたろうの瞳が光り、石化させてしまったという訳か……しかし、洗脳されていたとはいえ、孫に手を出したのだ。あいつらにとってはいい薬になったかも知れんな)
「ケンゾー。あいつらは自業自得だ。謝ると言うのなら、一緒に謝ってやるが、文句を言って来る奴は、俺が叩きのめしてやる」
「えっ!いいよ。ぴよたろうが元にもどるって、いってたのをきいて、たくさんの人を石にしちゃったから……すこし━━」
「調子に乗ったのか?」
「…………うん」
しょんぼりと項垂れ、カツラの手を握るケンゾー。
確かにケンゾーはやり過ぎたかもしれない。ぴよたろうに細かな指示を出し、効果的な部位を石化させていたのだ。
それは、膝や関節といった具合に。膝を曲げたままの者は立ち上がる事が出来ず、立ったまま固められた者は機械人形の様な動きしか出来ない。
カツラはそんな者達へ視線を送った。
「ちょっと、面白い光景だな…………」
「うん…………あ、ごめんなさい…………」
カツラは、ケンゾーの頭を撫で「いいんだ、気にするな」と、呟いた。
「じゃあ、石化を戻そうか?ぴよたろう、頼んだぞ」
【ぴぃぃ】
ぴよたろうの瞳から、青白い光が放たれた。
それが解除の光であることを知らない者が逃げ惑う。光に包まれてしまい、痛みはないはずなのに、断末魔の様な雄叫びをあげる者もいた……。
次々と石化が解除されていく━━━━
石化部分が解除され、身体を確かめて感涙する者、仲間と抱き合い喜ぶ者もいる。
その光景を見たアルノー、カツラとケンゾーは感嘆の声を漏らす。
「おお、すごいね、じっちゃん」
「ああ、これは凄いな」
「素晴らしい……」
・
・
・
カツラがケンゾーの傍へ向かった後、ルイーズは覚醒していた。
「う、ううん…………」
洗脳されていた時の記憶は不鮮明だがあった。父である侯爵に刃を向けた時の記憶。
その後は、混乱して覚えていない……。
父である侯爵が怪我を負うはずがないと、信じてはいるものの、不安が過り、辺りを見回す。
「と、とうさま、どこ?」
しかし、侯爵の姿は見えず、瘴気を溢れさせているナギと対峙している当主の姿が目に映った。
ルイーズは当主の傍へ駆け寄り、声を掛けた。
「サクラおばあさまっ。ナギは、どうしたのですか?」
ナギよりも先に洗脳されてしまっていたルイーズは、ナギの異変を知らない。
「お、ルイーズか。目が覚めたのじゃな。……ナギは、魔族の者に洗脳され、意識を呑まれたのじゃよ……目を覚ますように、声を掛けているのじゃが、目覚めてくれん」
「せんのう?まだ、せんのうがきいていますの?」
「いや、もう、洗脳は解かれているようじゃ。なのに、戻ってこんのじゃ……」
洗脳は解かれているにも関わらず、戻ってこないナギの意識。
「サクラおばあさま、とうさまはどちらにいらっしゃるのですか?」
ルイーズは父である侯爵に助言を頼もうと思った。
(父様なら、何か良い手立てを思いつくはず)と信じて、当主へ尋ねた。
「ルイーズの父なら、逃げた魔族を追って外に向かったぞ」
「そ、そんな……」
頼ろうと思った父がいない。だからと言って、この場を離れる事も出来ない。
ルイーズは何か手立てはないかと、思考を巡らせる。
(邪神に意識を呑まれているのよね……さっきまでのナギは、邪神を押さえつけていたわ。では……意識をしっかりと持てば、邪神を再び押さえつけられるという事になる。どうする……ナギに語りかけてみる?頬を打ってみましょうか?)
