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楽しい転生  作者: ぱにこ
57/122

其の拾

「ルイーーーズーー!!どこにいるんだぁーーー!出てきなさいぃぃ!!」

 ルイーズが踏み込んで行った森を見つめ、侯爵が叫んでいる。

 さほど時間は経っていないのだが、かすかな違和感に捕らわれたのだ。

 その違和感を拭い去るつもりで、大声を張り上げて娘を呼んでみたものの、返答がない。

 いつものルイーズならば、大慌てで走ってくる様な、声色にも関わらず……。

 娘に何かが起きていることを裏付けるには十分だった。

 侯爵の顔色が真っ赤に上気し、怒りに飲み込まれそうになるのを抑える為、拳を握りしめた。

 

 その侯爵の変貌を目の当たりにして、侯爵以外の者も焦りを感じ始める。

 当初、侯爵以外の者は、違和感に気が付かず、侯爵が娘を呼んでいる程度にしか思わなかった。

 だが、この状況はおかしいと気付いた。

 この声色で呼ばれたのならば、笑顔を引きつらせ、すっ飛んでくるはずだと。

 

「ご、ご主人さまっ、おじょうさまが向かった方角はわかります。さがしに行ってみましょう」


 主であるルイーズの身に何かが起きている。

 焦りを感じたケンゾーは、今すぐにでも探しに行きたい衝動を抑え、侯爵に許可を願い出た。

 侯爵はケンゾーの意見に賛同するように軽く頷き、皆に指示を出した。


「カリン殿とリョウブ殿は、馬車とイザーク殿達の護衛を頼む。カツラ殿と先生は付いてきてくれ」

『承知いたしました』


 各々が、指示された通りに動き出す。

 馬車と獣人の警護を任されたカリンとリョウブは、武器を備え四方に目を光らせる。

 カツラとアルノーは侯爵に続き、ケンゾーもぴよたろうを抱え、その後に続いた。


 ルイーズが踏み倒したであろう草を目印に、足跡を辿って暫く経った時。

 一つの切り株がケンゾーの目に留まった。

 森に捨てられた物としては、あまりにも美しい布がポツンと置いてある。

 その妙な光景は、主と関係があるものだろうと推測し、


「ご主人さまっ。あそこの切りかぶに何かおいてあります」

 侯爵に報告した。


 その声に反応して、侯爵達は一斉に切り株へと視線を向ける。

 

「……これは、ペンダントを包んでいた布ですね」

「その様だな……」


 ペンダントを包んだのはアルノーであり、その布の持ち主もアルノーだったため、間違えようがない。

 間違えようがないため、何故?と皆に疑念が生じた。

 布だけが置き去りにされ、ペンダントもそれを運んできたルイーズも居ない。

 

「ルイーーーーーズーーーーーーーーーー!!!!」


 再び、侯爵が声を張り上げると、森にその怒声が木霊する。

 木で休んでいた鳥たちが飛び去り、動物たちも逃げていくほどの声量。

 この原因を作り出したであろう者へ向けた声である。

 原因がルイーズ自身が引き起こしたものであっても、きつく叱られるのは決定事項であった。

 

「侯爵様、見てください」


 手がかりを探していたカツラが切り株の周りの土を指差し、侯爵に語り掛けると、皆が一斉に屈み込み、土に目をやった。

 

「この小さな足跡はルイーズ様ですが、こちらに大き目の足跡が2つあります。そして、大き目の足跡は、森の奥へ向かっているというのに、ルイーズ様の足跡はない━━━━連れ去られたと、考えるのが妥当でしょう…………しかし、見ず知らずの者に易々と連れ去られるというのもおかしい……」


「ふむ。ルイーズが警戒せぬ者というと……女、子供。……しかし、足跡の大きさを考えると……その線は消える」


 侯爵はカツラの言葉を聞き思考を巡らせるが、答えは出ない。

 この場で、魔族が『変化』を使い、ルイーズを連れ去ったという答えに辿り着けるものはいないだろう。

 ただわかるのは、足跡を辿れば、いずれルイーズの元へ着くだろうという事のみ。


「この足あとを、おってみましょう」

 初めに口を開いたのはケンゾーだった。

 ケンゾーの考える最善。探しに行くのが早ければ早いほど、主であるルイーズの安全が保障される。

 それゆえの提案だったのだが、侯爵に引き留められてしまう。


「待て」

 

