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楽しい転生  作者: ぱにこ
53/122

41話

 日課の太極拳を終え、朝食の準備に取り掛かった私は、横目で父様とアルノー先生を見ております。


 あ、ストレッチが終わり、父様が木剣をアルノー先生に渡しました。

 アルノー先生は木剣を繁々と眺めておられます。

 貴族の男性は幼少より、剣術を嗜むものなのですが、アルノー先生の表情は、まるで木剣に触るのが初めてという感じですわ。

 

 父様が素振りを始められました。

 アルノー先生も父様の様子を観察し、真似ておいでですが、へっぴり腰ですわね……。

 父様がアルノー先生を見て、小さく溜息を吐いた後、何かを呟いているご様子。

 背筋を伸ばすように指摘されたのですね、先ほどとは違い、綺麗なフォームになっております。

 父様も満足気な表情を浮かべて、ご自身の鍛錬を再開されました。

 両者、一心不乱に木剣を振っております。


 毎朝、父様は5000回の素振りをなさいます。

 その素振りの速さといったら、目にも留まらないんですの。

 鍛錬を重ね、動体視力が強化された今でも、残像しか見えませんの。

 

 ですが、今の父様の素振りは目に優しい……。

 剣術を始めたばかりのジョゼですら目で追えて、美しいフォームは参考になることでしょう。

 

 素振りを50回ほどなさった頃でしょうか、父様の腕が痙攣し始めました。

 苦々しい表情をなさっておられます。

 アルノー先生は体が温まり、調子が出始めたのですね、木剣を振るスピードが上がり、嬉々揚々とした笑みを浮かべております……。

 

 あっ!父様っ……。

 父様が倒れられました……。

 父様は木剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がり、こちらに向かってこられます。

 生まれたての小鹿のようですわ。


「とうさま…………」

「ルイーズ…………」


 私は父様に冷たい手ぬぐいと経口補水液(水、塩、砂糖を混ぜたもの)を渡し、隣に腰かけるようにお招きいたしました。


「けさのちょうしょくは、パンケーキにしましたわ。せんじつ、たちよったシュクルのまちで、じゅえきからとれるシロップをてにいれましたの。きっとパンケーキのおいしさをひきたたせてくれるでしょう」

「そうか、朝食が楽しみだな……」


 私と父様は短い言葉を交わし、未だに素振りを続けているアルノー先生を眺めます。

 落胆の色を隠せない父様。

 

「とうさま……わたくしたちがぼうけんしゃとなったおり、アルノーせんせいのよわさが、いのちとりになるかのうせいもございます。……いまはおつらいでしょうが、そのからだをつよくしてくださいませ」


 そんな父様に提案いたしました。

 父様の強さでその軟弱な身体を強化してくださいませ。

 私の言葉を聞き、力強く拳を握りしめる父様は顔をあげ、こう宣言なさいました。


「━━━━うむ、ペンダントの持ち主の言葉が真実ならば、後2日……その間、私に出来る限りの強さをこの身に刻み込もう!」


 先ほどまでとは打って変わり、父様の瞳は力強く輝いております。

 

「はい、よろしくおねがいいたします」


 私は最上級の笑みを浮かべ、父様に淑女の礼をとります。

 普段は侯爵家の令嬢という立場を忘れがちですが、やはり、こういった場合はカーテシーですよね。

 うん。思い出して良かった。

 ドレスではなく、道着なのが残念ではありますが……。


「ア˝━━ア˝ア˝━━━━」


 父様が手をワキワキとさせ、不思議な声を発しております……。

 どうなさったのでしょう?


「おじょうさま……こちらへ」


 何故か、冷めた目を浮かべたケンゾーに腕を引っ張られて、馬車の後ろに連行されました。


「ケンゾー、きゅうにどうしたの?」


 パチンッ


「いたっ!ケンゾーいたいわっ」


 ケンゾーにデコピンされました。


「はぁ……おじょうさま。今のげんじょうをりかいしておられますか?ご主人さまとアルノー先生はいれかわっておられるのですよ」


「うん?わかっているわ」


「ふぅ………………こういったやりとりのあと、いつものご主人さまでしたら、どういったこうどうに出られますか?」


 深い深いため息を吐いたケンゾーが、父様の行動パターンについて聞いております……。

 いつもの父様ねぇ……。


 まずは…………。


 ハッ!!!!!