「サクラおばあさま。ナギのほほをぶってみたら、いしきはとりもどせますか?」
ルイーズは、思いついたことを尋ねてみた。
「いや、打って起きるんじゃったら、もう、わしが打っておるわい。それにのぉ、瘴気には触れられんのじゃ。触れると、意識を呑まれてしまう。洗脳とは違う怖さがあるでの」
瘴気には触れられない為、却下されてしまう。
再び、思考を巡らせようと、視線を落としたルイーズは、ある物の存在を思い出した。
森の中で、意識を失う直前、服の中へ忍ばせたペンダントを。
(これよっ。ペンダントでナギと私が入れ替わったら、私が邪神を押さえられるわ。……でも、ナギの意識がないと、邪神と私が入れ替わる可能性もあるわよね?いえ、ゲーム上では、邪神は純粋な負の力の塊とされていた。それがこの世界でも適応されていたとすると、身体がもつ力までは入れ替わらなかった事を鑑みて、試してみる価値はあるわ。ナギと私の意識だけが入れ替わる。━━━━邪神に意思がないのを信じましょう。より完全にするため、ナギの意識が少しでも見えるといいのだけれど……)
ルイーズはペンダントを手に取り、当主へ一つの願いを伝えた。
「サクラおばあさま。じゃしんのちからを、よわめ、すこしでも、ナギのいしきをとりもどすことは、かのうですか?」
「ふむ、出来るかどうかと問われても、約束は出来んが、力を押さえ込むことは可能じゃ。何か良い案でもあるのか?」
「ええ」
ルイーズは当主の顔を見つめニコリと笑みを浮かべた。
当主はルイーズの策を信じ、神楽鈴を響き渡せる。
━━シャラン
「━━━━、━━━━」
当主により紡ぎ出された言の葉が、神聖な力を得て膨れ上がり、邪神を包み込んだ。
耳を劈くような絶叫が轟く。
「グアァアァ━━━━」
━━神聖な光は、ナギの身体を照らし続けているも、声がやんだ。
「ナギ?聞こえておるかのぉ、おババの声が聞こえたら、合図をしてくれるか?」
「ナギっ、きこえてる?ルイーズよ」
ナギが答える事はなかった。
しかし、ナギの体から溢れていた膨大な瘴気が、些少なものへと変化し、焦点の合わなかったナギの瞳が、こちらに注がれるのを見た2人は確信する。
ナギの意識がそこにある事を。
当主とルイーズは互いに顔を合わせ、コクンと頷いた。
「サクラおばあさま。いまから、あることをいたします。このペンダントはからだのなかみをいれかえることができるもので、わたくしとナギがいれかわり、いしきのはっきりとあるわたくしが、じゃしんをおさえようかとおもっているのです……」
「っ!!なんじゃとっ!駄目じゃ、容認出来ん。入れ替わると言うのなら、わしとナギが入れ替われば良かろう」
「いえ、サクラおばあさまには、まんがいちのときに、いてもらわなければいけないのです」
万が一、ルイーズが邪神に呑まれてしまった時、対処出来るのは当主だけである。
その為、一部始終を当主に見守っていてもらわなくてはならない。
真剣な面持ちで、ルイーズは当主へと懇願する。
「サクラおばあさま。もし、わたくしがじゃしんにまけてしまった…………いえ、そんなこころづもりでは、かてるものもかてなくなりますね。ぜったいに、かちます。じゃしんをおさえて、もどってきます。ですから、みまもっていてください。そして、とうさまが、もどられたおりに、おせっきょうはあとでおねがいしますと、おつたえください」
これが、今、ルイーズに出来る最善である事は間違いない。外へ出てしまっている侯爵が居ない隙を狙うのも、策の一つと言える。
この場に侯爵がいたならば、全力で止められるだろう……。
更にルイーズは続けた。
「それと、いれかわれるきかんは3かです。3かのうちにへんかがなければ、ナギがまた、じゃしんに、のまれるかもしれません……ですから、わたくしのからだにはいったナギを、よろしくおねがいします」
当主はルイーズの言葉を聞き、躊躇う。最善策とはいえ、無謀すぎる。
確かに、意識のはっきりしたルイーズならばナギの中へ入っても、対処出来るかも知れない━━
だが、出来ない可能性もある。
「やはり、賛成は出来ん……しかし、それ以外の策がない事も明白。ゆえに、わしは見守るしかないのじゃろうな…………」
「はい。おねがいします」
ルイーズが一歩前に出て、ナギを見つめた。
そして、指を切り、ペンダントへ血を落とす。
一瞬、ペンダントが光を放ちナギとルイーズを包み込んだ。
━━ドサッ!!