 侯爵は短くそう伝えると、空高く飛び上がった。

 そして、足跡が続く方角へと目を向ける。

 自らが空を飛び探しに行けば、この森一帯を調べるのに費やす時間は少なくて済む。

 しかし、同行する者を置いて、一人で探しに行くことは出来ない。

 苦肉の策として飛び上がり、気配を探っているのだが、森に感じるのは静寂のみ。

 侯爵は歯痒さを噛みしめながら降り立った。


「見える範囲で、木々の揺れやおかしな気配はなかった」


 その言葉を聞き、落胆する一同。

 幼さの残るケンゾーには酷な報告でもある。


「侯爵様……この辺りは『サクラ公国』まで近いですし、公国の者に協力していただいて探すのが最善かと思います」


「先生のいう事も一理あります。カリンやリョウブが所属する部隊に協力を願い出ましょう」


(ただ、迷子になっただけと思いたかった。

 そして、照れ隠しの笑顔を浮かべ帰ってくれば、抱きしめてやろう。

 今すぐにでも娘の笑顔が見たい……いや、むくれててもいい。

 叱られて泣いた顔でもいい。

 ただ、娘に会いたい。

 しかし。

 連れ去られたのであれば、一刻も早く助け出さねば……)

 侯爵は葛藤の末、アルノーとカツラの提案に軽く頷いて答えた。


「一刻も早く、公国へ向かおう」

「「「はいっ!」」」


 ・

 ・

 ・


 ルイーズを抱えて走り続けていたアヒムは木の陰に隠れ、遺跡の入り口の様子を窺った。

 そこには、黒い装束を身に纏った者が辺りを警戒するように立っていたからである。

(ちっ、鳥の目を通して見た時にはいなかったよな……2人か……うん?1人走ってきた)


 アヒムは警戒されぬように、息を殺し、身を潜めた。


 ・

 ・

 ・


「隊長ーーっ!カリンとリョウブが帰ってきました」

「本当かっ!」

「はい。『ヨークシャー王国』からの客人と先任の隊長もご一緒なのですが、緊急の要件があるそうで、隊員全員で来て欲しいそうです」


 隊員の一人が伝言を告げると、ヒイラギの顔が険しいものへと変化した。

 遺跡の見張りは重要なものと把握しているカツラを含め、カリンやリョウブさえも異を唱えないほどの案件が待っているという意味でもあるからだ。


「わかった。━━━━全員、詰所に戻るぞっ!」

「「「はっ!」」」


 ・

 ・

 ・


 黒装束を身に纏った集団が下山して行くのを見届けると、アヒムが遺跡の方へと歩き出した。

(何だったんだ?)

 黒装束の動向は気になるものの、この隙を逃す手はないと感じたため、一旦考えるのを放棄した。

 

「鳥だと入れなかったんだよな……」


 遺跡の入り口に立ち、独り言を呟いた後、恐る恐る結界へと手を翳す。


 ━━バチッ!


「っつ!いてぇぇぇ、なんだ?鳥以外も入れないのか?」


 手に電流が走ったかの様な刺激が伝い、顔をしかめると、抱えていたルイーズを地面に横たわらせた。

 魔族の間では、魔力を帯びた結界は同等の力を加え、破壊するのが一般的と伝えられている。

 それは魔族の間だけのやり方であり、人族の間では、組み込まれた魔力を紐解いていくやり方が一般的である。

 そうする事によって、痕跡を残さずに結界を無効化できるのだ。


「……まだ、起きるなよ。━━」

 

 アヒムは願いのこもった声でそう呟くと両手を広げ、魔法を編んでいく。

 ただ攻撃力だけを特化した魔力の塊を入り口にぶつけた。


 ━━バチッッ!


 先ほどより一層激しい電流が弾け飛び、大きな音をたてた。


「クソッ!!なんて頑丈な結界なんだよっ!」


 思わず悪態をついてしまったアヒムの声でルイーズが目を覚まし始めた。


「う、うぅん」

 目を擦り、うっすらと目を開き始めたのを見たアヒムは、苦々しい表情を浮かべ、更に悪態をつく。


「ちっ!起きちまいやがったか、もう少し眠ってれば、良い夢が見れただろうに━━」


 アヒムはそう言葉を吐きながら、ルイーズを気絶させようと手を振り翳した。


 ━━シュッ!ドスッ!