 ハグして、頬ずりして、抱きかかえて振りまわしますわっ!


「ケンゾー……わたくし、わかってしまいましたわ。とうさまは、がまんをされておりますのねっ」


 ケンゾーの肩をガシッと掴み、問いに対する答えを引き出そうと、揺さぶります。


「あ˝あ˝ー、せ、せいかいですが━━ゆらさないで、くださいぃぃ」


「あ、ごめんなさい……つい……きぶんはわるくなっていない?」


 ケンゾーの背中をさすり、揺れて気分が悪くなっていないか尋ねました。


「平気ですよ。これくらいのゆれで、気分がわるくなるようなきたえかたはしていませんし。それよりも、ご主人さまにたいする、せっしかたをもうすこし、かんがえてください」


 接し方と言ってもねぇ。

 体がアルノー先生なんだから、いつものスキンシップはNGだし。

 隣に座って、お話するくらいしか思い浮かばないもの。

 でも、それはそれで、父様がお辛いんでしょう?!

 

「だめ、おもいうかばないわ。いつものように、かいわをするくらいしか、ないじゃない。ほかになにか、ある?」

「そうですね……」


 ケンゾーは顎に手を添えて、考え始めました。

 そして、思い浮かんだ事を、自信なさげに呟きます。


「えがおはきんし。ちかいきょりでの、会話もきんし……手をふれるのもきんし……」


 ちょ、ちょっと!

 

「なんの、ごうもんですの?えがおをうかべず、ちかづかずって、ひどいわ」

「ですが、そうでもしないと、ご主人さまがおつらそうですので」


「へいきよ。きっと、とうさまなら、つよいせいしんりょくでたえてくださいますわ。そして、もとどおりになったあかつきには、たくさん………」


 スキンシップをしてくるでしょう。


 ……私の方が、憂鬱になってきたわ。

 ふぅ……。


「ケンゾー。とうさまはだいじょうぶ。だから、ちょうしょくにしましょうか」

「そうですか?では、おなかもすいてきましたし、もどりましょう」


 覇気のない表情でそう伝えると、ケンゾーは空気を読んでくれたのでしょう。

 それ以上の事は語らず、戻る事に対して賛同してくれました。


 ・

 ・

 ・


 攣りそうになる手に喝を入れつつ、パンケーキを30枚焼きました。

 誰か、褒めてくれてもいいのよ……。

 でも誰も褒めてはくれない……と。

 

 まぁ、にこやかに食べている姿を見ると、苦労も報われるのだけどね。

 今朝のメニューはパンケーキにメイプルシロップを添えて。

 ソーセージをグリルしたもの。野菜たっぷりのスープですわ。

 スープには、シュクルで仕入れた干し貝柱も入れたので、クラムチャウダーっぽくなりました。

 

 そして、デザートにぴよたろうが採ってきてくれた果実……。

 これは私とケンゾーの分しかありません。

 ですから、他の皆さまには、コーヒーは平気か確かめる為に黒茶を淹れてみました。

 コーヒーの味が苦手な人っていますものね。

 嫌いなものをお出しする訳にもいかないじゃない?!