ルイーズとナギの体が崩れ落ちる。
咄嗟に、当主がルイーズの体を支え、声を掛けた。
「大丈夫か?おぬしはルイーズかなのか?ナギなのか?」
「う、うう、うん?あれ━━━━ぼく……」
「ナギかっ!無事とは言えんが、成功したのじゃな」
ルイーズとナギの入れ替わりは成功した。
当主はルイーズの身体に入ったナギを優しく撫でながら、ナギの身体に入ったルイーズの身を案じる。
瘴気は変わらず、溢れ出ていて近づくことは出来ないが、静かに眠っているように感じられる。
「ねえ、どうして、ぼくの体があっちにあるの?」
ナギの問いに、当主は悲痛な笑みを浮かべ答えた。
「ナギの身を案じたルイーズが、入れ替わりを提案したのじゃ。……入れ替わり、ナギの代わりに邪神を抑えると言っての……」
「うん?━━本当だ!ルイーズの体になってる……えっ、ぼく、女の子になったままなのっ?!」
ナギにとって、邪神との事よりもルイーズの体に入った事の方が衝撃だったようで。
膝をつき、項垂れている。
「安心しろ。3日で入れ替わりが戻るそうじゃ。しかし、ルイーズの意識が邪神に呑まれれば、元の体に戻ったナギは今一度、邪神に抗わねばならないが、それは大丈夫かの?」
「えっ、大丈夫だよ。さっきまで暗くてせまい場所に押し込まれて、声も届かないし、どうしようかと思っていたけど、もう大丈夫!」
「そうか、大丈夫なのじゃな。ならば、安心じゃわい」
「ぼくの体に、ルイーズが入っているんだよね?じゃあ、ちゃんと寝かしてあげたほうがいいんじゃない?」
「そうしたいのは山々じゃが、瘴気で触れられんのじゃよ」
「ぼくなら、大丈夫だよ━━」
そうナギは当主に告げ、自分の体を引きずって祭壇に寝かしつけた。
「ふぅ、これでよし」
「ならば、次はわしの番じゃの」
━━シャラン
「━━━━、━━━━」
光が祭壇を取り囲む。当主とナギが眠っていた折に施していた結界であり、悪感情を抱く者を阻むものである。
ルイーズが無事、目覚めるまでその時まで。
・
・
・
アヒムを倒した侯爵は、亡骸を抱え、遺跡の方へ歩いていた。
そこへ、一人の隊員が目に留まる。
ヨロヨロと歩くその者は変化したコルドゥラだったのだが、その事に気が付かない侯爵が声をかけた。
「どうした?怪我をしたのか?」
「い、いえ、平気です。っ!!━━━━」
いきなり声を掛けられ、驚くコルドゥラ。しかも侯爵の手には…………。
絶望に打ち震えるコルドゥラは、侯爵を睨みつけた。
「何故、その様な目をする?あ、この者か……敵だった者とはいえ、丁重に葬らなければならぬだろう」
侯爵にとって、種族、悪人など関係がない。人として生きてきた者は等しく、安らかに眠る場所が必要と思っている。
ゆえにアヒムの墓を建てるつもりで、亡骸を抱えていたのだ。
得も言われぬ感情がコルドゥラを支配する。
仲間であるアヒムを屠ったのは間違いなくこの化け物である。
魔族にとって、同族以外は虫けらと同じこと。屠った者は野晒しと決まっていた。
その様な者に、人の持つ優しさや慈悲は、理解できないだろう。
「あの、その者の亡骸は私がお預かりします」
「うむ、そうか。ならば、頼んだ」
預けられたアヒムの亡骸を抱き、侯爵の背を見送る。
姿が見えなくなると、コルドゥラは地に伏し、泣いた……。
「だから、言ったではないかっ!!化け物とは戦うなと……うわぁぁぁあ━━━━」
憎しみ、圧倒的な力を前にした時の無力感、仲間を失った喪失感。
様々な感情が入り乱れ、コルドゥラを呑み込む。
━━ドクンッ
その時、コルドゥラの中で何かが芽吹いた……。
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・
遺跡に戻った侯爵は、眠っていたはずの娘が起きていた事に喜んだ。
「ルイーズッ!目が覚めたのか?良かった━━━━」
抱きあげ、愛娘に頬ずりする侯爵を押し退け、ナギが叫んだ。
「ルイーズじゃないっ!ナギだ!」
「はっ?どういうことだ?」
放心する侯爵に、当主が事の次第を話した。
ワナワナと震え、絶望に彩られる侯爵の瞳。
ようやく、ようやくだ。愛娘を抱きしめる事が出来たと思ったのに。
なんの仕打ちなのだろう。
娘が決め、行った事であることは明白だが、何故誰も止めない。
いや、それしか手段がなかった事は侯爵自身も理解している。だが、娘以外の者が代わっても良かった事ではないのか?!
「なぜっ、なぜ、ルイーズがっ!!私の娘が、ウワァァァッ!!!!!」
━━━━苛立ちと怒りを含んだ絶叫が響く。
そして、覚束ない足取りのまま、寝かされているナギの傍に歩み寄った。
そっと髪を掬い額に口づけて語りかける。
「ルイーズ……それは君がしなくても良かった事ではないのか?…………どうして……どうして、そう、無茶ばかりするんだ?」
起きたら、たっぷりとお説教が待っているからね。
侯爵は声にならない声で、ルイーズへそう伝えた。