 風を切る音と共に鈍い音が響いた。


「グフッ!」


 肺にたまった空気を一気に吐き出した為、苦しくて涙を浮かべる。


「ふぅ、あぶないですわねっ。しゅくじょにてをあげるだなんて、どういうおつもりなのかしら?それと、ここはどこなの?そして、あなたはだれですの?」


 手を腰に当てて、怒り心頭のルイーズが見慣れぬ者に問いかける。

 目を覚ましたら、見知らぬ場所にいた。

 それは、連れ去られたと考えて良いだろうと結論付けたのだが、何故狙われたのかという理由を聞きたかったのだ。


「つつつ、化け物の娘も化け物なのかよっ」

 

 アヒムは攻撃を躱された挙句に、鳩尾に食らった蹴りの痛みに耐えつつ、口悪く罵った。


「だれがばけものですのっ?こんな、おさなごあいてに、ばけものってしつれいだわっ。それよりも、あなたはひとでも、じゅうじんさんでも、ないわよね?みたことがない━━━━あっ!」


(魔族だわっ、ラスボス付近で出てきた魔族の幹部にそっくりだもの。でも、なんで?魔族がこの大陸にいるの?…………あ、カチヤさんっ………………姿形はカチヤさんだったけれど、性格が違っていたわ。本物だったら、あんなに気持ち悪く笑わないもの。確か、魔族の幹部に、自分と同じ姿になって、攻撃も模倣してくる、面倒くさい敵がいたわね……きっと、あいつだわ)


 前世でプレイしたゲームの記憶を辿り答えを導きだしたルイーズは、すっきりした面持ちで話を続けた。


「あの、カチヤさんにばけたのは『コルドゥラ』ね。そしてあなたは『アヒム』だわ」


 アヒムに指差し、そう告げるルイーズは(うん、思い出して良かったわ。ターン毎に洗脳された味方が大金をばら撒いてしまう。その時のやるせない気持ちと怒りって、転生しても残ってるものなのね)得意げであった。