 食の好みを知るのは、作る側にとっては大事なことですの。


 まずはブラックコーヒーならぬ、ブラック黒茶……これだと、黒黒茶になってしまうわね……。

 まあ、いいわ。

 父様と師匠はおっ!美味いと仰りながら、飲んでいらっしゃったので、いける口ですわ。

 アルノー先生は、うっ!としかめっ面をされた後、水をゴクゴク飲んでいらっしゃいました。

 ケンゾーには、スプーンでひと匙だけ飲んでもらったのですが……ウガァーと苦しんでいました……。

 子供だから、仕方がない。

 リョウブさんは、頭にクエスチョンマークをたくさん出しているような不思議な顔をされていました。

 ですので、好きか、嫌いかは不明。

 カリンさんと獣人さん兄弟は苦みが無理と仰っておりました。

 なのに、カチヤさんは香りを楽しみ、口に含むとあら?美味しいわ。と……。

 その姿がとても優雅エレガントで、まるで貴婦人の様でした。


 ミルク入りは、ケンゾー以外好評で、ミルク砂糖入りは、ケンゾーも問題なく飲めました。

 ですが、子供の内は、味見だけね。


 と、いう訳で。コーヒーデザートは気兼ねなく作る事が出来そうです♪


 黒茶の検証も終わりましたので、いよいよ、果実の実食です。

 見た目はリンゴ、香りは桃。

 剥いてみると、白く瑞々しい果肉が現れました。中心にはコロっとした種。

 見た目と香り、どちらをとっても、本当に美味しそうなのに……。

 

「では、ケンゾー。いただきましょうか」

「はい……いただきましょう」


 両者、目を合わせコクリと頷き、果実へと手を伸ばします。


 パクッ


「「………………」」


 モグモグ


「「…………」」


 ゴクン


「「…………」」


 放心状態から、ひと呼吸。

 互いが遠くを見据えたまま、口を開きます。


「ねぇ、ケンゾー」「あの、おじょうさま」


 …………。


「いいわよ、ケンゾーからはなして」

「では、えんりょなく、もうしあげます。私たちは、なにをたべたのでしょう?」

「そうね、どうかんだわ。わたくしたちは、かじつをたべたはずなのに、なにもたべてないようなかんかくにとらわれている……」


「ふしぎですね」

「ええ、ほんとうに、ふしぎだわ」


 不毛な味。

 香り、見た目、食感は確かに存在するのに、味がないのです。

 飲み込んだ後、空気をゴクンとしたみたいな感覚に囚われるのです。

 これは、美味い、不味いという味の概念を覆した存在。

 まさしく、不毛な味なのです。


「あ、でも、マナのじゅんかんがよくなったような、きがしますわ」

「そういえば、そうですね……よくわからないものを、たべたしょうげきがつよくて、気にもとめておりませんでしたが、たしかに、マナのじゅんかんが良くなっております」


「ぴよたろうにかんしゃしなくてはね……」

「そうですね。ぴよたろうにかんしゃしませんと……」


 そんな子供たちの様子が可笑しかったのか、師匠が大笑いしております……。

 声にならないほど笑っております。

 そんなに笑うとひきつけをおこしますわよ。


 ほら……。


「ケンゾー……ししょうがこきゅうこんなんをおこしはじめておりますわ」

「じっちゃん…………」


 ・

 ・

 ・


 師匠の大笑いが落ち着いた後、出発いたしました。

 師匠ったら、本当に酷かったの。

 皆を巻き添えにしてまで、大笑いしたんですよ。

 確かに、遠くを見据えたまま、空虚な目をして語っておりましたが、そんなに笑う事かしら?


 ケンゾーと二人で頬を膨らませて、プイっとしたら、謝ってくださいましたけど。

 肩が震えていたのはしっかり目撃しましたからね。


 でもね、そんな私達の様子を見たぴよたろうが、師匠に反撃しましたの。

 足を突いただけですが、怒ってくれた事に嬉しくなってしまって。

 ケンゾーと私は気分がすっきりしました。


 そして、私と父様はただいま、走っております。


 馬車の御者は師匠にお願いして、父様つまり、アルノー先生の身体を鍛えているのですわ。


 息切れをして苦しそうですが、愛娘の為と囁きながら頑張っておられます。

 