「なっ、なんで、名前まで知ってんだ?」


 魔族という事を悟られるのは、まだ理解できるものの、名前まで知られているのは腑に落ちず、動揺するアヒム。


「そんなことより、どうしてさらったのか、おしえてくれる?」

「はんっ、お前は利用するためにだけ、連れて来たんだよ。今頃、仲間が、贄を攫ってここまでやってくる頃だ」


「にえ?…………カチヤさんとイザークさんとフリッツさんをさらうために、わたくしをさらったの?」


 目の前が一瞬、暗転しそうになったルイーズだが、気を強く持ち冷酷な笑みを浮かべ、アヒムに告げた。

 ルイーズからの宣戦布告である。


「じゅうじんさんたちに、まんがいちでも、きがいをくわえたら、わたくしがただでは、すませませんよ」


「何が、ただではすませませんよだっ!お前がどれだけ、眠っていたのかわかっているのか?!もう、終わってんだよっ!!クソチビがっ━━━━ひっ!」


 聞くに堪えない暴言に怒り、獣人たちの安否に不安が過ったルイーズは、巨大な火の玉を頭上に浮かべていた。


「オホホホホ。わたくし、おこっていますのよ」


 高らかに笑い、アヒムを一睨みした後、火の玉を投げつけようとした瞬間。


洗脳ブレインウォッシュっ」


 その言葉と共に、霧がルイーズを包み込んだ。


「やったか?…………」


 霧が晴れるのを見届けると、火の玉を浮かべたままのルイーズが目に留まった。

 呆然としたままのルイーズ。

 魔物の様に頭を垂れ、服従を告げる訳でもない。

 しかし、一先ず洗脳は成功したのであろうと当たりを付ける。


「ガキで良かったぜ…………しかし、いう事を聞くのかねぇ。━━━━おい、その火の玉を消せっ」


 命令を告げると、ルイーズの手のひらに、火の玉が吸い込まれ消えた。

 あの巨大な火の玉を受けていれば、アヒムとて無事では済まなかっただろう。

 心の奥から安堵するアヒムは、作戦を遂行するために、結界に目をやった。


「この隙に、この結界を壊す方法を見つけないとな……おいっ、どけっ!」


 遺跡の入り口に呆然としたまま立つルイーズを押し退ける。

 すると、ルイーズは勢いよく遺跡の中へ転がって行ってしまった。

 気合を入れて立っていない状態。

 幼子であるルイーズには、強すぎた衝撃であったのだ。


「はっ?なんでガキだけ、入れるんだ?おかしいだろう。おい、俺も入れろっ!」


 アヒムは結界を叩き、聞こえているのか定かではないルイーズへと命令を下す。

 その度に、結界に阻まれ刺激を受けるのだが、気にしている場合ではなかったのだ。


 一方、転がってしまったルイーズは、壁面に頭をぶつけ、洗脳が解けていた。


「いたたたっですわっ。せんのうってこわいですわね……アヒムよりちのうがひくいと、せんのうされるのはわかっていましたが、わたくしって……おバカなのっ?!」


 ルイーズにとっては何よりの衝撃だった。

 前世の記憶を持っているのも強みだったが、大往生で死んだのだ。

 人生の重みが違うはずだから、洗脳されることはないだろうと思っていた。

 それなのに、洗脳された……。

 人生の根本を揺るがす事実に、足元が一気に崩れる様な感覚を味わった。


「でも、まぁ、いいわ。せんのうもとけたし……しかし、ここって、いせき?……サクラこうこくに、ちかいいちでさらわれて、いせきにつれてこられた━━ということは、じゃしんがふういんされているいせきなのかしら?…………」


 入り口に目をやると、アヒムが何かを叫んでいる。

 声は届かないが、中に入れろという事は薄々ながらも感じる。

 おめおめと外に出て、再び洗脳されるのはごめんだ。

 ルイーズにとっては、遺跡を探検する方が有意義に思えた。


(私に幹部を倒せるほどの力はないわ。それに、集団で行動している獣人さん達が易々と捕まるはずないし。ここは、逃げるが勝ちよね?!うん、幸い入って来れなさそうだし、放っておいて遺跡を探検してみましょう。その内、父様達が助けに来てくれるでしょう)


 物事を深く追求しない姿勢は、前世も今世も同じであった。

 特に興味のない事柄については……。

 それゆえに、洗脳が未完全ながらも効いてしまったのだが、それには気付かないまま、興味のそそられる対象。

 遺跡の奥へと降りて行った。


(薄暗くて、不気味な所ね……真っ暗だし……お化けが出てきたらどうしよう……こんな所に出るのは幽霊?アンデッド?……どっちも怖い…って)


 暗闇に足元を掬われそうになるのを避ける為、明かりを灯した。

「ライトっ!ライトっ!ライトっ!」


 ルイーズは怖がりである。ゾンビや怪物などは平気であったのだが、心霊系は苦手であった。

 夏の心霊特番などを見た日には、一人でトイレにも行けないほど。

 それなのに、探検を始めたのは、アヒムに対しての怒りが感覚を麻痺させていたからである。

 暗がりを進むうちに心細くなっていくルイーズ。今では、僅かな物音でも悲鳴をあげてしまうほどに、怯えていた。

 

(これだけ明るければ、幽霊も怖くない…………)


「ライトっ!ライトっ!」


 更に追加した。


 遺跡の内部は、ルイーズによって生み出された明かりが煌々と射している。

 

「よし、これでいいわ。これで、こわくないわっ」


 気丈に振舞い、明るい声色で、自分自身に言い聞かせた。

 もし、ルイーズが遺跡で起きた惨劇を知らされていれば、泣いて入り口まで逃げたであろう。

 遺跡特有の、黴臭さや湿った空気を感じながら、奥へと進むと開けた場所に出た。

 そこには祭壇があり、そこには眠っている当主や少年がいた。


「ん?━━━━━━うわっっっ!!し、し、したいっ?!」


 腰を抜かし、へたり込んだルイーズは、涙を浮かべ震えた。

(いやいやいやいやぁぁぁぁぁ、死体怖いーーーーっ!!父様っーーー助けてっ!!)


 ルイーズは恐怖に呑みこまれそうになるのを必死に堪えていた。

 膝を抱え、身動ぎもしないまま蹲っている。


「だれ?」

「ひっ!」


 急に誰かに問われて、ルイーズは硬直したまま固く目を閉じた。

 心臓が早鐘をうっている。


(無理無理っ!幽霊怖いっ!!)


「だれって聞いているのに、聞こえないの?」


 次は、声とともに、肩を揺さぶられた。

(…………実体ある幽霊?アンデッド?…………)


 ルイーズは、そーっと閉じた目を開いた。

 そこには真っ赤な瞳の少年が顔を覗き込んでいた。


「あっ……」


 ルイーズは、目にした少年の瞳に見覚えがあったのだ。


「ナギ……」



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