「とうさま、だいじょうぶですの?むりはなさらないでくださいね。もし、からだをきたえるのが、むりなようでしたら、まほうのほうをきょうかいたしましょう」


「はぁはぁ━━いや、まだ大丈夫だよ。体力はないが、マナの循環は良くなってきているからね」


 ほぉ、マナの循環が良くなってきてるのね……。

 では、魔法の方も、期待できそうだわ。

 魔法の練習は、チートな父様の身体を預かる、アルノー先生も巻き込んでにいたしましょうか。


 コツが掴めなければ、元の身体に戻った時に、魔法が発動しない可能性もあるからね。


「とうさま。もうすこし、はしったら、アルノーせんせいと、まほうのれんしゅうをいたしませんか?」


「先生と?」


「ええ、そうですわ。まほうのコツをつかんでいただかないと、つかえるのに、つかえないじょうたいになりかねませんでしょう?」


「うむ、そうだね……しかし……」


 そう仰った父様は、考え込んでしまわれました。


「なにか、きになることがあるのですか?」


「いや、大丈夫だろう」


 なんでしょう?とても気になる濁し方をされました。

 何かのフラグでないといいのだけれど……。




 距離にして、10キロほど走った頃でしょうか?!

 

「もう、無理のようだ………」

 と、父様は仰りつつ、バタンと倒れられました。


「とうさまっっ!!」

 

 父様に駆け寄り、怪我や異常がないか、確かめます。

 良かった……。

 疲労だけのようね。

 幸い、一番後ろを走っていたので、轢かれずに済みましたが、このままだと誰にも気付かれずに置いて行かれてしまうわ。

 …………。

 どうやって父様を運びましょうか?!

 私が大きかったら、お姫様抱っこで運んで差し上げますのに……。

 でも、抱えるのは無理でしょう。引きずるのも無理。

 放り投げるのは以ての外。

 なので選択肢は一つ。

 浮かせて運ぶことにしますか。

 叱られると困るから、一応、許可をいただきましょう。


「とうさま。うかせてはこびますが、よろしいですか?」


「ルイーズ…………致し方なし…………頼んだよ」


 力無く答えた父様は再び、地面に突っ伏してしまわれました。

 疲労困憊って感じですね。


 魔法を発動して、父様を浮かせます。

 自分自身が飛ぶ魔法と違い、これは浮かせるだけの魔法なのです。

 闇魔法と風魔法の応用編ですわ。

 浮かせるだけにすると、マナの消費も抑えられて、軽く引っ張るだけで移動させられるの。

 重い荷物を運ぶ時に便利ね。


「とうさま、おもいっきり、はしりますので、しょうしょうゆれますよ」

「ああ……」


 父様の了承を得て、猛ダッシュいたします。

 風を切り、走り抜ける感覚はとても気持ちがいいですわ……。

 きっと、オリンピック選手も真っ青なスピードですわね。うふふ。


 あ、ようやく馬車に追いつきましたわ。

 

「とうさま、とびうつりますよ」

「ああ……」


 父様の体(アルノー先生の体ですが)をぶつけない様に、馬車へ飛び移りました。

 いきなり飛び乗ってきた私に軽く驚いたアルノー先生とケンゾーでしたが、父様の姿が目に入ると、目玉が落ちそうなくらい驚愕しておりました。


「ご主人さまっ」

「侯爵様っ」


 悲痛な叫び声をあげ駆け寄る2人を安心させるために、事情を説明いたします。


「とうさまは、おつかれになってるだけです。けがもありませんし、ごびょうきでもありませんので、しばらくやすんだら、かいふくされますわ。だから、ごあんしんくださいね」


 ホッと胸を撫で下ろすケンゾーとアルノー先生。

 父様をベッドに運び、経口補水液を渡します。

 支えて飲ませて差し上げたいのですが、それをするとケンゾーも父様も微妙な顔をするだろうし。

 うん、ケンゾーに任せましょう。

 そう思い目配せすると、ケンゾーは軽く一礼をし、父様の背中を支えて介助を始めました。

 多くを語らずとも、察するなんて。出来る従者になってきましたね。頼もしいわ。


 父様の回復を待つ間、先ほど決めた事をアルノー先生に、伝えておきましょうか。


「これはさきほど、きまったことなんですが。とうさまがかいふくされましたら、アルノーせんせいもまじえて、まほうのれんしゅうをすることになりました。がんばってくださいね」


「へっ?私もですか?」

「はい。コツをつかんでいただいて、もとのからだにもどっても、まほうがはつどうするようにしてほしいのです」


「…………頑張ります」


 一瞬、不安な表情をされましたが、やる気は見られますね。

 アルノー先生、頑張ってください。

 


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